STRAY PIECE(21)【ツォンルー】

*STRAY PIECE

21:1022号室の記憶[2]

  

1022号室に入った二人は、シャワーを浴びるのを後回しにして、まずは小腹を満たすことにした。

適当なものをルームサービスでとり、それで小腹を満たす。そして食後の一服などを終えると、ようやくシャワーでも、という話になった。

“お先にどうぞ”

ツォンの配慮で、シャワーはルーファウスが先に浴びることとなる。

その間ツォンはホテルの配慮で置かれていた新聞などに目を通しており、此処最近の惨劇なニュースの数々に顔を歪めたりした。

こういう記事を見るたびに、自分がどうにかしなくてはと思ってしまうのは、最早職業病かもしれない。

そうこうしている内にルーファウスがシャワーから上がり、ガウン姿でツォンの前に現れた。

ああ、お帰りなさい。

そう言おうとしてふとルーファウスの顔に目をやったツォンだったが、その瞬間に思わず手と言葉が止まってしまった。

その理由は、別に大した理由ではなかったのだが。

“どうした?”

“あ…ああ、いえ。その、少し驚いたものですから…”

“驚いた?一体何に?”

不審そうな表情を浮かべてそう聞いたルーファウスに、ツォンは「失礼かとは存じますが」とクッション言葉を置いた後に、おずおずと驚きの理由を口にする。

“その、何と言うか…そうしていらっしゃると歳相応に見える気がしましたので…”

ツォンがそう言うと、ルーファウスは笑った。

“じゃあ、いつもはもっと大人に見えるか?”

“ええ、まあ…そうだと思います”

“そうか。まあ、そうだな。見かけだけなら…誰だって何とでも出来るからな”

そんな言葉を口にしたルーファウスは、お前も早くシャワーを浴びれば良い、と言い、煙草を手にしながらベットサイドに腰を下ろす。

その姿はいつもと違って妙にギャップがある気がして、なぜだかツォンはすぐに立ち上がることが出来なかった。早いところシャワーを浴びなければいけないのに。

そういえば、ルーファウスはいくつだっただろうか?

確かまだ若かったはずだ。

いつもは副社長としての顔を見ているし、そういう立場の人だと思いながら接しているから何とも思わなかったが、こうしてみると随分と子供のように見える。

その顔がいつもと同じ調子で煙草などを咥えていると、どうもチグハグな気がしてならない。

とはいえ、あくまで相手は副社長である、まさかそれをどうのと言うわけにもいかないが。

“どうした?”

ふと声をかけられ、ツォンははっと我に返る。

どうやら取り留めのないことを考える間に、ルーファウスを直視していたらしい。そんなつもりは無かったのだが、ルーファウスにしてみれば一体何を見ているんだ、という具合だろう。

“あ…あ、すみません。何故かぼうっとしてしまって”

“へえ。お前でもぼうっとするなんて事があるのか”

“それは、まあ”

いきなり何を言っているのだろうと思いながらツォンがそう返すと、ルーファウスは短くなった煙草を灰皿に放りながらもう一度ツォンにシャワーを促した。

だからツォンは、何故か重くなっていた腰を上げ、やっとのことシャワーへと赴く。

 

何だか妙な気分だ。

何が妙なのか?

 

別にそれは副社長という人と同じ部屋に泊まっているというそれ自体ではなく、ルーファウスという人が自分の中で意外性を発揮したからである。

その意外性は先ほど目にした外見だけではあるが、それにしたって衝撃には違いない。

サアアアと流れるシャワーの中、黒く長い髪を払いのけながらツォンはそんなことを考えていた。

思えば、今までルーファウスについて深く考えたことがなかったが、よくよく考えてみれば不思議な人だと思う。

あの年齢にあの態度、だけれど本当は――――。

 

“すみませんでした”

ツォンはシャワーから出ると、取り敢えず何か言わねばと思い、そんな言葉を口にした。

がしかし、その言葉を発したと同時に思わず目を見開く。

“ルー…ファウス…様…?”

ルーファウスは、ベットの上に座っていた。

しかも、ただ座っているのではなく、ベットの中央で膝を抱え、顔を埋めるようにして座っていたのである。

一瞬、何事かとツォンは思った。何かあったのだろうか、と。

あくまで部下である自分の前で、まさかそんな姿をルーファウスが見せるはずがない。

となればこれは何かがあったということだろう。

がしかし、一体何があったというのだろうか。だってツォンがシャワーを浴びていた時間など大した時間ではないし、この部屋に誰かが尋ねてくるはずもない。

“ルーファウス様、どうしたのですか”

心配になったツォンは、慌ててルーファウスに駆け寄ると、その肩に手をやった

本当ならこんなことすら許されないのだろうが、その時は上下関係よりも単なる人間関係の方が勝っていた。ただ人が人を心配するという、それが。

ツォンの手に反応したルーファウスは、少しだけ顔を上げて、視線だけをツォンに動かした。

その目は赤くなっており、瞳が潤んでいる。

それを見てツォンは、ルーファウスが今迄泣いていたことを悟った。

“ルーファウス様…ど、どうしたんです?一体何があったんですか?”

“…何でもない。気にしないでくれ”

“そんな…そんな事を言われても無理です。だって…泣いてるじゃないですか”

“…別に良いんだ、本当に”

ルーファウスは頑なにそう言い張ったが、ルーファウスがそう言えばそう言うほど、ツォンはルーファウスを放っておけなくなった。

何でも無くて、涙が出るなんて無いじゃないか。

何でも良くて、そんな縮こまるなんて無いじゃないか。

そう思うと、ルーファウスが上司だろうと御曹司だろうとどうでも良い気がした。

目の前に涙を流している人がいて、同じ場所に自分がいる。これだけで、理由は充分である。この空間には自分しかいないのだから、何か手伝えるとすればそれを出来るのは自分しかいない。

“何があったのか、教えて下さい。きっと話すだけでも楽になれますから”

秘密は絶対に守ります、私はタークスですから。

そうとまで付け加えてルーファウスを励ましたツォンは、数分後にルーファウスがやっと完全に顔を上げたことに少しだけホッとした。

目が赤く充血して、とてもいつものルーファウスと同一人物だとは思えない。しかしそれが、ツォンの言葉を巧みにさせていく。

“大丈夫ですよ、安心して下さい。此処には私たちしかいない”

“…お前、おかしな奴だな”

“え?”

“そこまでして…私を励まそうとする奴なんて、初めてだ”

腫れているルーファウスの目が、少しだけ笑う。

だけれどその目にはまだ悲しそうな何かが潜んでいて、ツォンにはそちらの方がずっと気がかりだった。

 

  

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