Seventh bridge -すてられたものがたり-
処刑の場とされたのは、ある公園の中の広場のようになったスペースだった。
人が死んだその後だというのに、その場所には歓喜の声を上げる人々が大勢おり、更には酒盛りまで始める輩がいたものである。
処刑のために彼らを縛り上げていた長細い鉄の棒はそのまま放置され、信じられないことには、彼らの爆破した破片までもがそのまま放置されていた。破片とは何も服だけではない、“肉片”もである。
ルードがその地に駆けつけたとき、そこには既に嫌なにおいが立ち込めていた。
明らかに、死亡した人間の匂いである。
しかしそれを消そうとした努力だけは見られ、何か違う匂いが混じっていた。どうやら何かの匂いを噴射させ、紛らわせようとしたらしい。
しかしそれにしても、肉片をそのままにするとはどういうことなのだろうか。ルードには、目の前に広がるその情景がとても信じられなかった。
一歩一歩、歩いて、足元に落ちていた肉片の一つをそっと拾い上げる。何か異様な感触がして、一瞬顔を背けてしまったが、もしかしたらそれは愛する相棒のものかもしれなかった。そう思うとそんなふうにするのは申し訳ないような気分になる。
「おい、そこの兄さん。肉の塊には触れんなよ」
ふと、背後からそんな声がかかり、ルードが肉片を手にしたままその方を振り返った。すると、へべれけによった男がへらへらと笑いながら立っている。
「あんな極悪犯なんか片付けてやる必要なんかねえよ。俺たちみたいな善良な市民が手間暇かけてやるのは馬鹿馬鹿しいってもんだ。ほっとけよ！」
「…随分な言い方をするな」
男の喋り方が癇に障って、ルードは思わず低い声でそう口にしていた。
本当は相手にしないでおこうと思っていたのだ、何しろこの場にいる人間たちは異様すぎる。彼らはレノたちを悪魔だとか虫けらだとか罵ったが、真実を知らないままに、またそれを知ろうともせずにただただ人を殺すように差し向けた彼らの方が、ルードにはよほど悪魔のように思えて仕方が無い。
「はっ！そりゃそうだろ、あんた。だってアイツラは極悪犯だぜ？俺ら善良な市民は、あいつらのせいでどれだけびくびくして生きてきたと思ってんだ。こうなって当然よ！」
「そうだそうだ！あんなやつらは消えて当然だ！」
「全くだ！ばーんと破裂したときにゃ気持ちがすーっとしたもんだ！」
男に続き、また別の男や女が、そうして口々に先ほどの処刑のことを語りだす。彼らは皆とても楽しそうに笑い、それらを語っていた。もしかすると中には顔を背けたものもいるかもしれないが、そういう人々はすぐさまこの場を立ち退いたのだろう。
その場に残っていた彼らは、陽気になり、口々に愚痴を言いはじめた。その愚痴の矛先は勿論、先ほど処刑された6人である。社会的に悪者となった彼らは、誰もが認める共通の悪となったのだ。
そうしてやがて、それらの愚痴は重なり、最後には歌になっていった。
彼らは処刑の場で肩を組み合い、そして声高らかにある歌を歌いだす。それはルードも知っている古い軍歌で、特に勝利を祝うときに歌われるものだった。
声は重なり、やがて大空に響いていく。
「…やめろ…」
気持ち悪い。
聞きたくない。
そう思い耳をふさごうとした瞬間に、手に持っていた肉片がべろん、と地面に落ちた。それを慌てて拾おうとしたルードの前で、肩を組み歌を歌っていた彼らの一人が、足でその肉片を捻り潰した。ぐちゃっとした地交じりの肉が、地面にこびりつく。
ひゃははは！という笑い声が響いた。
その肉片がおかしかったのだろう。
歌を歌っていた彼らは、突然のように皆で地面の肉片を足で潰し始めた。掃除をする手間はとってやりたくないが、足蹴にするためならば大歓迎だというのだろう。
「あははは！潰せ、潰しちまえ！」
「どんどん踏み潰せ！ぐちゃぐちゃに見えなくなるまでなあ！ははは！」
ぐちゃ、
ぐちゃ、
ぐちゃ…
――――――ああ、やめてくれ…。
頭が、おかしくなりそうだ。
ルードの目の前で、多くの肉片がゴミのように地面に擦り付けられ、大地と同化した。血の色に染まる広場。落ちているのは肉片だけではなく、服の破片もだし、飛び散った血も染みのように赤黒く地面を染めている。
「やれ！やれ！踏み潰せ！」
「そうだそうだ！破片すら残らないようにこの世界から消えちまえ！」
ぐちゃ、
ぐちゃ、
ぐちゃ…
――――――ああ、頼むから、頼むからやめてくれ…。
耐えられない、とてもじゃないが耐えられない。
人々はさも当然のようにそれをこなし、さも当然のように自分の権利を主張する。しかし、おかしな話だった。レノは確かに疑いようもなく本人であったが、その他の5人に関しては正式な資料がなくなっていた上にプリズンの職員の記憶は曖昧だったために、“本当に脱獄囚だったかどうかは分からない”のである。証拠が無いのだ。
しかし彼らは、それを容疑者だと断定した。
それは、犯人が本物であろうと偽者であろうと関係がなく、ともかくこの一連の事件の悪者を作り出す必要があったということである。その手法はどこかで聞いたことがある。そう、あの警察機構がやろうとしていたことと同じなのだ。
本当か嘘かなんて関係がない。
犯人がいれば良いのだ。
誰かに憎まれる“悪”がいれば、それが犯人だろうが道化だろうが役者であろうが問題ではない。その悪が生まれることによって、多くの市民は優越感を覚え、自分が善良な市民であることの証明ができ、また有力な組織にとっては何よりも大事な、命よりも大事であるかもしれない体裁を守ることができるのだ。
