ツォン宅に留まってから一時間強…もうどうでも良いかという気分になっていたルーファウスは、明日もあるので、今日は今日で普通に寝てしまおうという結論に至っていた。
どうせこのままいけば普通に寝て普通に起きて、普通に「おはよう」などと言って出勤することになるだけの話なのだ。例え同じ部屋の同じベットに寝たとしても。
そんな訳で他人の家でさっさとシャワーをあび、着替えを借りてそれに着替えると、ルーファウスは今までの作戦を忘れたかのようにサクッとベットに入り込んだ。
ツォンはといえば、やはりシャワーをあびてその後にルーファウスの隣で着替えなどをしている。
そんなツォンは何も考えていないようにルーファウスの眼に映っていたが、実際はあることを考えていた。
それは――――…一体ルーファウスは何の為に此処に来たのだろう?ということだった。
ツォンにしてみれば、それはかなりの疑問である。
家に来たはいいが、良く分からないことを言った挙句にサクッと寝ようとしている……これではあまりに意味不明だろう。
しかしツォンは、その疑問をルーファウスに投げかけるようなことはしなかった。
投げかけたところで、今日の場合のお決まりのリアクション…そう、溜息だとかが返ってくると分かっていたからである。
しかしツォンには、何故そこで溜息なのかも良く分かっていなかった。
とにかく間が持てばそれで良い―――――今日此処に来たのも、きっと気まぐれだろう。
ツォンはそんなふうに解決し、ルーファウスのもぐっているベット脇に腰を下ろす。
「狭く…ないですか?」
片足を突っ込んだ状態でそう聞くと、ルーファウスは「別に」などと気のない返事を返した。それどころか、こんな事まで言う。
「まあお前が狭くて嫌だというなら対処を考えるが」
「いや、別に私は良いのですが…」
「じゃあ良い」
そう言われ、ツォンはやはり首を捻る。
ツォンとしては気を遣ってそう言っているのだが、どうやらさっぱり効果ナシらしい。
しかしそれに悶々としていても始まらないので、ツォンはその言葉通り、ルーファウスの隣に入り込んだ。
ベットは少し大きめだったが、それにしても大人の男二人とは…何だか妙な光景である。
まあ仕方無い、ルーファウスが何故だかそうしたいというのだから……そんな事を思いながらツォンは目を瞑る。
それから数十分……寝つきが良いのか、ツォンはすっと眠りに入ってしまった。
―――――こうしてルーファウスの計画はすっかり意味を無くしてしまったものである。
目を閉じていたもののまだ眠りに入っていなかったルーファウスは、しばらくしてすっと目を開けた。そして、チラリと横を見遣る。
そこには、すやすやと眠るツォンの姿があった。
それを見て、ルーファウスは溜息をつきながらつぶやく。
「…馬鹿か、こいつ?」
そう思ったが、ツォンの寝顔を覗き込んでいると、もうどうでも良いような気がしてくる。
どうでもいいというのは今回の作戦云々のことではなく、もっと基本的な部分での諦めだった。
ツォンはあまりにも素っ気無い。それは社内に限らず家でも同じだった。
けれどそれは、素っ気無いというよりその気がないということであって、恋人だから何をするという思考に行き着いていないという具合である。
ということはつまり――――ツォンにとってルーファウスは、「そういう人」ではない、ということではないだろうか?
