STRAY PIECE(30)【ツォンルー】

*STRAY PIECE

30:変化した評価

 

”赤い髪の、ひょろっとした男”。

ツォンはその言葉にハッとし、マスターを凝視した。

それがマスターには大ごとのように感じられたのか、「やはりそいつも悪い輩なのか」とほぼ断定的に口にする。

ツォンが想定したのは紛れもなくレノで、そうである以上は「悪い輩」なわけではないのだが、それでもツォンはすぐに否定できなかった。

それは否定したくないという感情的なことではなく、次の行動に移るまでに時間が必要だったからである。

やっとのことでツォンが次の行動に移れるようになったときには、マスターはすでの自分の言葉を肯定し、更には断定している状態だった。尤も、マスターにとって彼が良い人間であろうと悪い人間であろうと問題はないのだが。

しかし、その瞬間にツォンは思ったものである。

先ほどマスターが口にした“誰かの評価に左右されて生きていかなければいけない”という言葉の効果が、こんなにも直ぐ現れてこようとは、と。

何も知らぬマスターにとっては、レノらしきその男は”悪い輩”だと評価されたわけである。しかしその人物がレノなら、勿論その評価は間違いといえるだろう。

つまりは、“そういう事”なのである。

そして恐らくは、レノにとってのツォンも、“そういう事”なのだろう。

レノはツォンのプライベートな事情など本来ならば知るはずがない。

がしかし、その彼が此処に来たというからにはどこからかその事情が漏れていると見て間違いない。何しろ彼はマリアを訪ねてきたのだから、それは確実である。

しかし、ツォンの事情など一体誰が漏らすというのだろうか。

考えられる者は一人だけしかいないし、その一人がルーファウスであることは確実である。

ただ此処で疑問なのは、プライベートな領域であるはずのそれを、何故ルーファウスがレノに告げたのかということだ。

仕事上の付き合いでしかないはずの人間同士がそこまでの事を話すとは思えない。

仮に今のツォンのように、ルーファウスが何らかの危険に晒されるかもしれないという事情を知っているのなら話は別だが、レノにその情報源があるとは思えない上、ルーファウスの身に危機が迫っているからといって此処にマリアを訪ねるようならば、さらに深い事情を知っている必要がある。

確かなことは―――――ルーファウスとレノが話をし合っているという事だ。

しかもそれは、マリアの名が割れるくらい深いプライベートな話でなければならない。

つまり、これは。

「…だからだったのか」

ツォンはふと、タークス本部での出来事を思い出した。確かあの時、レノはいつもと様子が違っていたはずである。

妙にツォンに突っかかるところといい、まるでルーファウスとツォンの事を知っているかのような物言いをするところといい、おかしいと思っていた。

しかしそれは今、ようやくクリアになったのだ。

レノは、ルーファウスとの接触で事情を知り、ツォンに対する評価を変えたのだろう。

彼のあの態度はつまり、ツォンの本音云々というのとは別の場所にある、つまりは……ルーファウスの観点からの感情による態度なのだ。

「―――」

他人の感情を知ることは難しい。

そしてその対象がルーファウスであることは、その敷居を更に高くさせる。

何故ならツォンは、その人の本当の感情に出会うまでに幾多の表層を潜り抜けてきた。それを知ったのはほんの偶然で、ともすれば見逃してしまいそうなものだった。

それを知ったレノは、一体どれほどの関係だというのだろうか―――――ルーファウスと、どれほどの?

「ツォンさん?」

ふとそう声をかけられ、ツォンははっと我に返る。

気付けば脇に座っていたはずのマスターはカウンターの中におり、オーダー品を作っていた。

その動作にさえ気づかなかった自分に思わず呆れたツォンだったが、それほどその事実はツォンを動揺させたのである。

「ああ…悪い。つい考え込んでしまって…」

ツォンは苦笑交じりにそう口にすると、悪いが今日は帰る、と席を立った。

そして、カクテル代にしては高いギルをカウンターに押し付けると、マスターが何か声をかけてくるのにも耳を貸さず店を後にする。

躊躇うことなく歩を進めるツォンの脳裏には、どうにもならないもどかしい感情が渦巻いていた。

 

 

 

もし生まれ変わるならば、今度は蝉のように短い生命に生まれ変わりたい。

もしまた人間に生まれてしまったらば、せめて今度は素直な人間になりたい。

辛いなら辛いと、悲しいなら悲しいと、悔しいなら悔しいと、

そんなふうに告げられる人間になりたい。

 

今は、辛さも悲しさも悔しさも閉じ込めて、他の何かで補おうとしている。

傷ついた心を別の何かで補うことで、本当のことをかき消そうとしている。

代償行為ばかりを繰り返す。

そうしていつかきっと、大切なものを見失ってしまう。

 

