Honey Style(Thursday-2)【ツォンルー】

*Honey Style

木曜日:目には目を!

 

その頃、ホクホクのジャガイモをサックリと食べ終えたレノは、ルードを残しジャガーの正式入社の手続きを行っていた。

まだ正式な社員ではないけれど、ジャガーはどういう訳かレノが見込んだ男である。それは一般の募集枠とは違うわけで、これはある意味特別だった。

ビジター専用の部屋でほんわかジャガーと対峙しながら、手続きという名目で世間話をしていたレノは、少ししてやってきたその人物にギョッとした。

白のダブルスーツ…それは正しくルーファウスの証拠。

が、しかし。
何故か今日はそのスーツがよれよれだった。

一般的にいう“くたびれている”とかそういう問題ではなく、着ている本人がよれよれなのだ。酔ってもないくせに千鳥足で歩いている。

何だありゃ。取り敢えずレノはそう思った。

ルーファウスはジャガーと世間話をしていたレノのところまでやってくると、呼んでもいないというのに、二人の間に座り込んだ。

シーン……

―――というか、何故!?

レノはそう思ったが、覗き込んだルーファウスの顔は尋常ではない。クマはできてるわ、目は空ろだわ、更には手に紙飛行機なんかを持っている。一体全体何が起こったんだ、そう思ったが、レノはあることをふっと思い出して舌打ちした。

まさか、ジャガイモを持っていった際にツォンが昨日の事を話したんじゃないだろうか?

イリーナと去っていったツォンの事をどうしても許せないレノだったが、ツォンがそういう事をルーファウスに話すような人じゃないというのもレノは分かっていた。

だって、そんな事をしたら絶対に傷つく。どんなにプライドが高いルーファウスだろうと、恋人の前では例外じゃないはずだ。

そう思うと、何であの時もっと強引に引き止めなかったのか、イリーナのいう通りにしてしまったのか、そんな後悔がグルグルとまわってしまう。

「えっと…副社長、大丈夫なのかな…っと」

「大丈夫~大丈夫~ははは」

「……」

大丈夫じゃないらしい。
というか、ヤバイ。

ルーファウスはジャガーには目もくれずに、レノに向かってこんなことを言い始めた。

「それより、レノ。一緒にカミヒコーキを飛ばそう」

「…へ?」

更に厄介なことに、そこにジャガーが乱入した。

「わ~副社長さんなのにカミヒコーキって、何か良いっすね~。一緒にやりたいです~」

そんな事を言い出したものだから、ルーファウスの視界にジャガーがすっぽりと入り込む。呆気にとられるレノをよそに、ルーファウスはジャガーににっこりと笑いかけた。

しかしこの場合、にっこりとはいっても、目の下にはクマがあり目は空ろで、魂は抜けているという事を忘れてはいけない。

結果、はっきりいって……恐い。

しかしジャガーはツワモノだった。そんなルーファウスと同じレベルでぽわあっと笑うと、何だか二人で異国の言葉で宇宙の会話を始める。
レノには最早ついていけない領域だった。

「やばい…ぞ、っと」

デルタフォース並みの異空間の中で唯一正常だったレノは、かなり焦った。

何しろあのルーファウスが壊れてしまったのだ。言葉の比喩で壊れたというならまだ綺麗だが、これは本当に壊れている。壊滅している。というか、あんた誰だ、と言いたい。

しかしルーファウスがこんなになってしまった正確な原因など、レノには分かる余地もない。さっきの予想くらいである。

しかし昨日のツォンを思い出すと、そういえばツォンも様子が変だったのだ。
となると、これはやはり二人の間に何かあったという事にはならないか?

そこでレノは、勇敢にも異空間に踏み込むことにした。

「副社長、ちょっと」

そう言って何とかルーファウスとジャガーを引き離すと、ドアを開けて部屋を出る。念の為にドアを閉め、深呼吸なぞしてからルーファウスと向き合ったレノは、相変わらずの表情をしている相手にそっとこう切り出した。

「ツォンさんと…何かあったのかな…っと」

ルーファウスはレノの顔をじっと見ながらその言葉を聞いていたが、少ししてようやく内容を理解したらしく、突然、カッと目を見開いた。多分、地球に戻ってきたのだ。

「ツォン……」

「何か、ヤバい事…っていうか。その、何か聞いちゃったとか…」

「…帰ってこなかった…」

「え」

「昨日…帰ってこなかった」

「あ、ああ…それは…」

ついついそんな言葉を出してしまったレノは、言ってから頭を抱えた。

何言ってるんだ!
“それは”…なんて言ったら、後はお決まりパターンじゃないかーっ!

そしてレノ曰くお決まりパターンはすぐにやってきた。

「知ってるのか、レノ!?」

「ああああ~しまったあああっ!!」

「ツォンが昨日何してたか、知ってるんだろう?どうして帰ってこなかったんだ。どうして!?」

あんまりに必死なルーファウスの態度に、レノは驚きつつも大いに焦った。こんなに必死な姿なんて見たことがない。それなのに、嘘なんて吐いて良いものなんだろうか。大体、嘘は良くないなんて世間の常識じゃないか。

「レノ」

さっきまで空ろだったその眼が、ギンギンと光っている。とても嘘なんかつけそうもない。

大体――――――そうだ。
悪いのはツォンさんじゃないか。

そんなふうに思い、レノは少し視線をずらしながら呟いた。

「飲んでたんだ…ぞっと、皆で。…そこから…その…」

レノは、それでも心の中で謝らずにいられなかった。
許せないとは思うけど、でも…。

――――ツォンさん、ごめん…っ!

 

 

 

結局なんだかんだとジャガイモを持ち帰ったツォンは、部屋に残っていたルードと共に仕事をしていた。デスクワークなどをすると、却って考え事をしてしまうような気がする。勿論、考えてしまう内容なんて一つだった。

どうでも良いなどと思ったものの、やはり気になってしまうのは何故だろう…。

ルーファウスが副社長室にいないことも、それなりに気になる。どこに行ったのだろうか。仕事だったら良いが、こんな状況だからか、何だか特別なことのような気がしてしまう。

電話でもかけてみればいいのだろうが、それも何だか躊躇われる。

「はあ…」

結果的にそんな心の悩みは、溜息として消化されていた。

「…主任……溜息が多い……」

「ああ。悪い、つい…」

「…デスクワークは確かに溜息が出る…」

「…は?」

「…無言だから疲れる…」

「……」

―――っていうかお前、いつもほぼ無言じゃないか!?

ツォンは心の中で大いに突っ込んだ。

そんな意味の全く無さそうな会話をポツポツしつつも、やはりツォンの溜息は止まらないのだった。

 

  

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