告白の木(1)【ツォンルー】

ツォンルー

インフォメーション

■SWEET●MEDIUM

ツォンのプライベート携帯へどうしても電話できないルー様。

告白の木:ツォン×ルーファウス

 

今、携帯電話のディスプレイにはツォンの名前が表示されている。
通話ボタンを軽く押せば、すぐさま電話はツォンに繋がるだろう。

たった一押し。ただそれだけ。
たったそれだけの簡単なことなのに、そうすることができない。

だって、押してしまえば繋がってしまう。

 

繋がって欲しいのに、繋がってしまうのが怖い。

 

 

 

ツォンから電話番号を渡されたのは、もう数週間前のことだった。

神羅配給の仕事用携帯電話とは別の、ツォンのプライベート携帯電話。その番号である。

基本的に仕事上の付き合いである上に、仕事用の携帯電話を使用すれば事済んでしまう都合上、大概の場合プライベートの携帯電話の番号など知りはしない。

余程仲が良いとかそんな事情でもない限り、そういうものは教えたりしない。少なくともルーファウスはそう考えている。

それなのにツォンがそうしてプライベートの電話番号をルーファウスに教えてきたのは、二人が一線を越えたことを示していた。

“いつでも電話してください”

ツォンはそう言って、ルーファウスに小さなメモ紙を渡してきたものである。

ルーファウスはそれを受け取ったが、自分のプライベート携帯電話の電話帳に入れることなく紙切れのまま持ち続けていた。

登録したくないというわけではないし面倒というわけでもないのだが、何となく電話はしないだろうと思っていたのである。

そう、電話なんてしない。

だって、たった一押しで繋がってしまうその事が、何だか怖い。

きっとツォンは、ルーファウスが何の用件もなしに電話をかけたとしても文句など言わないだろうし、むしろ喜んでくれるのだろう。何せ電話番号を自ら渡してきたくらいなのだから、そうであるに違いない。

しかしそうは思っても、電話をかけようなどとは思わなかった。いや、かけられないといった方が正しいか。

「……」

冬の寒々しい空の下、コートを羽織り足早に岐路に着く人々。

そんな人の群れをぼんやり見つめていたルーファウスは、彼らが大事そうに携帯電話を手にしているのを不思議に思っていた。

耳に当て、電話の向こう側にいる誰かと楽しそうに会話をする男。
ディスプレイを見つめながら幸せそうに笑っている少女。

―――――彼らはあの硬質の機械の向こう側にどれほどの思いを馳せているのだろう。

そこに相手はいないのに、機械を通した遥か向こう側に大切な人の存在がある。まるですぐ近くにその誰かがいるかのように、幸せそうに顔をほころばせる。

そんなものなのだろうか。
いや、きっとそんなものなのだろう。

けれどそれよりももっと不思議なのは、そうして自ら繋がろうとする意思だったろうか。

あんなにも簡単に繋がってしまうことに、どうして彼らは怖さを覚えないのだろうかと思う。あんなふうに直ぐに繋がってしまったら、目の届かないところにいるはずなのに全てを見透かされてしまいそうじゃないかと思う。

繋がってしまったら、何だか―――――…。

 

「ルーファウス様…?」

 

その時、ふっとそう名を呼ぶ声がした。

あんまりにもぼうっとしていたものだから、ルーファウスは思わずビックリして身を逸らす。

慌てて表情を引き締めて振り返ると、そこにはどういうわけかツォンが居た。

それが分った瞬間、ルーファウスは緊張するのと同時に心底嫌な心持になったものである。これがもし一介の社員だとかいうならまだ良かったのだが、よりにもよってツォンだなんて、あんまりにも間が悪いと思う。

どうしてこんな時に。

「…仕事、終わったのか?」

仕方ない、とにかく何か喋らなければ。

そう思ったルーファウスは、気持ちを悟られないよう表情を一層引き締めて、そんなふうに無難な言葉を口にする。確か今日は残業だとか言っていたはずだ。

ルーファウスの言葉を受けたツォンは、柔らかく笑いながら、ええ、そうです、と返答する。

「ようやく終わりました。別に急ぎではなかったのですが、どうしても今日中に片付けておきたくて。予定通りですよ」

「そうか、良かったな」

長く黒い髪をそのままに黒いトレンチコートを着込んでいたツォンは、全身真っ黒の印象だった。

首に巻いているマフラーも、手にしているビジネスバックも黒い。そんなふうに黒尽くしである中、ツォンの吐く息だけは白い色をしていた。

「ルーファウス様はこんなところで何をなさっていたんです?」

「え?」

「だって“告白の木”じゃないですか」

「…え?」

何だそれは?

