レプリカ(2)【リブルー】

リブルー

 

「最近の賊の特徴としてはピッキングなどをする他、力ずくでドアを蹴破る、爆破装置などがあるそうです。―――そこでこういったセキュリティシステムを提案したいのですが」

そう言ってリーブは胸ポケットにしまっていたラフを取り出すと、それをルーファウスに提示した。

「……」

それに目を通したルーファウスは、押し黙っている。

リーブはその横で、その原案についての事細かな説明などをし始めた。

「部屋の中には光線による防御を敷きます。これはレーザーですが、電力の力も借りますので、レーザー内には高圧電流が流れる仕組みになっています」

そしてそのレーザーの電力はドアからの配線によって敵を関知し動かすというふうにリーブは説明した。

「ドアに近付く者全てというふうにはならないか、これでは?」

不安そうにそう言うルーファウスにリーブは、心配いりませんなどと言う。何せこの部屋とて色々と人の訪問があるわけだから、その人々にいちいち反応していては大変なことになってしまう。

「この部屋の鍵には新しいものを用います。つまり、この部屋には常にそのセキュリティレーザーがあると思って下さい。専用の鍵を用いることで、そのレーザーが解除される」

「なるほど」

「部屋に入るとまたレーザーが発動しますが、このレーザーは部屋の中に人がいる場合にはドア前に垂直にだけかけられます。だから貴方は安全です」

そして訪問者についてはこう説明する。

「訪問者が来た場合、普通ノックをしますね。その場合、貴方自身がリモコンで制御できる…解除も同じです。だからそこで無用にドアをこじ開けると大変なことになります」

だからこの部屋に入る際の注意は全員に促す必要がありますがね、そうリーブは言って、原案を仕舞いこんだ。

その案を聞いたルーファウスは、少し難しそうな顔をして考え込んでいる。もし実行すれば確かに安全性は高くなる…セキュリティの意に於いては。

けれど反対に言えばちょっとしたミスでそれに引っかかり重症を負う者が出ないとも限らない。

制御が強すぎるというものはそういう部分に一種のデメリットがある。

「…考えておこう」

そう答えを出したルーファウスだったが、どういうわけかその答えはリーブに拒否された。本来リーブ側に拒否の余地など無いというのに。

「いいえ、ルーファウス様。今この場でご決断を。―――でないと私が不安なのです。貴方の事が心配故に早くご決断頂きたい。この心中…お察し下さいますよね?」

強い口調で、その言葉は放たれる。最早それ以外の答えなど許さないといったように。

リーブは、もしもこの場で決してもらわねば不安で自分の胸は押しつぶされてしまうだろうと、そんなことまで口にした。その言葉は真っ直ぐルーファウスに向けられており、素直に受け取れば悪い言葉ではなかった。だから素直に受け取る以外の選択肢を知らぬルーファウスはそれをそのまま受け取り、リーブの好意としてのその案を、受け入れた。

「分かった」

一つ頷き、苦笑に似たものを漏らすルーファウスは、リーブの心に大きな満足感を与える。

――――――そう、良く言えました。

「ありがとうございます、ルーファウス様。この件に関してはお任せ下さい。機械に於いては右に出るものがいない…このリーブに」

リーブはそう言い、笑って礼を述べる。

「ああ…そうだった。普段は都市開発部門統括と名乗っているお前も、本来はエンジニアだったな。しかも優秀な」

「とんでもございません」

褒め称えられた事に謙虚を返したリーブだが、心中はその逆だった。

そう――――――その通り、そう心の中で呟く。

明るみに出ていないものの、リーブはその実優秀なエンジニアで、機械を使わせればその右に出るものはまずいなかった。セキュリティすら、リーブにとっては簡単な作業に過ぎなかったのである。

リーブはその件について早々に処置させて頂きますなどと言うと、ルーファウスににっこり笑いかけた。

そして、

「お疲れでしょう?お送りしますよ」

そんなふうに言う。

しかしルーファウスはそれを快諾できなかった。何故なら雑務少しと、あと―――ツォンのところに行くという予定が残っていたから。しかしそれを言うのは躊躇われる。ただでさえリーブは心配してくれているし、その心配の原因といえば正にツォンだったから。

