STRAY PIECE(16)【ツォンルー】

*STRAY PIECE

16:呼び出し

  

 

無事任務遂行。

ある一部の指示以外は全て完璧に終わり、ツォンは夕暮れ時の神羅で業務報告書を書き込んでいた。先日までダウンしていたシステムはすっかり回復し、今ではパソコンから業務報告が出来るようになっている。

テンプレート化されたファイルに今日の内容を事細かに打ち込んでいたツォンは、チラリと腕時計を見やり、時刻がもう既に遅いことを確認した。

時間が気になるのは業務報告書の提出時間のためではなく、もっと別の事柄の為である。

今日ツォンが出した指示は的確で、ほぼ予定通り事は進んだ。

しかし一点だけ予定通り進まなかった点があり、それこそがレノに任せていた部分だったのである。

レノは出勤時から様子がおかしく、やけに険しい顔つきをしていたから、何となく気になってはいたのだ。

タークスは機密部分を扱う手前、メンタル面の管理は重要だとツォンは考えている。

そんなツォンにとって、レノがあのような表情をしていたのは看過できない事実だった。また、そういう状態を解消できないのは自分にも過失があるからだとも思っていたのである。

尤も、メンタルを完全に管理することなどほぼ不可能に違いない。

大体――――自分とて管理しきれていないのだ。

ツォンの場合は仕事の局面ではなるたけプライベートを忘れるようにしているだけで、気を緩めれば勿論それらが心を覆ってしまう。特に今のように如何ともしがたい状況は、正直かなりキツイ。

「あいつは得意だと思っていたが…」

そういえば、レノは割り切り型の人間だったはずである。

以前本人の口からも聞いていたし、確かにレノは仕事とプライベートとを分けるタイプのようにツォンの目にも映っていた。だからこそレノの仕事には迷いが無い。

しかし今日は――――そうじゃなかった。

レノは携帯の電源すら切り、ツォンの指揮を完璧に無視していたのである。

それは丸一日ではなく前半だけのことだったので、後半のレノは完璧に仕事をこなしていた。

少し遅れはあったものの結果的には完遂しているので文句は言えないが、それでもそのペース配分のズレで予定が狂ったことは嘘ではない。

一体どうしたのだろうか、レノは。

そう思って、ツォンはもう一度腕時計を見やる。

――――と、その時。

「失礼しますー」

ふと、司令室に安穏な声が響く。

ツォンが振り返ると、そこには思ったとおりレノの姿がある。それは偶然ではなく、あくまで“予定通り”の登場だった。

「ああ…悪かったな、呼び出したりして」

ノートパソコンをパタンと閉じたツォンは、回転式の椅子をくるりとレノの方に向けてそう声をかける。

「別に。まあ早く済むならそれに越したことないんだけど。で、何?」

「ああ、実は…」

ツォンは、どういう言葉で切り出そうかと表情には出さないままに頭を回転させた。

率直に、今日はおかしかったじゃないか、何があったんだ、と聞けばそれで良いのだろうが、何となくそういうふうに聞くのは躊躇われる。

だからツォンは、それに近いながらも少し遠まわしな表現をした。

「今日はレノにしては随分と遅いスタートダッシュだったじゃないか。さすがに焦ったぞ。もし何か理由があるなら相談に乗るが、どうだ?」

「…相談、ねえ」

レノはその言葉に対し顕著に嫌そうな表情を浮かべる。

嫌そうに、というより、どこか見下しているふうに見えないでもない。

いつもであればそんな表情を浮かべるはずもないレノが、今日に限っては奇妙な表情を向けることに、少なからずツォンは不審を感じた。

一体どうしたのだろうか、いきなりこんなふうになるなんて。

「―――まあ。言ってみれば本領発揮ってやつだ」

「本領発揮…?」

その一言に首を傾げざるを得なかったツォンは、やはり不穏そうな声音でそう繰り返す。

本領発揮などと言われても意味が分からない。というよりも、仕事のペースが乱れることのどこがどう本領発揮なのだか理解に苦しむ。

レノは壁にドンと背中をくっ付けると、重心をそこに置きながら両手をポケットにねじ込んだ。そうして、ツォンを見やる。

「俺さ、今まで結構割り切って仕事してきたつもりだけど、それってコントロールの賜物だった。別に何言われようがこれは仕事だしって割り切れたし、ムカついたってこれはどうしようも無いことだしって自分をコントロールできてた。けどさ」

「“けど”、何だ」

「今はそうできない。むしろ、それを完璧にこなしてるツォンさんを疑いたくなる」

「私を…?」

思いがけない言葉に突き当たり、ツォンは少なからず驚いた。

今はレノの話をしているのであり、更にいえばこれはツォンにとって“相談”の領域である。そこに突然自分が引き合いに出されたとなれば、これは驚くほかない。

何せ、“相談”の領域に自分が出てくるということは、レノの悩みの範疇には自分も含まれているということなのだ。

しかし、ツォンにはまるで思い当たる節が無かった。

レノと共通することといえば、タークスというこの組織くらいしか思い浮かばない。

 

 

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