そのことに行き着いたとき、ルードは急激にこの理について馬鹿馬鹿しさを感じたものである。
すべてがそういうふうにできているとしたら？
愛する誰かが守った信念も、結局はそういう世界に踊らされているだけのものだったとしたら？
――――――こんな馬鹿馬鹿しいことがあるだろうか？
全身から怒りと悲しみが噴出しそうなくらい、虚しいほどの、この感情。
「―――ふざけるな…」
ルードは知らず拳を震わすと、低く唸るように、喉の奥からそう吐き出した。しかしその低い声は誰にも届かない。ぐちゃ、ぐちゃ、と肉片を踏み潰すことに必死な人々には、その声が届かないのである。
それがもどかしくて、ルードはとうとう叫んだ。
それは、張り裂けんばかりの気持ちが篭った、ルードの訴えだった。
「お前たちは…お前たちは一体何なんだ！？人を足蹴にするのがそんなに楽しいか？善良で何の問題も起こさない優良な人間であることがそんなに嬉しいか？お前たちが踏みつけているその肉片はごみなんかじゃない、それは人間の破片だ。彼らは悪魔でも虫けらでもなかった。彼らはこの社会に不当な扱いをされ正当な権利を主張しただけだ。あんたらはたまたま不当な扱いを受けなかっただけだろうが！それなのに、そうやって簡単に権力の言いなりになって、真実を知ろうともしない。集団でよってたかって故人の肉を踏みにじるなんて少しは恥を知ったらどうなんだ！人殺しはあんたらの方だ！」
声が響き、その場は暫し、しんと静まった。
しかし―――――。
「…んだよ、この禿げよ！てめえ、犯罪者に味方すんのかよ、このクソったれ！」
「そうだ、そうだ。ふざけんな、このクソ野郎！」
人々は次々と暴言を投げかけると、今迄踏みにじっていた肉片を手にとり、それをバン、とルードに投げつけた。それが見事に命中すると、他の者もそれに倣ってドンドンとルードに肉片を投げつける。
「こんのクソ坊主め！こんの社会の敵め！」
「どっかいっちまえ！この悪魔！」
べちゃ、と顔に張り付く肉片。
べちょ、っと体に張り付く肉片。
人々の標的にされたルードは、その肉片が飛んでくるのをよけることはしなかった。だからそれらの肉片が張り付いてはべろん、と地面に落ち、臭い匂いと血交じりの跡がルードの体や服を汚していく。
暴言を耳で聞き、肉片を体で受け、ルードは無言で考えていた。
これが―――――…、
これが、一緒に生きていこうとレノに提案した世界の正体だったのだ、と。
そして、レノの選択はやはり正しかったのだろうとも思っていた。こんな世界で彼が生きていくことは、きっと息苦しかったのに違いない。この惨めで哀れな死に様は、それでも生き恥を晒すより何倍もマトモだったのに違いないのだ、と。
昔、大好きだった相棒と共に、空の下を走り回った。
そのとき、神羅カンパニーという会社のタークスという組織にいて、自分はある意味では、この世界を守る人間の一人だった。
守った世界の行く末が――――――今、ここにある。
「……レノ」
べちょ、と肉片が張り付く。
耳に入り込む、誹謗、中傷、罵り。
その中でルードは思っていた。
もしもう一度、相棒に会えるなら…そのときはこう伝えたいと。
「――――――“お前は幸せだった”…」
ほとぼりが冷めた広場で、ぐちゃぐちゃに壊された機械を見つけた。
見覚えのある携帯電話。
それをそっと拾って、ルードは静かにポケットの中にしまいこむ。
会えない間、それでもこの電話を通じて繋がっていたことを思い出すと何だか切なくなる。どこにいるか分からなくてもその電話からは常にメールが送られてきて、レノの心の内を教えてくれた。
そういう携帯電話が、今はルードのポケットの中にある。
しかしそれはもう、レノの心の言葉を届けてはくれない。
メールを送っても、返ってくるものはない。
ふいに自分の携帯電話を取り出したルードは、その中にあった、未送信のメールを表示させた。それはレノが居なくなったその朝すぐに打ったメールで、しかし送信しなかったメールである。
「…何か変わっていたか？」
もしそのメールを送っていたら、少しは変わっていただろうか。レノはあの場に身を投じなかったのだろうか。
そんなふうに思うとますます切なくなってきて、ルードはそのメールを削除しようとした。が、何故だかそれが躊躇われて、少し考えた後、送信というボタンを押す。
壊れたレノの携帯がそのメールを受け付けてくれるはずがないと知っていたが、それでも未送信のメールを送信したら、削除するよりかは良いような気がしたのだ。
画面には、「送信完了」という文字が表示されている。
――――――送信完了、か…。
その言葉と共にこの気持ちも完了するならば、どんなに楽だろうか。
ああ――――――…
空を見上げれば、
相棒が愛した、あの綺麗な空がどこまでも広がっている。
どこまでも、飽きることなく、
彼の心のように真っ直ぐと、広く。
そして、
青く、どこまでも青く。
TIME：０７／０３
FROM：ルード
TITLE：大切な相棒へ
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お前と一緒に笑いあう。
俺はただ、それを夢見てる。
大切な相棒へ、贈る。
– – – – – – – – – END – – – – – – – – –
END