CRYSTAL LIFE(13)【ツォンルー】

*CRYSTAL LIFE

3rd [PASS]:05

 

「違う、そうじゃない。貴方はちゃんと覚えていた。崩壊した神羅を受け入れて、それでも過去は捨てなくてはいけなくて…その中でも知っていたはずです。神羅にその気持ちを託してそれが叶わなかったとしても、今だってあの言葉を覚えている。捨てなくてはならないものがあったとしても、気持ちまでは捨ててないはずです。…そうでなければ、覚えていた私が苦しい」

あの言葉には、意味があったから。

神羅を汚いという人がいても、たとえそれが自分を責める言葉であっても、少しでも緩和できるようにクロスさせた感情があった。

“これはな…そう。お前は私の人生の中で最初で最後の人間になるだろう。いや、それで良い。その気持ちを言葉に乗せた。…少し我侭だったか?”

「あの気持ちが、嘘ではないと証明してくれたのでしょう?」

“今この司令室にいて、それだけが救われる感情だろうな。この言葉はホストコンピュータのパスワードだ、神羅の一番重要なものを守ってる。全ての人間の重要なものを守ってる。こいつを入れると…データが全て解明される。つまり、全てがクリアになる”

「あの頃の気持ちが…今この時も同じだということを、証明してくれたのでしょう?」

“でもこの言葉が…気持ちがなければ世界は狭いままだ。全てをクリアにして、世界を広げるためには、必要不可欠な言葉だ”

「この言葉を思い出して、パスワードを敷いた。だったら貴方は笑えるはずなんてない。関係ないなんて言えない。今だって貴方の心に私が少しでも残ってる。そう……言ってくれますよね?」

“神羅を、世界を守る言葉だ。守る感情だ。…な、少しは綺麗だろう。この世界も”

けれどそのパスワードは使われることなどなくて、その言葉が世界を守ることもなかった。

神羅は崩壊したから、そうして人々は喜んだから。

守れなかった。

そう思うと綺麗なことを言えなくなった神羅は捨てなくてはならなくて。反省して。

そんな組織がなくともこの気持ちさえあれば大丈夫だと。

「…ツォンはどうなんだ。例え俺がそう思っていても…神羅を捨ててすべてが無くなっても大丈夫だと思っても、お前は結局その組織の上に感情があったんじゃないか? 俺がもし最初から普通に暮らす人間で、それでもツォンは俺を選んだか? 神羅があったからじゃないのか? ツォンはいつも自分が苦労しようとする。俺が何かすれば過剰に心配して辞めろとまで言う。神羅の時と同じような立場になればツォンは満足なんだろう? その相手が俺でなくても、それが心を満たすんだろう。今みたいにな」

俯き、ルーファウスは感情を全て吐き出すようにそう言った。それは今まで思ってきたことの集約のような言葉である。

一緒に生活していて沸いた疑問、そして今になって確定した疑問。もしかするとそれは神羅時代からあったものなのかもしれないが、当時その環境では気付けないことだった。神羅があって、築きあげてきたものだったから。

ツォンは、頬からすっと手を離し、腕からもそっと手を離すと、ルーファウスを見つめながら言った。

「…それを、思っていたのですか?もっともっと…言いたいことがあるんでしょう?」

何故か誘導するような言葉が響く。

それに反応して、ルーファウスはこんなことを言った。

「それが根底だ。だからもっと色んなことが不安だった。今でもまだ、疑問だ」

その言葉は本音だった。今の状況では、ツォンは例の企業の幹部ということになる。それが更に拍車をかけていた。

最初にルーファウスが言ったように、あの社長を名乗るフィルの存在も重荷である。神羅の部分にさえ及ぶ理由は正にそこにある。

一息ついたのち、ツォンはそっと話し始めた。

それは、静かな空間に響き渡る。

「何から話せば…良いでしょうか。2年も経ってから言い訳など、本当に自分が許せない。けれど今言わなければ貴方は確実に消えてしまうだろう。だからせめて聞いて下さい。それを聞いて、貴方が判断してください…私を」

