Seventh bridge -すてられたものがたり-(18)【ルドレノ】

*Seventh bridge

Seventh bridge -すてられたものがたり-

 

***

 

目が覚めたとき、そこは見知らぬ場所だった。

身を寄せていた老翁の家でもないし、逃げ出してきた車の中でもないし、無論自宅でもない。辺りを見回して取り敢えず分かったことは、そこがどこかの民家の一室だということだった。

「なんだ、コレ…」

レノはむっくりと起き上がり、もう一度しっかりとその目で周囲を確認する。何度見ても間違いは無い、そこは見知らぬ民家である。造りは荒く、お世辞にも高価とは言えそうもない。煤けた壁には穴がいくつか開いており、黄ばんでカサカサになったポスターが張り付いていた。

「―――――――気づいたか?」

その時、ふいに声が聞こえてきて、レノはその方向を振り返る。

…と、その瞬間。

レノの動きが固まったのは言うまでもない。

「え……」

見開かれた目に映っているのは、紛れも無く――――――――ルード。

しかし、天変地異でも起こらない限りルードと鉢合わせするなどと言うことはありえない。少なくともレノはそう理解していた。だから目の前にいるスキンヘッドが幻か、もしくは悪い冗談なのではないかと思って思わず目をこすったものである。がしかし、どうやら消えない。

「お…いおい。…頭打ったか、俺」

「…馬鹿。俺は本物だ」

ルードは手にしていた水をレノに手渡すと、ベットサイドに腰を下ろしていたレノの真横を陣取った。ルードを目で追っていたレノは、真横でとまったその物体をじいっと見遣る。まだ疑っているのだろう。

そんなレノの態度に呆れるどころか笑ったルードは、すっと腕を持ち上げて、くしゃっ、とレノの髪をかきあげた。柔らかな髪がぱらっと指の間をすり抜けて垂れ下がる。まるで子供のようだ。

「―――――髪。染めたんだな。…別人みたいだ」

「…そりゃまあ」

「でも、似合ってる」

にこっと、ルードの顔が笑う。

それを見て、レノはだんまりを決め込んだまま、ふう、と息を吐いた。そして、ゆっくりと髪に触れているルードの手を払う。そうしてからもう一度じっとルードの顔を正面から凝視すると、

「――――――――――よ、相棒」

そう言って笑った。

その笑みは昔のまま変わらなくて、それがルードの心を満たしていく。髪の色を変えても格好を変えても、それでもレノはレノなのだと確信できたことがルードには嬉しくて仕方が無い。それに、ずっとずっと会いたいと思っていたのだ、あの警察機構にいたときから、ずっと…。

「レノ」

ルードは短くその名を呼ぶと、起き上がったばかりのその体をぐっと抱き寄せた。そうして間髪入れずにレノの唇に口付ける。

「っ…!」

その突然の行為に驚いたらしいレノが目を見開きルードを見ていた。当然だろうか、今迄随分と長い付き合いをしてきたものの、そんなことをしたのは初めてだったのだから。

しかし、レノは拒否をしなかった。

やがてそのキスが深く舌を絡ませるキスに変わっても、それでも尚その行為を受け入れる。そうしていつの間にか後頭部を掴み、貪るようにキスをしていた。

「んっ…っ…っつ…」

期間も理由も違う。

けれど、どこかからか逃れる生活をしてきた二人にとって、それは久しく触れる“人間の生々しさ”だった。一人には慣れているが、それでも孤独ではないと思える瞬間。

クチュッ、と柔らかな音がお互いの唇の間を裂いて、そっと離れていく。

そうする間ルードはレノの目を見ていたが、レノはどこか違うところを見つめていた。

「…これって何だろうな。感動の再会と同時に傷の舐めあい、とか?」

「今のが傷の舐めあいだと思うのか」

レノはバサッと後ろに倒れこむと、ベットの上で大の字になる。そして、笑いもせずに天井を見つめてこう言った。

「さあ。でも、お前とキスするとは思ってもみなかったから」

「嫌だったか」

「別に。思ったより普通だった」

「“思ったより”…か」

ルードは小さく笑って、ベットの上に寝転がっているレノを見遣る。

レノは相変わらず細い体をしており、今迄であれば外観に似合わず根性があるやつだと思うルードだったが、今は外面と内面が一致しているように思えた。その上、今は犯罪者というレッテルを張られている。いや、それは事実なのだが、それにしたってレノ自身が誰か人を殺めたというわけではない。

