GLOWFLY(3)【ザックラ】

*GLOWFLY

最大の任務:03

 

生活の拠点であるその場所につくと、ザックスはパシンと手を一度叩いてから気合を入れた。これには少なからず意味がある。つい暗くなりがちな雰囲気を、気をはって払拭しようという、そんな意気込み。

クラウドとは話せない。話ができないからこそ何を言っても独り言になる。そうしていくうちに段々と気持ちは沈みそうになるものだ。
だから、そうならない為にも気をはることは必要だった。

「ザックス、帰りましたー」

そう明るく言うと、この家の本来の主である男がひょいと顔を出した。
瓶底眼鏡にモシャモシャの髪。誰が見ても清潔という言葉とは程遠い男。それがこの家の本来の主人で、ザックスは一年半前からこの男に頼み込んで居候させてもらっていた。

しかしザックスの場合、寝る場所という意味合いでこの場を借りている。だからこの家にいることなど実際は殆どなく、どちらかといえばこの主人はクラウドとの方が顔を合わせる機会が多かった。

さすがに居候させてもらっているだけあって、ザックスはこの男にクラウドの事情を話してある。

勿論あのおぞましい実験などの詳細を教えたわけではないが、例えば話はできないだとか、食べ物は必要だとか、そんな生活面での問題を知らせておかないわけにはいかない。

この瓶底眼鏡の男は自営業なのでほぼ毎日家におり、だからクラウドを連れていけない場所などに出向く場合、この状況は非常に助かる。

「お帰りよ、ザックス」

そう言って男はボソボソと歩いていく。その後姿を慌てて止めるようにザックスは声を上げた。

「瓶底オヤジ!クラウドは?」

「ん?クラウドなら二階で寝ておるよ」

「そっか…分かった。サンキュ」

主人である男を瓶底オヤジなどと呼んでも許されるのは、ひとえにザックスの人柄と性格のおかげである。居候をOKしてもらったその日からもう既にザックスはそう呼んでいたが、この男は一切何も言わない。

言葉には出さないが、そういう事細かな部分から、クラウドの面倒を見てもらえるところまで、とにかくこの瓶底眼鏡の主人には感謝すべき部分が沢山あった。

 

クラウドの所在の確認をすると、ザックスは直ぐにその場所に向かう。二階にいないことなどほぼ無いのについ確認してしまったりする。

その理由はザックス自身、良く知っていた。
もし階段を上がって、ある日突然クラウドが消えていたら――――何故かそんな想像が駆け巡ったりするからだ。

そんなことはあるはずがない。ないと知っているのに、何故かそう思う。
あまりにもこの日常が緩やかで、そして道がなくて…だから時々そんな雲がザックスを覆うのだろう。

本当は―――――もう何度もリタイアしそうになった。

もう無理だ、誰か助けて欲しい、そう思って流れそうになる涙を食い止めたこともある。けれどそう思ってしまった自分に罪悪感を覚えて、すぐに気合を入れなおす。

いくら隣にクラウドがいるといっても、そのザックスの葛藤を理解してくれるわけではない。だから結局はいつも独りで芝居をしているような状況になり、最終的にはそれ自体が可笑しく思えてしまう。

馬鹿馬鹿しい、今はただクラウドを守るだけなのに、と。

 

ザックスは早々に二階までを駆け上ると、クラウドの待つ部屋のドアを素早く開けた。木造のドアはこうしてザックスが力強く押すものだから、この一年半ですっかりその手の部分だけに跡をつけている。

「ただいまー!」

明るい顔をしてそう言ったザックスは、入った部屋の中にクラウドを見つけるとにっこりと満面の笑みになった。それから、もう一度「ただいま」と言う。

クラウドはザックスが帰って来た事にも何もリアクションをせず、ただじっとベットの上に膝を抱えながら蹲っている。こちらに顔を向ける気配すらない。

このクラウドの変化ない態度は時としてザックスを切なくさせたものだが、それは仕方無いことなのだから文句を言うわけにはいかない。

ザックスは相変わらずのクラウドの態度に困ったような顔になりながらも笑みを漏らすと、カツ、とその側に近寄った。クラウドの蹲っているベットの脇に腰を降ろすと、その髪に手を伸ばして、クシャ、と撫でる。

