High smile(3)【レノルー】

レノルー

 

「あっ」

おいおい、気をつけろって!
手が滑ったら折角のPCもオダブツってな話だ。

副社長は片手で持ち上げようとしたケースが一瞬手から滑った拍子に、何てことか自分までバランスを崩した。俺はそれを見て副社長の背後から咄嗟に右手を伸ばし、ケースを握った。

でもそこでアクシデント勃発。

「うわっ!」

左手で持ち上げようとした副社長の体が上手い具合に持ち上げられなくて、何つー失態か俺まで前のめりんなった。やばい。このままいくと二人で床に直撃だって!

――――――って、そう思った時。

「レノ!」

デスクの端をガシッと掴んだ副社長は、咄嗟に俺の方に身体を回転させる。でもってその身体は、完全に床に倒れこまないように足を支えにしてその床に座り込んだ。

つまりアレだ、背中までべったりくっ付いて仰向けに倒れないように、その場に体育座りしたみたいになったって状態。

…でもちょっと待て。―――俺はめちゃめちゃフツーに倒れこんでんだって!

「避けろって!」

「無理だ!」

俺がせっかく忠告したってのに副社長、頑なにそんなコト言う。

で――――――結局俺の身体を受け止めた。

でも俺はいかにもそのまま降下したわけだから、クッションなしで副社長にぶつかったってな具合だ。ホントだったら床に追突してるはずのその衝撃で、副社長に当ったもんだからこりゃ溜まったモンじゃない。

俺を受け止めた副社長は、折角の防御策もポシャって、最終的に床に仰向け状態になった。で、俺はといえば……めちゃオイシイ体勢。

「…おいおい…大丈夫か?」

俺はそんなことを口にしてる割に、副社長の上からどかなかった。何でかって?そりゃ決まってる。こんなオイシイ場面、そうそう無い。どんなに秘密の恋ってったって、チャンスがこんな具合にぶらんぶらんしてたら誰だってガブリ付く。

そんな俺のことなんて、てんで分かってない副社長。
良いね、そういうトコ、好きだよ。

「あてて…。だ、大丈夫だ」

片目なんか瞑っちゃって、そんなコト言う。
嘘付け、痛いくせに。

「…じゃ。俺がこのままどかなくても、大丈夫かな…っと」

「え?」

可愛い獲物。やっと狩人の存在に気付く。
でもその時には遅いんだって。

何でか分かるか?

「何言ってんだ…レノ…」

「だからさ―――それは…」

「――――――…」

俺は、ちょっとばかり俺のルールを破った。

破って、愛しの人にキスした。

でもそんなのはちょとした余興だろ。許されるくらいのイタズラだって。
それにアレだ、狩人に気づかない獲物も悪いんだぞっと。

気づいた時には遅い。
何でかってそれは――――――

俺は、いつでも見てたから……そうだろ?

 

 

 

ちょっとした狩人ごっこも終わって、俺は少しだけ後悔らしきもんをした。まあ後悔なんて俺の人生には殆ど皆無だけど、今回のことに関しては場に飲まれたかなって少し反省…そうそう、反省した感じなんだぞっと。

でもさすがは愛しの副社長。
俺の熱いキスをくらってもケロッとしてる。

それどころか、ちょっと笑ってるくらいの調子。さすがの俺も笑うしかない。俺のキスがどーいうモンかちっとも分かってない。けど、分かってないから俺はまだまだ狩人でいられるってなワケ。

だってそうだろ。
もしこれで大目玉でも食らってみろ。
副社長への千年の恋はPCと共に崩壊。ハイ、サヨナラってな。

 

でもまあそんな最悪なこともなく、かといって発展なんてもんはてんで無く、いつもと同じ調子で時間は進んでいくわけで。

俺はやっぱり副社長の笑顔だけ見れれば良い。だから俺は、一瞬だけ狩人になったのを一気に転職。

次は何かって?そりゃ釣り師だ。

何でかっていえば、俺は俺のイカサマと意地をエサにして、副社長が俺を指名してくるのを待ってる。たまに俺のエサにかかって、こうしてPCだとかなんだとか修理を頼まれる。そん時は捉まえたも同然。

