GLOWFLY(16)【ザックラ】

*GLOWFLY

神羅の影:16

  

ふっと、目が覚めた。

ああ―――――――まただ。

またあの昔の記憶だ…確か前もそうだった。あのドラッグを飲んだその後、夢を見るかのように昔の記憶が蘇ったのだ。今日も、それと同じことが起きている。

それを自覚したザックスは、開いた目をすっと横にシフトさせた。

「…クラウド」

視界の中には――――――クラウドが、いる。

今ザックスの視界にいるクラウドはハッキリと目を開けており、それはあのときと同じように正常な色を放っていた。物を“映し出す”だけではない、物を“見る”目…それがザックスを捉えている。

ベットの上に広がったザックスは目線だけでクラウドを追うと、少し小さな声で、また会えたな、と呟く。それに対してクラウドは、優しい微笑を浮かべながら一つ頷いた。

「ありがとう…約束、守ってくれたんだね」

「…ああ」

蹲るような形で体をザックスの方に向けていたクラウドは、それを少し崩すようにザックスに近付くと、丁度ザックスの肩の辺りに額を当てて目を閉じる。

そうして、言葉を続けた。

「…ありがとう、ザックス。俺、嬉しいよ」

くぐもって聞こえてきたその言葉に、ザックスはもう一度「ああ」と返すと、自分も同じ気持ちだということを告げる。それは嘘偽りない真実の気持ちだったが、それでも少ししこりが残った。

以前――――こうして正常なクラウドに会った時。

あの時は、本当にクラウドがこうして正常に戻ったものだと思っていた。そう信じて疑わず、その体を抱いた。

しかし実際にはそれは違っており、正常なクラウドというのは幻想に過ぎないことが分かってしまったのである。

その事実はひどくザックスを貶めたものだが、それも今この状況からしてみれば何ともいえない事実といえるだろう。

だって今こうしてこのクラウドと対峙しているのは、これが幻想だと分かった上での行為なのだから。

あのドラッグを口にして、現実逃避といっても過言ではない幻想に会いにくる―――それがどんなに愚かなことかは分かっているし、それが正しいなんてことはありえないとも理解できている。

だけれどザックスはそれを選び、今こうしてクラウドに再会しているのだ。

この事実は、目前のクラウドに対してどう反応したら良いかという判断を鈍らせる。
だからなのかザックスは、前回のように心からの言葉というのが口にし辛い心情だった。

―――――幻想にどんな言葉をかけても、どうにもならないのに。

「ザックス…どうしたの?」

ふっと、そんな言葉が耳に入る。
それを受けてザックスは、すっと上体をクラウドに向けた。

「…いや、何でも無いんだ。少し…考え事してた。ごめんな」

そう言って僅かに笑ったザックスは、ふと脳裏に浮かんだ情景にそっと目を閉じる。

閉じた目の中で反芻されたのは、かつての神羅時代のこと。

それは先程まで思い返していた記憶の一部で、確か以前にもこうしてクラウドにぼうっとしていたのを指摘されたことがあったのだ。

「――――なあ、クラウド…」

少しした後にすっと目を開けたザックスは、落ち着いた声でそう切り出す。

「外に出ないか。お前、いつもこの部屋の中だろ。たまには…二人で外に出てみないか」

「外?」

「ああ、そうだ。昔みたいに、二人で」

そう言って僅か笑ったザックスを、目を開けたクラウドの瞳が捉える。
その瞳は暫く黙ってザックスを見詰めていたが、そうした後にふっと、笑んだ。

「うん、良いよ。…行こう」

クラウドの言葉は肯定的で、ザックスの頬を緩ませる。

本来ならクラウドと共に外に出かけるということはありえないことで、ザックスにとってみればあの日以来というくらいの事だった。あの日とは…そう、あのおぞましい事件の日のことである。

勿論あの場からの脱出という部分も含めればクラウドと共に外にいることは少なからずあったわけだが、それでもその時のクラウドはもう既に尋常ではなかった。

だからこれは、正常なクラウドとのニ年ぶりの外出となるだろう。例えそれが仮初でも。

「…よし!じゃあ、行くか」

ザックスはバッと起き上がりながらそう声を上げると、隣のクラウドを抱き起こした

そうしてベットの上から降りると、手短に服装を整える。とはいってもいつも同じ格好も同然だから、それはちょっとした皺を直す程度のものだ。

自分のと同じようにクラウドの服もしゃんと直したザックスは、そっとクラウドの手を握りこみ、それからゆっくりとした歩調でその部屋を出て行く。

二人が出ていった後の部屋は、空洞と化していた。

 

