GLOWFLY(25)【ザックラ】

*GLOWFLY

真実の選択肢:25

  

その後、クラウドとの仲は「親友」という絆のまま繋がれていった。

勿論クラウドに対して犯してしまった過ちは、決して消えることはない。それは後悔として深く根ざしている。

しかし、それを引き摺ってクラウドの笑顔を消してしまうのは駄目だと悟ったザックスは、自分の犯した過ちを心にしまって過ごすことを選んだ。

セフィロスとも、良い友人として絆を深めていく。

彼に咎められるようなことは一切なく、それどころかその後のセフィロスは任務が忙しくなったからといってクラウドと話す機会は減っていった

ザックスとはたまに話をしてくれたが、その時には「そういえばクラウドは元気か?」と言う程度だった。

一体、何を誤解していたのだろうか。

ありもしないことを勝手に想像して、勝手に嫉妬していた。

セフィロスとクラウドは単に一度食事をしただけであり、その他は何も関係など持っていなかったのである。

その上、後日セフィロスに聞いた話によれば、クラウドはセフィロスと二人で話をするとき、その話題のほとんどはザックスのことだったのだという。

とても優しくて、大好きなんだ。
クラウドは、笑顔でそう言っていたらしい。

絶対秘密だよ、そうセフィロスに向かって口止めまでしていたらしいことを、セフィロスは少し笑いながら教えてくれた。

――――それは、あまりに深い後悔。過ちだった

 

 

 

いつか訪れた、街とは反対に広がる川原。

そこに行きたいと言い出したのは、多分ザックスの我侭だった。

こんな状況なのだからいち早くこの街を抜け出した方が良い、そう言っていたルヴィに頭まで下げてきたくらいである。

実際そのルヴィの意見は正しく、これでもうザックスとクラウドの身の保証はどこにも無くなってしまった。

今までは瓶底オヤジの監視下におかれていたから、神羅への引渡し日までは、ある意味では身の安全が保証されていたといえるだろう。しかし今は、もうそれすらない。

神羅からすれば、ターゲットが逃亡し監視役までいなくなったのだから、意地でも探し出す必要がある。

ルヴィの言葉によれば、今夜こういうことが明らかになった以上、明日にはもう神羅の動きが活発になるだろうとのことだった。要するにそれは時間の無さを示している。

けれど何だか、今は空でも眺めたい気分だった。

呑気だと怒られたが、それでもクラウドと一緒に、もう一度あの満天の空とキラキラ輝く川を見てみたいと思ったのである。そして、叶うなら蛍の光も見てみたいと思った。

だって……もう二度と来ることは叶わないかもしれないから。

 

 

 

秘密基地のような川原に足を運んだのは、今日で二度目である。

少しばかり得意になった気分で足を踏み込んだものだが、二度目だというのに何だか妙に新鮮な気がした。

相変わらず多年草がふさふさと揺れる中、適当なところで腰を下ろす。そのザックスの動作に従って、クラウドも同じふうに腰を下ろした。

そしてザックスは、隣に腰を下ろしたクラウドの横顔をそっと見つめた。

ドラッグは―――――もう体内で溶けただろうか。

先程ルヴィに渡されたドラッグをポケットに仕舞ったままだったザックスは、この川原に足を運ぼうと思ったその時に、一粒、口に流し込んでいた。

あの川原に行くのなら、あのクラウドともう一度話をしたい。
そう、思っていたから。

しかしそれは、本来のクラウドを否定するという意味合いのものではなかった。

そこに現れるのが自分の幻想の中のクラウドだとわかっていても、それでも「クラウド」という人間と話したいと思ったのである。

その顔で笑って、その口で話して欲しい―――ただ、そう思った。

そしてその気持ちは、今でなければいけないという強迫観念にも似た何かによって、咽喉の上にまでせりあがってきそうだったのである。

だから、その咽喉からドラッグを流し込んだ。流し込んで、その気持ちを具現化する。

…幻想という具現化を。

「…クラウド」

そう呼びかけると、隣に腰を下ろしていたクラウドがすっとザックスを見遣った。

その瞳は綺麗な蒼で、どこにも濁りがない。

それを見た瞬間、ザックスは確信した。それは、これがもう幻想の中なのだという、その確信。

「――――また、会えたね」

少ししてそう口にしたクラウドに、ザックスはゆっくりと笑顔をうかべた。

ごく自然にクラウドの頬に手を伸ばすと、外気に触れているせいですっかり冷たくなってしまったその頬を暖めるようにさする。

そうするザックスの指先は、何故か震えていた。

「どうして震えてるの?」

首を傾げて無邪気に聞いてくるクラウドに、ザックスはすぐに答えを返せない。ただ、笑顔に少しばかり悲しみが混ざり込んだ。

「ザックス…」

そんなザックスの手に己の手を重ねたクラウドは、そうしながらそっと目を閉じた。

そして、呟く。

「…えるね」

その呟きは小さすぎてザックスの耳には届かず、結果ザックスはそれを聞き直す。すると今度は、はっきりとした声でこんな言葉が聞こえた。

「見えるね、蛍」

「え…」

そう言われて周囲を見渡したザックスの目に映ったのは、真っ暗な空の下に流れる川と、揺れ動く多年草である。相変わらず綺麗な光景だったが、あの日のように輝く蛍の姿は見えない。