「よう、元気にしてたか。クラウド?」

クラウドの顔を見てそう呟いてみる。

「俺がいなくて…独りで寂しかったか?」

更にそう呟いてみる。
しかし勿論のことそれに対するリアクションなどはなくて、やはりそれらの言葉はザックスの独り言と化した。

ザックスは、そんなことをした自分に思わず笑ってしまうと、

「…なんてな。バカだな、俺」

そんなふうに呟いてクラウドの髪から手を離す。

クラウドの感情なんて、分かるはずも無い―――そんなことは知っているのに。
わかっていることを、ついつい何度も繰り返してしまう。それはこの一年半の間ずっとそうだった。

そうしても意味がないと知っているし、何の糧にもならないとわかっている。ただ言葉がむなしく響くだけだと知っているのに、それでもそれをとめることは出来ず、いつの間にかその行動はザックスの日課になってしまった。

それは、その一日に何をしたかという報告。
今や日課のそれは、反応がないことからすれば無意味なものの、クラウドの感情を求めるものではないという部分ではまだ救いがある“独り言”だった。

ザックスはベットから勢い良く立ち上がると、自分が唯一持ってきた武器であり神羅の物でもあるバスタードソードを手入れしながら報告し始める。

「今日はな、54000ギル負けた!でもアレだ、仕事が入ってさ、その前金ってことで全部チャラだから問題ナシな。その後はルヴィと飲んだんだけど、アイツ、相変わらずのテンションでさ、ホント参るわ。…そういやルヴィの奴、何だかやけにクラウドの事言ってたな」

そこまで言って、ふとルヴィの言葉の逐一が蘇る。
ルヴィは、クラウドの事をザックスのステディだとか言っていたか。

それを思い出して思わず溜息を吐くと、そんなわけないって、とまた一人ごちる。
しかし―――――――…。

「本能、か…」

帰り道、散々忘れられずに頭の中を旋回していたその言葉を思い出して、ザックスは黙り込んだ。

息をする事、食事をすること…それから排泄などなど、それらは本能だとルヴィは言っていた。確かにそれはそうだろう。

しかし最後の…いわゆる性欲の部分について、それを本能と呼ぶならば、それは“無くてはならないもの”という解釈になる。人間の欲求というものについていえば性欲もその一部と解釈できるだろうが、果たして現状のクラウドに関しても同じことが言えるものだろうか。

いや、それよりも何よりも、例えばその欲求を解消したところで、クラウドにとってプラスになることなどあるものだろうか。

「……」

ザックスは、バスタードソードをそっと部屋の隅に立てかけると、丁度対角線上にいるクラウドの方をチラ、と見遣った。

ザックスが瓶底オヤジから借りているこの部屋は木造で、殆どのものが木から出来ている。その木造の部屋はいかにも簡素で、ベット二つと小さなタンス、それから小さなテーブルに背もたれのない椅子が二つがあるだけで、ベットの脇に大きめの窓がある。

その窓には淡い暖色系のカーテンが敷かれており、部屋全体がどこか温かみのある色彩をしていた。優しい雰囲気のあるその部屋の中、蹲って言葉の一つも喋らないクラウドはただ一点の黒といっても過言ではない。

それを見て、ザックスは思う。
もしクラウドが、昔のように話してくれたら。
そして、笑いかけてくれたなら。
そうしたらばこの部屋はどんなに明るい部屋になることだろうか。

それは到底叶わない夢だとわかっているが、この風景を見るとそう思わずにはいられない。しかしそう思うと必ずその対照として浮かび上がるのが、現状への経緯であった。

 

今こうしてクラウドと二人で暮らしているという事実。それは他でもなく、あの事件があったからこそ出来上がったものである。もしあの事件がなければこうして二人でいることもなかったろうし、こうして暖かい部屋の中にいることもなかっただろう。

神羅の兵舎は、コンクリートで出来たとても無機質な場所だった。
あの頃はそんな事は気にもしなかったものだが、こうしてこの部屋で一年半ほど生活を続けていると、あの無機質な建物がどんなに殺伐としたものだったかを痛感する。

神羅での生活は何不自由なかったし楽しかったけれど、それでもあの無機質な建物の中でのものだったのだと思うと、今は何故か、何かが違うような気がした。

もしあの事件が起きなかったらば、クラウドはこんなふうにはならなかった。
しかしあの事件が起きなければ、こんな暖かい部屋は知らないままだった。

あの神羅の兵舎があれほど無機質で殺伐としたものだということにさえ気付かないままに、小さな幸せや憂いに一喜一憂して、何となく流れる日々を過ごすだけ…多分そんなふうに日々を過ごしていたことだろう。

