密林の掟【ツォンルー】

ツォンルー

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■SERIOUS●SHORT 【18↑】
リアタイサイト運営時の途中小説救済第一弾です!
狩るか、狩られるか?冷たい愛のゲーム。

密林の掟:ツォン×ルーファウス

 

セキュリティ万全の高級マンション。

円筒型をしているそのマンションの一室、ベッドの上。

そこはまるで仕切られた密林、ジャングルのようだ。そのジャングルの中で今日もまた、ちょっとした遊戯が行われる。

 

さあ、

閉じ込められた動物は落ちるかどうか?

 

壁に面したベッドの、丁度頭の方に背をつけて座っていたツォンは、自分にベッドりと寄りかかるように対面しているルーファウスの背後に手を回していた。

これといって激しく求め合っているわけでもないのは、ベッド上だというのに服をまとっている事から見て取れる。ツォンはまっさらな白いシャツの前面だけを開け放っている状態だったが、その隙間から覗く肌はルーファウスの服によってほぼ隠れていた。

一方のルーファウスはといえば、その人らしからぬ事ではあったろうが、下半身の局部位のみ肌が見えているという状態である。

 

「あ…っ、あ…」

 

くちゅくちゅと淫猥な音が響いた。

たっぷりと潤滑剤を塗りこんだ指をルーファウスの背部に滑り込ませていたツォンは、その他の部位にはまるで興味がないとでもいうように執拗にそこを弄っている。その為なのだか時折ビクリと身体を痙攣させるルーファウスは、無意識の内に背を反らすような体勢になっていく。

 

これは至極不思議な、光景。

ツォンの視界にはいつもと変わらないふうであるのに腰部だけが無防備に曝け出されたルーファウスの姿が映っており、彼はツォンの指の動きに合わせて可笑しいくらい甘い吐息を吐き出していた。

 

「あっ、あ…っんっ」

「―――」

 

動物のようだ。

ツォンの脳はそんなことを考えている。

 

だってこの不思議な光景をどう捉える?

プライドにプライドを積み重ねたようなこの上司が、よりにもよって自分などに弄ばれて喘いでいるのだ。その上この格好はどうだろう。局部だけを曝け出すなどあられもない。

しかもそこは今や昂ぶりの為に突き出されており、まるで突き入れてくれと言わんばかりに欲情の匂いを漂わせている。

痙攣する身体も吐き出される吐息も、誘惑の武器としか思えない。

 

動物のようだ。

ツォンはもう一度そんなことを考える。

動物は誘惑などというものをするのだったか―――――尤も、そう、人間も動物の一種に過ぎないのだけれど。

 

そんな事を考えている時だった。

ふと、ルーファウスの衣類の中で携帯電話が振るえ、二人はその振動にふっと我に返る。先ほどまでルーファウスの奥深くを弄り嬲っていた指は瞬時に止まり、一瞬にして不機嫌そうな表情になったルーファウスが携帯電話を取り出した瞬間にそれはルーファウスの中から外された。

 

「誰です?」

 

ツォンがそう問うと、ルーファウスは冷めた目つきで見つめていた携帯電話のサブディスプレイをぐっとツォンに突き出してくる。どうやら、口にはしたくないらしい。

サブディスプレイを見遣ったツォンは、そこに表示されていた文字を確認し、ああ、と納得らしき言葉を漏らした。

 

「仕事ですか」

「…らしいな」

 

ルーファウスはツォンの上に跨ったままの体勢でその電話に出ると、いかにも業務用という声音で淡々と話を進めていく。電話の向こうの相手はまさか知るまい、こんな不思議な状態でこの電話が繋がっていることなど。

仕事なのだからこれでお開きだと理解したツォンは、ベッド脇に置いてあった煙草に手を伸ばすと、その中から白い一本を抜き出し口に咥えた。そうしてそれに火を点けると、特別美味いというふうでもなく煙を吐き出す。

 

煙が立ち昇る中、ツォンはルーファウスを見つめていた。

別段、愛を語るつもりはない。

ただ、見ているだけである。

 

