01:IN MIND あなたを壊す
幼い頃の記憶がある。それは、年齢の割には重い記憶。
だがその記憶の中で大切なのは、事実とか真実の類では無い。いや、大切なのは記憶では無いのかもしれない。
大切なのは――――現実。
「今日はもうお疲れでしょう」
いつも通りに自分の業務を済ませたルーファウスは、ほぼ側近とも言うべきタークスのツォンの言葉に首を傾けた。
「疲れたという訳では無い。納得がいかない」
書類の束を軽く纏めると、ルーファウスは神羅ビルから見える特有の景色を眺める。そこからは神羅の支配下にある大地が良く見えた。それは父親が制してきた世界だったが、その内自分がその権利を得るだろうことは必至だった。
まだ貫禄が有るわけではないその後姿に、ツォンは再び声をかける。
「“納得がいかない”というのは、ルーファウス様の口癖ですね」
「そんなくだらない事は覚えなくて良い」
ふふ、とツォンは静かに笑った。
貫禄は無いが――器はある。ツォンはそう思っている。
身分というものが存在する限り、ツォンはルーファウスの元で傅くことになる。自分から見ればまだまだ大人とは言い難い存在に、自分はつき従うのだ。
しかしそれは神羅に於いての「ビジネス」でしかない。
だが、それでも良いと思う。
言葉使いだけは一人前の『未来の社長』に、ツォンはいつも通りの言葉を放った。
「…お休みに、なりますか?」
その言葉に振り返ったルーファウスは、少し黙った後に小さく言った。
「―――ああ」
ルーファウスには何か隠し事がある…そう思っていたツォンの予感は当たっていた。
そもそも何故こんな事になったのか―――その原因が分からなかったツォンには、それがとても重大な事のように思えていた。
『理由など必要無い』
いつかルーファウスはそう言っていた。それは確か、初めてこの関係が始まった、その夜の言葉だったと思う。
社長令息という身分なだけに何の束縛も無く、何の咎めも無いルーファウスにとっては、それは単なる興味本位のお遊びなのだろうと、そう思っていた。若しくは、ツォンの隷属的な態度を面白がっているのか、と。
だがそれは違っていた。
理由はちゃんと存在し、しかもそれはツォンにとっては理解したくもないものだった。当然その理由とやらはルーファウスの個人的なものであって、ツォンには全くもって関係が無い。それでもその理由の為に始まったこの関係では、ツォンの役割は決して小さいとは言い切れなかった。
理解はできた。だが…正にルーファウスの言う通りだ。
「“納得がいかない”んですよ」
陽の光というものにおよそ縁が無いルーファウスの肌は、化粧を施した女のように白い。ルーファウスの頭の中に詰まっているのは、普通の子供が蓄積してきた無邪気さなどではなく、会社の経営に関わる「大人社会の破片」だ。
「痛いのなら遠慮せずにそう言って下さい」
いつものように性急な情事を迫るルーファウスに、ツォンは期待を裏切らずに事を運ぶ。
これがいかに馬鹿げたキャスティングであったとしても、前戯を必要としないのはツォンの中では不思議な事だった。相手が女であれば、円滑に事を運ぶのには必須だったかもしれないが、こと男同士となれば話は別である。
つまり雰囲気などは要らない―――そういう事なのだろう。
だがそれは、ツォンにとってみれば少なからず腹の立つ状況であった。
だが、男として分からないでもない。結局は快楽を得られればそれで良いのだ。相手が誰であったとしても。
「…ああ、すみません。考え事をしていたら…」
「どうした?」
埋め込もうとしていた自分のものに目を落とすと、ツォンは仕方無さそうな笑いを浮かべる。
「話にならんな」
すっかり萎えてしまったそれを見ながら、ルーファウスはため息を吐いた。
もう良い、今日はやめよう…そう言ってルーファウスは煙草に手を伸ばしたが、その手をツォンに取られ怪訝そうな顔を見せる。手を離し、流れる金髪に囲まれた顔に手を添えたツォンは、その唇に触れて言った。
「あなたの此処で…勃たせて下さい」
「……誰にモノを言ってるか分かってるのか」
それでも優勢を保ちながら言うルーファウスに、ツォンは微かに笑ってみせた。
「このままでは“納得がいかない”んでは?」
その言葉に眉をひそめ、ルーファウスはツォンを睨む。
「腹の立つ事を言うな」
そう言い返しながらも、ルーファウスはツォンの要求通りに行動を始めた。
不思議な光景だ、と思う。奉仕されるのは初めての事だ。今までは萎えるという事が無かったからか、そう苦労する事も無かったが、今のツォンにはそんな集中力は無いに等しい。何故かといえば、知ってしまったからだ。ルーファウスが本当に望んでいる事…それを知ってしまったから。
別段、本気などでは無かった。
驚きはしたが、それでも命令とあれば動くのが自分の使命だった。
だが、今は違う。
自分の主といえるこの人を、どうにか壊してやりたいとさえ思っている。
だがそれは離反では無い。それは交換条件のようなものだった。ルーファウスは、体が欲しいと望んだだけだったが、しかしそれは忠実な縦の関係をモットーにしている者にとっては過酷でもある。
だったら、その代わりに何かを貰っても良い。快楽を与える代わりに何を貰おうか…そう考えてツォンが出した答えは「望み」だった。
「上手いですね、ルーファウス様」
段々と勃起し始めるのを見ながら、ツォンはそんなふうに言った。どうせまた心の中では怒りを露にしているのだろう。
ツォンは心の中で囁く。
あなたの「望み」を、めちゃくちゃに打ち砕いて差し上げます―――。
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