GLOWFLY(12)【ザックラ】

*GLOWFLY

神羅の影:12

 

壁の修理が終わった後、その他の手伝いを幾つかしたザックスは、二階に上がってクラウドと向き合った。

先ほど瓶底オヤジと話したことを思い出すと、そうだ、クラウドは話せなくても此処にいるのだから、とそう思う。そう思ってとにかく、ザックスはいつもよりオーバーリアクションで例の日課を始めた。

 

……今日は仕事は休みで、瓶底オヤジの手伝いをしたんだ。

……買い物に行った。それから壁の修理をして、それからいっぱい話をしたんだ。

……久々にゴンガガのことを思い出したぜ。オヤジもオフクロも元気にしてるかなあ。」

……でもクラウド、今は此処が家なんだ。此処にいる俺達が家族なんだ。俺と、瓶底オヤジ!

……瓶底オヤジは良い奴だろ。俺は瓶底オヤジが大好きなんだ。

……愛想も良くないし何だか素っ気無い感じの人だけど、本当は凄く優しいんだ。

……お前だって分かってるよな?

……瓶底オヤジは俺達のこと孫みたいだって言ってた。俺達のこと、そんなふうに言ってくれたんだ。

……それからこの店を継がないかって言われたんだ、すごいだろ!?

……本当はそれをできたら…親孝行じゃないけど、それこそ恩を返せたんだろうってそう思ったんだ。

……でも俺はなクラウド、もう「道」を見つけたんだ。

……それは……お前だよ、クラウド。

……俺は今、お前のソルジャーなんだから、その為に生きてるんだ。それが俺の道になったんだ。

……それはな、クラウド、俺がすべきことが見つかった証拠なんだ。

……それが今、俺の「道」なんだ。

 

―――――――――そんなふうに、日課をこなす。

 

それはいつもよりも少し弾んだ声をしていて、どれほどクラウドが無反応でもザックスの気を落とさせるようなことは無かった。

ザックスがこの日課に熱を込めたのは、何も瓶底オヤジの言葉のせいだけではない。昨日、激しい自己嫌悪に陥るほどの衝撃を受けたそれを、無意識のうちに掻き消そうとした…その反動もあったのだろう。

いつもだったら必ず深い思考の淵に落ちるのに、その日はそうならなかったということは、多分にそれを表していた。

物を言わぬ、クラウド。
そのクラウドにぶつけてしまったものを、無意識の内に取り払おうと…。

「それからな、クラウド…」

他愛無い事を笑顔で話し続けるザックスの声は、部屋中に反響する。

その反響を耳にしていたのは、クラウドだけではなかった。

僅かに開けられた部屋のドアの向こう―――そこには、ある姿があったから。

「……」

ザックスの様子を廊下から見遣っていた瓶底オヤジは、その後姿を見詰めながら眼を細めていた。

その瞳は、切なげな色を放っていた。

 

 

 

翌日。

あるルートから仕事依頼を受けたザックスは、即日の契約でその仕事をこなした。簡単なその仕事をさっと終わらせたザックスは、即金を手にして例の酒場へと足を向ける。

今日はついてでもいるのか、簡単な仕事の割には報酬が良い。依頼主がそこそこの成金だったからだろうか。

ともかくその金をポケットに捻入れて酒場に向かったザックスは、そこでやはりルヴィの姿を見つけ、結局その隣の席に座った。この前と同じ、カウンター席である。

「あら、ザク。今日はこれまた男前。良いことでもあった?」

ウインクを飛ばしながらそんなことをいってくるルヴィに、げっそりとした表情になったザックスが「別に」などと言う。

いつもの物を頼みそれがやってくると、ルヴィは早速というように身を乗り出してザックスに話を振る。

「ねえザク。聞きたいんだけど」

「あ?」

「…この前の。使った?」

「この前の、って……ああ、ドラッグか」

そういえばルヴィと鉢合わせしたのは運が悪かった。それに今更気付いたザックスは心の中だけで舌打ちすると、別に、と気の無いような返答を返す。

本当は飲んでしまったし、クラウドと体を重ねてしまったけれど―――――それを言ったら「やはりドラッグが必要だったんじゃない」などと言われそうで何だか嫌だった。

だってあの時、そんなものは必要ないと断言してしまったのだ。それが、こんなことを暴露しようものなら肯定してしまうのと一緒である。

そんな体裁を見繕わなくとも良いことは分かっていたが、それでもザックスはそれを避けた。

ザックスの返答を聞いたルヴィは、あからさまに残念そうな顔をすると、そう、などと口にする。余程残念なのか、その顔はまるで沈んでいるかのようだった。

しかしルヴィはすぐにその表情を元のように明るいものに戻すと、

「今日は仕事明けでしょ?どう、一つ?」

そんなふうに言って、紙幣をヒラヒラさせる。

その意味が分かったザックスは、首を横に振るとNOを返した。

「駄ー目!昨日とか干されてたんだから。今は金、貴重なの」

「へえ?また仕事が無いの?」

おどけたような表情でそんなふうに言うルヴィに、ザックスは「まちまちだしな」と頷く。尤も、急迫するほど仕事がないわけではないから、それは深刻というわけではなかったが。

そうして仕事の有無について話しているうちに、ザックスはふとあることを思い出した。それはこの間ルヴィに斡旋してもらった例の仕事のことである。

あれはあれで何だか妙な印象の仕事となってしまったが、そういえばあの日は夜にこの場へと呼び出されたのだった。そこで例のドラッグを貰ったわけだが…思えばその話ばかりで他の話をしていない。