その身に背負いすぎているものが多すぎて、本人ではないルードが辛くなってくる。

だからだろうか、ルードの口をこんな言葉がつく。

「―――――大丈夫か?」

その一言に、ようやくマトモにルードの方を向いたレノは、ゆっくりと二度頷くと、その後少しだけ笑った。しかしそれが返ってルードに真実を悟らせるに至ったものである。

大丈夫なはずはない。

そうに決まっているのだ。

現状レノもルードも息をしており確実に生きているわけだが、そういった五体満足という最低限のボーダーで括るならばそれは当然大丈夫ということになる。しかし、人間は体だけで生きているわけじゃない。科学がそれを立証しようが、この世には不思議な真実が眠っている。例えば感情が身体に影響を及ぼすことがあるように。

「なあ。初歩的な質問だけど、どうしてお前がここにいんだよ」

ふいにやってきた質問に、ルードはその経緯を説明することになった。

それは長い長い説明だったが、言葉にすると実に呆気なく、その身に起こった出来事の10%も伝わらない気にさえなってしまう。特にルードの説明は、感情を喚起させるような言い方ではなかったから尚更それが助長されていたといって良い。

しかし、そんなルードの説明にもかかわらず、レノは只ならぬ気持ちを込めて「そうか」と頷いた。

ルードが語った内容は、警察機構の中でレノ捜索をしていたこと、そしてツォンとの調査により分かったこと、そして最後はツォンの変化と自分の立場の変化だった。警察機構の人間ではなく既に犯罪者扱いになったこと、これは実に大きい。しかしそうはいっても、問題の警察機構が爆破を受けたというのだからある意味ではそれも帳消しに違いない。

「要するに、俺もルードも犯罪者ってワケか。まあお前の場合は完璧な冤罪だけどな」

「まあそうだな。…但し警察機構は崩壊した。お前も罪には問われないだろう」

「そんなもんかな」

「ああ。何故ならお前を裁ける人間はどこにもいない」

ぼんやりと天井を眺めるレノと、ぼんやりと地面を眺めるルード。

口には出さないものの、二人の心に渦巻いていたことは共通してこの世の不可思議についてだった。

犯罪者として逃走を続けてきた人間が、ある日唐突にそれをしなくとも良いとされる。その理由は他でもなく“追っ手がいなくなったから”。はっきり言えばそれほど喜ばしいことは無いだろう。

がしかし、二人にとっては少し事情が違っていた。

この、安堵と共にやってきた唐突の空虚をどう捕らえたら良いのか。

一般の犯罪には敵がいない。強いて言えば被害者から見た場合の犯罪者が敵なのであり、そうでなければ犯罪を引き起こした人格であるとか思想であるとか本人自身の中にその解決を見出すほかないだろう。

しかしレノとルードの場合、敵とは、あの君臨する組織達だった。それがどんな些細なことであれ、一般的に認知されない理由であれ、ともかく敵はそこにあった。つまり逃走そのものも敵への抗議と同様だったのである。

