STRAY PIECE(55)【ツォンルー】

*STRAY PIECE

55:神羅邸にて

  

 

 

今夜、何かが起こる。

何の確証も無かったが、マリアはそれを感じていた。

ツォンがいつもと違う行動をする…つまりパーティなどというおよそ日常とはかけ離れた変則的な行動を取るということに、何かが隠されているような気がしてならない。

兄に直接アクセスすれば、あるいは何かを聞きだせるかもしれない。

そう思って電話を取り出してみたものの、肝心の兄は電話には出ず、まるで役に立たない。実家を出て以来、兄の居住区などは知らなかったから、押しかけて問い詰めることもできやしない。

しかしその事実が返ってマリアの嫌な予感を増大させた。

―――――きっと、今日なんだ。

兄が言っていた対神羅の悪事は、ツォンが言っていた今日のパーティと何か関連があるに違いない。

大体神羅という大企業を相手に悪さを働くのに、本社への強行突破などは考えられないし、それであればパーティという特殊な場は最適である。

「―――――ごめん、ツォン…」

マリアは一等豪華なドレスを纏い、それを隠すように上から地味な上着を羽織っていた。

そのような格好で、今、静かな森林の間に身を潜めている。

マリアの視界に映っているのは木々に囲まれたある邸宅で、それは広大な坪数を誇っていた。

一般人には手が出せないであろうその広さは、その邸宅の主がどれほど富を有しているのかを如実に表している。

世界を牛耳る大企業の主―――――「神羅」の邸宅。

マリアはその邸宅がこのような場所にあることを微塵も知らなかったため、ツォンの後を追って此処に辿り着けたことは幸運だったと思う。恐らく此処が、これから開催されるパーティの舞台なのだろう。

尾行だなんてあまり感心しないし、大体ツォンに気づかれてしまうだろうと思っていた。

がしかし、ツォンはどうやら心ここにあらずといった調子だったらしく、どこかぼんやりとした様子だった。そのせいか、今のところマリアの存在には気づいていないようである。

ツォンは一旦この邸宅までやってくると、その後ふらりとどこかに姿を消してしまった。

邸宅は静かなままでまるで人の一人も住んでいないように見える。

しかしその邸宅が恐らくパーティの舞台なのだろうと踏んだマリアは、そこからはツォンに同行せず、邸宅を囲む森林の中でひっそりと時を待つことに決めた。

警護の人間でも現れたら、一発で終わりだろう。

しかし今のところはその動きもない。

「どうか…誰も来ませんように」

マリアはギュッと己の身を抱きしめると、息を潜めるように縮こまった。

 

 

 

午後九時、神羅邸。

森林に囲まれた神羅邸の前には、素晴らしい高級車が列を成していた。恐ろしいほど広い庭には小型ヘリコプターまで停まっており、そこからは直送された珍しい果実などが邸宅へ運び込まれている。

窓から漏れる煌びやかな灯り、そして漏れ聞こえる談笑。

森林に囲まれた豪奢な邸宅での、素晴らしいひと時。

それは童話に出てくる貴族たちの、豪華の限りを尽くした晩餐のようだった。

「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」

邸宅の入口に立っている男が、来賓者に向けて丁寧に挨拶をしている。

どうやら入口で身分確認をしているらしく、男はゲストリストの紙をチラリと見ながら照合などをして、恭しく右手をドアの方へと向けた。どうやら此処をパスしない限り中に入れないらしい。

