真実の選択肢:26
明日からすぐに行動に出なければ、そういう気持ちで帰ったルヴィの家は、当然ながら安心できる場所ではなかった。
あの川原から戻ると、丁度道の分岐店で、苛々した調子のルヴィが待ち構えていたものである。小言を聞かされるのは仕方無いことで、ザックスはそれを受けながらもルヴィのナビゲートでルヴィの家まで帰った。
簡素な食事を用意してくれたが、どうにも咽喉を通らない。だからザックスは、その食事をクラウドだけに食べさせた。
脇では、その動作を見ながらパンに噛り付くルヴィがいたが、彼は無言のままだった。
そうして食事が済んだ後、時刻は既に十二時を越えており、それを確認したルヴィは明日のことについてザックスに話し始める。もう既に日付を越えているから、実際のところは今日の話ということになるだろう。
真実を話したルヴィが、その先に話すこと―――
それは当然、“直ぐに此処を離れなければ”という危惧の上のものであり、ルヴィの“ザックスに協力する”という決意の上のものだった。
一言で言えば、「逃亡」である。
「ザク、聞いてくれ。実はもう準備はしてあるんだ。今から話すのはその方法だ」
そう切り出したルヴィに、ザックスは驚きを返した。それは主に、もう準備はしてある、という部分への驚きである。
まさかもう既に準備が出来ているだなんて、まるで自分の知らないところで事が進んでいるらしい。しかしそれは感謝すべきことで、驚いたものの否定するつもりはない。
だからザックスは、その方法をしっかりと聞く。
「今や此処は神羅の手のついた土地だ。要請人員の身元からして、近隣地域も危ないと見て良いだろう。ともかく遠い所へと思ったんだが…あまりに遠すぎると手配できない」
「手配?」
「ああ。着いた後、お前のことを面倒見てくれるヤツとか…そういう手配だ。何でも屋と言えど、そこまで顔は利かないもんでな。悪い」
「いや。まさかそこまで考えてくれてるなんて、正直驚いた」
笑ってそう言ったザックスに、ルヴィも少しだけ笑った。
脱する方法が用意してあるだけでもありがたいのに、その先までもを考えていてくれているなんて、正に驚きである。
確かに今迄付き合いがあったけれど、普通はそこまでしないだろう。それなのにそこまでしてくれるのは、単にザックスに協力したいというそれだけだろうか。
何となくそんな疑問がチラついたが、それでもザックスはそれを口にしなかった。
そんなザックスの脇で、ルヴィの言葉は続いていく。
「俺が手配できるのは一つだけだ。そこには馴染みのヤツがいて、そいつには連絡を取ってある。但し問題が一つある」
「問題?」
そう聞き返すザックスに、ルヴィは息をつきながら頷いた。
「そう、問題だ。実は――――ミッドガルなんだ」
「……」
ミッドガル、その言葉を聞いた瞬間にザックスの表情が固まる。
それはあまりにも危険な土地で、今迄ザックスも避けて通ってきたほどだ。
ミッドガルは神羅本社がある土地だし、兵力もその場に集結されている。たとえ脱走者追跡の指令塔がこの土地にあろうとも、さすがにそれは危険だろう。何せ神羅は、この世界で最大の利便を有しているのだ。
完璧に近い連絡系統、そして移動法。
情報が出回ればどこでも兵士が現れるだろうが、それにしても主力が集結するミッドガルは危険すぎる。
「ミッドガルか……」
そう反芻したザックスに、表情を歪めたルヴィが黙って頷く。多分、頭の中を巡っているのは同じことなのだろう。それを実行した場合の危険度と安全度、それを計りにかけて、結果を想定しているのだ。
「ミッドガルに入って、アイツの所まで行けば…恐らく大丈夫だと思う。だが問題はその道中だ」
「ミッドガルまでの移動はどうする?」
「トラックを用意してる。そいつも何でも屋をやっててな、危険な橋だとは伝えてあるがOKは貰ってる。…掴ませてるからな」
そう言って何かを持ち上げるジェスチャーをしたルヴィに、ザックスは無言で納得する。どうやらルヴィは、その何でも屋にかなりのギルを握らせているらしい。
なるほど、危険だと伝えれば普通は断るところを、そうしてOKをするのはその為か。
しかしそう言われると、ますます先ほどの疑問が浮かんできてしまう。何故そこまでして協力してくれるのか、あまりにも謎なのだ。
そもそも、ルヴィとてこんな事が知れたらただでは済まないだろう。
神羅にとってルヴィは実験台の一人であるが、それでも名目上の任務を与えた人物でもあるのだ。
その任務とは“脱走者の追跡”で、例えそれが仮初のものであっても、状況的に神羅がそれをルヴィに問いたださないとも限らない。
今や監視役がいなくなったのだから、神羅としては絶対に僅かな情報でも欲しいというのが正直なところだろう。
もし神羅が、「任務の進捗はどうだ」と聞いてきたら?
ザックスと接触していることがどこかから漏れてしまったら?