けど俺っていう釣り師は釣った魚を焼いて食うまでしないってね。
そ。釣ったらまた戻す。そうしてまた吊れるのを待つ。

 

だから俺は副社長をゴーインに奪うなんてアホなコトはしない。ただ時々俺の方を振り返るのをじっと待ってて、たまにくれる笑顔に単純明快に大満足して、また同じようなことを繰り返す。

それで良いんだって。
だってな、奪うことなんて死ぬほど簡単だ。殺すほど簡単だ。

けどそれが俺のしたいことかっていうとそうじゃないんだな。俺が欲しいのは、愛しの人の笑顔だし。まあココまで謙虚な俺ってのも相当レア。

 

 

 

そんなことを考え考え退屈そのものの釣りをし続ける俺。まあそんな俺の日常にも何かしら事件ってのはあるらしい。

で、その発端はアイツだ。そうそう、俺のプライドを犠牲にしたボイスレコーダー君。

そいつが俺の部屋に強制送還されてきたのは相当退屈な午後のコト。俺は副社長と共に現れたソイツにちょっとだけ首を傾げる。まさかコイツともう一度顔を合わせるだなんて思ってもみなかったわけで。

登場した副社長、俺に向かってクリティカルヒットのヒトコト。

「レノ。これ、やっぱり壊れてるみたいだ」

「なに?」

おいおい、そりゃないだろ。

俺は内心そう思いながらもやっぱり愛しの君を信用してソイツを受け取る。今度は一体何がおかしいっていうんだか?録音は俺の綿密なテストで実証済みだけど?

「どこがおかしいのかな、っと?」

俺がそう聞くと、副社長はちょっと黙ってからこんな事を言った。その答えは何かっていえば、そりゃもう大きな落とし穴。塞ぎたくても塞げない大きな落とし穴。まさかこんなところにトラップなんてタークスとして失格そのもの。

「その……前回の録音が、残ってる…みたいだ」

「―――――なんだって…?」

…ちょっと待て。

前回の録音?

それってつまり――――――…。

「ちょ…まさかそんなはずは」

俺は内心、心臓破裂寸前でソイツを巻き戻して再生ボタンを押……そうとした。
けど待て。それはできないって話だ。副社長は何て言ってた?…そうそう、前回の録音が残ってるって言ったんだ。そりゃつまり俺の…。

―――――そんなモン、ココで二人でまったり聞けるかって!

俺は咄嗟に手を止めた。そんな自爆行為をするのは馬鹿そのもの。今の俺はもう狩人じゃない。あくまで釣り師。

でも何でだ?

俺の頭の中はスパーク寸前。俺はあの日にちゃんとデリート命令を出したんだけどな。でも確かに俺は、そのデリートが完璧デリートかどうかを確認しなかった。試しに聞いてみようなんてな事はしなかった。

ってことはコレ、俺の落ち度。任務は失敗。不合格。

一回目のテストで「ばか」と「あほ」を入れた俺は、そいつをデリートしないで上書きしたんだな。だからデリートのテストは実際にはできてなかったってワケだ。

これは最悪な出来事。
至極極悪。
最低の低レベル。

つまり副社長はそれを聞いて…しかもそれをデリートしようとしてもできなかったってワケだ。

ココで一つの疑問。この疑問は俺の、あるかどうかも疑わしい些細な純粋さからくる疑問。そう、つまり副社長はその俺のコトバを聞いてデリートしたかったのか、それとも使う為にデリートしたかったのか?

これの答えによっちゃ、俺のココロは絶体絶命。

もしボイスレコーダーをただ使いたいだけっていうなら、俺はあらかじめ巻き戻しておいたんだからそのまま使えば上書きされるハズ。そうなると上手い具合にデリートできるし俺の言葉なんか墓ん中。

それでも上書きをしないでデリートしようとするのは何でか?