というか、元々どうして恋人関係になったのかすら覚えていないのだから、もしかするとその解釈すら間違っていたのかもしれない。
「あーあ…って事は勘違いだったか…」
静かな寝息を立てながら眠るツォンの顔。
仕事中とは違うその顔を見ながら、またそう呟く。
けれどその顔があまりにも今まで見てきた中で落ち着いた顔だったので、ルーファウスは何となく笑ってしまった。
日頃お疲れの神羅社員の一人なのだから、こうしてゆっくりできるところまで入り込んできたのは間違いだったのかもしれない。
とはいえ、隣にルーファウスがいても普段と同じように寝入れるのはビックリだが。
ルーファウスはツォンの額に小さく口付けると、
「お疲れ」
そう言って自分もやっと眠りについた。
さて、その翌日。
同じ家から出勤したルーファウスとツォンは、いつものように「おはよう」と声をかけて、いつものようにそれぞれの仕事に入った。
そのいつもと変わらない様子を見ていて驚いたのは、誰でもないレノである。
何しろ二人は何も無かったかのように普通に仕事の話をしているのだ…というか実際何も無かったのだが。とにもかくにもルーファウスから何も報告がないというのは気になるところである。
そんな訳でレノは、丁度隣にいたツォンにこんなことを聞いた。
「あれ…主任、昨日は良く眠れたのかな?」
書類をトントン、などとしながらツォンは一言。
「ああ」
―――――オカシイ…。
良く眠れるはずがないだろう、と突っ込みを入れたいのを我慢しつつ、レノは更にこんな事を聞く。
「え…っていうか昨日は別にいつもと変わりなく過ごしたのかなっと」
「?…どうしたんだレノ、オカシイぞ」
アンタの方がよっぽどオカシイって、とレノは心の中で突っ込みつつも、
「いや、でもさ…」
と理由も言えずに視線を彷徨わせたりする。
ツォンはあまりにもいつもと同じ感じだし、これはいかにもオカシイ。という事は、やはり昨日の作戦は失敗に終わり、ルーファウスは落胆してるのではなかろうか。
そう思ったレノは、今度はルーファウスの方に聞いてみることにした。
「ちょっと失礼~」
そう言ってサクッと部屋を出ると、すかさず胸ポケットから携帯電話を取り出し、ルーファウスに連絡する。
ルーファウスは朝方機嫌が悪いのであまり気は進まないが、気になって仕方無いのだから、それこそ仕方無い。
と言うわけで。
『もしもし』
やはり不機嫌そうな声が、数コール後に電話口に出た。
「もしもし~俺なんだぞっと」
『…ああ、何だ』
「何だ、って…昨日はどうだったのか気になって。この様子じゃ失敗??」
単刀直入にそう言うと、少しした後に、不機嫌そうな声が少しマトモな声に変化してこう響く。
『失敗は失敗だ。けどなあ…まあいっかと思って』
「…は?」
『いや、だって。ツォンの奴、同じベットにいても普通に寝る奴なんだぞ?というわけで気付いたわけだ。いや、決めた。きっと私とツォンは何でも無かったんだ』
「え!ちょっ、決めたって…だってそういうご関係なんでしょーが?」
『だーかーらー。それ自体がきっと勘違いだったんだと言ってるんだ』
「はあ?」
何だそれは?…そう思いながらもレノは呆気にとられた顔をする。因みにこれは、廊下を通りすがった社員が目撃していた。
『というわけだ。じゃあな』
「じゃあな、って!」
ツーツー…
「……」
―――――悲しいかな、次の瞬間には電話は切れていた…。
何だか納得いかないながらも、両者がこんな具合なのだからもうこれは本当に意味がなくなってしまったのに違いない。
そう思いながらレノが部屋に戻ると、ツォンはもくもくと仕事をしていた。…さすがに意味ないだけある。
仕方なく自分のデスクに戻ると、レノは隣のツォンをチラッと見つつ、
「何だかなあ…」
そんな呟きをもらしてタバコをふかし始めた。
それから数日後、ちょっとした事から変化が起きた。
それは…そう、カレンダーを見ていた時のことである。
レノのデスクに置かれた変な模様のカレンダーにマルがついていたのを発見したツォンは、首を傾げながらそのマルについてレノにこう訪ねた。
