CRYSTAL LIFE(3)【ツォンルー】

*CRYSTAL LIFE

1st [ONLY]:03

 

 

ツォンと本音をぶつけあったその後、ルーファウスは更なる喪失感と空しさを感じていた。ツォンと一緒に生きていくことに、今の状況では意味が見出せないといった感じである。

何もかもが無い、けれどツォンがいる。
だから生きていける。

そう思っていたけれど、ツォンすら無くなってしまったと同様の今、一体何の意味があるのか分からなかった。

今のツォンも確かに自分を必要としてくれていることは分かる。けれど自分はどうなのかと考えたとき、それに同じ答えは出せなかった。

出ていくべきか。

それとも――――存在すら消してしまうべきか。

そんなところまで考えが及んでしまう。

しかし明確な答えがどうしても出せないまま、時々ふらりと家を出てみるものの、やはり帰ってきてしまうような日々になっていた。

ツォンは今までと同じように外に出かけているようだが、滅多に口をきかない。

時々ばったりと姿が合い、そういう時ツォンは何か言いたそうな顔をしていたが、それをルーファウスは振り切っていた。

あの日―――――あまりにも痛かった。

一緒にいるその理由があんなことで証明されてしまうのは、どうしても許せない。身体じゃなくて、心が痛かった。あまりにも落胆して。

 

そういう日が続くと、不思議と昔のことを思い出した。

それはまだ華やかな日々の中にいた自分の姿、そしてツォンの姿。その頃は色んな障害があって今のように二人で暮らすことなど考えられなかった。

しかし、それでも幸せだったような気がする。隠れてキスをしたり、少ない時間の中で抱き合ったり。そんなときは、もっと時間が欲しいと思ったものだが、今ではそれすらオカシイような気がした。

今はそれなりの時間があり、一緒にいるのに。

願っていたことは確かに叶ったはずなのに、どうして幸せだと思えないのだろうか。

あの頃、疲れたときに笑いかけて労わってくれたツォンは、とても近い存在のような気がしていた。

見繕いの笑いをかけると、遠慮もなく怒ってくれた。怠惰な態度をとれば、戒めてくれた。それでも本当に疲れたときは笑いかけてくれた。

そういう色んな表情を知っていた。今でも覚えている。

けれどそれは過去の産物であり、同じ人間であっても時間や場所や環境が変われば失われてしまうのだと知った。あの頃では唯一分からなかった部分が、今は見える。

そういえばあの頃のツォンは髪が長かったな。
そんな細かなことを思い出して、ルーファウスは部屋の隅の壁にもたれる。

今のツォンはすっきりと髪を切ってしまったから、外見としても別人のように見えることだろう。

ルーファウスにしてみても、大分外見が変わっている。今ではもう、毎朝身だしなみを完璧に整えるような必要性もないから。

「会いたいな…お前に…ツォン」

昔の、あの頃の、ツォンに会いたい。

こんなにも側にいながら変わってしまったツォンではなくて、あの日のままのツォンに今また、会ってみたい。

そうしたら、今の自分を怒ってくれるだろうか。
空ろに笑った顔を見て、安心じゃなくて、ちゃんと心配してくれるだろうか。

そう思ってみてもそれは不可能だと分かっているが、それでもそう考えずにはいられなかった。

そんなふうに過去を思い出すうち、ルーファウスはふとある疑問にぶつかり、はっと我に返る。

そういえば、ツォンは何故、自分を見つめ続けてきたのだろうか?

あの時叫んだくらいに、大切だと思わせた要因は何だったのだろうか?

もしツォンがあの頃から、主従関係を基盤にして愛情を持っていたとしたら……そうだとしたら、このジレンマは意味のないものではないだろうかと思う。

最初から主従関係が無い状況だったら、ツォンは何も思わなかったかもしれない。

普通に出会っていたら――――何も起こらなかったのか…?

そこまで考えて、ルーファウスはふっと笑った。

それこそ馬鹿らしい。そうだとしたら、今のジレンマだけでなく、あの頃からの自分の想い全てが意味をなさないのだから。

間違った愛情と、間違った関係。

「そうなのか、ツォン…?」

神羅の社長としての”ルーファウス神羅”だったからこそ、ツォンは側にい続けてくれたのだろうか。今でもツォンの中で自分は、そのルーファウス神羅であり続けているのだろうか。

どこまでいっても、それは消えないのだろうか。

それはもう過去なのに―――――?

