Frail Cage(7)【ヴィンクラ】

*Frail Cage

07:契約と溝

  

 

それは、例の酒場の地下の一室だった。

今、ヴィンセントの目前にはクラウドがいる。

夜の気質をしっかりと持ったクラウドが、誘惑の笑みを浮かべて身体を支配している。

それは約束だったから、ヴィンセントには彼の行動を振り切ることなどできなかった。

クラウドがなにを考えて仲間である自分にそんなことをするのか…それはわからない。しかしともかく、事実は変わらない。いまこうして一線を越えようとしている事実は。

ヴィンセントの目には、あの弱々しい瞳とは全く違う挑発的な瞳が映し出されていた。

 

 

 

剥ぎ取られた衣類は、無残に床に散らばっていた。

クラウドの手がヴィンセントの首筋をゆっくりと這う。そうしながら重ねられた唇は、妙に熱を帯びていた。

やがて割れ目から進入した舌が、これでもかというほどに絡みつく。息ができないほどではないが、激しい口付け。それがヴィンセントの感覚を支配しようとしていた。

気が緩めばすぐに堕ちてしまいそうな快楽に、なんとか理性を働かせる。そうして自制心を保ちながら対応するヴィンセントに、クラウドは顔をしかめた。

「何だよ、もっと感じてくれないとツマラナイだろ?」

ヴィンセントの胸の突起を指で転がすように弄ると、クラウドは普段露わになることがないヴィンセントの首筋に舌を這わせる。

「…っ…」

声を出すのは躊躇われた。

勿論、目前のクラウドはそうする方がより興奮するだろうと分かっているが、何だかそれは違うような気がしていたのである。

「なあ、もっと声出してくれよ」

つまらないだろ、とまた同じ言葉を繰り返しながら、クラウドの行為は続く。

壁に背をつけた状態でその行為を受け入れているヴィンセントは、無意識に部屋のどこかにあるだろうと思われる監視の眼を探した。

これらの行為が、いつか見たようにモニタに映し出されているのかと思うと、知らず嫌な気分になる。

「男と、って初めて?」

そう含み笑いをしながら言うクラウドの手は、散々弄んだ胸から下り、固く閉められたズボンをこじ開けた。その隙間から容赦なく手を這わせると、幾分か大きくなっていたそれを嬲り始める。

最初はなぞるように、それから包みあげるように。

「お前と一緒にするな」

「そう、ごめんね。俺は慣れてるからさ」

時間稼ぎにもならない会話。

何を言っても淡々と羞恥の念も無く言葉を返してくるクラウドは、確実にヴィンセントの身体を犯していく。その慣れきった手つきが、ヴィンセントを妙な気分にさせた。

クラウドは、いつの間にこんなふうになったのだろうか?

徐々に激しくなる愛撫の手からは最早逃れられそうも無かったが、そこからくる快楽を押し殺そうとしてしまうのは、相手がクラウドだからかもしれない。

「…アンタって綺麗だよな。ずっとそう思ってた」

急激に手の動きが早まり、ふいに唇が奪われる。

「んっ…」

散々に舌が絡み合い、離れてはまた繰り返されるキス。それはときに強引に、ときにねっとりと粘りを見せるように続いていった。

重なった舌と舌のあいだから、無意識に吐息が漏れる。

「ずっと前からこんなふうにしたいって思ってた…って言ったら、どう?」

「…馬鹿、なことを…」

「そう思うか?…アンタの感じてる顔って、本当、良い」

そう言って笑う顔が、昼の戸惑う顔に重なる。

いま目の前でクラウドが吐く言葉は、まるで別の空間での言葉のように感じられた。まさか、彼の吐き出す言葉が本気とは思えない。

おそらくこれは、挑発の言葉なのだろう。この行為を楽しむための、そしてヴィンセントを快楽に貶めるための。

そんなふうに考えていたヴィンセントの前で、クラウドはふふっと笑ってこう口にした。

「……なんて、嘘だけどな。俺がそんなこと、アンタに思うはず無いもんな?」

「……」

「そろそろ挿れる?」

「……」

クラウドの発言に、ヴィンセントが沈黙を返す。そのあいだもクラウドの手は休むことなくヴィンセントを刺激していたが、それでもヴィンセントは勝機を保っていた。

それが気に食わなかったのだろう、クラウドは途端につまらなそうな表情を浮かべる。

「何だよ、黙りなんてズルいだろ。挿れるのか、挿れないのか?…それとも不満か?」

「……」

「…もういい。じゃあ、こうしよう」

クラウドはヴィンセントの体から手を離すと、ふと自分の服に手をかけた。大雑把にそれを取り払いながらヴィンセントの腕をとると、グイっと自分の方に引き寄せる。

そのせいで、今まで壁に背を付けた状態だったヴィンセントは少し上体を上げることになった。

「見てて」

クラウドはそう言うと、自分の重心をヴィンセントの肩に預けた。右手はヴィンセントの肩を押さえ、左手は自分自身の下半身へと滑り込ませる。

クラウドの性器は既に大きく勃起していたが、彼の手はそれを越えて背後にまわり、隠れた体内へと差し込まれた。

指は、クラウドの意思通りに深いところまで突き進む。根元まで埋め込むと、今度は自ら律動を与えた。その振動は右手越しにヴィンセントへと伝わっていく。

無理矢理に差し込んだせいか、クラウドの表情は少し苦しそうである。

「クラウド…」

約束と言いながらも理性を捨てきれずにいたヴィンセントは、そのクラウドの行動に戸惑いを隠せなかった。

だって、これはなんだ?