先ほどの会話やあのパスワードで、ルーファウスの心中にも感情が眠っているだろうことはツォンも分かっていたが、しかしまだ元に戻れるかどうかは定かではなかった。

だから、せめて気持ちを話そうと思う。

「2年前、私は貴方の言った言葉の意味が分からなかった。けれどつい最近になってやっと意味が理解できた。私が守りたかったものと、貴方が守りたかったもの。それが少し…違っていたことに。でもそれは、貴方を大切に思った結果のつもりだった」

「…それが今なら分かるっていうのか」

「自分の気持ちにも嘘はありません。けれどあの時、貴方の気持ちに気付いてあげられなかった。それを後悔してるんです。貴方との生活は…貴方がいなければありえない」

「……」

すみません、そう簡潔に謝りながらツォンはルーファウスをじっと見つめた。けれどルーファウスは俯いて黙ったままである。

「さっき言いましたね、神羅のときと同じ状況なら私は満足なのだろうと。貴方がルーファウス神羅じゃなかったら感情は無かったのだろうと。……もしかしたら、そうだったかもしれない」

「…何だと」

思わず顔を上げたルーファウスは、信じられないというような顔をしていた。まさかそんなふうに言われるとは思ってもみなかったから。

「神羅を引き摺らないことは必要だとわかっています。けれど私と貴方が出会ったのは神羅があったからこそで…それは否定できない。貴方がルーファウス様だったからこそ、私は貴方の側にいた。貴方を見つめていた。それは事実です。もしそれさえも消してしまうなら、私と貴方の出会いさえ間違いだったことになるでしょう」

「それとこれとは違う。俺が言っている過去は、神羅時代の…」

「分かっています」

言葉を遮るようにしてそういうと、ツォンは言葉を選んでから口を開く。少し難しい、過去の話は。否定すべきものと、否定できぬものが混在している。

「あの時代に、あの状況で、辛かった…だからあの言葉を暗号とした。そうなのでしょう? でもルーファウス様、私は貴方があの地位を失ってもそれが嫌だなんて思ったことはありません。貴方は一生ルーファウス神羅でしかない、でもそれは貴方が貴方である証拠で…地位じゃない。だって今この世に、神羅はない」

「…神羅じゃなくて、その頃からの関係はどうなんだ。神羅がなくなっても、俺が地位をなくしても、それでも上下関係が抜けないんじゃないか。俺はツォンと対等でいたかった、今も、昔も、ずっとそう思ってきた」

強い視線がぶつかり、暫し沈黙が起こる。

その言葉にはツォンもすぐに答えは返さなかった。

返せないのではなくて、考えている。どう言ったら良いのかを。

ちょっとした考え方の相違が大きな問題を引き起こすと身をもって体験したから、軽い言葉では恐い気がするのだ。もっと良く言葉を選ばなければ、と。

やがてツォンが口を開いたとき、ルーファウスの表情は少し翳っていた。

「気持ちは…対等だったのではないでしょうか。すみません、こんな言葉しか…何だか見つからなくて」

「……態度は、対等じゃない」

ポツリとそう言ったルーファウスに、

「そうだったかもしれません」

とツォンは返した。

今でさえ敬称をつけてルーファウスを呼ぶのは、やはり後遺症なのだろうか。いつかルーファウスにそう言われたように。

けれど―――。

「けれど…ルーファウス様。貴方も私と同じように…傲慢かもしれないが、こういう私を好きでいてくれたのではないですか? 確かに一時期、貴方の自由を奪ったときは……あの時の私は、貴方との生活を守りたかった。それを守れるだろうことが嬉しかった。……傲慢ですね」

