Seventh bridge -すてられたものがたり-(17)【ルドレノ】

*Seventh bridge

Seventh bridge -すてられたものがたり-

***

それを聞いたのは、なけなしの硬貨で水を買ったときだった。

薄ぼんやりとしたよろずの雑貨店には、その店と同様に時代錯誤の品が並んでいる。陳列も上手くはなく、どこか雑然とした印象を与えるそんな店だ。

店番をしているのは年のいった女性で、彼女はレジカウンターの後ろに古ぼけたラジオを置いていた。そのラジオが店内に響き、俺の耳に入る。

―――――警察機構本部が、爆破。

俺は買ったばかりの水をその手に持ったまま、動けなくなった。

警察機構は今や俺にとって敵も同然の組織だが、それでも俺はついこの間までその組織の一員として動いていた。それに…ツォンさんが。ツォンさんがまだそこにいるのに。

「物騒だね…」

「あ…。―――ああ…」

動かない俺に、女性が話しかけてくる。

慌てて返答した俺の目の中に、女性の滲むような目じりが入り込んだ。レジカウンターの中でじっと動かずに、ただラジオの音に耳を傾けるその人は、今の一報に何を思ったのだろうか。物騒なんていう一言では片付けられない気持ちが、その表情には表れている。

やがて女性は、ゆっくりと俺を見て言った。

「再生のときが近づいているんだね…。欲しがらない世界が近づいてるんだよ…」

「それは、どういう意味だ?」

「あんたは小さい頃楽しかったかい…」

「え?」

「その頃はまだ何も無かっただろ…。今みたいな3大組織も、神羅も、何も無かった。それでも問題なくちゃんと暮らしてた。…そういう時代に戻るときが近づいてきたんだよ…」

女性はそういうと、突然目を閉じて祈りだした。

俺はしばらく呆然とその姿を見ていたが、そうそうその場に留まるわけにもいかず、水を手に店外へと足を踏み出す。

外は、あまりにも綺麗に晴れていた。

さっきラジオで流れていたような悲劇が―――いや、誰かにとってみればそれは喜びに違いないのだろうが、ともかくそういった報せが嘘のように、平和な様子を露にしている。

俺はふと、近くにあった木製の電柱に目を遣った。

「……」

かつて神羅が電力供給の為に建てたものだろう、木にはべったりと神羅の刻印がされている。けれどそれは今や使われなくなり、ぼろぼろになっていた。

「…ツォンさん」

もう――――二度と無いんだろう。

俺には分かっていた。

証拠なんてどこにも無いのに、それでも分かっていたんだ。

ツォンさんが俺の肩をぽん、と叩いてくれることは……もう二度と無いんだと。

晴れている空を見て、そのもっともっと向こう側を見ようと首を伸ばしても、警察機構本部で起こったらしい爆破の様子は微塵も分からない。それほど此処は遠い土地なんだ。

警察機構の本部が無くなったことは、俺の日常が消えていくことと同じような気がした。

警察機構が無くなれば、少なくとも俺は犯人にはされずに済む。だから、追われることもない。つまり逃げなくともよくなるわけだ。

でもそれは…俺という人間がどこにも属さなくなったことを意味してる。

そうだ、これは本当の意味での“自由”なんだ。

制限されることなく、けれど何も保障もない。

俺がどんな言動をしようと文句を言うやつはいない、その代わり、俺がのたれ死んでも気に止めるやつはいない。

「…レノ」

俺は、急激に“何か”に襲われた。

その“何か”の正体はよく分からない。

ただ、その瞬間に、無性にレノのことを思い出した。そして、無性にレノに会いたいと思った。

先を急がなければ、そう思って俺は一歩を踏み出す。

青い空に、一面の畑。

買った水で喉を潤しながらそんな景色を眺めていると、まるで違う世界に来たかのようだった。思えば俺は、いつも建物に囲まれた暮らしをしてきた。どちらかといえば常に都会で過ごしてきた。勿論こういう景色には出会ったことがあるが、それは任務で来たというくらいの話だ。

のんびりして、穏やかで…こんなところでも犯罪は起こるんだろうか。

俺はふとそんなことを思った。

しかし、すぐに先ほどの女性のことを思い出し、それがいかに愚問だったかを思い知る。思わず顔が笑った。犯罪の種なんて、世界中どこに行ってもあるに違いない。何故なら…犯罪の発端は“思想”にこそあるはずだから。犯罪と呼ばれる行動を起こす前提には、常にそれがある。いや、犯罪だけじゃない。行動すべてがそうだ。

例外は―――――。

ガシャン―――――!

