03:獣達の声
階下までの階段は短かった。
酒場からそう離れてもいない地下で、そういった行為が繰り広げられている―――それは醜悪でもあり、また滑稽でもあった。
最下層の床に足を付け、ヴィンセントは思わず顔をしかめる。
目前を平然と歩いているマスターは、ふと振り返って目にしたヴィンセントの表情に、ふわりと顔を和らげた。
「どうです?乱れきった獣たちの声は?」
「……」
耳にとめどなく押し寄せる声が、ヴィンセントを支配している。それは、部屋の壁をすり抜けて、方々に飛び交っていた。
淫猥な―――――喘ぎの声、快楽の声、絶頂の声。
性別など関係無く、男女入り混じったその声は、狭い廊下に反響している。あまりに無数の声が混ざっている為に、それはまるでざわめきの様に感じられた。
その中にクラウドのものがあるのかもしれないと思うと、平然な面持ちをしてはいるものの、気分が悪くなりそうになる。
「さあ、こちらへ」
そんなヴィンセントに配慮することなく、マスターは慣れた足つきで廊下を渡っていった。
そして、突き当たりの右にある小さなドアに手をかけると、誘うようにヴィンセントをその中へと連れ込む。
その先にあったのは、とても暗い空間。
「…これは…!」
次の瞬間、ヴィンセントの口からは思わずそんな言葉が飛び出した。
だってそれは―――――まるで神羅を思わせる作りだったから。
「どうです、此処までするのには苦労しましたよ。その分、反響も良いんですけどね」
稼ぎには苦労しませんよ、と笑うマスターを一瞥したヴィンセントは、再度その部屋をぐるりと見渡す。
そこにあったのは、おびただしい数のモニター。
さすがに神羅ほど本格的ではないが、そのモニターにはどこで何が行われているかが映し出されている。
「貴方の探してらっしゃる方は、この方でしょう?」
マスターがそう言って簡易的なスイッチを押すと、並べられたモニタの一つが素早く切り替わった。
そこに映し出された光景に、ヴィンセントは思わず言葉を失う。
こんなことは予想していたはずなのに、いざ現実を突きつけられるとどうしようもない感覚に襲われる。
そこに映っていたのは―――――悦楽に身をゆだねるクラウドのすがた。
しっかりとした体格の男が我を忘れたふうに腰を動かし、それを受けたクラウドが見た事も無い表情で声を漏らしている。
しかし不思議なのは、クラウドの口端から挑発的な笑みが漏れていたことだろう。
クラウドは楽しんでいるのだ、その行為を。
『な…あっ、その程度かよ、っ』
その言葉に触発され、男の腰が更に強く揺れる。
『まだ…だ。…も、っと…もっと、強くっ』
金髪が荒々しく鷲摑みされ、クラウドの表情が歪む。
『はっ…も、もっと…』
『へっ、随分と淫乱なやつだな』
『う…ああっ』
『思った通りで良かったぜ。アンタの目は、どう見たって誘ってる目だったし、なあ?』
男の下で悶えながら恍惚の表情を浮かべるクラウドは、とてもヴィンセントの見知った男とは思えない。
『ホラよお、もっと鳴いたらどうなんだ。ええ?』
『ああッ…っ』
手荒すぎる動きに、身体が大幅に揺れた。
誰とも知らない男の、その欲望を受け入れながら。
それでも―――――クラウドの顔は笑っていた。
モニターから目が離せなくなっていたヴィンセントの耳に、マスターのねっとりとした声音が入り込む。
「随分と飼いならしておいでですね」
その無粋な言葉に眉をしかめ、ヴィンセントはやっとモニターから目を離した。
飼いならすだと?―――――一体誰がそんなくだらないことを。
そう思い怒りが込み上げたが、寸でのところで理性が働いた。
「従順…というには少し過激かな?…まあ良い。貴方もいつでもご利用できますよ。まあこんな姿を見ておいて、あのベットで彼を抱けるなら…の話ですがね」
「…いらん世話だ」
「そうですか」
モニターのスイッチをカチリ、と切り替えると、画面はまた違う部屋を映し出した。
そこにもやはり狂ったように性交を繰り返す男女の姿が映し出されており、例えそれがクラウドでは無いといっても、先ほど見た光景がそれに重なってしまう。
欲におぼれた―――――見たことの無い表情。
もちろん誰だって友人や仲間のそのような表情など知りえないだろう。だが、こうしてそれをまざまざと見せ付けられると、普段とのギャップのせいかとても頭から離れそうに無い。
「………」
それにしても―――――あの状況をどう判断すれば良いのだろうか?
ティファから相談を受けた時分に思ったように、これは欲求の開放という言葉だけで済ませられる事柄なのだろうか。それがいまいち判断し難い。
とはいえ、あの素振りが性癖だとか性格だとかいう言葉で片付けられるのなら、やはりそれで合っているのだろう。
しかし、ヴィンセントにはとてもそうとは思えなかった。
クラウドは少し影を持ちながらも何処か必死に自分を保っているような、そんな健気ともいえる部分を持っていたし、こういった欲求に支配される人間には見えない。
それは憶測に過ぎなかったが、ヴィンセントは自分の感覚に間違いは無いと信じていた。
しかしそれを信じるならば―――――あの態度は一体、何だ?
「もう良いですか?それとも、あなたもあの中に入ります?」
ふいにかけられた無粋な言葉に、ヴィンセントは冷徹な表情でマスターを見据えた。
「ふざけるな」
そう短く言い放つと、ヴィンセントは静かにその部屋を後にする。
左右に並んだ部屋からは、やはり入り乱れる声が響いていた。
久々に嗅いだ外の空気にホッとする。
酒場の扉を背にしながら、このままクラウドが出てくるまで待つかどうか、ヴィンセントは悩んだ。
しかし、頭を巡る映像と考えが、それを拒否していた。