「―――じゃあ」

ツォンの言葉を一通り聞いた後、ルーファウスはそう口にしてツォンをじっと見つめた。

「ツォンは今、どう思ってる?」

「今?」

「俺のことを…今はどう思ってるんだ? 反省なんていつでもできる。今はどうなんだ。あの男に従って仕事をして、俺と再会して、全部話して…それで何がしたいっていうんだ。さっき俺に判断しろと言ったが、それこそ傲慢じゃないか。今のお前に不満なんてないじゃないか…何もかも持ってる」

過去が晴れても、今が晴れない。

今あの男の下で同じような仕事をしていることは、事実である。

それを否定することはできないし、ルーファウスがそれについて文句をいうこともできない。そんな権利すら、今はどこにもない。

「証明…しましょうか」

 すっとそんなことを言い出したツォンに、ルーファウスは怪訝そうな顔をした。

少し、あの日とシンクロする。

ツォンもそれに思い当たったのか、苦い笑いを漏らした。

けれどそのまま何も言わずにルーファウスに手を伸ばすと、その身をそっと抱きよせて、しっかりと抱きすくめた。緩やかに、優しく、でも強く。

どんなに望んでも叶わなかった2年間が嘘のように、手ごたえがある。それはツォンにとっても、ルーファウスにとっても同じことだった。

会いたくて、会えなくて、寂しくて、苦しい。

ずっとずっと側にいたのに、すっと離れたあの日。それから2年経って、それぞれ違うことをしながら生活していた。それでもお互いのことを忘れる日はなくて、ずっと心に何かつかえたような状態だった。

どれほど大切な存在だったか、確信した時間。それはあまりにも長くて。

後悔したのはツォンだけではなく、ルーファウスも同じことである。

察してもらえないことや、わだかまりが、許せなかった。それでもいざ存在がなくなってみると、あまりにも空しい空間が広がっていた。そして、一人きりになってその寂しさはもっと重みを増した。

結局は―――相手がいなくては始まらない。

あの言葉と同じように、広がりを続けるためには必要だった。
感情と存在とが、確実に。

「―――最後の人」

ぽつりとそう言ったツォンに、ルーファウスは何も言わずに頷いた。

「最後だな」

最後の思いを託す、最後の人。
他の誰も選択肢に入らない、選んだ人。

「仕事で誰に従おうと、心が従うのは自分の想いにだけです。私の心は貴方の元にある。だから私は貴方だけを見つめてた。離れていても、今日までずっと。…これからも」

「…心配だ。あんなにツォンにひっついてる」

ぼそっと胸の辺りでそう言ったルーファウスに、ツォンは笑った。

「何だか怒った顔をしてますね。さっきも、本当はそう思ってました?」

「…悔しいから、笑っただけだ」

「そういう貴方が、好きですよ」

「……」

馬鹿じゃないか、そう言いながらルーファウスはツォンの腕を掴んだ。昔からそんなにハッキリ口に出してもらったことはない。行動で分かってはいるけれど。

けれどそのツォンの言葉は強ち嘘ではなくて、あの状況で強く自信に溢れた笑みを零せるのはルーファウスだからだと思う。ルーファウスだから、それが行動として綺麗に見えるのだろうと思う。

きっと昔からそういう表情を知っていたからだろう。

何度も見てきて、何度もその表情の側にいたから。だからそう思える。他の誰かがそうしてみても、きっとツォンは許せなかった。

「キス…しても良いですか」

「断りなんか入れるか、普通?」

「いえ、でも…。これでも少し、緊張してるんですが」

確かにルーファウスの握ったツォンの腕は、微かに震えていた。

「…知ってる」

ふっと笑ったルーファウスは、ぐい、とツォンを引き寄せると、そっと唇を当てた。自然と目を閉じ、軽いキスを繰り返す。

舌先が唇を割って入り、少しづつ熱を帯びて絡まる。

それはとても懐かしい感覚だった。泣きたくなるほど、懐かしい感覚。

もう今は背後に広がる大地などなかったけれど―――それでも、良かった。

何故なら今これは、

幻想でもなく、

過去でもなく、

嘘でさえなかったから。

 

  

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