視界の記憶【ツォンルー】

ツォンルー

■SWEET~SERIOUS●SHORT【18↑】
バスルームでの出来事…ゆるめ成人向けです。
なんとなくツォンルーらしい話かも??

 


 

貴方のその微笑みを愛していた。

するりと脱ぎ払われた衣類をそのままに、その人は背筋をピンと張り、すらりとした体躯を惜しみなく見せ付けながら一歩を進み出た。

 

一時間前から用意しておいた湯のため、バスルームはもくもくと曇っている。
その中に入り込むその背中を見ていると、まるで濃霧の中に迷い込む儚人のようだ。いつかその白い煙に巻かれてその線の細い体ごと存在が消えてしまうかのような幻想に陥る。

そんなことを思っていたツォンの口から出たのは、その人の名前だった。

 

「ルーファウス様」

「…何だ?」

 

なんでもないようにそう答えたルーファウスに、ツォンは思わずほっ、と胸を撫で下ろす。まさか、神隠しでもあるまいに、本当に消えてしまうことなどありえない。がしかし、何故かそんな疑念が取り払えずにいた。

 

ルーファウスと同じく白く煙った空間に入り込んだツォンは、下半身だけ隠すようにタオルを巻いている。

一方、ルーファウスはそんなことすら気にしないように全てをさらけ出しているから、何だか妙に色気があるように感じられた。まあその体躯は男のものに他ならないのだけれど。

 

「どうぞおかけになって下さい。背中を流しますので」

「ああ、悪いな」

 

ツォンの言葉を素直に受け取ったルーファウスは、バスルームの中に常備されているチェアーに腰をかけた。そうして、先ほどと同じようにツォンに背を向ける。

ツォンは、体を洗うために泡立てた柔らかなスポンジをルーファウスの背中に優しく当てると、強すぎず、また弱すぎないように、その白い肌を洗っていった。

白い泡が、白い煙と共謀して、ますますルーファウスを隠してしまいそうな気分になる。それが何となく怖くて、ツォンはルーファウスに話しかけた。

 

「敵には背中を向けぬもの、と申します。ですからこうして私が貴方の背中を流すことができるのは、信頼の証のようで嬉しく思っています」

「ああ、そう言われればそうだな。私は戦いに赴かないから、そういう考えを忘れていた」

「それで宜しいのですよ。貴方のことは、常に私が守るのですから」

「そうか…そうだな」

 

ルーファウスは小さな声でそういうと、それぎり言葉を切ってしまった。
その途切れた会話のために、ツォンはもくもくと背中を洗い流すことになる。しかしそれもそう長くは続かず、やがて背中は隈なく洗い終えてしまう。

 

「ルーファウス様、後は…如何なさいましょう」

 

ツォンは手を止めると、静かに慎重にそう聴いた。

実のところ、この問いの答えは最初から決まっており、ツォンは毎回必ず背中だけでなく全てを洗うことになっている。しかし名目が「背中を流す」ことであるから、儀式のように、一度こうしてたずねなければならなかったのだ。

 

ツォンには答えが分かっている。
そしてその答えは今日も変わらない。

 

「…全部、洗うんだ」

 

ルーファウスは静かにそう”命令”すると、すくっと立ち上がり、しゃがみこんでいるツォンを上から見下ろした。ツォンはそれを見上げることなく、ただじっと床を見つめている。

そうして間もなく、すっとルーファウスの手が伸びてきて、それがツォンの頬にやんわりと触れた。その手がくい、と僅かにツォンの顎を持ち上げると、ツォンは当然のように、眼前にあったルーファウスの性器を口に含む。

 

これは最早いつものことで、ルーファウスは当然のこと、ツォンにとっても今更何を恥じるわけでもない行為だった。

そもそも背中を流すという行為そのものが既にこの行為への伏線になっていることは明らかで、泡でぬめる肌にやさしく触れる指がどれほど欲を煽るかは、奉仕しているだけのツォンにも何となく分かっていたのだ。

 

「んっ、う…っ、あぁ…」

 

上部から漏れてくる吐息を額に感じながら、ツォンはひたすらに口淫を続ける。時に強く時に優しく舌でなぞりあげ、口内でソレが一層硬くなっていくのを感じながら、快楽すらも全て自分に預けてしまうこの上司のことを強く想った。

 

「あ、あっ、ツォン…っ、もう…っ」

 

しつこいほどに続けた愛撫は、やがてその人の足をがくがくと震えさせる。
直立状態でその状況に耐え続けたルーファウスは、最後の最後にそれに屈し、ツォンの体にもたれ掛かるようになった。その途端、ツォンの髪がグイ、と掴まれる。それにも構わず愛撫を続けたツォンに、ルーファウスは最後の歓喜の声を上げたのだった。

それが終わったあと、ツォンはルーファウスの背中以外の全てを洗っていった。
達した後でぐったりとしているルーファウスは、まるで意思のない人形のようにぐにゃりとしていた。これもいつものことであるから、ツォンは慣れたふうにこの体を操作し、その体をどんどんと洗っていく。

 

こういう状態のとき、時折ツォンは考える。
このようなルーファウスであれば組み敷くことなど実に簡単で、恐らくそれを実行してもルーファウスは怒りなどしないのだろう、と。