 

コン… コン…

 

ふとドアがノックされ、ルーファウスはピクリと反応した。

それでも体勢を変えず返事もしないままでいると、ドアの向こうから声が響いてくる。それは、とても静かな声音だった。

「ルーファウス…様」

未だに敬称がつくことに思わず笑いが漏れる。が、それでも返答しないままでいると、言葉は続いた。

「答えたくないのなら、ただ聞いていて下さい。…あの日から……ずっと考えてきました。言葉の意味…貴方の態度。あの時はついあんな事を―――すみません」

「……」

「けれど私には私なりの考えがあります。私は貴方に分かって欲しかった、私が何を一番大切に思っているかを。貴方はこの状況ではそれが信じられないと言いましたが、それは私も同じです。私も今は分からない、貴方が何を考えているのか……分からない、信じられないのです」

やはりそういう方向にいくのか、そんなふうに思うと何故か悲しくて、つい俯いてしまう。

本当ならもう失ったと思っていたはずなのに、それを直接言葉に出された瞬間、予想しなかったくらいの衝撃が走る。

「一緒にいることの意味が今の私達にあるのか、正直言って分かりません。けれど貴方が私を必要としていないことは…分かります。貴方は私がいなくても生きていける。側にいたところで今の私には貴方に何もできないでしょう」

そこまできて、ルーファウスはやっと声を出した。

それは俯いたまま出した声だったので、くぐもったものになる。

「だから何だ。何が言いたいんだ。はっきり言え」

少し躊躇したのか、その後の言葉は少し間隔を置いた後に続いた。

「……私は。…此処から出ていきます」

「出…て行く?」

「はい。私には何もできないから…それが私には辛いのです。貴方が今どんなふうに思っているかは分からない。けれどもし、今までの時間を少しでも思い出してくれるなら、一度で良いから――――姿を、見せてくれませんか」

これで終わりなのだろうか。いや、終わるのだろう。

そう思うと、返って動けないような気がする。しかし今此処でドアを開けなければ、もしかしたら今度一生ツォンと会えないかもしれない。

もう未練などないはずなのに、何故か溢れ出てくる感情がルーファウスを掻き立てた。

落ち着いた声で話をしたツォンが、昔のツォンに戻ったわけではないと分かってはいる。だからそれに期待してはいけない。

けれど、ルーファウスは立ち上がった。
もうどれくらい拒否してきただろうツォンと、もう一度対峙するために。

ゆっくりと歩き出して、ゆっくりとドアノブを捻る。少し開いただけで、暗かった部屋の中に光が入り込む。それを最後まで開け放つと――――…。

「ツォン…」

一生の別れを惜しむかのような顔をしたツォンが、そこには立っていた。

いや、もしかしたら実際にそういう別れになるのかもしれない。
これが最後かもしれない。

神羅時代からずっと一緒にいた存在が、今この瞬間に消えてしまうのかもしれない。

そう思うと、ルーファウスの中にも何か言いようのない感情が込み上げた。それでも何とか理性でツォンを引き止めるような言葉はしまいこむ。それをしてしまったら、負けだから。

久々に向かい合った二人は、暫く動かなかった。
見詰め合ったまま、動けない。

何かものを言おうとすれば、視界が霞んでしまいそうで。

「――――会いたかった、ずっと」

ふっとそんな言葉を漏らして、ツォンはルーファウスに手を伸ばす。さすがにこの時はルーファウスも拒否をせずにいた。

久方ぶりの温もりが、ジンと身体に染み込む。

何だか懐かしいような気さえした。

この温もりがずっと側にあると信じ、それを喜んでいたのはいつの話だったろうか…今ではもう遠い昔の話のような気がする。

ギュッと抱きしめた腕に、ツォンは無意識に力をこめた。そうして、もう一度こう口にする。

「会いたかった」

その言葉の後に、ツォンはルーファウスの肩に顔を埋めた。

そういう仕草は未だかつてされたことが無くて、それが本心なのだということがルーファウスに伝わる。だからだろうか、つい背中に手などを回してしまう。

そうしてしっかりと抱き合う形になると、思わずその身体に重心を預けた。

お互いの力と熱が伝わる中で、何だか本当の悲しさがこみ上げてくる。今まで起こった色んな出来事が頭をかけ巡る。

それは神羅時代だったり、共に時間無く働いていた頃だったり、ごく最近のことだったりと本当に色々だった。

そういう今までの二人の歴史はあまりにも鮮明で、今この時に捨てられるようなものではないと思う。しかし、抱きしめあってしまった瞬間にそれを覚悟しなくてはならないというのは、痛いほど理解している。

いや、理解しているからこそ腕を回せたのかもしれない。

「本当に…貴方を愛していました」

「……やめろ」

それ以上言われたら、何かが壊れてしまいそうだった。

けれど、ツォンはルーファウスの言葉に対して首を横に振ると、もう一度強く言った。

「愛してた、心から」

分かっていたのだ、きっと。
そんなことは口に出さずとも、聞かずとも、もうずっとずっと知っていた。

知っていたからずっと一緒にいた。

 

次の瞬間に、この手が離れたら――――――――――

明日はもう、此処には何も残らないだろう……

 

「さようなら」

 

絶対、涙など流さない。そう思って頑張って微笑みを作った。例えそれが歪んでいても、今までの全てを肯定するために、今は笑っていなければ。

どんなに言葉が心を抉ろうと。

「ああ」

緩やかに抜けていく暖かさを感じながら、たったそれだけの言葉を返す。

同じように「愛していた」という言葉をかけるほどの勇気はなくて。
それを言ったら意味がなくて。

 

さようなら――――今までの自分と、そして二人へ。

それから――――――……

 

失った時代へ。

 

 

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