その時突然、派手な音が鳴り響いた。

「何だ…!?」

俺は慌ててその音の方に顔を向ける。

音から察するに、どこか近くで事故が起こったのだろう。何か物に衝突したような、そういう音だった。車の事故かもしれない。

幸いにも道はそれほど複雑ではなくて、俺はすぐにその事故車を見つけることができた。

「やっぱり事故か…」

500メートルほど先で、車が家に衝突しているのが見える。

車は自家用車ではなくトラックで、その半分以上が家の中に突っ込んでいる状態だ。家の方は1階の正面が酷くやられている。とはいえ、外見からして随分と質素で汚れた家だから、もしかしたら廃 家かもしれない。

俺は、小走りにそこに近づいた。

近づいてみて分かったことは、その家が随分と古いもので、既に廃家になっていたこと。そして、トラックの荷台に不思議な物体があることだった。

「なんだ、これは…?」

一体どういうことだ?

トラックの荷台には、大きな箱がある。それだけなら問題ないが、その箱に人間が括り付けられているのだ。もしやこれは心中か何かなのだろうか。

「運転席は…!」

俺ははっ、として、急ぎ運転席に向かった。

もしかしたら、もう遅いかもしれない。そうとも思った。が、それでも確かめなければと思う。

運転席では、黒い髪の男が前のめりになっていた。

「おい、お前!大丈夫か!?」

「…う……」

――――生きてる…!

俺はそれを確信し、ぐちゃぐちゃになった家の壁にぴったりくっ付いていたドアーを何とかこじ開けた。ぶつかった衝撃は勿論あるだろうが、奇跡的にフロントガラスが無事なままだ。運転者の体に直接何かが突き刺さったということはないだろう。

「おい、ドアを開けた!手を貸せ!」

「う……う…」

このままじゃ埒が明かない。

俺は運転手の体に手を伸ばすと、ともかくそこから引き摺り下ろした。それから、何とか道端まで引っ張っていく。男は相変わらず「うう」と言いながら俯いていて、俺はともかく意識をハッキリさせなくてはいけないと思ってた。

「おい、大丈夫か。とにかく一旦ここに座れ」

「う……」

「さすがに頭を打ったか…。顔色は…」

そうして――――――――顔を覗き込んだときだった。

「…お…まえ…!?」

息が、止まるかと思った。

一瞬呼吸することを忘れそうになったくらい、その時の衝撃は激しかった。

俺は、肩を抱いていた手がふるふると震えだすのを止めることが出来ないままに、暫くその顔を凝視してた。

見たことの無い黒い髪、だけどその顔は……知ってる。

改めて耳を済ませてみれば呻くその声音も、そして抱いた肩も、俺はずっとずっと前から知ってた。

「―――レノ…」

何でだろう。

俺はレノに会いたいと思って、ずっとレノを探してきた。今ではもう、それが唯一の目的になってたんだ。

その目的が今、達成された。

ずっと求めてきたレノが、今こうして、実体として近くにいる。それは俺にとって嬉しいことのはずなのに、何故か素直に喜べない俺がいる。…いや、違う。俺は嬉しいんだ。レノに会えたことが嬉しい。

でも…。

「…少し痩せたな」

俺の腕を借りて座っているレノは、ただでさえ細いのに更に細くなったようだった。開いたシャツの合間から見える鎖骨が、やけに浮いて見える。そういうところが、レノを小さく見せた。

俺はやっとレノに会えて、ものすごく安心したんだろう。

だけどそれと同時に、俺にこれほどの安心を与える男が、いざ触れてみるとこんなにも小さいことがショックだった。

俺も、レノも、ちっぽけだ。

神羅で一緒に働いているときにはそんな事は考えなかったし、あの時はただ等身大の自分しか知らなかった。それが今は何だ?こんなにちっぽけになって。

俺は、レノの存在だけが目的になってしまうほどに、ちっぽけな奴になってしまった。そしてレノも、俺に弱音を吐くほどにはちっぽけな存在になってしまったんだ。

「…会えて良かった」

俺は改めてそう言うと、レノを抱えて歩き出した。

荷台で押さえられていた男のことが気になったが、それを気にする以前にレノは犯罪者という状態だ。まさかバレてはいないだろうが、何か騒がれてはマズイ。そう思って、縄だけ解いてそのままにした。

青空の下、畑が延々と続いている。

その脇を、レノを抱えて歩いていく。

俺たちには最早、金も職も仲間も―――何も無かった。

“貴方がいつか私を思い出したらその時はこう言って”

“彼女はきっと幸せに暮らしてる、幸せに暮らしてる”

本当に――――――、

幸せだったのか?

DATE:06/10

FROM:ルード

TITLE:RE:RE:RE

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バグでも良い。

お前が大切なんだ、レノ。

 – – – – – – – – – END – – – – – – – – –

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