今クラウドは、自分自身でその身を犯しているではないか。

しかも自分の目の前で。羞恥の感情すらなく。

「あっ…あっ…」

自然と漏れる息が、ヴィンセントの耳元を掠めた。どういうわけだか、ぞくりとする。今まで眼前のクラウドは誘うような視線ばかりを見せつけてきたが、今感じるのはそれとはまた別なものだった。

クラウドのこの行動がなにをいいたいのか、それは分かっている。

己の指の刺激で、徐々に異物の侵入の受け入れ、態勢を整えるその場所。

ふと半開きの眼がヴィンセントを捉えた。

見れば、その口端はすいと上がっている。

「い…挿れるほうなら…抵抗、無いんだろ?」

荒い息遣いの中でそんなふうに言われ、どう答えて良いかわからずに焦る。そもそもそれ以前の問題なのだが、そういうことすら口に出せない雰囲気が漂っているのだ。

耳にかかる息が、熱く激しくなっていく。

「良いんだ、俺はどっちでも…っ」

「…そんなふうに言うな」

ようやくヴィンセントの口から発された言葉はそれだった。クラウドはそれを耳にし笑みを漏らす。

諌めるようにも聞こえるそれは、クラウドにとってみればどうでも良い内容だった。男を抱く事もあれば、女を抱く事もある。その逆も然りで、それは当然の事だったのだから。

相手を選ばない意味は、まさにそこにある。

けれど、今こうしてヴィンセントを相手にしていることは、クラウド自身にとっても実は大きな意味があった。

とはいえ、クラウドの中にそれを伝えるような気は毛頭無い。もちろん、そういう素振りを見せるのもタブーだ。そんな事は許されない。

クラウドの中にある気持ちは、ただ一つだけだった。

 

そんな気持ちは、踏みにじってやる―――――お前が大切にしてる、その気持ちすべて。

 

いつの間にか顔を背けていたヴィンセントに気付き、クラウドは自分の指を抜き去った。

「気持ち悪いか?」

ふっと笑いながらそう言うと、ヴィンセントの表情が怪訝そうに動く。それを余所目に、クラウドはすっかり慣らした腰を持ち上げた。

「約束だよな?」

拒絶させないようにするためか、そんな事を言う。

それから少しして、局部がみしみしと重なり合う感覚が二人を襲った。妙な感じがする。クラウドにとっては慣れきった行為だったが、ヴィンセントにとっては特別なものを思わせる感覚。

「あ、あっ…っ」

クラウドはゆっくりと腰を落とし、身体の奥深くに挿入していく性器の感触に喘いだ。そして、なりふり構わずに身体を動かし始める。

それは徐々に大きく波打つようになり、いつの間にかクラウドは理性を捨てたように激しく律動していた。

「うっ…っ…」

律動にともなって、ヴィンセントの口からも無意識に声が漏れる。

分かっていたこととはいえ、やはり奇妙な気分になってしまう。

本能的には、クラウドの仕掛けた罠に嵌るべく快楽に溺れていることがわかる。それが証拠に体は正直に反応しているし、クラウドの奥を突く性器からは言い逃れようのない快感がせりあがってくる。

しかしなぜだろうか、それとは別にやけに冷静な目でその状況を見ている自分がいるのだ。

それはやはり、ティファとの約束が始まりだったからだろうか。

それとも相手がクラウドだからだろうか。

それとも―――――…一般的に男としての分析なのかもしれない。

それはヴィンセント自身にも分からなかったが、そうして思考を巡らせている自分が、ヴィンセントにとっては可笑しかった。

なにしろ、こんな状況になってもなお、まだ足掻こうとしているのだ、自分は。なんとか理性で抑え込もうとしているのだ、無駄なあがきだとわかっているのに。

そう……無駄なあがきだ。

ヴィンセントは細めた目のなかから、頬を紅潮させて喘ぐクラウドを見つめた。

「はっ…あ…ヴィンセント…っ」

途切れ途切れの声を出すその口に、ヴィンセントが自然と口付けたのはそのときだった。

これは理性が負けた証拠なのだろうか?

それはわからない。しかしその唇を貪ってほしいままにすることが、今もっとも自然に感じられたことは確かである。

ヴィンセントの口づけに返されたのは、激しく絡み付くようなキス。息もつくひまもないほどお互いに深く唇を貪り、唾液を飲み込んではまだ舌先を絡め合った。

お互いがお互いを求めている。このキスはその事実を如実にあらわしていた。

そして、ようやくその唇が離れたあと、クラウドの口からか細い声が漏れる。

「…俺…の方が…」

「何…?」

そう聞き返すが、返事は無い。

 

俺の方が―――――。

 

永遠に続くかのような夜に、二人の熱は溶けていった。

それは、本当の始まりだったかもしれない。

 

 

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