STRAY PIECE(53)【ツォンルー】

*STRAY PIECE

53:前言撤回

  

バカだよなあ、とレノは自分に向けて呆れ笑いを浮かべた。

「多分、あの主任は何かしら情報を掴んでるんだと思う。それに引き換え俺は情報ゼロ。これってスゴイ不利だよな。でも、俺は悪党に好き勝手はさせないつもりだから」

「あ――悪党、って…」

レノにとっての悪党というのは、ツォンの事だったのか。

それにやっと気付き、ルーファウスは途端にどうして良いか分からないというような表情になる。

レノはあのパーティ会場でルーファウスを守ると共に、ツォンに対抗しようとしているのだ。本当ならば目的は同じであろうはずが、それを何としても一人でこなそうとしているのである。

―――――“目的は同じ”…?

そういえば、とルーファウスは思う。

先日ツォンが突如としてパーティ会場への出入りを願い出てきた時、ツォンは既にレノが護衛任務を受けている旨を了解していた。

それは今のレノの言葉によれば、レノ自身がツォンへその事実報告をしたからである。

あの時分には何も思わなかったものだが、なるほどそういう事だったのか、と今更ながら思う。

そしてレノは、タークスの情報網を使用したい旨をツォンに掛け合った。但しそれはあくまでデータベースの閲覧に関するものであるから例の脅迫の事実とは別個である。

という事は、ツォンは脅迫の事実を知らぬままに何かを掴んだという事か。

尤も、それは分からないでもない。

何しろ毎年恒例であるそのパーティには、今迄護衛などはついていなかった。

それであるのに今回だけ、しかも正当なルートではなく直接レノにそれを依頼したとなれば…しかもそのレノがタークスの情報網に入りたいなどと言うとすれば、それはやはり何か絡んでいると推測するのが普通だろう。

ツォンはきっと気付いたのだ。パーティで何かが起こるという事に。

“私に出来る最後の事だから”というあれは―――――これの事だったのか。

単に護衛をしようというわけではなく、タークス主任としてのプライドでもなく。

「そう…だったのか…」

知らなかった、そんな事。

自分の知らぬところで二人がそんなふうに……。

「レノ。ツォンとは、その…それ以外の話は…」

「心配しなくて良いよ」

レノはそう言うと、

「俺はツォンさんの気持ちを知ってるし、ツォンさんも俺の気持ちを知ってるから」

そんな事を口にした。

途端、ルーファウスはバッと口を押さえ込む。

見開いた目が、何か恐ろしいものを見るかのようにレノに向けられる。その目を有した表情は歪んでおり、まるで平静とは無縁のようだ。

“知ってる”?

“知ってる”って、何を?

隠し続けてきたことが、知らないあいだに二人の共通認識になっているというこの恐怖。

ある意味では、自身では知りもしなかった例の出生の秘密を見ず知らずの他人が知りえていたというあの時の心地悪さと、これは似ている。

しかし隠していたという事実がある限りは、心地悪さだけでは収まらない。だってこれは、裏切り行為が明るみに出たことに違いないのだから。

「―――――怖い?」

レノは再度ナイトスティックでトントンと肩をやると、真面目な顔つきでそうルーファウスに問う。

答えなど決まっている。怖いに決まっているのだ。

「もし怖いなら、それって何に対して怖がってんの。ツォンさんは身を固める、俺はずっと此処にいる。そう決まっちまってる。そこに怖いことなんて無いだろ?」

「……」

確かに、そう。

レノの言うとおりだ。

「怖いことなんて何も無いし、あるとすればそりゃ自分を裏切り続けることだ」

「自分を…」

自分を裏切る―――――というのは。

それは、今迄ずっと自分がやってきたことのように思う。

レノとの関係はツォンという他者への裏切り行為に違いなかったが、しかし同時に自分への裏切り行為でもあった。

向き合う勇気が無くて逃げ込んだ場所…複雑な事情が絡んでいたとはいえツォンへの気持ちを振り切れなかったのに、そんな自分の気持ちをも裏切ってきたのである。

しかしそれは過去の事であり、既に明るみに出ている以上、恐怖の対象ではないとレノは言う。恐怖というのはそんなものではなく、その裏切り行為がこれからも続くことなのだと、そう言うのだ。

だからさ、とレノは少し伏せ目がちに切り出す。

「これから先は怖いことなんて無いようにしよう。嘘なんて言いっこナシだ。俺は、そう決めた」

手始めに本音を言うからと言ってレノが口にしたのは、実にストレートな告白だった。

それは本当に端的な好きという一言で、無駄な装飾品が一切無い。

しかしだからこそそれが妙に心に痛く響いてくる。

無駄な装飾品をつければつけるほど、その無駄な部分には嘘を貼り付けることが可能になるものだが、あまりにも無駄がないと嘘を貼り付ける場所がないのだ。

だからレノの言葉には、嘘が無い。淀みも無い。

「副社長がデカい告白してくれた日、俺言ったよな。俺は何か約束して欲しいわけじゃないからって」

覚えてるか、と問われ、ルーファウスはたどたどしく頷く。

―――――ただ俺は好きだってだけ。

―――――それは俺の勝手な気持ちだし…

―――――俺のモンになりゃ良いのにって思ったりとか、

―――――ツォンさんが妙にムカついたりとかすんのも単に俺の勝手だから。

―――――気にすんなよ。

確かにレノはそう言っていた。それは覚えている。

ルーファウスが頷いたことを確認したレノは、良かった、と口にしたものだが、その後直ぐに、だけれどそれは今や不都合に変わってしまったのだと言った。

不都合とはどういうことかと問うと、言葉のままだという答えが返る。

「男に二言は無いっていうけど、今回だけは前言撤回させて。どうやら俺にもリミットが来たらしくてさ。どーにも無理そうだから」

「それは、つまり…」

「つまり、回答求む、ってコト。今日が終わったらちょっと考えて欲しいんだ。今迄考えたことも無かったような未来もどうなのかって」

勿論これは強制じゃない。

そう言って、レノは最後に「よろしく」と付け加えた。

そこまで重々しい口調ではないが、内容はといえば真剣そのもののそれに、ルーファウスは少なからず面食らってしまう。

かつて気にするなと言われたからさして気にしていなかった、なんて事は無い。むしろレノがいなければ今の自分など保てなかっただろうと思う。

だから此処で面食らうのはどうにもおかしいのだが、いざこうして回答を求められるとなるとルーファウスにも覚悟のようなものが必要だった。

曖昧にしてきたものが、徐々に明確な輪郭を露にしていく。

ツォンも、レノも、そう。

彼らは曖昧な世界を抜け、確実な結果を必要とする世界に戻っていく。

もう、曖昧には出来ないのだろう、全てのことに対して。

「―――――分かった」

ルーファウスは端的にそう答えると、自分に言い聞かせるように一つ頷いた。

今日を境に変わってしまう何かが、やけに大きく感じられる。その巨大な何かを前にして、心の中で膝を抱えて蹲っているのが分かる。

かつて誰かが直してみせると豪語したそれは、どうやら自分で解かざるを得ない状況になりそうだった。

レノは表情を緩ませて笑うと、「よし!」と軽快な一言を投げる。そしてその後に、今日のパーティについての情報を確認し始めた。

とはいってもそれは時間や招待客などの情報ではなく、あくまで賊の情報である。

ツォンからは得られなかった情報だが、ルーファウスが実際に脅迫を受けたその時の状況は貴重な情報の一つといえるだろう。

レノの再確認に、ルーファウスはその時の事を反芻する。

しかしそれでもやはり、心はどこか違う場所にあるようだった。

 

  

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