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■SWEET●SHORT
ザックスから漂ってくるオレンジの匂いについて。
微シリアス?と思いきややっぱりスイート?
オレンジの夏:ザックス×クラウド
「これ何の匂い?」
隣からふんわりそよいできた匂いに、俺は思わずそう聞いた。
「これ?さあ、なんつったかな。貰いモンだからさ」
「ふうん…」
名前も忘れた貰いモンなのにちゃんとつけるんだ。
何かヤな感じ。
俺の隣にいるのはザックスという俺の友人で、もうずっと前から俺たちはこうして隣同士を歩いてる。それでも俺とザックスって全然違うんだ。考え方も女の子の好みも歩く歩幅だって違う。
それでも俺たちは隣り合って歩いてて、だけどたまに俺だけ立ち止まるんだ。だからその分俺はザックスより遅く歩いてるんだろうと思う。ザックスの背中を見て歩いてるんだって、そう思う。
そんな俺たちは大したことない話を繰り返して日々を過ごす。
たまに好きな子の話をしたり、将来のことを話したり…。だけど俺はそうするたび曖昧な答えしか出さずに笑ってやりすごした。だって俺にはやりたいことも特別無かったから。
「オレンジの匂いなんだってさ、これ」
「ふうん…」
「何か夏って気がしねえ?」
「うん、そうかも」
ザックスから流れ込んでくる匂いにはオレンジが含まれてるらしい。何でもある女の子に貰ったコロンなんだって。俺にはそんなのくれる子もいないから羨ましいなって思う。
だけど俺は特別そういうのが欲しいとは思わなかった。
負け惜しみじゃなくて、俺はオレンジの香りなんかさせるほどパワーなんてなかったから。なんだかあのオレンジという色にはパワーがある気がするんだ。何でだろう。だけどそう思う。
「そのコロンくれた子はさ、ザックスのこと好きだったんだね」
「は?なんでそうなる?」
「だってザックスに合ってるから、その匂い。ザックスのこと考えながらじゃないと、そのコロンは選ばなかったんじゃないかな」
実際、有名な香水や人気のある香水がいっぱいある。それなのにその子は、あえてそのコロンをザックスにあげたんだ。無難なものを贈ろうって考えたら、きっとオレンジのコロンは贈らない。有名な香水でも贈るんだろう。
「そんなに気になるか、クラウド?」
「え?」
「だってそんなこと言うからさ。嫌だったら今度からつけねえよ」
俺は慌てて、そんなことないって言った。本当にそういうつもりじゃなかったからだ。
確かに、最初はちょっとヤな感じだなって思ったけど今はもうそう思わない。その子は本当にザックスを好きで、ザックスのことを分かってたんだなって思ったから。
俺はその子が、凄いなって思ったんだ。
俺もそのくらい分かってないとダメだなって。
それなのにザックスにはそれが伝わってないみたいだった。それどころか、俺が感心してた、見たことも無いその子に対して、こんなことを言い出した。
「まあ実はさ、このコロンも別に好きってわけじゃないんだ。単にあったからつけただけ。それに…正直ちょっと思い出したくない思い出まであるしな」
「思い出したくない思い出?」
それは、その子との思い出なのかな?
俺はそう思った。
俺の予想は的中したけど、細かいところは全然違ってたらしい。ザックスは手をびらびらと団扇のように扇ぐと、少しセンチメンタルなふうに言った。
「コレくれた子、夏が好きだったんだ。海に行くのが好きな子でさ。オレンジの匂いって夏っぽい気がするから好きだって言ってた。でも…その少し後かな、大好きな海で死んだ」
「え…」
夏とオレンジの匂いが漂う中、俺とザックスの間に生ぬるい風がやってくる。纏わりつくような風が何だかじれったい。
俺は、聞いちゃいけないことを聞いたらしい。
そんなことだとは思わなかったから気軽に聞いてしまったけど、それは確かに思い出したくない思い出に違いなかった。
どうしてあんなことを聞いてしまったのか、そう後悔する。せめてごめんと謝らなければと思ったのに、それすらザックスに越されてしまった。
「あ、なんかゴメンな。そんな深刻にならなくても良いから、もう過去の話だしな」
「そんなこと…やっぱり、ごめん」
「気にすんなって」
そのコロンをザックスがつけていることに、ヤな感じだなんて思ってしまった自分が恥ずかしいと思った。そう思ったことを取り消したかった。
「まあさ、そんなわけだから、あの子が俺を好きってことは無かったと思うぜ。この匂いを選んだのは単にあの子の趣味だろ。まあでも…そのおかげで夏って気分になる。夏になると思い出すんだ」
「…そっか」
俺はふと思った。
もしかして、その子がザックスのことを好きだったんじゃなくて、ザックスがその子のことを好きだったのかな、って。それはそれでヤキモキした。けど、それを責めるのはあまりにも筋違いだった。
「ザックス、あのさ」
「ん?何だ?」
「夏になったら、海に行こうよ。俺と一緒に海に行こう」
俺の言葉に、ザックスは驚いてるみたいだった。
今さっきその子が海で亡くなったっていう話をしたばっかりなのに、こんなことを言うのは不謹慎だったかもしれないけど…でも俺は思ったんだ。その子に負けない俺になろう、って。
俺にはオレンジの匂いをさせるパワーなんて無い。
海も夏も特に好きってわけじゃない。
でも、特にこれといってやりたい事があるわけじゃなかった俺にとって、それは突然、やりたい事になったんだ。ただ海に行くそれだけのことが、俺の中の目標になったんだ。
「何だよ、お前ちゃんと泳げんのか?」
さっきまで驚いてたザックスが、にやにや笑いながらそんなことを言い出す。
「多分泳げるよ。って、別に泳がなくても良いだろ、見るだけとか」
「何言ってんだよ!海に行ったら泳ぐ!これ鉄則だろ?」
「んなわけないだろ…」
俺はそう毒づきながらも、隣を歩いてるザックスを見て笑った。
オレンジの匂いは相変わらずザックスの方からほんわり漂っていて、俺はそれがザックスに似合ってるって思う。うん、やっぱり似合ってるんだ。
思い出の中のその子がどういう気持ちでそれをあげたのか、それはもう分からないことだけど、俺はザックスの中の「夏」や「海」に対して、その子以上の存在になれるように頑張ろうと思う。
そのコロンをつけて思い出すことが、その子の思い出であり、それから俺との思い出でもあるように…いつかそんなふうになれれば良いな。
そしていつか俺にとっても、そのオレンジの匂いが大切なものに変わるように。
「俺は、好きだよ」
このオレンジの匂い。
そう言おうと思ったのに、早とちりのザックスが素っ頓狂な声を上げる。
「え!?いきなり告白かよ!」
「違うよ!この匂いのこと!」
「なんだ、そっちか」
俺は思わず笑ってしまった。
勿論ザックスのことは好きだけど、そんなのわざわざ口に出したりしないよ。
だけど、海に行く日には言っても良いかな?
俺はそう思いながら夏を待ち遠しく感じていた。
END