CRYSTAL LIFE(4)【ツォンルー】

*CRYSTAL LIFE

1st [ONLY]:04

 

不思議なことは、世の中にたくさんある。
これもその一つだろうかと、たまに思うことがある。

それは“痛みがなくなる”こと。

どんなに辛い別れがきても、どんなに酷い苦痛があっても、それを感じたときと全く同じ痛みを持ち続けることはできない。

あの時は辛かった、あの時は苦しかった、そういう思い出はしっかりと頭の中にインプットされているのに、その痛みの重度を計るモノサシはどこにも存在などしていなくて、一体どれだけ痛かったのか、身体で思い出すことができないのだ。

そうやって…いつか全てのものを忘れていくのだろうか。

どんなに大切だったものでも、

どんなに悲しかったものでも、

いつかは「過去だから」と笑って済ませる時がやってきて、ただ前に進むだけの日々に落ち着いてしまうのだろうか。

その時、目に映る景色が真新しいものであっても、それを受け入れることができてしまうのだろうか。

 

神羅の時代を人々が忘れ、そしてルーファウス自身も捨てようと思ったように。

 

 

 

足が棒のようだ。

身体は疲れきっていて、何か思考することすらもどかしい。

疲れたんだと思う。
ただ、疲れているんだろう、と。

それは仕事や生活だけではなく、今こんなふうに生きていることに、かもしれない。どれにしても、とにかく気力などは微塵もない。

いつものように木造の椅子を幾つか並べて、その上に毛布を敷いた。その簡易ベットの上にごろんと転がると、ふっと息をついて目を閉じる。

こうしていても、今は誰も優しい手など伸ばしてはくれない。
誰も寝室に運んでなどはくれない。

だってこの家には自分しかいないのだから。

「…寂しいっていうのかもな…こういうのは」

何となくそう呟き、笑ってみる。勿論、それに答えが返ることはないが。

華やかな世界にいた頃、周囲には色んな人間がいた。それは仕事上の付き合いの人間が殆どだったけれど、それでも話を振れば返してくれて、いつも誰かしらの存在があった。

神羅が崩壊してからも、側にはツォンがいた。繁栄期に比べれば随分と人が減ってしまったことになるけれど、それでもツォンさえいればよかった。そうして周囲の人間は一人だけになった。

けれど今はどうだろうか?

確かに今も仕事上の仲間はいるが、それが自分にとってどれだけの存在かは分からない。

 

最初は、沢山の人間に囲まれていて、
やがて、一人だけが残って、
そして、今は自分一人しかいない。

側には、誰もいなかった。

 

「寂しい…」

その呟きは、段々と消え入りそうになっていく。どうせ誰も聞いていないのだからと思うが、もしこの言葉が届くなら、いっそ届けてしまいたいような気もする。

許せなかったことも多くて、腹立たしいことも多くて、何より悲しかったけれど、それでもツォンが側にいて、言葉をかわして、この同じ空間に存在があったこと、それが今では本当に愛しい。

別れの日に、ツォンは言っていた。

“貴方が今どんなふうに思っているかは分からない”

その言葉に今、はっきり答えが出たような気がする。答えはきっと、あの頃からたった一言だったのだろう。

もしかするとツォンの愛情は、主従関係の上に成り立ったものだったのかもしれない。偽善の笑顔すら見分けられなくなったことには今でもジレンマを感じずにはいられない。

けれど、それより前に、ただ一つの真実があった。

「寂しい…」

それは、たった一つの感情。

その感情は今に始まったことではなくて、もうずっと前から感じていたことで。けれどそれに辿り着くまでには、色々な事柄が多すぎた。多すぎたから、ぼやけていた。霞んでいたのだ。

本当はこんなにふうに思ってはいけないと分かっていたけれど、静かに眠る中でルーファウスはそっと考えていた。

会いたい。

ツォンに、会いたい。

許されなくてもいいから、もう一度だけでもいいから、会ってみたい。

明日、目が覚めたときに、側にツォンがいてくれたらどんなに安心することだろうか。
けれど実際は、明日目が覚めても、この空間には自分しかいないのだ。

例え明日、この場で息絶えたとしても、誰も何も変わらなくて、ただ過去として自分が消えていくだけである。

それでも側にツォンがいてくれたら、息絶えても良い。

そう思えるくらい、今この世界は寂しい。

ただただ、寂しいから―――――。

 

 

 

やがて時が経ち、また同じように企業というものが出来上がる。
何でもそれは、神羅以来の立派なシステムを持った企業だという。

その話を小耳にはさんだルーファウスは、少し寂しそうに笑った。

誰もその笑いの真意など知らないし、ルーファウスがあの神羅のトップであったことすら知らない。

かつて自分がこの世界を見おろしたように、今度は誰かがこの世界を見おろすのだ。その中で自分は、ただ従い、ただ生きていくだけ。

神羅の再来だといわれているらしいその企業は、神羅という過去の産物とは違うことを大々的に謳っているらしいが、それも良いだろうと思う。

そうして過去となり、消えていく。

神羅も、自分も、全ての感情も。

 

きっと、今こそ「さよなら」を言うべきだろう。
すべてへ。

 

 

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