“消えて無くなってしまいたい”。

 

そう思うのは、ただ、本音で向き合えない自分が嫌だから。

そして、そういう自分に気付きたくないから。

 

 

 

電源を「ON」する指―――――そこに指令を送れるのは自分自身しかいない。

 

 

 

ウィィィン、と音がして、ディスプレイに明かりが点る。

しかし起動したOSは管理者パスワードを要求し、それが分からないためにその先に行きつけない。

「ったく…」

タークス本部に置かれていたノートパソコンを前に小さく舌打ちしたレノは、パスワードを要求する憎らしいそれをそのままに、回転式の椅子に座ったままグルリ、と半回転した。

後頭部で組んだ手に力を込めると、そこに頭をもたげるようにして重心を置く。

―――――やっぱり無謀だったか。

ツォンがいない間にパソコン内部の情報を頂こうかと思っていたのだが、やはり無理があったらしい。

まあセキュリティで守られてはいるだろうなとは思っていたが、まさか思いつくワードが悉く断られるとは思ってもみなかったのだ。

実は、もう何度かノートパソコンを起動している。

その都度これかと思うワードを入れてみるもののパソコンはそれを拒否し、セキュリティロックがかかってしまう。

仕方が無いから一度電源を落としてもう一度立ち上げて再度挑戦を試みるのだが、どうにもこうにもパスワードが分からなくて先に進まない。

「はあ…何かは落ちてると思ったんだけどな」

レノは天井を見上げると、大きなため息をつく。

―――――先日、ルーファウスにある告白をされた。

それはレノが告白した夜のことで、ルーファウスはレノの告白を受けた後に自身の重大な告白をしてきたのである。

その内容は、主に3つだった。そしてその3つは線で繋がっていた。

1つは、何者かがルーファウスに近づいてきており、その何者かに脅迫を受けたという内容。

もう1つは、ツォンとの過去についての内容。

そしてもう1つが、ルーファウスの出生の秘密というものである。

ツォンとの過去やルーファウスの出生はレノにとってかなり大きな真実だったが、それでもそれは過去のものであり変えようのない事実であることは確かだ。

だからレノは残る1つ……つまり今ルーファウスが受けている脅迫について何かしなくてはと思ったのである。

ルーファウスは言っていた、プレジデント神羅主催の恒例パーティの日に何かが起こるのだ、と。つまりそれは、相手方がその日を指定してきたということである。

ルーファウスはそれらの事実を告げた後、レノにこう言った。

“レノの事も知られているみたいだ。多分、尾けられてる”

“パーティの日…できれば任務の名目で護衛について欲しいんだ”

“その男の顔は見れば分かる。私と一緒に、何とか手を打って欲しい”

レノは、そのルーファウスの頼みを勿論快諾した。

護衛ならば任務として命令さえしてくれれば公式的に出向くことができるし何かを疑われる心配もない。

立場上自分はタークスなのだから、ルーファウスの事情に絡んだとしても護衛であると言ってしまえば事後であっても話を纏めることができる。

しかし、その指定日に護衛の名目で手を打つということは、要するにぶっつけ本番と同じことなのだ。

相手方にはこちらの情報があり、こちらには相手方の情報が無いのだから、これは幾らなんでも分が悪い。

ルーファウスを狙うとすればそれなりの組織である可能性が高いと踏んだレノは、もしかしたら神羅のデータにそれらしきものがあるかもしれないと思った。

だからこうしてデータバンクたるタークスの情報網にアクセスしようと試みたわけだが、どうやらそれには条件がいるらしく、それは許しがたいことにタークス主任という肩書きだった。

このノートパソコンの中には、重要なデータの数々が埋まっている。

がしかし、それは主任であるツォンにしか開くことができない。

「畜生…こんなとこばっかり守りやがって」

レノは独り毒づくと、また椅子を半回転させてデスクに腕をついた。そして、相変わらずパスワードを要求するディスプレイを睨む。

忌々しいというのは、きっとこういう事をいうのだろう。

タークス主任の肩書きでこんなものを守るより先に、ツォンという名の下にもっと大事なものを守ってやるべきだろうと思ってしまう。

尤も、タークスの情報網は“こんなもの”というほど希薄な内容ではないし、ツォンが仕事優先型の人間だからこそレノは今の状況に立たされたわけなのだが。

「パスワードさえ分かれば…」

思わずそう漏らした、その瞬間。

シュン…

そう音がして、本部のドアが開いた。

「!」

瞬間、サッと振り向いたレノは、身を隠そうかどうか迷ったものである。

が、そうした場合のデメリットを考えると、ある種のメリットより劣っていることに気付き、結果的にそのまま堂々と居座ることにした。

当然、入ってきた人間と鉢合わせということになる。

そしてその人間とは―――――。

 

 

 

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