だからザックスは、

「蛍は、今日はいないみたいだ」

そんなふうに言った。

しかしクラウドは首を横に振ると、目を閉じてみて、などと言う。目を閉じたら景色など何一つ見えないのに、そう思ったが、ザックスはその言葉に従ってそっと目を閉じる。

――――――…そして。

「…見えるでしょう?」

空気の流れる音と、ザザザアと揺らめく草木の音。

それに重なるようにして響くクラウドの声。

それを耳にしてもう一度笑顔になったザックスは、ゆっくりと一つ頷いた。

「…ああ、そうだな」

辺り一面の輝く蛍――――そんなものは、勿論見えはしない。

目を閉じたその中に見えるものは当然ながら暗闇で、そこには光るようなものなど何一つなかった。しかし、それでもザックスが肯定の言葉を返したのは、いつだったか見たあの光景を思い描いたからである。

あの日、この静かな川原で蛍が光を放っていた。

それはとても綺麗で、とても自然で、とても印象的だった。

こんな暗闇の中でさえ精一杯光っていることが、心を捉えたのかもしれない。暗礁に乗り上げて行き詰まる自分と違って、そうして輝く蛍が羨ましかったのかもしれない。

そんな蛍を一緒に見ているのが“この”クラウドだという事実は―――とても皮肉だったかもしれないけれど。

「ねえ、ザックス」

瞳を閉じたままそう呼びかけたクラウドに、瞳を閉じたままのザックスが「ん?」と答える。

瞼の裏の暗闇の中で、いつかの光を見詰めながら。

「ずっとこうしていられたら良いのにね。だって…こんなにあったかいよ」

「……」

重ねた手に頬を寄せたクラウドは、そっとそこに口付ける。それはザックスの手にじんわりとした暖かさと柔らかさを運び、ザックスの心を締め付けた。

“ずっとこうしていられたら”―――その言葉の不確定さを思うと、心が痛い。

例えばこれが数日前だったら、嘘でも「当然だろう」と返していたかもしれない。しかし今、それは出来ない選択だった。

先程のルヴィとの会話、そして瓶底オヤジの真実、それを知った今ではもう、それは嘘でも口にし難い言葉である。

神羅はいつ自分たちに近付いてくるとも知れないし、そうなればもうこんなふうにゆっくりと手を重ねることすらできないかもしれない。

今迄だって十分危険だったはずなのに、今ではそれが最大レベルの危機になってしまったのだ。

もし次にこの手を重ねるとしたら、その時はもう生死を問う中にいる時かもしれない。

そう思うと、今此処にある暖かさは酷く切ない気がした。

「…クラウド、もしかしたらもう―――」

「ザックス」

ザックスの言葉を遮るようにして投げられた言葉は、幾分か強い。

そしてその次に響いた言葉は、更に強い何かをザックスの心に投げかけた。

「―――――ずっと、一緒にいられるね」

ズキン、とした。

心の奥底が、ズキンと痛んだ。

思わず目を開けてしまうと、眼前には目を開けたクラウドがおり、ザックスはその蒼い瞳に問いかけるように凝視する。

何故、そんな事を言うのか。

何故、今それを言うのか。

ザックスが言おうとした言葉とは正反対のものを、何故今そうして笑顔で口にしてしまうのだろうか。

そんなふうに言われたら、辛くて、苦しくて…そしてなにより悔しい気分になってしまうのに。

そうしてザックスが俄か悲壮な面持ちになると、クラウドは正反対の笑顔を示しながら、もう一度同じ言葉を繰り返した。ずっと一緒にいられるね、と。

一緒にいようという希望ではなく、どこか確定されているかのような物言いで。

「…昔、ザックスはそれでも側にいてくれたから。だから今度は俺が側にいる番だね」

「昔って…あの時のことか?」

それは、あの過ちを犯してしまったときのこと。

確かにザックスは、親友でいて欲しいと願ったクラウドの側にずっといた。

しかしそれは、あくまでザックスの犯した過ちへの罪悪感を伴ったものである。だから、クラウドにそんなふうに言ってもらう資格はない。

ザックスはそう思い否定したかったが、クラウドはさも嬉しいことのように礼を言った。

確かあの時には、“ごめんなさい”と言われ、自己嫌悪に陥ったものである。

今こうして礼を言われても、それはあのときと同じ気分に陥るだけだと思う。

だから、自然とザックスの顔は辛いものへと変化していく。

がしかし、クラウドはこんな事を言った。

「俺は、ザックスに笑っていて欲しいから、側にいるんだ」

そう言って優しく笑ったクラウドの顔が、ザックスの脳裏に焼き付く。

無意識に見開いた目はじっとクラウドを見詰めており、それは暫く解けなかった。というより、解くことなど不可能だったのである。

だって…そう、それはあの時のザックスと同じ気持ちだったから。

あの時、その笑顔を消したのが自分だと理解して、もうその笑顔を消してはいけないのだと思った。

だから、その笑顔を守る為に、クラウドの望んだ親友でいようとザックスは決心したのである。例えそれが罪悪感をつれているものだとしても、それでも。

今目前にいるクラウドが言うことは――――それと全く同じじゃないか。

悲しい顔などさせたくないから、笑っていて欲しいから、幸せの象徴である笑顔をいつも見詰めていたいから…だから。

だから、側にいた。

「……クラウド」

ザックスは静かにその名前を口にすると、重ねていた手をそっと解く。そうしてその手をそっと背中に回すと、両腕でしっかりとその体を抱きしめた。

そうされた事に、クラウドは何も言わない。

ただ笑顔でザックスの背中に腕を回し返すだけで、そこにはあの頃と同じ暖かさがあるような気がした。

「ありがとうな」

少しして響いたその言葉は、静かな笑顔の中で放たれる。

そして、やがて耳を掠める自然の音の中へと消えていった。

  

  

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