―――――はい、正念場。

「…上書きならできるんだぞ、っと」

俺はまず最初に、デリート機能が壊れてたことを謝ってからそう言った。っていうか、壊れたもんを売ってるあの店も最悪だが、見抜けない俺も俺。最悪。

副社長はその俺の言葉を聞いて、そうか、なんて言ってるけど何だか腑に落ちない顔。

まあそうか。そりゃそうだ。上書きはできてもフォーマットはできませんってな具合だから、それは仕方無い。

で。

「…分かった。じゃあそうやって使うことにする」

「ああ…えーっと…その。悪かった。俺も気付かなかったんだぞ、っと」

「うん、良いんだ。使えることは使えるし」

何だか腑に落ちない。
何だかヤな感じ。

だけど仕方無い。それは俺の失態、俺の落ち度。今迄の良い具合のエサも今やボロボロ、すっかり賞味期限切れの腐りかけ。

だけど俺は、その腑に落ちないのをそれ以上どうすることもできない。何しろ元々がイカサマなんだから、それ以上はどうしようもない。
で、副社長の回答。

「じゃあな」

バタンとドアが閉まって――――――はい、終了。

「…はあ」

何だかなあ。
折角の笑顔、俺が壊してどうするんだかな。

 

 

 

天国から一転、最悪の俺。
退屈なのは変わりなし、その上、絶不調。…まあまあ最悪な感じ。

最悪な俺は愛しの副社長の顔なんか見れるはずもない。ってわけだから朝っぱらから「おはよう」なんて社交辞令も言えやしない。おはようも何もあったもんじゃない。何しろ俺の出勤は朝じゃない。この俺には「おそよう」ってのが上等。

で、そんな「おそよう」の俺にこんなことが起こったのは、残念ながらタークスでしかないって証拠のその部屋ん中。
出勤後、俺のデスクの上。

「?」

俺の目に留まったのは、アイツ。
そうそう、またもやご対面。もうそろそろそのツラ拝むのも反吐が出るってな具合のボイスレコーダー様。コイツのおかげで俺は転落、今や釣り師もクビ。

「…とうとう見放された、って?」

俺のデスクにそいつがいるっていうのはつまりこういう事。

“さよなら、レノ”。

はいはい、そうですね。俺はもうイカサマも通用しないヘボエンジニア。で、コイツがココに居ることの意味は、俺もコイツも用済みってこと。

コイツに命令だしてた俺が今やコイツと同レベル。そりゃもう天変地異なみの大ショック。愛しの人の笑顔が見れないのはそれ以上の大ショック。

「はあ~あ」

俺は大きな溜息一つ、椅子にもたれかかる。
で、試しにそいつを再生してみる。

相変わらずそいつときたらジージー微音を鳴らしてて、しかも副社長のご指摘通り、デリートできない俺の言葉を流してくる。これはホントに三流も三流。B級どころかC級。

“えー…と”

「……」

俺は黙って俺の声をご試聴中。
見放された「おそよう」な俺には最高のBGM。

“えー…っと…だから…”

「……」

はいはい、もう聞きあきたって。その「ええと」はな。
“ジージー”
また砂嵐状態の微音。

―――――――――でも。

“…私も……”

「―――え…!?」

何だ?
何だ今の声?

今の声は俺の声じゃない。俺のじゃないってことはつまり…。

俺は魂抜けたみたいにぽかんと口なんか開けたまま、カチンと固まってた。最初の「ええと」は俺の声だけど「私も」は俺じゃない。

ということは、「ええと」の後に録音したってコトになるけど、そんな中途半端なコトは普通しないハズだ。

大体、録音するなら最初まで巻き戻して上書きするのが一番良い―――…、ハズなのに。

“…好きなんだぞ、っと”

「…!」

俺は相当ビビってた。

最後に聞こえたのは俺の声。

俺の声→副社長の声→俺の声。

それはハッキリ言ってカナリ不自然な録音の仕方。けど待て、考えてみろ。
その言葉を繋ぐと。

 

「『ええと…ええと、だから…“私も”好きなんだぞ、っと』――――……」

 

……。

…なあ。

それってどういう意味だ?

 

「おそよう」な俺はまだ半分睡眠中、頭なんか回転しやしないって。

頭叩いて教えてくれよ。
かち割っても良いからさ。
この意味ってやつ、教えてくれよ。
俺の極上スマイルの為に、教えてくれって。

 

 

じゃないと俺、狩人に戻って仕留めちまうぞ。

 

 

END

 

 

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