 

 

夜だからと静かな足取りで外に出た二人は、その後も夜の静けさに溶け込むようにゆっくりと歩いていた。

外に出ようと言い出したザックスは、クラウドの手を引いて手前を歩いていたが、それでもその足の向かう先が自分でも理解できていない。

元々ザックスはどこかに行こうという目的があってクラウドを外に連れ出したわけではないから、それは当然かもしれない。

あては無いけれど、とにかく外へ。

そう思った理由には、いつもその部屋にいるからという理由もあったが、部屋にいては前回と同じことを繰り返しそうだから、という事も含まれていた。

しんと静まる夜の闇。

気に留めていなかったが、季節は夏の終わりごろで、少しばかり涼しい風が頬を撫でていく。湿気を含んだ空気が多少肌に張り付いたものの、風がそよぐとそれも少しは緩和されるように思う。

そんな中で、ザックスとクラウドは道を進んでいった。
一歩一歩、確実に。ゆくあてもなく、ただ静かに。

そうして進んでいくのは一本道だったが、暫くすると枝分かれし、それが行く先を決定する選択肢となる。

ザックスはいつもこの枝分かれした道のうち大きな道を進み仕事に出かけていくのだが、そこを抜けるといわゆる「街」に出るのだ。

家はそのあたりに集中していて、瓶底オヤジの家のように奥まったところにポツンとあるのは珍しい。だからこそクラウドを預けられるというのもあるのだが、商売をする店としては立地が良いとは言えないだろう。

ともかくその大きな道を抜ければ街に出る事は承知していたが、その時のザックスは敢えてもう一つの道を選んだ。

その道は人一人がようやく通れるほどの道幅しかなく、道も蛇行している。舗装してあるとは言い難い伸び切った草木が両脇に茂っていることからしても、あまり人の利用は無いのだろう。

その道を抜けるとどこに行くのか、ザックスは良く知らなかった。

以前、瓶底オヤジに聞いた話によれば、旧道なのだとかいう話だったが、それでも今は行き止まりなのだと言っていたと思う。

行き止まりの道に進んでも仕方はないだろうが、それでも大きな道を通って街に出向くのも何だか違う気がする。だから、知らないその細い道を進んでいく。

そうして進んでいった道は蛇行している上にかなりの距離があり、ザックスは途中でクラウドの体力のことを気遣わねばならなかった。

とはいえついニ年前までは兵士だったクラウドである、まさかこの道だけで酷い体力消耗があるとは思えなかったが、それでもここ最近出歩いていないことを考えると心配になってしまう。

がしかし、そういったザックスの心配はどうやら水の泡だったらしい。
クラウドは疲れた素振りなど微塵も見せず、それどころかこんなことを言う。

「俺、久々に歩いた気がする。…おかしいよね、何だかそんなことが嬉しい気がするんだ」

そう言ったクラウドに、ザックスは答えを返さなかった。というよりも、返せなかった。

だって――――そんな言葉を聞いてしまえば、尚更辛くなる。

答え…そう、クラウドを元に戻すというその答えさえ見つかれば、そんなふうに「久々」になることなどないのだから。

その足で道を歩き、その目で物を見る。
その心を感じ取り、その口で言葉を話す。

そんな“普通のこと”が、“普通に”できるように――――そうなればどんなに良いか。

勿論それはあまりにも難しい願望だったが、それでもこの一年半の間思い描かずにはいられなかったものであり、そしてこれからも描いていくだろう願望だった。

そんなことを心の中で思い描きながら歩いていたザックスは、段々と厳しくなっていく道を更に先へと進む。それに付き従うようにクラウドが続く。

そして――――やがて目の前に現れた景色に、二人はふっと足を止めた。

「これは…」

確か瓶底オヤジは行き止まりだと言っていなかったろうか。

確かに目前に見える景色は行き止まりともいえるだろうが、それでも道が無いというわけではない。プツリと途切れてしまっているわけではないのである。

この細い道の先に続いていたもの、それは――――…。

「―――――川原だね」

ふと、ザックスの背後からそんな声が聞こえた。クラウドの声だ。

クラウドはザックスの背の先に見える景色を目にし、少し笑って、もう一度同じ言葉を繰り返す。

「川原だね。久々に見た、こういうの」

「…ああ」

そこにあったのは、確かにクラウドの言うとおりのものだった。

そこそこの広さがある川が流れ、その脇には多年草が咲き乱れる原っぱが広がっている。その原っぱの向こう側には道は無い様子だから、多分この原っぱで行き止まりということなのだろう。

