Seventh bridge -すてられたものがたり-(12)【ルドレノ】

*Seventh bridge

Seventh bridge -すてられたものがたり-

どうか―――――――――――幸せに。

「…幸せって何なんですかね」

「どうした、いきなり?」

俺の突拍子の無い言葉に、ツォンさんは苦笑しながらそう切り替えした。

確かにな、突然そんな哲学じみた言葉を吐かれたって、ツォンさんも困るだろう。

でも俺は、レノからのメールが気になっていた。

昨日送られてきたレノからのメールは何故か弱気な気がして、今までのレノとはどこか違う気がして、俺はそれが気になってた。

きっと何かあったんだ。

そう思った。

それに昨日は医療団体の本部施設が爆破されるという事件が起こって、それがレノに何かしら関連があるんじゃないかとも思ってた。

昨日は結局、ツォンさんが医療団体の本部施設に借り出されることになって、あの話は中断してしまった。現場検証をする奴らは別に派遣されてたけど、まあ近場にいる奴らは急遽駆けつけろっていうわけだ。

俺にはその命令は下らず、俺はあの後一人でレノ捜索を続行してた。まあ、勿論見つかる気配は無い。

「少し疲れてるんだろ。コーヒーでも飲め」

「すみません」

俺はツォンさんからコーヒーを受け取りながら、軽くお辞儀をした。

久々の警察機構本部。

殆どの連中は昨日起きた大事件のために出払っている。今この場にいるのは、俺とツォンさんともう一人だけだ。尤も、ここは出動前専用に使われる部屋だから、それほど長々と常駐しているようなやつはいない。

但し今日は例外だろう。何せ俺はもうずっとこの部屋で待機してるんだ。ツォンさんは今さっき本部に帰ってきたばっかりだから特に問題は無い。

俺は何を待っているのか?――――それは俺自身にすら分からなかった。ある意味ではツォンさんだったかもしれないし、ある意味ではレノだったかもしれない。

「誰かが幸せだと言えば、それで幸せになれるなんてこと…あるんですかね」

俺がコーヒーを見つめながらそう言うと、ツォンさんはまた苦笑する。…まあ当然か。

どうやら俺は、レノの微妙な変化に随分と戸惑ってるらしい。

「まあ、何が幸せかなんて語りだしたらきりが無いだろう。そういうものは主観で決めるものじゃないか?誰かがそれを不幸だと言っても、自分が幸せだと思うならそれで良い。…そうだ、ルード。お前は十分それを理解してるはずじゃないか?」

「はい…そのつもりなんですけど…」

だったら、レノだってそれは十分に分かってるはずだ。

タークスの頃の俺たちが持ってた信念は、誰が攻撃してきたとしても俺たちには正しい幸せだったのだから。

それなのに、それを知っているはずのレノがブレた事を言ったんだ。幸せだと言ってくれ、と。そんなものは、本当なら俺が言ってもどうしようもないものだ。自分が信じればそれで良い話なんだ。それが…。

「もし…自分で自分の幸せが信じられなくなったら、それは幸せじゃない…ですよね?」

「それはそうだな。まあ、とはいえ、はっきりと幸せを自覚している状態だけが幸せだとは限らないだろうがな。じゃあ試しに聞こう。お前は今、幸せか?」

言葉に詰まった。

正直、俺はそれにうんと言えなかった。

そんな俺の姿を見て、ツォンさんが肩をぽん、と叩いてくる。

ああ…アレだ。命があったんだから良かったじゃないかと、励ましてくれるときのツォンさんのあの癖だ。

「ツォンさん。ツォンさんは今、幸せですか」

「私はその答えを神羅崩壊のあの時に置いてきた。今は…まだそれは取りに行けない」

俺は知らず拳を握り込む。

ツォンさんは俺たちと一緒なんだということに気づいた。それが俺には嬉しかった。それと同時に、俺とツォンさんがハッキリと言えないその答えは、レノにも当てはまっているのだろうと思った。

だからあのメールは――――――――俺にはSOSにしか見えないんだ。

でも、だからって俺に何ができる?