意味が分らなくて首を傾げたルーファウスに、ツォンは思い出したように笑う。ああ、ルーファウス様はご存知ないかもしれないですね、と付け加えながら。

ルーファウスがぼんやりと立っていたそこには、一本の大きな木があった。

ミッドガルには珍しいほどの大木で、残念ながら自然に育った木ではなく人工植樹されたものである。その人工植樹というのは神羅が行ったものではなく一般の人々が行ったもので、その第一号がこの木だった。

本当は何本も植えられたらしいのだが、その他の木は都市開発の邪魔になるということで切られてしまったらしい。しかしこの一本はあまりにも大きく地面に根付いていたため、諦めてそのままになっているのだという。

そうして残された一本の大木は、やがて目印となった。

あの大木の下で待ち合わせをしようと言えば誰だってすぐに分かる。それほど目印としては塩梅が良い。

そうして目印としても根付いたその大木は、やがて告白のスポットとなっていった。恐らくそれも、相手を呼び出す際の目印として丁度良いという理由があったからなのだろうが。

「最近ではそういうことをする人も少ないようですが、今でも告白の木という俗称は根付いてるんですよ」

見てください、とツォンに示された箇所を見ると、そこには相合傘が刻まれていた。

木の表面を彫って書かれた相合傘の中には、男女の名前が並んでいる。最近ではめっきり見かけないような代物だが、何となく微笑ましい。

「―――もしかして、私の事を待っていて下さったんですか?」

「え…」

突如そんなことを言われ、ルーファウスは思わず目を見開いた。

別段待っていたつもりはないのだが、そう言われるとなんと答えて良いか分らなくなってしまう。

そうしてルーファウスが固まってしまうと、ツォンは少し笑って、

「冗談ですよ」

そう言った。

「言ってみたかっただけです、気にしないで下さい。そもそも今日は約束もしていないですし、私が待つのならともかく貴方を待たせるわけにはいきませんから」

「そんな、別に私は…」

何だか悪いことをしたような気分になって、ルーファウスは口ごもる。

待っていたわけではないが、こういう場合は待っていたと言った方が良かったのかもしれない。そうすればツォンは嘘でも喜んでくれただろう。

どうも自分は恋愛というものに向いていない。ルーファウスはそう思う。

何しろこういう場合に気をきかせることが出来ないし、電話すら出来ないのだ。普通だったらそういう事もスラリとやってのけるものなのかもしれないが、ルーファウスにはどうしてもそれが出来ない。やはり向いていないのだ。

「…ごめん」

何が何だか分らないままそう謝ったルーファウスに、ツォンは不思議そうな顔をする。一体何に対して謝っているのだか分らないといった具合に。

しかしすぐに笑顔に戻ると、ツォンはルーファウスにこう言った。

よろしければ一緒に帰りませんか、と。

 

 

 

相変わらずツォンの電話番号を紙切れのまま保管していたルーファウスは、日に日に毛羽立っていくその紙切れを眺めてはポケットの中にしまいこむということを繰り返していた。

未だに、プライベート携帯電話への連絡はしていない。

電話をする時には仕事用の携帯電話に仕事の話を告げ、約束をする時には社内で顔をつき合わせて約束をする。それだけで終わってしまう。

約束自体もそれほど多くはないから、恐らく無駄話などは普通の恋人達に比べれば恐ろしいほど少なかっただろう。

特にしなくてはならない話もないし、問題はない。

そう思うが、やはり他人が楽しそうに携帯電話を弄っているのを見ると不思議な気分になってしまう。

「一体何を話せっていうんだ…」

昼食を済ませ早めに自室に戻ったルーファウスは、ポケットから取り出した紙切れを見つめながらそんなことを呟く。

どう考えたって話すことは何もないし、話すことがなければ電話をする意味がないと思う。それに、相変わらず直ぐに繋がってしまうということが怖いと思っていた。

ツォンからこの電話番号を受け取って数週間。

未だに一度もかけないというのは、かける理由がないことと繋がることが怖いというそれに起因していたが、それにしてもツォンに対して悪いという気がしないでもない。

せめて一度でもかければノルマは達成したとでもいう気分になれるのだろうが、どうもそれが出来ない。

「一度もかけないのは悪いだろうな…でも一体何を言えば良いんだ?」

社内で顔を合わせていて、仕事用の携帯電話にはたまに電話をかけることもある。

そんな相手にこれ以上何を言えば良いというのか、ルーファウスにはどうしても思いつかない。だからこそ、他人が何をそんなに幸せそうに電話しているのかが不思議なのである。

「……」

ルーファウスがまるで思いつめているかのように紙切れを見つめていると、ふと、副社長室のドアがコンコンとノックされた。どうやら来訪者らしい。

慌てて紙切れをデスクの脇に追いやったルーファウスは、背筋を正し、入れ、と声にする。

すると、ドアの向こうからは名前も知らない社員が顔を出した。

「失礼します。休憩時に申し訳ありません。副社長、急ぎの書類をお持ちしました」

きちんとした印象のその社員は、いかにも真面目そうな顔をしている。それを見てルーファウスは、ツォンと同じようなタイプの人間だなと思った。

社員はルーファウスの前に進み出ると、急ぎだという書類をひとくくりにしたファイルをすっと差し出し、社長からです、と口にする。なるほど、どうやらプレジデントから預かった書類を提出しにきたらしい。