しかし敵は、レノの逃がした同胞たちによって滅んでいった。今や、裁きを行う人間はどこにもいないのである。

「――――――――――“人は人を裁けるか”」

「え?」

「…いや。ツォンさんがそう言ってたのを思い出しただけだ」

ルードは突如として口をついたその言葉についてそう説明すると、もう二度と会うことは叶わないだろうツォンのことを考えた。

捜査をしていたとき、あるレストランの一室でツォンはそう言っていたはずである。脱線して良いか、などと断りを入れていつもより饒舌に語っていた。

「―――――ツォンさん…。……死んだのか」

静かな部屋に、疑問とも肯定とも取れぬレノの声が響く。

ルードは床を見つめたまま、無言で、ただ一つ頷いた。

「…そっか。もう一度会いたかった…な」

ルードの方を向いていなかったレノは、だから頷く動作も見てはいなかったが、それでもその場にあった無言が肯定を示していることを悟る。いや、そもそもそれはルードから事情を聞いた時点で分かっていた事実なのだ。しかし、改めて確認するには少し勇気のいる内容だったのである。

神羅崩壊後、プリズンに勤めていたレノにとって、ツォンは随分と懐かしい仲間であり上司に違いなかった。ルードとは良く飲みに出かけていたレノだったが、ツォンとは全くそんなこともなく、それどころか連絡すら取っていなかったのである。それでも、レノにとってツォンは近しい存在だった。物質的な存在ではなく、精神的な存在として。

そんな人が、とうとう、完全に目の当たりにすることのできない存在になってしまったという事実。それはあまりにも大きい。そしていつかは、その顔も完璧に思い出せなくなってしまうのだろう。

「…ツォンさんは俺と調査してるときにも大部分の事実を掴んでた。多分、最終的な真実がツォンさんに“あの判断”をさせたんだろう。俺は…“わざと逃がされた”」

「はは…。ツォンさんらしいな」

レノの乾いた笑いが空しく消えていく。

笑えない。とても笑える心境じゃない。

「そういえばこんなことを言ってた。レノが見つかった後の行動こそ秤にかけられる、と。…幸せかどうかを聞いたら、その答えは神羅崩壊のあの時に置いてきたと言ってた」

「それって…なんていうか、結局ツォンさんも俺と一緒だったのかな」

「多分な。俺はそう思った。だから嬉しかった」

ルードはそう言うと、最後に見たツォンがつけていた警察機構の社章を思い返した。あれはエリートでなければつけることが叶わないもので、ツォンは長らくその社章や立場というものに関心を抱かなかったものである。そんなツォンがあの段階で突然それを手にいれ、性格すらも変え、ルードを逃がしたことの裏には大きな意味があった。そしてその意味とは、レノが犯罪を犯した理由、そしてルードが警察機構を裏切った理由とも一致していたのである。

あの爆破は――――――――――予定されていたのだ。

ルードはそれを感じ取っていた。

あの寂れた店の中でラジオの報道を聞いたその時から何となく理解はしていたのである。しかしそれを改めて思考することは重いものに違いなく、事実を認識するだけはしたものの、その真意については無意識に避けていたのかもしれない。

あの爆破は、予定されていた。

あの爆破で、警察機構の幹部は全員死亡した。

それが示すものとは、過去から続く腐敗した関係と権力の撤廃に他ならない。

警察機構は地域の治安維持に関してはまるで無頓着だった。ミッドガルを中心とする都市のみを管理するだけで、他の地域に関しては同組織というよりもむしろ単なる協定を組んでいたようなものであり、都市部とその他地域での治安維持活動は大幅な格差を持っていたのである。故に、一応の警戒は必要なものの、レノが身を隠すことはそこまで難しいことではなかったのだ。都市部以外の治安維持は、その地で余程の事件でも起こらない限りは大抵見逃しているのが現状だったからである。地域の治安維持部隊は躍起にはならない、躍起になっているのは中央の警察機構のみだ。

そのような現状の中、旧態依然を改めることなく早急に都合のよい結果を出そうとしたのがルードの件だった。今となっては、実際あの案を提出したのが誰なのかは分からないし確かめようもないが、考えようによってはツォンが首謀ということもありえる。

ルードを上手い具合に警察機構から切り離し、そして、丁度幹部全員が集まった状態で警察機構を爆破する―――――これを仕組めるのは、スケジュールとタイミングを知る者だけだろう。そして何よりも問題なのは、この警察機構の爆破については“脱獄囚が関わっているという報道がされていない”ことである。