「このマルは何だ?何か重要な仕事でもあったか?」
そんな記憶は無いがな…そんな事を思いながらそう聞いたツォンに、レノは「違うって」などと言いながら手をヒラヒラさせる。
「これはデート日!相手が多くて困っててさあ~バッティングしないようにスケジュールを組むのは難しいんだぞ、っと」
「なるほど」
何がなるほどなのか理解していないままそう答えたツォンは、そういえば、とある事を思い出した。
デート――――…そういえばそんな行事(?)もあったな、この世には。
「デートを忘れると怒られるからな」
「そうだな…」
ウハウハでそう言うレノの隣では、何故か考え込むツォンがいる。
レノはそんなツォンの姿など眼中にないようで、やれ何をしよう何処にいこうなどと考えていたが、ツォンもそんなレノの姿など眼中に入ってはいなかった。
デートを忘れると怒られる、これ必定。
そんな訳で、ツォンはその事についてじっくりと考えていた。
そういえば最近、デートというものをした覚えがない。する必要も無いと思っていたが、レノいわく、それは忘れると怒られるものらしい。つまり、忘れてはいけないのだ。
ということは。
「…雷が落ちそうだな」
ツォンはそう呟きながら、うーん、と考え込む。
その隣では、外は天気が良いぞ?、と首を傾げるレノがいた。
それから数時間後、仕事の合間を縫ってルーファウスのところへ出向いたツォンは、その人を前にして唐突にこんなことを言い出した。
因みに、ツォンの手には卓上カレンダーと赤ペンが握られている。
「ルーファウス様、デートはイツ頃が宜しいでしょう?」
ルーファウスがこの言葉に呆気にとられたのは言うまでもない。
先日の作戦失敗によりツォンとは何も無いということに解決していたルーファウスは、既にいつものペースに戻っていた。
そんなルーファウスにとって、この言葉ほどありえないものはなかっただろう。
しかも、そのカレンダーとペンは何だ、と突っ込みたい。
「…ちょっと待て、ツォン。デートとは何だ、デートとは」
「は…デートとは…言葉で説明するのは難しいですが多分、恋人同士がいちゃいちゃする時間ではないでしょうか?」
「あ、あのな…その前に!何故私とお前がデートしなきゃならないんだ?」
そもそもそこがオカシイじゃないか、そう続けて言うと、ツォンは首を傾げながらこんなふうに言った。
「私とルーファウス様は、確か恋人ではなかったでしたっけ?」
「……」
―――――“確か”…?
「どうも記憶が定かではないのですが、そうだったような気がするんですが」
「ような気がする、って…」
ちょっと待て、ではあの日は何だったんだ!?…そう突っ込みを入れられずにはいられないルーファウスがいる。
しかしツォンはそんな事はすっかり記憶にないかのように、カレンダーを眺めつつ唸っている。
この日は会議だし、この日は商談でしょう、とか何とかブツブツ呟いている…どうやらもう既にスケジュール調整をしているらしい。しかも勝手に。
そして最後にはこんなことを呟く。
「ああ…恋人というのは難しいものですね…」
――――それを聞いた瞬間、あの日何も無かったのも頷けてしまったルーファウスがいたのだった……。
ルーファウスが馬鹿馬鹿しくて聞けなかった「恋人かどうか」という部分までサクッと真顔で聞いてのけたツォンは、相当ルーファウスを唖然とさせたものの、それでも一応恋人ということに解決した。
もしかしたら今度は何か起こるのではないかとツォン宅に再度押しかけたりするルーファウスがいたが、やはりその結果は意味無く終わったのはいうまでもなく…。
どうやら道のりは、かなり…というか、果てしなく遠いらしい。
そんな鈍感な恋人に、ルーファウスはやはり唖然とすることが多かった。
恋人だということは理解しているのに、あんまりにもそれらしい雰囲気に気付かないので、ルーファウスはとうとう赤ペンを購入した次第である。
―――――そんな訳で。
いつの間にかツォンのデスクの上の卓上カレンダーには、全ての数字に赤マルがついていたのであった。
END