Simple Status(2)【ルドレノ】

ルドレノ

  

あの頃この場所に残した思い出の中には「同情」があったから、だからそれはタブーになってしまったのだ。そう、その同情とは正に、あってはならない同情だったから。

しかしルードは、今でもそれをクッキリと思い出せる。
どんなふうに同情が湧いてきたのか、その経緯さえも。

 

”ま、地味にやってきゃ良いんじゃない?”
――――――あの頃、相棒はそう言っていた。

”俺達は同志だからさ”
”……傷の舐め合いもアリ、だろ?”

――――――あの頃、相棒はそう…言っていたから。

 

「傷の舐め合い、か…」

言い得て妙だ、そう思ってルードは珍しく笑う。
しかしそれでも心の中では苦笑を抑えられなかった。
だって、今でも自分だけはその傷の舐め合いを覚えているのだから。

そんなルードの隣で例の彼女はグラスを傾け、そしてゆっくりと笑った。その笑顔は先ほどまでの物悲しいふうではなく、どこか華やかさが漂っていた。

「…うん、でも本当は、好きなのかもね」

 

 

 

ルードが懐かしい酒場に出向いたその夜、思いがけない事が起こった。
何となくアルコールで気持ちが開放的になっていたルードは、帰宅後、そんな雰囲気のまま寝るまでの時間を過ごしていたものである。

しかしそんな雰囲気が一変するような出来事が起こり、ルードは一気に目が覚めた。それは一つのインターフォンが告げる来訪者の存在によって。

ピンポーン。

そう鳴り響いた音に驚いたルードは、思わずデスクの上の時計に目を遣る。時間はもう既に午前1時だ、まさかこんな時間に来訪者もないだろう。そう思ったものの、事実インターフォンは鳴っている。

いったい誰だ、そう訝しげに思いながらも玄関口まで赴きドアを開けると、そこにいたのは何故だか見慣れた相棒の姿だった。但しその相棒は、何だか様子が変である。まあ変とは言ってもさして大きな変化があるわけではないのだが、いつもに比べて何だかトーンが落ちているのだ。

「…どうしたんだ?」

そう訪ねたルードに、レノはあくまで軽い口調で答える。

「よっ、相棒。どうやらフラれたみたいだからさ、慰められに来たんだけど」

「慰められに?」

「そーそー。そりゃ当然、相棒だったら慰めてくれるんだろ、こういう場合?」

当然と言わんばかりにそう口にしたレノは、じゃあ、とか何とか言って既に家に上がり込んでいた。まだ良いとも駄目とも言っていないのに、である。

レノの様子を見て呆れたため息をついたルードは、取りあえずそのままレノを部屋に上がらせると、いったい全体どういう意味なんだ、と肝心なところを問いつめた。

何しろレノがフラれるなんて考えにくい。仮にフラれるとしてもこの時間となればそれ相応に楽しんだ上でサヨナラ、と縁を切ったとしか考えられない。
そうだとしたら実に都合がいい。

「おい、レノ。お前がフったんじゃないのか」

勝手に椅子に腰をかけたレノに対し、立ち尽くしたままのルードがそう訊く。するとレノは、まさか、などと言ってニヤと笑った。その笑みがいかにも怪しいのは言うまでもない。

「俺がフるわけ無いんだぞ、っと」

「…じゃあ自業自得か。六股なんかかけてるからだ」

「はい、残念!それも違うんだな」

何故か嬉しそうにそう言ったレノは、逆に、何でだと思う?、などと訳のわからない事を訊いてきた。何でだと思うも何も、勝手に来ておいてそれはないだろうと思う。そもそもレノが此処に来なかったら知りもしないような事実である。

がしかし、ルードは几帳面にもそれに答えを返した。

「さあ…検討もつかない」

「おっと、そりゃ残念だ。相棒でもさすがにそこまでは分からないときたか」

分かれという方が無理がある。
そもそもレノはルードに対して単なる相棒であることしか求めていないのだから、そんなことを言われても困ってしまう。

そう思ったルードだったが、その思考は間もなく破られることとなった。それがルードを驚かせたのは言うまでもない。
だって、レノの中の認識が―――、

「相棒」に対しての認識が、ハッキリと伝えられたから。

「まあ、俺の中にもどうやらボーダーがあったみたいなんだぞっと。で、それが今日ハッキリしたかも」

「ボーダー?」

「そ。…相手によっちゃ骨の髄まで持ってかれそうになるし。でも俺は、そーいうのはスキじゃないし」

六股の相手たちがレノに対して求めているもの…それは当然、恋人のそれと代わりのないことだろう。いや、というよりも正にそれそのものだろう。何せレノが六人と同じことをしているとは思ってもいないのだろうから。

しかしレノは、そこまでのものを求めていないと言っている。
実に調子が良いが、レノとしてはそこまで深い仲にはなりたくないという意思がそこに働いているのだ。だからレノの言う「骨の随まで」というのは、レノが我慢できる限界を超えたということだろう。

「…早い話、拒否しちゃったワケだけど」

「拒否、って…」

「大人のカンケイ 、のな」

「ああ…」

その言葉を訊いて、ルードは事情を飲み込んだ。
レノがフラれたのは、相手を拒否したから。しかも、今までさんざんデートをしてきた癖に、最後の最後で拒否したという事だ。