そんなツォンの視線に気付いたのか、ルーファウスは時折チラリとツォンの方を見やった。しかし直ぐにその視線を外すと、今度は詰まらなそうに目を閉じたりする。一体どういうリアクションなのか良く分からないが、例え分からなくても問題は無い。愛を語るつもりなどない上では、そのような所作とてどうでも良いことなのだから。

そんな時間が数分続き、ようやくルーファウスが電話を切る。勿論、その時もルーファウスは不機嫌そうな表情を継続させていた。

 

「仕事が入った。帰る」

「そうですか」

 

残念ですね、そう続けたツォンは、言葉とは裏腹にまるで残念そうではない。むしろその顔は無表情に近く、その上煙草などを噴かしているものだから謙虚さすら感じられない状態である。

しかしルーファウスはそれを気に留めることなく衣類を整えると、最後にさらりと髪を整え、じゃあ、と言った。だからツォンも、じゃあ、と言う。

 

その“じゃあ”には、特別続きを想起させるものは含まれてはいない。ただの別れ際の挨拶というだけで、行為の続きも関係そのものの続きも、そこには想定されてはいないのである。かといって、その他の言葉を交わすということも特には無かった。

だからこれはこれで、一つの終わり。

 

「……」

 

バタン、とドアが閉まりルーファウスの姿が消えたことを確認したツォンは、僅か乱れていた髪をすっとかき上げる。そして、先ほどまで変わらなかった無表情をそっと変化させていった。

 

「…全く」

 

背を付けて煙草を噴かすツォンの顔には、皮肉を象徴するような笑みが浮かんでいる。

ルーファウスとはもう何年もの付き合いだが、最近になって始まったこの関係ばかりはいかにも悪趣味としか言いようが無い。

 

ベッドの上で絡むそれは動物的な衝動。

しかし一旦そのベッドから降りればすぐにも人間としての理性でやり過ごさねばならない。

この高級マンションという狭いジャングルの中、人間という高等動物に課せられた使命のようにそれはツォンの身に降り注ぐ。

 

ルーファウスはこのジャングルの主ではない。

かといって、ツォンに与えられた餌でもない。

ならば彼は何か?

 

答えは簡単だ、ルーファウスはただの見物人なのである。参加可能なゲームに少しばかり参加して、あとはツォンが狩られるのを待つばかりの見物人。そういった見物人が望むのは、当然満足感である。その満足がどのようにして生まれるのかは既に分かっている。そう、ベッドの上での情事がそれを色濃く物語っているではないか。

 

落ちるのを待っているのだ。

体の熱にほだされて落ちるのを。

理性が破られてしまう日を。

 

何も思わないような無表情と、愛も何も語らない口。それがいつか感情任せに歪まれ愛の言葉を吐き出すのを待っているのである。それが分かっているから、ツォンはいつも何でもないような顔をしてあの情事をやり過ごしているのだ。そして、ルーファウスと別れた後にやっといつもの表情に戻る。

 

「…人を限界に追い込むのがそんなに楽しいですか」

 

ツォンはそう呟き、高層階のその部屋の窓からすっと地面を見下ろした。すると、丁度ルーファウスがマンションを後にしたところだったらしく、米粒程度にその人の姿が見える。その姿をじっと目で追っていると、ある段になってふとその人がマンションを見上げた。

まさかこの距離で表情が分かるはずもない。

しかしツォンは、いつもの表情で笑った。

この部屋では見せることができない、本当の微笑を。尤もこんなことをしてもその人には見えぬのだし、そもそもそんなものは望まれていないのだけれど。

 

「――今度は貴方の番ですよ、ルーファウス様」

 

ツォンはカーテンを閉じ窓から離れると、煙草をかき消し、ゆっくりと髪をかきあげた。そしてやがてやってくるだろう未来について考える。

見物人の望むまま、自分は彼の手に落ちようと思う。そうすれば彼は冷ややかな目でツォンを見下しながらも充足感を味わえるだろう。

 

けれどそれだけでは済まさない。

だって、動物が動物を狩るのは道理だから。

 

END

 

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