見つけることすら出来ない俺に、何が?

「そういえばルード、お前に伝言があったのを忘れていた」

「伝言?」

「ああ。上からの伝言だ、あまり穏やかとは言えないかもしれないが…」

嫌な予感がする。俺はそう思った。

そして、ツォンさんの口は、俺の予想通りの言葉を放つ。

「聞きたいことがあるそうだ」

俺は言葉を失った。最早、何かを言うつもりもなかった。

ツォンさんの元を離れ、指定された部屋へと向かう。

警察機構は幾つかの部署に分かれているが、その中でもトップに当たる特別班という部署がある。特別と名を打ってはいるものの、実際には幹部の溜まり場だ。神羅から業務継承する際、既に会社のトップだった人間たちがそっくりそのまま此処に納まったというのが正直なところで、彼らはいちいち捜査で動くことはしない。

やることはといえば…例えば今の俺のように、内部の人間の不正をつつくことだ。それはまるで正義のように思えるかもしれないが、実際にはそうじゃない。あいつらにとって邪魔な人間を排除したい。ただそれだけなんだ。

「失礼します」

俺は丁寧にドアを開けてその部屋に入った。

部屋の中には、ヒゲ面のオヤジと、べっとりとした七三分けの偏屈そうな顔の男が立ってた。

「ルード君、ご苦労。さてさて、君には聞きたいことがあるんだ。早速で悪いがこれを見てもらえるかな?」

ヒゲ面が差し出してきたのは、ある画像が印刷された紙だった。

見てみると、そこには俺とレノが写っていて、楽しげに…今から見れば明らかに楽しげに酒を飲んでいた。見覚えはある。多分、連日に渡ってレノに飲みに誘われた時だろう。

「これは、脱獄事件発生の少し前の写真だ。この左側に映っているのはレノという男…つまり今回の脱獄事件の主犯といっても過言ではない人物だが、君もそれは知っているだろう」

「…はい」

「宜しい。では、このレノという男だが、経歴を見てみるとプリズン管理局入社前にはあの神羅カンパニーで君と共に仕事をしていたそうだね。そのことについて、以前君には事情聴取をしている。その際君は、このレノという男とは付き合いが無いということを証言した。これは我が警察機構の記録にもある。―――ところがどうかね、この写真は君の証言を裏切っているのでは?君は警察機構に入社後、彼とは連絡を絶っていたのではなかったのかね」

「……」

言葉が出なかった。

確かに、あの事情聴取の際、俺はレノとの関係については黙秘を決め込んでいた。だから、そう指摘されても仕方がない。それは確かに俺が悪いんだろう。

俺が黙っていることに対して、ヒゲ面と七三分けがニヤニヤと笑い出した。厭な笑いだ。

七三分けが俺の方に近づいてきて、さっきツォンさんにぽん、と叩かれた同じその肩に、ごつごつした毛むくじゃらの手を乗せた。俺より背が低いせいか、様にはなっていない。

「ルード君、君ねえ。警察機構ともあろう人間が嘘は良くないねえ。もしかすると君がレノをけしかけた…なんてことだって在りうるんじゃないかなあ?どうだい?」

「…そのような事実はありません」

「ほう?じゃあこの監視カメラに写っていた映像は何かなあ?マスターの話じゃあ、君らは随分と良く会っていたという話だがねえ」

七三分けのその言葉を聞いて、俺はようやくあの画像が監視カメラの映像を印刷したものなのだと理解した。どうやらあの店のマスターが情報提供したらしい。

レノとは良くあの店で飲んでいた。行きつけの店だった。

そんな店のマスターでも俺たちを売るのか、ということが衝撃的だった。

金を掴まされていることは分かりきっている。俺たちがあそこに足しげく通ったことは、一体どれだけの金になったのだろう。俺は心の中でひっそりそんな自虐的な考えに至っていた。

「…以前の事情聴取の際に嘘を口にしたことは申し訳ないと思います。しかし…お言葉ですが、昔ながらの友人と酒を飲むのが悪いことでしょうか?その画像には…俺がレノを炊きつけた証拠なんてありません」