現状は、勿論苦しいし辛い。
けれどそういったことを考えると、現状を一概に悪いものだと決め付けるわけにはいかないような気がしていた。

「…あんなに望んでた任務だ」

ザックスは無意識にそう呟くと、クラウドの方へと一歩近付く。
神羅での平和の日々。確かにそこには小さなアクシデントは数々存在していたものの、それでも大きな任務は無いに等しかった。

あの事件の起こった任務でさえ、実際は小さなものでしかなかったのである。あくまでセフィロスが事を大きくしただけであって、本来は単なる魔晄炉の調査でしかなかったのだから。

では今は?今、この状況は?
――――――――多分これは、今迄で最大の任務なんだろう。

「…クラウド」

一歩、一歩、クラウドの蹲るベットまで歩を進めたザックスは、もう一度そのベットの脇に膝をつくと、ベットの隅で小さくなっているクラウドに手を伸ばした。

そうしてその体に己の体を寄せると、あの頃よりもずっと小さくなってしまったかのようなその体をしっかりと抱きしめる。

「俺は、お前を守りきる」

それは、神羅のソルジャーとしての任務なんかじゃない。そうではなくて、ザックスという一人の人間に課せられた任務。

「なあ、クラウド。俺は今になって分かったんだ」

抱きしめたその中で、クラウドの頬に顔をぴたりとくっつける。そこから分かるのは、確かに生きているという証拠でもある体温。クラウドの体を巡る血の暖かさはじんわりとザックスの頬に伝わり、その暖かさはザックスにある一つの断言をさせる。

「…俺はソルジャーになる為にゴンガガを出た。でもずっと思ってたんだ、結局何ができたんだろう、って。大したことない任務とか、普通に楽しい時間とか…そんなんばっかで、俺はこれといったことを出来てないままだった。自分の目的も、良く分からなかった。でも―――――きっと今は、あるんだよな」

今になって分かった目的。
それはゴンガガを出て神羅に入り、その後の生活をしていく上でいつの間にか見失っていた大切な、物。

その大切なものは多分今ここにはあって、一年半前までは分からないことだった。今になって分かったその目的というのは、時の流れによって出来上がったものに過ぎないけれど、それでも今は唯一のものだと言える。

それは。

「それはな、クラウド。――――お前を守ることだ」

神羅のソルジャーとしての任務ではなく、ザックスという一人の人間としての任務。それはあまりにも大それた任務で、先も見えず当てもない。答えがあるかどうかも分からない。それでも今のザックスにとっては、あまりにも大切な目的。

「俺は神羅のソルジャーをやめた。今の俺は、お前のソルジャーだ。俺の一生の任務はお前の側にいてお前を守ること、それだけだ。…そうだろ?」

そこまでの言葉をしっかりとした口調で放ったザックスは、クラウドを抱きしめる腕に力を込めた。その若干の力の強まりがクラウドに届いたのか、クラウドの体は僅かにピクリ、と反応を示す。

しかしザックスはそれには気付かなかった―――…僅かに震えている自分の体を前にしては。

その震えを抑えるかのようにもう一度クラウドの体に圧力をかけたザックスは、回想の中のクラウドの言葉にすっと眼を閉じた。

“ザックス…俺たち、親友だよね?親友でいてくれるよね?”

親友という言葉で繋がっていた関係は、あまりにも大切すぎて。
今でもその親友という関係は変化ないはずなのに、それを超えなければ崩れてしまいそうな何かが、今此処には存在している。

それは体の繋がりを有する恋愛感情に起因する関係というわけではない。そうではなく、親友という枠内では収まりきれないものを、状況的に求められているということである。

あの日、親友でいてくれるかとそう聞いたクラウドに、ザックスは肯定を返した。
しかし今、同じ答えを返すことはできない。

だから……だから、“ごめん”を言わなければ。

「ごめんな…」

今はもう――――――親友では、いられない。
親友だけでは、足りないから。

ザックスは目を閉じて暫くクラウドを抱きしめていたが、その中ではもうルヴィの言葉を思い出すようなことはなかった。

 

  

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