その様子を窺っていたリーブには、そんなルーファウスの心中がすっかり分かっていた。しかし、そうはさせない―――その思いが、リーブに次の言葉を言わせる。

「行きましょう、さあ」

一際強くそう言われ、ルーファウスは戸惑いながらも「ああ」とそれを承諾した。

仕方無い、今日はリーブの言うとおり帰るとするか、と。今迄一度として欠かしたことの無いツォンへの訪問…日課と言っても良いほどのそれを、ルーファウスはその日初めて、破ることとなる。

「私がいれば安全ですから―――」

手を引いてそう言ったリーブは―――ルーファウスのいない所でふっと口端を上げた。

そのリーブの送り迎えという行動は、その日を境に毎日繰り返されていった。

 

 

 

暗い部屋の中―――考える。

もう幾日か経ったが、音沙汰がない。

それが何かといえば…そう、ルーファウスの訪問だった。このような状態になってからというもの、この部屋には毎日のようにルーファウスがやってきていた。それなのにどういう訳かここ数日それがパタリと止んでしまったのである。

――――――どうしたのだろうか…。

ツォンがそう思うのは、今までの状況からすれば無理もない事だった。ツォンがそれを望んでいた訳ではないとはいえ、その訪問は毎日繰り返されて、更に心配そうな表情と言葉をくれる…それはやはり、望まなくとも嬉しさの積もるものである。

最初はそれこそ、そんなに来てもらっては困るなどと思ったものだが、何時の間にかそれは普通になり、そして来ない事などありえないというほどのものに変化してしまった。

はっきり言えば、ルーファウスが此処にやってこない今の状況の方が正しい――――そう思う。

しかし自分の心からすれば、正直それは悲しかった。

会えない、その事が苦しい。

しかしそれをそのまま表現してしまうのはあまりに俗的で、ツォンはその苦しさの原因をいつかのリーブの言葉に当てはめた。

“大切なものを、失っても良いのか?”

「――――…」

守るということ、それが出来ないとなれば無意味だ―――そう言われた事を思い返し、ツォンは一人きりの部屋の中、そっと腕に力を込める。

ルーファウスが此処に来ないということにはどういう意味があるのか…それはツォンには分からないが、今までの状況は自分が必要とされていたということかもしれないというのは分かる。必要とされることと守ることはイコールで、つまりルーファウスが求めるならばそれは、ツォンはルーファウスを守ることができている、という事になる。

もし、この部屋に毎日訪れていたことが求めることとイコールであるとすれば、状況的に言って、“今”は求められていないということになる。それはリーブの観点からすれば、“守りきれていない”という事になってしまう。

リーブに、啖呵を切ったのは覚えている。

絶対できる、と。

ルーファウスは自分が守りきってみせると。

しかし、それですらこの状況は否定しているようで、ツォンは何だかムズ痒い気分から抜け出せなかった。とはいえ実際にルーファウスがここ数日この場にやって来ない理由は定かでないし、もしかしたら仕事が立て込んでいるのかもしれない。

――――――どちらにしろリーブに言わせればそれは、守れていない事に匹敵するのだろうが、そう言われて返せないというのはどうにも苛立つ。

何もしなければ―――多分リーブは自分を蔑むことだろう。やはりお前には出来ないと、そう言う事だろう。しかし、それだけは避けたかった。

どんなにその言葉が脅迫だったとしても。

「ルーファウス様…」

行って――――――確かめねば。

あの人の元に行って、そして此処数日の行動…つまり訪問に来なかったそれがどういう事を示しているのか、それを聞かなければ。

もしそれで、ツォンの望むものが打ち砕かれるならばそこまで―――それは自分がルーファウスを守るのに相応しくない存在だったということを受け入れるしかない。そしてリーブの軽蔑と落胆を受けて。

「行かなければ―――私は…」

そう呟き、軋む身体を起す。

キン、と走る鈍い痛みがあるが、顔を顰めるだけで何とか完全に立ちきると、ツォンはゆっくりと一歩一歩、歩き出した。

――――――ルーファウスの元に向かって。

それはまるで…誘導されるが如く。

 

 

――――――セキュリティは万全…

そう、誰もそれを崩せるはずは無い。

本当は、ルーファウスの許可を貰うまでも無かったのである。

何しろその部屋のセキュリティと鍵の変更は、ルーファウスにその話をした直後に自動で切り替わっていたのだから。

いかにも忠実な振りをして、ちょっとくらい身の安全を考えてやっただけ。

―――――けれどそれは、本来…自分のための“トラップ”に他ならない。

身代わりという“レプリカ”は要らない。

手に入れるべきは…「本物」。

 

 

訪れたその部屋。

ドアの前に立ち、ノックをする。

トントン… トントン…

「……」

返事は無い。もう帰ってしまったのだろうか?