「開き直るとは良い根性だねえ?」

正当な意見を言ったつもりだったが、やはり理解はされなかった。当然か…。

その画像が出てきたことで立証されたのは、俺がかつての事情聴取で嘘をついていたという部分だけだ。そのほかについては、俺の側にも、ヒゲ面の側にも、証拠なんて無い。

つまり、分が悪いのは俺だった。

七三分けは、俺の頬をびちびちと紙の束で叩いた。そうして、恨めしそうに俺を見てくる。

「あのねえ、君。これは餓鬼のお遊びじゃあないんだよ。我々は警察機構なんだよ、分かるか、治安維持を受け持つ機関なんだよ!その我々の中に君のような嘘をつく人間がいるとなっちゃあ警察機構の名に傷がつく」

「……」

「傷がつけば、我々は信用を失う。信用を失ってしまえば権威が落ち、世の中に犯罪が横行するのだよ!分かっとるのかね君は!君のような輩が間接的に犯罪を増やしとるのだ!我々は常に模範であり権威であり法律なのだよ!そんな言い訳が通用する場所じゃないことくらい理解したまえ!」

キンキン、と耳に響く言葉は、まるで神羅の魔晄炉のようだった。

そう…有無を言わさないほどの権威の象徴だった、神羅の魔晄炉。

まるで小言を聞かされているような気分だったが、七三分けの言い分は確かに間違ってはいない。それは正しい意見だった。だから俺はそれに反論するつもりもないし、出来ないとすら思ってた。

けれど、いくらその意見が正しかろうが、彼が導き出す最終論はいつも必ず理解できない。今日もそれは変わりが無い。だから厭になる。

「君ねえ、このレノという男の連絡先を知っているんだろう?だったら今すぐ連絡したまえよ。そして誘き出して捕まえるんだよ。レノという男は、友人である前に犯罪者なんだからねえ」

そうじゃなければ…、と七三分けが意味ありげに笑った。

「―――君が代わりに捕まってくれても良いんだよ?」

「!?」

「君が捕まったと公式に触れ回れば、このレノという男も出てこないわけにはいかないだろう。見物だねえ、君への友情を取るか、それとも…自分可愛さに裏切るかもねえ」

「……」

ああ、ほら。すぐこれだ。

こいつらはすぐにこうやって汚い手を使いたがる。どう転ぼうが、彼らには痛みなど一切無い。だから何を言おうがヘッチャラだ。警察機構の構成員を一人失ったくらいでは何ともない、ただひたすらに警察機構の名が傷つくのが厭なんだ。

「そうじゃなければ、君には警察機構を出てもらわなきゃいけないなあ。若しくは、プリズンにでも入ってもらうか…君にべらべら警察機構のことを話されたらたまらんしねえ」

「―――それで事件が解決するとでもお思いですか」

「なに?」

ぴくっ、と眉を潜めた七三分けを見やって、俺はある種の決意をして、この言葉を放った。多分、この言葉を口にすれば俺は確実に警察機構から狙われると分かってた。

でも…もう、それでも良いかと思った。

こんな汚物にまみれた場所で、どうやって生きていく?

例え体が死んでも、心は殺したくない。誰かに譲れるようなものじゃない。

―――そうだろう、レノ…?

「俺を始末したところで根本的な解決にはならない。この事件の背景にあるのはもっと大きな組織で、貴方がただってそれは既に分かっているんじゃないですか?だからこそ医療制度の反発暴動を強制的に鎮圧なんてしたんでしょう。そういう暴挙こそが反発を呼んで犯罪を増加させるんじゃないんですか?」