この面倒な、しかし当然ともいえる人的セキュリティをクリアしたツォンは、身分証明の為に提示した社員証をすっと胸ポケットにしまった。

来賓リストの中に名前が無かったせいか、さすがに最初はストップを食らったものである。

しかしルーファウスの口添えのおかげか、来賓リストとは別の紙を見て、男はツォンに入場許可を与えた。警備の者ということで別枠にされているのだろう。

場の雰囲気を損ねないため、警備もSPもタキシードの着用を必須とする、これがこのパーティでは当然の取り決めであるらしく、ツォンも今はタキシードに身を包んでいる。

今夜の舞台である神羅邸宅を確認した後、少々出費ではあるがこれを買いに出かけていたのだ。一生に何度着るか分からないというのに、そう思うと苦笑してしまう。

「ルーファウス様は…」

もう来ているだろうか、そんなふうに思って、入り込んだパーティ会場を見回す。

会場となっている神羅邸の一室はおおよそ200坪はあるだろうという面積で、今はその中で大勢が談笑を楽しんでいる。

パーティ開催時間5分前だというのにこの状態なのだから、随分と集まりが良いだろう。中には、ツォンも見たことのある大御所の姿がちらほらとあった。

ぐるりと360度を見渡す。

そうしてふっと、止まったある一点。

「……」

ツォンは声を出さずに、その姿を確認した。

それは他でもないルーファウスの姿で、当然ながらタキシード姿である。パーティ用に撫で付けられた髪はぴしりと決まっており、端正な顔立ちにはとても良く似合う。

綺麗だ、そう思う。

男にこの形容は褒め言葉と言い難いかもしれないが、しかしツォンは単純にそう思った。

とはいえ、そうそう見惚れているわけにもいかず、すっと視線をその脇に移す。

するとそこには予定通りレノの姿があり、レノも当然タキシードに身を包んでいた。

タークス支給のスーツ姿しか見たことが無かったツォンだが、あれはあれでなかなか似合っているのじゃないかとそんなことを思う。

―――――取り敢えずはベタ張り…というわけか。

格好の如何はともかくとして、レノの身辺警備というのは言葉通りのもので、見事ルーファウスにぴったりと張り付いている。

誰かがルーファウスに近づいて挨拶をすれば、それに対してごく慎重に相手を観察し問題がないかどうかを見定めているといった具合。

あまり張り付きすぎもどうかとは思うが、予告されているものであればあのくらいの慎重で丁度良いのかもしれない。

今のところ、ルーファウスはレノに任せておけば大丈夫だろう。

そう踏んだツォンは、問題の悪党がどこに潜んでいるかに焦点を定めた。

見た限り問題のありそうな人間は―――――いない。

来賓の大方が男女ペアで行動しているところを見ると、大方はどこかのお偉いさん夫婦なのだろう。夫婦だからといって安全とは限らないが、リスクは少ないと思われる。

マリアの証言からすれば、マリアの兄が関わっている組織の人間が来ることは間違いないのだろうから、どちらかといえば一人で行動している人間の方がそれらしいと考えられるところだ。

一人、二人、三人、四人、五人……。

ツォンは一人で行動している人間を視線でチェックしていく。

裕福そうな恰幅の良い老父、着飾った初老の女性、ルードのような体格をした中年の男性…これは誰かのボディガードのようである。

それからいかにも青年実業家という風貌の男性、そして兵器開発部門統括スカーレットのような気位の高そうな婦人…。

―――――これといって問題は無さそうだ。

ツォンは腕につけた時計にふと目を遣り、時間を確認する。

パーティはあと少しで開幕といった具合で、恐らくこの調子だと問題なく予定通りに進行するだろうと思われる。

となれば、あと少しでプレジデント神羅が姿を現し、そこで何かしらの挨拶を行うことになるだろう。その時点でもう一度確認を行わなければならない。

「…」

ツォンは、チラ、とルーファウスを見遣った。

ルーファウスはレノと何かを話しているようで、斜め45度を向いている。先ほどと同じように、やはり綺麗だと思い暫しその様子を見遣っていると、どういうわけかルーファウスの視線がすっと動いた。

「…!」

目が、合う。

恐ろしいほどの距離があり、その間には幾人もの人間が立ち並んでいるというのに、それをするりと抜けるかのようにして、視線がぶつかる。

思わずはっと息を呑んでしまったが、すぐに平常心を取り戻したツォンは、合った視線をそのままに軽く会釈をした。

ルーファウスはそんなツォンを見ながら固まってしまったように動かない。

そのルーファウスの動作をおかしく思ったのか、隣にいるレノがルーファウスの視線を追ってすっとツォンを見遣った。それがツォンだと分かった瞬間、レノの表情は顕著に固くなる。

―――――レノ…。

言い訳をするつもりはないが、せめて「頼む」と伝えたいと思い、ツォンはレノに向けて深く頷いた。

が、そうした瞬間に人垣が出来てしまい、二人の姿はあっという間に視界から消えてしまう。とことん相性が悪いのだろうか、そんなことを思ってツォンは思わず苦笑してしまった。

チリン、チリン…!

その時。

ふっと鐘のような音が会場を包みこんだ。

 

  

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