しかしいつもであればツォンの元にやってくるような時刻だし、勤務時間が終わったとしてもすぐには帰らぬルーファウスのこと、まだ居ると考えた方が近い。

なのに…。

トントン… トントン…

もう一度、そう叩いてみる。それでも返事は無い。

「……」

ツォンは、少し考えてからそのドアノブをそっと捻った。

すると―――…

ドアは、キイイイ、と小さな音を立てて、開いた…。

「…ルーファ…ウス様…!?」

まさか、不用心にドアを開け放ち帰るはずが無い。もし居ないのであれば此処は閉ざされているはずだし、居るならば返事をするはずだ。

この有り得ない事態は―――危険を意味するのではあるまいか?

「っつ…!」

咄嗟にそう悪い可能性を考えたツォンは次の瞬間に焦ったようにドアを思い切り開け放ち、そしてその中に踏み入った。

まさかルーファウスの身に何かあったのでは?

まさか悪い事が?

そんな事態はあってはならない、あったとしたらこの身を呈して守らねば―――!

…それは正に、ルーファウスを守るための行動だった。

しかしそんなツォンの目に飛び込んだのは、光り輝く一筋の線だった―――……。

 

 

クスクス、そう笑う声。

本当なら大笑いしたいのを必死に抑える。

ああ…引っかかった、あの“レプリカ”。

これで全ては上手くいく、本物は一つしか要らないのだから。

本社のある階で、リーブはそうして物思いに耽りながら窓の外を見つめていた。

手の中には小さなリモコンがある。

つい先ほどルーファウスをいつものように送ったリーブは、神羅に戻ってきてある操作をしていた。あの副社長室のドアを開け放つと、さもその部屋の住人がいるふうに装った。それはつまり、ドアが開かれていることと中に誰かがいることがイコールだからだ。

しかしリーブがその操作を行ったのは一般の勤務時間が終わった後であり、その後にそこに現れる人物など限られている上に目に見えていた。

ツォンは、来るだろう。

きっと、来る。

その時間にそういった状況を作りだす事の唯一の意味はそれである。

あの男がそういう状態にどういった反応を返すか―――分かりきっている。挑発も彼の行動を後押しする為の、単なる道具でしかない。

「私の右に出る者はいないんだよ、ツォン」

まさか―――遠隔操作が出来る、なんてことは…ルーファウスでさえ知らないだろう。

「高くついたぞ、ツォン」

あのドア、あのセキュリティは、自分という“レプリカ”をツォンに移行させる為の、それこそ“作り物”―――正に、レプリカ。

「でも…悪くはないだろう?」

だってそうだ、ルーファウスを想いながら散り行くこと、それは満足以外の何物でもない筈だ。

正に“大切なものを失いたくないからこそした行動”であったそれは、”大切なものを失わずして終わった“ということである。…尤も、別の観点から見れば少々厳しいかもしれないが。

「…気に病むことは無い。今は私が“本物”だ」

そう、ルーファウスが必要とするもの。

本物だけが必要で、レプリカは必要など無い。必要とされる為には唯一無二の本物にならなければならない…その為に。

―――レプリカを作り、レプリカを排除する。

人を守る方法など幾らでもある、そうリーブは心の中で呟く。

そう、それは想いに裏付けされた戦闘能力だけでなく…例えばこの機械。

このセキュリティもまた、人を守る。

「私はな…お前の二の舞になど、ならない」

呟いたリーブはそっと窓に背を向けると、手の中のリモコンをデスクに放った。

リモコンの電源ランプは既に消えていた。

 

 

悲しみに暮れるその人の隣で、リーブはそっと優しく言葉をかける。

肩に手を添えて。

心から。

「大丈夫―――“私は此処にちゃんといます”」

 

END

 

return

タイトルとURLをコピーしました