――――そう考えるとこれは、ルヴィにとって何重ものリスクを背負った賭けになる。
一つに、神羅を欺いてスパイ行為をしていること。
二つに、ザックスと接触をした上にそれを逃がしたこと。
これではあまりに重過ぎる。
「なあ、ルヴィ。お前―――なんでそこまでしてくれるんだよ?」
それらのリスクを考えてますます謎を深めたザックスは、聞くまいと思っていたことを口にした。それは単純な言葉だったが、内容としてはあまりにも深い。
その深さは、やがてルヴィの表情の深さとなって表れた。
「…どうしてそこまで、か。そうだな、良く考えればそれも当然の疑問だろうな」
そう零したルヴィは、まあこれは俺のエゴだ、と続ける。
そして、ザックスの疑問に対しこんな言葉で返答した。
「何かに気付くとき…それはいつだって遅くは無いって分かったんだ。勿論、後悔は沢山あるけどな。俺は今まで何でも屋としてやってきて、それなりに稼いで、それなりに生活してきた。そいつは良くも悪くもない気ままな生活で、性に合ってるし楽しい生活さ」
でも、そう続けた後のルヴィは、どこか物憂げな表情をザックスに突きつける。しかしそれは嫌なものではなく、やがて笑顔へと変わっていった。
「でもな、ザク。時々飲んでると、ふと思う事があるんだ。俺は死に際までそいつを背負ってくのかって…そういう事をな。でもお前に会ってから、こう思うようになったんだ。―――“もしかすると、違うものを背負っていくことができるかもしれない”」
それは一言で言えば、可能性だった。
多分ずっと続くだろうと思っていたその道が、違う道へと変化するかもしれない、そんな可能性。いや、もしかするとそれは選択肢かもしれない。
常に隣にあったはずの道にふっと目を遣った、たったそれだけのことかもしれない。
「お前は笑ってても、いつだって真面目に何かを考えてただろう。元ソルジャーで、何でも屋で、クラウドのことで悩んでて…そういうもんを背負いながら、ザクはいつだって考えてた。それを見てたら、俺も一度賭けたくなったのさ」
「賭け…」
「精一杯生きるってことを、賭けたくなったんだよ」
そう言ってクリアな笑みを零したルヴィは、だからお前に精一杯協力したいんだ、などと言う。
それを聞いて、ザックスは納得する。それは疑問への納得でもあったが、あの酒場でのルヴィの言葉への納得でもあった。
あの酒場でルヴィに殴られたとき、確か彼は言っていたのだ。見損なった、と。
ザックスが悩みながら過ごしてきたこの期間、それはいつの間にかルヴィに何かしらの影響を与えていた。
それはルヴィが言うところの”精一杯生きること”で、そこに何かを見出したルヴィにしてみれば、それを否定するかのようなザックスの物言いは許せなかったのだろう。
もう嫌だ、なんていう言葉は。
「…リスクを背負ってることは、分かってる。どんなに危険な橋かも、知ってる。でも俺は、例え今此処で死ぬとしてもお前に精一杯の協力をしたいんだ。勝手だって言うかもしれないけどな、それが俺の“気付いたこと”なんだ」
それは遅くはないから、だから今此処でそれをしたい。
そう言うルヴィに、ザックスは何も言えなかった。
ただ、あることが頭を掠める。
それは今迄幾度となくザックスの頭を悩ませた「道」というものだった。それは当初セフィロスの言葉で、その次には瓶底オヤジの言葉になった。
今でさえザックスの脳裏に残るセフィロスは、グレーの景色から目を離して、ザックスにこう問いかける。
道は見つかったか、と。
それに対し、今はもう確実な答えを返せる。そんなザックスにとって、ルヴィが道という言葉を口にしなくても、ルヴィの言うそれが同じ意味合いのものだという事は簡単に理解できた。
それは、今までザックスが悩み、向き合ってきたことと同じものなのだ。
ザックスがクラウドを守ると決意したことで「道」を見つけたように、ルヴィもまたザックスとのかかわりで「道」を見つけたのだろう。
「…時間は?」
ふと響いたその言葉は、ザックスの口から漏れたものである。
それはトラックの走る時間を問う言葉で、その裏にはザックスの決意があった。
危険な橋だと解っていてもその方法に賭ける―――それは、クラウドを守りきると決意したザックスにとってはナンセンスな決断でもあった。
しかし、ルヴィがここまで準備してくれたものを蹴るというなら、それは確実にクラウドを守れる方法があると言い切れる時だけだろう。
残念ながら、現状、それ以外の確実な逃亡方法はない。
ならば、ルヴィの提示してくれた方法を試すほかない。誰かがくれた気持ちを受け取って、それを自分の決意に変えていく。
ルヴィがこの命を守りたいと言ってくれるなら、ザックスにとって決意すべきことはただ一つ、託されたその命でクラウドを守ることだけだった。
ザックスの決意を理解したルヴィは、一つ頷くと、ようやく先ほどの話の続きをし始める。それは主に、どういう順序でどういうふうに進むかというスケジュールだった。
明朝6時に、街ハズレにやってくるトラックに乗り込む。
ミッドガルに向かう途中、トラックの乗り換えが3回。
夕方にはミッドガルに着き、その足であるポイントまで向かう。
そこで手配したという人物と落ち合い、その後の様子を見る。
それらを一気に説明したルヴィは、ザックスが頷くのを見て、自分も一つ頷いた。