「…昔の俺たちにとっては、組織を潰すことなんてお手の物だったな。仮にそれが難しくても、それは俺たちの仕事だった」

ルードはそう言うと、ツォンはその主任を務めていたんだ、と強調した。今更言うまでもない事実だったが、その事実こそが警察機構の爆破を裏付けているようにも捉えられる。

レノは天井を見つめたまま、

「だよな。俺達は組織を潰して潰して潰しまくってきた。こんな暢気な世の中で、どっかの組織潰すなんてワケないことなんだって思う。だけどさ…なんだろ、妙に後味悪いだろ。…こんなのってさ」

そんなふうに言った。

レノの言うとおり、そういうことを生業にしてきた彼らにとってそれらの事柄はそれほど大仰な行為ではないに違いない。しかし、確実に流れていた時代は彼らを無事には済まさなかった。何がしかの犠牲を出すことを余儀なくされたのである、それが今ここにある“現状”である。ツォンが死に、レノが犯罪者になり、ルードは犯罪者にもなれず何者でもなくなった。それが“この時代の答え”だった。

あまりにも悲しい現実。

それがここに横たわっている。

最大最強の権力であった神羅の後ろ盾がいかに大きなものだったかを知ると同時に、かつてと同じことをしても違う結果になることを痛感せずにはおれなかった。

「――――なあ、ルード。俺さ、昔ある組織を潰す任務に就いたんだ。あのときのこと、俺は忘れられなかった」

レノはそう言うと、勢いをつけて起き上がり、ルードと同じように背を丸めてべットサイドに腰を下ろす。

寂しいその部屋は真面目な話をするにはあまりにも煤けていたが、しみったれた昔話をするには丁度良い風合いをしていた。

そんな風景の中にレノの声が響き渡る。

「そこの組織のヘッドがさ、木の実みたいなくりっとした目ぇしててさ、そのクセすごく骨のあるヤツで。だけど俺はソイツを蹴散らした。だってそれは俺の仕事だったから」

「反神羅組織だな」

ルードは脳裏にヤンを思い描きながらも、その名は口にせずに同意した。

「そう、反神羅組織。その後はアバランチで手一杯だったから一瞬忘れかけてたけど、プリズンで働くようになって俺はソイツと再会したんだ。しかもソイツは囚人で、おまけに脱獄までしやがんの。だから俺はソイツを捕まえなきゃいけなかったワケだ」

「例の…集団脱獄事件か。お前が昇進したキッカケだろう」

とはいっても、レノの上司や同僚はそれを頑なに拒否していたが。

思えば、彼らは爆破被害を免れたのだろうか。それすら分からない。

「俺は別に昇進なんて興味なかったんだ。机の上で欠伸してるようなのって俺の性には合わないし、アイツらと一緒にプリズンにいる方がずっと良かった。――――アイツさ、俺が監視してるってのにまだ脱獄しようとするんだ。スゴイよな。医療団体を恨んでて、絶対復讐してやるって言い続けてた。でも…アイツの体、ぶくぶくに膨らんでた。呼吸するのも苦しそうだった」

「……」

「俺はさ、最初はそれが何だか分からなかったんだ。タークス時代会ったアイツはただガッチリしてるだけだったのにってさ。病気であんなふうになってるんだって言われて、その治療費が払えないから医療団体を恨んでるんだって言われて、ああ、そっか、って最初は納得してた。けど、それは違ってた。本当に偶然だったけど、俺は知ったんだ。プリズンの上の奴らが話して、分かったんだ。あいつがぶくぶく膨らんでく理由」

レノの話を聞いていたルードは、すっとレノの方を見やった。すると、レノも同じようにルードをすっと見やる。その顔は、両者共に至って真面目だった。

無言の視線が、“膨張剤”の存在を認知している旨を伝え合う。

やがて、その真っ直ぐな視線が、言葉と共にルードに語りかけた。

 

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