こんなふうに背中を流し、あのような”命令”に従うようになってからも、ツォンは自身の想いをそんなふうに形として出したことはなかった。奉仕する間、いや、背中を流すその前の段階から、自分もどこかその雰囲気に飲まれてしまうところがあるから、当然タオルで隠したその下は常に興奮による勃起の危険を孕んでいる。

 

しかしともかく理性で押さえつけなければ、この布一枚では隠し切れない事態になるし、そうなってしまっては問題だと思い、ツォンは常々それを押さえつけてきた。たまにその抑止に失敗するときには、なるべくルーファウスの視界に入らないように工夫をしたものである。

しかし、それすらも失敗することがあるらしかった。
それは思わぬ事態で…。

 

「…おい、ツォン」

「はい、何でしょうか」

「――お前は、やっぱり私の顔を見ないんだな」

「え?」

 

予想もしていなかった言葉を受け、ツォンの手はふいと止まった。
止まったが、そのツォンがルーファウスの顔を見ることはない。ツォンの視界に入っているのはただ、ルーファウスの白い、この煙に巻かれて消えてしまいそうな体だけである。

 

「前から…ずっと思っていたんだ。お前はこのバスルームで…絶対に私の顔を見ようとしない」

「そんなことは…」

「無い、と断言するか?だったらまず、今この場で私の顔を見ろ…」

 

ルーファウスはそういうと、先ほどまでのぐにゃりとした体に急に芯を通したかのようにピンと背筋を伸ばして、ツォンの顔を強制的に己の方へと向けさせた。
そうして、もくもくと煙るその密室の中、二人はじっと見詰め合う。

 

「ツォン、ちゃんと私を見ろ」

「ルー…ファウス様…」

 

強くそう言われたツォンは、いまや目前と迫ったその表情を、じっと捉えた。
がしかし――。

 

愕然とする。

愕然とするほか、ない。

 

「!?…そんな…まさ、か…」

「ツォン、やっぱりお前は――」

 

突如として焦りを見せ始めたツォンにルーファウスは悲壮な面持ちを見せ、その体をギュッ、と強く抱きすくめた。先ほどまでとはまるで逆である。今は、呆然としたツォンをルーファウスが操っているかのような状態だ。

 

ツォンは、一変してしまったこの状況に対応できないまま、ルーファウスに抱きすくめられ、ただただ白く煙った空間を見つめていた。

 

「ルーファウス様…私は…」

「…ツォン、良いんだ。何も言わないでくれ」

「しかし…」

 

今やツォンは悟っていたものである。
この白く煙った空間がツォンの視界にだけ映るものであり、ルーファウスのその背中がその湯気によっていつも消え入りそうだと思っていたのは、ただ単に自分の視界がおかしいからだということを。

 

ツォンの視界は”ブレていた”のだ。
薄く白い膜を張ったように、常にぼやけて濁っていたのである。

 

それは湯気のせいでもなければ、抱いた幻想のせいでもない。むしろ、そういった環境や幻想を抱くことで、この恐怖から目をそらそうとしていたのである。
そう、視界が段々と濁っていくこの恐怖から…。

見えないのだ、世界が上手く。

 

「私は…視力が落ちているのですね。いや、そうじゃない。それどころか私は近いうちに失明する」

「ツォン…」

「ああ、思い出しました…そうでしたね、私は敵の罠にはまり、こんなことになったのでしたね。…まさか、それを忘れようとしていたとは…」

 

ツォンはルーファウスを抱きしめ返すと、すみませんでした、と一言呟いた。
それは、ルーファウスの気遣いに対する謝りであり、嘘をついていた自分に対しての言葉でもある。まさか、この辛い現実が受け入れがたくて、自分にもルーファウスにも無意識ながら嘘をついていたとは、本当に情けない限りだ。ツォンはそう思う。

 

しかしそれと同時に、失うことへの恐怖だけは本物だったのだと悟った。
ルーファウスがどこかに消えていきそうだと思っていたあの焦りはつまり、やがてルーファウスが見えなくなり自分の世界から消えてしまうだろうことへの恐怖だったのである。

 

体など、このバスルームの中ではぼんやりしていてもおかしくはない。白く煙たいものが邪魔しているのだと説明できるのだから。

しかし顔だけが見られなかった。
だってその顔を間近に見てしまっては、自分の嘘が自分にバレてしまうから。

 

「ああ…思い出しました、全てを」

 

何故こんなふうに背中を流すことが当然になったのか、何故あの奉仕が当然になったのか。ツォンはそれをようやく思い出した。忘れていたものを、いや、忘れたかったものを、思い出したのである。

 

「”せめて触れていよう”…、でしたね」

「…ああ、そうだ」

「あの奉仕も、思えば私の勘違いでしたね。貴方はいつもただ、そこに立っているだけだったのに」

「……」

 

本当はいつも、その体を組み敷きじっくりと抱きたいと思っていた。
しかし、潜在的にそれをできないと判断した自分は、その代償行為として自ら奉仕をし始めたのだったか。奉仕が当然であり、奉仕しか許されないと考えれば、抱きたいと願っても抱けないという正当な理由が出来るから。

 

「ツォン」

 

ルーファウスはツォンの名前を呼ぶと、その唇に深くキスをした。
そうして、そっと、微笑んだ。

それが最後の、視界の記憶。
覚えているのはその微笑みだけ。

その微笑みを、ただ、愛していた。

 

END

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