これがもし男であればまだ話は分かるが、女性が拒否をされたとなればそれはもう許されないことだろう。それは相手だって怒るというものだ。

世間の常識からすれば、女性を拒否するなどよほどのことである。相当な理由が無ければその恥辱の言い訳には見合わない。
ハッキリいって、普通の男からすればあまり考えられない事態だ。

「何でなんだかなー、いっつもソコで駄目になるんだぞっと。いざって時になると、違う、って思うんだな。どう考えても美味しい話なのに」

スキでなくとも、体は別。そう考えると美味しい話でしかない。
それなのにレノにはいつもそこに違和感を覚えて、相手を怒らせてしまう。だもんだから、フラれる。そうして次の相手、次の相手…となり、常に浮気をしている状況に陥るのだ。

「でも今日は、何となくその理由が分かったカンジ」

そう言ったレノは、ルードを見てニヤと笑う。

「飾りなんか、もう良いかって。可愛い子と洒落た店で高い酒飲むのも良いけどさ、やっぱり俺は相棒と寂れた店行って酒飲んで傷の舐め合いしてる方がらしいかなっと…ま、そう思ったりして」

「レノ…?」

寂れた店、傷の舐め合い。
その言葉をレノの口から訊いた時、ルードは思わず目を見張った。
だってそれはあまりにもタイムリーで、正に今日ルードが行ったあの”LOVE”での過去を示していたから。

あの寂れた店で一緒に飲んで、地味でも良いんだと話して、それから———傷の舐め合いをしてた。

派手なミッドガルにはまだ遠いと思っていた頃、地味なのも悪くないだろうと言って、自分たちは同じ同志だからと言って…舐め合った傷。

今ではまるで嘘のようになってしまった事実、そしてタブ−になっていた過去。
それが今、レノの口から発せられたのだ。

あの頃、傷の舐め合いと言って―――そう、正にこの家で…。

  

寂れた愛をこの家に持ち込んで、抱き合った。
別に愛情なんて言うつもりもなくて、ただ同志だからという理由だけで。

 

「原点回帰、どう?」

「どう、って…お前」

それはどういう意味なんだ、そう戸惑いながら口を開いたルードだったが、レノが言わんとしている事はだいたい分かっていた。

レノが言いたいのは、あの頃のように傷の舐め合いに戻ろうということだ。だからこそ、フラれて慰められにきたのだろう。そしてそれはレノにとって、飾りのない場所だということだ。

「レノ…俺は…」

ルードは口ごもりながらも、数時間前の”LOVE”での出来事を思い出した。
あの女性は同情なんて無くなれば良いと漏らしていたが、あの瞬間にルードが考えていたのは、正にこのレノとの傷の舐め合いの過去だったのだ。

あの頃は傷の舐め合いという名目があったけれど、今となればそれも同情の一種か…と思った。だからあの時、彼女の言葉を聞いてそれを思い返したのである。

しかしルードは、その過去を同情とは思いたくなかった。同情というよりもむしろそれは愛情に近い気がしていて…しかしレノは六股をかけるほどだったから、やはりそれは同情程度の薄っぺらいものなのだろうと考えていたのだ。

でも今こうして、同情だと思っていたものは同情という服を脱ぎ捨てたのである。愛情なんて言葉は未だに出ないし、それは未だに傷の舐め合いという言葉でしか表現されなかったが、それでももう同情ではないとハッキリしたのだ。

飾りなんて、もう要らない。
あの女性は華やかさと無縁であることを確定するのは怖いと言っていたが、レノはその逆で、そこから返ってきたのである。華やかさの中から、もしかすると愛情かもしれない場所へと。

それはある意味では、ルードの認識とレノの認識が同一化したという事だったかもしれない。
同じように考えて、同じような拘束力で。

「…他の女性はどうするつもりだ」

ふっとそんな事を言ったルードに、レノは「どっちみち全部一緒だ」などと答えた。要するに残された相手も全て、飾りなのだ。飾りはもう要らないから、残された彼女達ももう必要ない、そういう事である。

レノは腰を上げると、ポケットの中からふとあるものを取り出した。
それは携帯電話で、レノは自分のものであるそれをポンとルードに投げ渡す。
そして、顎でしゃくるようにリアクションした。
どうやら、見ろ、ということらしい。

「……」

ゆっくりと携帯電話を見たルードは、その中から女性たちの名前が削除されていたことに気づいた。遊び相手だった彼女たちはどこかへと消えてしまったのだ。

「別に、もう要らないから」

「だが……」

「必要なものは、昔からずっとそのまま残ってるモンだろ?」

「…お前ってやつは…」

携帯電話を握りしめたルードは、それをそのままに、グイとレノを引き寄せる。そうしてその体を突然のように強く抱きしめた。
引っ張られるようになったレノは少し窮屈そうな体勢をしていたが、特に拒否はしない。ただ、口だけはこんなふうに文句を言った。

「おいおい、俺こーいうのは慣れてないんだぞ…と」

そう言ったレノに、未だ力を緩めないルードがしっかりと応える。

「…俺は慣れてる」

「へえ、初耳。誰と?」

「気になるか?」

「……べっつに」

ふいっとどこかに向いたレノの顔。
それを見たルードは、思わずそっと笑った。

 

 

プルルル…
プルルル…
電話の音が鳴り響く。
その電話の向こうから聞こえてくる声は、いつも同じ、聞き慣れた声。

 

 

END

 

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