あの日、その仕事の斡旋元であるルヴィについて、少し疑問が浮かび上がった。

それは、結果的にあの建物が神羅と関連があるものだった、という事実についてだが、それをルヴィは知っていたのかどうかということ。

しかしこの疑問については、まさかそれは無いだろうと自分の中で解決していた。ルヴィはそんなことはしない、と。

だが思えば、仕事の斡旋ということ自体が不可解なのである。

ルヴィからの紹介だったあの仕事。しかしあの建物は元々市の所有物であり、今は所有権が神羅に移行しているということだった。

神羅のことは知らなかったと考えても、あれは市から依頼された仕事ということになる。しかしそんな公的な依頼の一端をルヴィが担ったというのは何だか妙な感じがした。

そもそも、ルヴィが何の仕事をしているのかが分からない。

それは今迄それほど気にかからなかったことだったが、ザックスはあの日以来それが少しだけ気になっていた。

「なあ、ルヴィ。お前さあ、この前の仕事…どっから話がきたんだよ?」

「え?この前の仕事って…」

「あの例の建物のさ。お前、斡旋屋とかしてんの?」

世の中にはそういう類の仕事をしている者もいる。そういうのは無論、闇である。

ザックスに仕事を斡旋してくれる人間もその類といえば類だが、あまりに地下に入り込むとやばい仕事がごろごろとしているのでザックスはそれほど深い斡旋屋にはアクセスしないようにしている。

そうして話を振ったザックスに、ルヴィは少し笑ってこう言った。

「それは違う、斡旋屋じゃないわ。この前はたまたまそんな話を聞きつけたから」

「ふうん…」

一体ルヴィのどこをどうしたらそんな話と結びつくのだか、ザックスには良く分からない。こう言っては難だが、ルヴィは夜の男である。ザックスが昼なら、ルヴィは夜。その嗜好もそうだが、雰囲気自体がそう思わせるのだ。

市の依頼の仕事なんて、いかにも昼なのに。

「まあ終わった仕事の事は忘れましょ、ね?それよりザク、聞いてよ。昨日も良い男を見つけたの。あれは上玉、すごいセクシーだった」

「……おっ前なあ」

また始まったか、そう思って思わず頭を抱えたザックスに、ルヴィは早速天国話をお見舞いした。先ほどザックスが聞いた話などはものの数秒で終わってしまったというのに、まったくこの転換にはついていけない。

こんなルヴィが、まともな仕事を?―――あまり想像できない…。

「ルヴィ、お前さ…セックスできれば良いわけ?」

「やだ、何言ってるのザク!それは違う。…って言い切れないトコもあるけど、まあ人によりけりよ。本当に欲しい男とは寝ないの」

「本当かよ?怪しい…」

「本当よ。だってザクとは寝てない。でしょ?」

「ああ…まあ…―――――は?」

うっかり「ああ」などと返答してしまったものの、何だか今の言葉は問題があったような気がする。気のせいだろうか?

ギョッとしてザックスが上体を仰け反らせると、ルヴィはきょとんとした後に、いきなりのように笑い出した。

「あははは!嘘よザク、そんなことしたらクラウドに殺されちゃう」

「お、前なあ…!」

目じりに涙まで溜めながら笑い転げたルヴィは、その涙をついと拭いながらも、同じ言葉を繰り返す。その隣で「全く」と呆れ顔をしたザックスは、溜息を吐きながらもグラスを口に近づけた。

と、その時。

………………何でも神羅だってよお…。

「!?」

ふと、背後から気になる言葉が耳に入った。

急いで振り返るとそこにはテーブル席があり、そのテーブルを囲んで数人が話し込んでいる。彼らは泥酔しており、密談というふうではない。身なりも荒くれ者のようだし、神羅の関係者ではなさそうだ。

それを確認したザックスは思わずホッとしたものだが、しかしそれにしても何の話なのだかが気になった。

だから、耳を傾けてみる。

「ああ、あれだろ?ホラ、市が作ったぼったくりの建てモンの…」

「そう、あいつよ。あの馬鹿でけえ建物の為に俺達住民がどれだけ金出したと思ってんだかよお。それが何だあ?今じゃ神羅のモンだあ?…ケッ、あのクソ会社にゴマすりで譲渡だってよ!バカじゃねえか」

「しかもアレでしょ、今回の改築費用だってウチら住民の金から出てるのよ。最悪よね。神羅が出しゃあ良いじゃないのよね。しこたま金持ってるクセにさ」

「それは無理だよ。だってアレは不良物件だったからね、それを貰ってもらうっていうニュアンスなのさ。だから市は全面負担だよ。最初は買取って話もあったらしいけどね」

「ああん!?何だお前はよ!優等ヅラして語ってんじゃねえよ!」

「本当のことじゃないか!あ、ちょっと!何するんだ!!」

そう男の一人が叫んだところで、ガシャン、と大きな音が響いた。その瞬間に店内はざわめき、女性の悲鳴が聞こえてくる。

「きゃああああ!!!」

「喧嘩だ!誰か止めろ!」

「おーい、喧嘩だってよ!」

そんな言葉が響いて、ザックスはガッと立ち上がった。それを瞬時に捉えたルヴィが、

「ザク!関わらない方が良い!」

と怒鳴ったが、それでもそれを振り切ってザックスはその喧騒の中心へと足を向ける。

ずかずかと歩を進ませてそこまで辿り着くと、どうやら殴りかかった張本人であるらしいもっとも粗暴な男の胸倉をグッと掴み上げた。

  

 

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