しかし、行き止まりとはいっても悪くはない気がする。何しろこういった場所は最近ではなかなかお目にかかれないものだ。

この辺りがいくら長閑な地域とはいっても、やはり人々が向かうのは街である。街に出れば色々なものが揃うし、何かしらの情報は得られるし、何よりも楽しい気分になれる。

大方の仕事も街に出向く必要があるのだから、それは当然のことといえるだろう。実際、ザックスもそうである。

しかし今目にしているこの川原は、本当の長閑さを思わせた。

平和で長閑な場所でありながら忙しなさを求める人々―――だけれど此処には、本当に純粋な長閑さが存在している。

まるで忘れ去られたかのような純粋。
舗装もされないままに、いつしか消えてしまいそうな細い道のその先にあった純粋。

何だか―――――――…、

何だか大切なものを思い出させるかのような、それはそんな場所だった。

「この川原で行き止まりみたいだな。…よし、少し寛いでくか」

ザックスはそんなことを言うと、クラウドを振り返って同意を求める。その意見に、クラウドは肯定の言葉の代わりににこりと笑った。

そうして踏み出した一歩は、現実から切り取られたかのような純粋な長閑さへと二人を誘導した。

時間は真夜中で、辺りは当然暗闇である。街灯など無いから、その暗さは本当に闇のようだった。

しかしそれでも迷うことはない。何となく握りあった手が二人を繋いでいるから、迷うことも物騒がることも何一つ無いのである。

さらりさらりと流れる川。

それは月明かりを受けて、まるで鏡のようにきらきらと煌いている。

その川を囲うように広範囲に広がる多年草は、誰も手を加えていないだろうに綺麗に見えた。たまに小さな花が咲いていて、それが紅一点といったように主張している。

多年草の床は少々の勾配になっており、ザックスはその中間辺りにクラウドと共に腰を下ろした。

視界の先には煌く川、天上には星空。

そして隣には――――――クラウド

「何だか良いな、こういうのって。何ていうか…ホッとする。俺さ、最近こういうふうにホッとしたこと無かったような気がするんだ」

ごろんと後ろに倒れたザックスは、仰向けになって空の天井を見遣ると、笑ってそんなふうに言った。

それは本心で、嘘ではない。

クラウドの手前、本来ならそんな事は口にしない方が良いと分かっていたが、それでもその時はあんまりの安堵感についそんな言葉が口をついた。

クラウドは、そんなザックスを見遣りながら少し笑う。

「ザックス、頑張ってるもんね。それ、多分俺が原因だ」

「何言ってんだよ!やめろって、そんな事言うの。クラウドは良いんだ、これは俺が勝手にやってる事なんだからさ」

クラウドの言葉に慌てて返したザックスは、もう一度、これで良いんだ、と言葉にすると、すっとクラウドの腕を取った。

そうした瞬間、クラウドの体は軽やかに後ろに倒れこんだ。

「…うわあ!」

ザックスと同じように仰向けの状態になったクラウドの視界…そこにあったのは、視界いっぱいの星空。いつも見ているような半分だけの空ではなくて、溢れんばかりの星空である。

感動するように目を凝らしているクラウドを見て、ザックスは得意げに笑った。

「良いだろ、これ?普通さ、こうして視界いっぱいに空が広がってるなんて事、ほとんど無いだろ。こんなの故郷以来かな…神羅じゃこんなこと出来なかったしな」

「…故郷かあ…うん、そうだね。そうかもしれない」

同意するクラウドの表情は半分嬉しそうで、半分悲しそうである。故郷という言葉が何かを…いや、言うまでもなくセフィロスのことを思い出させたからだろう。

その変化に気付いたザックスは心の中でしまった、と思いながらも、すぐには修正などできずに暫く黙り込んだ。

その間、何とか話題を違う方向にと考えてみたものだが、どうやらザックス自身がその渦に巻き込まれてしまったらしい。却って思考が離れない。

故郷のこと、セフィロスのこと――――全てが全て、今に繋がっている。

クラウドにとっての“故郷”と“セフィロス”は、切っても切れない繋がりであろう。何しろあの英雄はクラウドの故郷を奪ったのだから。

しかしザックスにとっての故郷はセフィロスと関わりがなく、だからそれはクラウドよりは緩やかなものだったかもしれない。

それは本来なら喜ぶべきところだが、現状からすればその事実すら許しがたかった。

こんなふうになってしまったクラウドの過去はあまりにも過酷で、丈夫な体を維持している自分の過去はそれに比べれば緩やかで…そんな事すら、何だかもどかしい。

  

 

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