「き…さまっ…!」

七三分けが俺の手首を掴んだ。捻りでもしようとしたのかもしれないが、大して汗もかいていないような奴らをやり返すくらいには、俺にだって力がある。

俺は七三分けを腕を握り返し、ぎゅむっ、と軽く捻ってやった。

「ぎゃあ!」

「き、きみ!!やめたまえ!!」

ヒゲ面が青ざめてそう叫んだから仕方なく手を離す。本格的に骨折させるのも難だったし…そもそも、どう転ぼうが俺に良い事はない。もう既に道は決まったも同然だった。

「この野郎…お前のようなヤツを入れたなんて警察機構も質が落ちたもんだ…!」

「そうですか」

入れてくれと懇願したつもりはなかったが、それを言っても通用しないだろう。実際には、俺とツォンさんは元タークスだったという点で、神羅から「移籍」というような扱いになってるんだ。けど、自社のトップに突然見知らぬ人間を入れるのは癪だったんだろう。俺たちは彼ら以上の実戦経験やスキルを持っていても、最低ランクでの配属になった。そしてそれは、暗に、トップにはいけないように出来ている。そういう組織なのだ。

都合が悪いものは、秘密裏に排除しておきたい。

そして、我々は正義であり常に味方であるとアピールする。

そういう奴らが、この世界を守ってる。馬鹿らしくて泣けてくる。

思えばそれは、全盛期の神羅も同じようなものだった。プレジデント神羅時代の神羅カンパニーはそうして好感度を常に上げようと努力してきたんだ。だけど、そうだったとしても、あの頃の俺らと今の俺らでは何かが確実に違ってる。

警察機構の奴らの中には、あの頃の俺らの中にあったような“何か”が存在してるだろうか?…俺にはとてもそうは思えない。

「ルード君。この画像の件といい、今の言動といい、君は実に危険だ。危険思想の持ち主と判断するに相応しい。残念だが、どの道君は除籍だ」

「そうですか。…どうぞご自由に」

どうせ、道は決まっている。俺はそう思っていた。

ただ問題なのは、除籍をして、そして俺をその後どう料理するかだ。まさか除籍だけに留まることはないだろう。さっき言っていたように、犯人にでっち上げられるか、プリズン行きになるか…まあどちらにせよ、最後は死ぬことになるんだろう。

タークスの頃、名誉の死を恐れたことはなかった。でも、こんなふうに命を落とすことにはやはり納得がいかない気がした。

ヒゲ面が、偉そうな顔をして、デスクの上をカン、カン、と叩く。

すると、それを待っていたかのように俺の背後のドアがギイイ、と開いた。その音は実に不気味で俺は振り返る気にもならない。でも、振り返らないまでも、ドアの向こうから運命はやってきた。

警察機構のエリートのような男が三人。

俺の両脇を、がっちりと押さえ込む。

「―――残念だったな」

ふとそんな声が聞こえて振り向くと、そこにはツォンさんがいた。一瞬、俺は目を見開いていたと思う。

ツォンさんはまるで、三人の部下を従えた上司みたいだった。まるであの頃のように。

「ツォンさん…」

「お前には暫く監視を付ける。その上で、正式な処分の決定を待つ。良いな」

「何で…」

――――――――まさか、嘘だろう?

ツォンさん、俺を裏切るのか?

ふっと、ヒゲ面と七三分けを見やる。奴らは数分前と何ら変わらないようにニヤニヤと笑っていた。それがやけに瞼の裏にこびりついて、瞬きしている時も、目を瞑っているときも、暫く俺の中から離れなかった。

そして何より、ツォンさんの無表情が忘れられなかった。

DATE:06/01

FROM:ルード

TITLE:無題

– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –

相棒へ。

もしかすると俺はもう、

お前を見つけられないかもしれない。

かなうなら、もう一度、会いたかった。

酒でも飲んで、つまらない話をしたかった。

– – – – – – – – END – – – – – – – – –

DATE:06/02

FROM:レノ

TITLE:RE:

– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –

俺の相棒へ。

お前も列を乱したのか??

なら俺と同じだな。

なあ。あのジャズ歌手。

麦作ってた。黄金の麦畑。

– – – – – – – – – END – – – – – – – – –

“幸せはあの丘の向こう側にあるの”

“そこに辿り着く頃 私は大切な場所を失うでしょう”

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