STRAY PIECE(26)【ツォンルー】

*STRAY PIECE

26:クラウンカフェ

 

 

 

自分を捨てられたら、どんなに楽だろう。

自分ではない存在になってしまいたい。

そうすれば、こんな苦しみからは解放される。

この苦しみを味わわなくて済むのなら、他のどんな苦しみだって耐えられる。

それなのに――――どうして自分は自分でい続けなければならないのだろう。

消えて無くなってしまいたい。

 

 

 

雨の夜、HOTEL FIRST305号室で我武者羅に抱き合った。

雨の匂い、甘ったるい煙草の匂い。

このまま時が止まってしまえば良いのに、時間は止まってはくれずに無情な秒針を刻んでいく。やがて雨が上がり、ベットの暖かさが消え、憂鬱な太陽が顔を出す。

ああ、あの太陽―――――まるでスラムの人々の笑顔みたいに輝く、太陽。

「…夜は良いな」

「何で?」

雨の上がった翌日、憎憎しいほどの天気の良さが木漏れ日と共に部屋にやってくる。目など開けたくもないのに、目を覚ませといわんばかりだ。

ルーファウスは日光を避けるようにしてベットの中で縮こまると、レノの胸あたりに頭をもたれる。

そして、呟いた。

「壊れた心を曝け出しても…暗くて見えないから」

 

 

 

乗馬はいかがですか、と言われてから既に数日が経っていた。

そろそろその“付き合い”に乗じなければ不味い頃だろうと思いながら、ルーファウスはデスクの上にあった卓上カレンダーを見やる。

コンパクトなそのカレンダーは洒落たフォントで数字が書かれており、カレンダーとしての機能よりもインテリアとしての機能の方が随分と勝っているように思える。

確か、父親の主催パーティでのつまらない贈答品の一部だったように思う。

「パーティか…」

そういえば、と、ルーファウスはある事を思い出した。

処理済の書類をすっかり仕舞いこんだ後だからデスクの上はすっきりと片付いており、物が考えるには丁度よい。何しろデスクの上に仕事があると、どうしてもそれが頭を掠めてしまうから。

「そういえばそろそろあの下らないパーティの時期だな」

ルーファウスが口にする“パーティ”とは、卓上カレンダーを入手した例のパーティの事で、これはプレジデント神羅主催の毎年恒例のパーティだった。

一体どういった名目でのパーティなのだかルーファウスも未だに理解できないのだが、とにかく重鎮が集まっては無駄話に花を咲かせるという、ルーファウスにとってはおよそ下らないパーティである。

父親曰く、そのパーティは親睦会なのだとかいう。一体そんなに親睦を深めてこれ以上何を得ようというのだろうか、やはり理解できない。

しかしこの下らないパーティは、ルーファウスにとって強制参加の行事だった。

主催の息子である以上それは当然なのだろうが、実際その場に赴いてもルーファウスは特にこれという話をしないし、だからはっきり言えば父親の言う目的も果たしていないに等しい。

父親はそれを知っていたが、いつも見てみぬ振りをしていた。

何も言われないから、ルーファウスも何も言わない。

まるで無言で理解し合った大人のようだが、その実それは本当に無関心そのものだった。尤も、会場の誰一人としてそこに注視する者などいなかったが。

「……」

―――――憂鬱だ。

しかし例の乗馬については、そのパーティを理由に断ることも可能かもしれないと思った。あの男は例のパーティに招待されているし、どうせ会うならば1度で済ませてしまいたい。

「…5時か」

ルーファウスはチラリと壁掛け時計を見やると、確認するように呟く。

パーティの事など思い出したら、同時にもっと嫌なことまで思い出してしまった。

するとどうにも気分が落ち着かなくなり、急にあのクラウンカフェに行きたくなったのである。今から抜ければ、少しはゆっくりと出来るだろう。

“誇りを誇れる”あの場所に行けば、応急処置は出来る。少なくとも、このデスクでぼんやりとしているよりかは、ずっと。

そう思ってルーファウスが行動を起こしたのは、実にその5分後のことだった。

すぐさま帰り支度を済ませると、颯爽と部屋を出る。

まさかこんな早い時間に帰宅など通常であれば考えられなかったが、それを体裁で守る余裕など今は無い。念のため部下に事情を告げると、ルーファウスはそのまま神羅を後にした。

 

 

 

クラウンカフェまでの距離は結構にあるが、お抱えの運転手に頼めば造作も無い距離である。

いつもであれば事前に連絡を取るのだが、今日は突発的に車を出してくれと言ったものだから、お抱えの運転手もさすがに何かあったのですかと聞いてきたものだ。

が、それには曖昧に返答をしておくだけで、ルーファウスは車内に乗り込むとそのまま黙ってクラウンカフェまでの道のりを過ごした。

車で走って1時間。

閑静な場所に佇むクラウンカフェはいかにもな様相を呈しており、ルーファウスの望む誇りを得るには充分だったが、連れがいないとあっては少々気持ちが沈むのも仕方無いことだった。

お抱えの運転手にまた後で連絡する旨を伝えたルーファウスは、閑静な佇まいのクラウンカフェへと足を運ぶ。

赤茶のレンガ作りになっているその建物は、店内が丸見えになるくらいに全面ガラス張りで、ガラスの上面にはケミカルレースのカーテンが垂れ下がっている。

店内にはシャンデリアがあり、各テーブルの脇には中世を思わせる燭台が綺麗に並んでいた。

洒落た丸いテーブルには金糸入りのシルククロスが広がっており、店内中央に背の高い観葉植物が聳え立っている。

認証を受けて店に入ると、ルーファウスは窓辺の席に腰をかけた。

惜しみなく曝け出された店内は、同時にその窓から外の風景をも連れてくる。

厭でも視界に入り込んでくる窓の外の風景は、あまりにも綺麗で、だけれど綺麗すぎて、なんとなく切なくなった。

「失礼致します。本日はどのようなものをお召し上がりに?」

「ああ…何かお勧めがあるならそれで」

やってきたウェイターに目をやったルーファウスは、ウェイターが小脇に抱えているメニューを見ようともせずにそんな言葉をかける。

まあ、大体こういう店にはシェフのお勧めとやらがあって、そういうのはメニューに載っていない事が多い。どうせ何が出てきても味は上等なのだし、後は好み云々の問題である。

「畏まりました」

ウェイターは恭しく頭を下げると、そのままその場を去っていった。

それを確認して再度窓の外に目をやったルーファウスだったが、どうやら今日はいつもと違って少々忙しいらしい、またもやウェイターがやってきて話なぞを振ってくる。

 

 

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