プレジデント神羅の身の回りのことは専用の秘書が行っているはずで、その秘書のことはルーファウスも知っていた。

が、この社員はどうやらその秘書とは違う。一体どういうことだろうかと思っていたら、どうもその秘書とやらは産休で暫く出社できないのだという話だった。

「暫くの間は私が代理を勤めます。宜しくお願い致します」

丁寧なお辞儀をしたその社員をまじまじと見つめたルーファウスは、ふとその社員の胸ポケットに携帯電話を発見し、はっとした顔をする。

そして、気づいた時には妙なことを口にしていた。

「お前…その携帯電話はプライベートのものか?」

「はい?…ああ、これですね。すみません、実は社用携帯が盗難に遭いまして…申し訳ありません」

社員は、その携帯電話が社用のものでないことを非難されたのだと思ったらしい。唐突にそんなふうに謝ると、すぐに社用携帯の手配を済ませますので、と付け加える。

そういうつもりで聞いたわけではなかったルーファウスは、慌てて「そうじゃなくて」と身を乗り出す。別に責めたわけではない、そうではなくて聞きたいことがあったのだ。

「その…つかぬ事を聞くようだが、その携帯電話で普段どんなことを…話したりするんだろうか」

幾分語尾が小さくなってしまったものの、ルーファウスはとうとうそれを問う。今までずっと不思議だった幸せそうな他人の、その本心を知るために。

それはルーファウスにとって非常に大切な部分だったが、しかし社員にとっては逆にその質問自体が不思議でならなかった。真面目極まりなかった顔が、聞かれた瞬間にぽかんとなる。

「あ…あのな、その、嫌なら別に答えなくても良いんだ。ただ、そういう事が少し気になっていて…だから聞いただけなんだ」

「そ、そうでしたか。すみません、つい驚いてしまいまして」

真面目なその社員は、真面目故にルーファウスの奇妙な質問に対して実直な回答をした。

普通だったらば絶対にこんな会話は成り立たないだろうと思われるのに、ルーファウスの疑問と社員の素直さが重なって、そこには奇妙な空間が生まれる。

「私には結婚を考えている女性がおりますので、彼女との連絡を取ったりします。待ち合わせの連絡ですとか、今日あったことを話し合ったりですとか」

「今日あったことを?…わざわざそれを話すのか?」

話して悪いということはないが、話さなくてはならないことなのだろうか。
ルーファウスは途端に疑問に陥った。

しかし男は真面目な顔をしながら、はい、と言う。

「些細なことなのですが、コミュニケーションの一環としてそういった話題が挙がるといいますか…。会いたくても会えない時もありますので、そういう隙間を埋める為でもあるかもしれませんが」

「隙間…か」

その言葉を受けて、ルーファウスは少し考えた。

隙間――――と言ってしまえば、自分とツォンの間には隙間ばかりかもしれない。

自分は…自分はツォンと社内で顔を合わせることもあり、社用の携帯では話すこともある。しかしそれはこの真面目な社員も同じことで、彼も恋人と会うことがあるのだからさして変わりはないだろう。

それでも彼は隙間を生めるために些細なことを電話で告げると言う。

―――――会いたい、と…思うことがあるだろうか。

ふと、ルーファウスはそれを考える。

ツォンに直接伝えたことはないが、ルーファウスはツォンのことを好きだったし、会えるのであれば会いたいとは思っていた。

しかしそれを強引に進めることは無かったし、会えなければそれはそれで仕方がないとは思っている。時間が合わずたまに無性に会いたいと思っても、電話はしない。

そう、電話は…直ぐに繋がってしまうから。それが怖いから。

「――――すぐに繋がってしまうのは怖…くないか?」

ぽろりと零されたルーファウスの言葉に、真面目な社員は再度ぽかんとした。今度はその言葉の意味が良く分からなかったのである。

「怖い…ですか。私はそのように感じたことがないので何とも…すみません」

ようやく返された言葉はそんなもので、これはルーファウスにとってあまり参考にならない言葉だった。怖いと感じたことがない人間に同意を求めても仕方がない。

どうやら誰もそんなふうには思わないらしい。

それに気づいて、ルーファウスは「そうか」と残念そうに口にする。

「悪かったな。妙なことを聞いて」

「いえ、構いません。しかし、その…」

真面目な社員はルーファウスを見ながら、躊躇いつつも続きを口にする。

「副社長は何故そうお考えなのですか?」

何故と聞かれて、ルーファウスはどう答えたら良いものか分らなかった。

何故?

何故だろう、そんなことは分らない。

ただそう思うだけで、理由など分らない。とにかくそう思うのだから仕方がない。むしろ、何故怖くないのだか問いたいくらいだ。

しかし強いていえば、近くにいないのにまるで見透かされているようなそんな部分が嫌なのだろうとは思う。しかしそれが直接的な理由なのかどうかはやはり良く分からなかった。

結局ルーファウスは、良く分からないとそのままの言葉を返す。だから真面目な社員も、そうですか、としか答えなかった。

 

 

NEXT

タイトルとURLをコピーしました