CRYSTAL LIFE(6)【ツォンルー】

*CRYSTAL LIFE

2nd [FIND]:02

 

そのビルには、“M”という仮称がつけられていた。

企業自体にまだ正式名称がないからという話だが、それにしても用意が杜撰だと思う。

機械の搬入をするということで仕事場から駆り出されたルーファウスは、ビル前につけられた車から一つずつ荷物をビル内へと運んでいた。

もう5年ほど続けているこの仕事は、楽しくも何ともない。実際には内勤的な仕事の話もあったし、他の仕事も選ぶくらいあったルーファウスだったが、何故か特に身体に負担がかかるこの仕事を続けていた。

基本的には運送に近いが、その他にも引越しやら何らやという仕事もあって、大仕事全般を何でもこなすといった感じ。

当初この仕事をするといったとき、隣にいた人が猛反対したことを覚えている。

実際にそこまで体力があるかどうか自分でも分からなかったが、とにかく今までを振り切るためには「この程度ならできる」という領域を凌駕したかった。できる、やっていける、それを証明するために。

しかし今では、そうして身体を駆使して、疲れて、疲れて、何も考えなくてすむくらいに疲れるのが有難い気さえしている。

そんな中舞い込んできた今回の仕事については、珍しくルーファウスのほうから携わりたいと願い出たものだった。

神羅がなくなって5年。
またしても脅威となりそうな新しい企業がこの土地に出来たという話は、ルーファウスに何かをもたらした。

かつて自分が支配した神羅という企業。
その再来とも言われている新企業。

勿論中身は違うけれど、それを実際に目で確かめてみたかった。

とはいえ、そうそう見物している時間はない。仕事は機械の搬入だし、その後はその配置の変動によって仕事が入るかどうかという程度だ。

システム設置のような難しい仕事はまた別口だからと、ルーファウスの先輩にあたる人物は笑ったが、ルーファウスにとってはそれすら熟知した内容である。しかし、敢えてそれは口にしない。なにしろ神羅のことも自分の名前も隠し続けてきたのだから。

「とりあえずは9階に運べって話だ。ほら、頼むぞ」

そう言われて荷物を受け取ると、ルーファウスは指示通りにその荷物を運びこんだ。

9階の廊下はタイル張りになっている。
この辺りの町では見かけないほどの美しい作りといえるだろう。

広い廊下の両脇に部屋が6つ。

その中の一つに機械を運び込むと、ルーファウスは周囲を見回した後、ある部屋の中に入り込んでドアを閉めた。そして、そっと鍵をかける。

その部屋には、コンピュータが一台だけ置かれていた。配線はまだ繋がっていないようだ。

「まだなのか…」

ルーファウスはそっとコンピュータに近付くと、ためらいなく配線をつなげ、コンセントを差し込んだ。

魔晄の力で全てを供給していたころとは違い、今では簡単に電力が供給できる。それは神羅のように一つの企業が取りまとめるのではなくて、今のところは各町で行っている。だから一定の差が出ない。

電源をつけると、コンピュータは問題なく起動した。

表示される文字の羅列を目にして、ルーファウスは何となく昔を思い出す。そういえば以前は嫌というほどこんな画面を見つめていた。

その頃は、まだ今のような生活など考えられなくて、今のような苦労も知らなかった。
もちろん、どちらが正しいなどとは一概には言えないけれど。

「何だ、前と変わらないんだな」

画面をみつめ、ルーファウスはつい笑みをもらす。

だって、システムは何ら変化していないのだ。かつて使用していたものと同じだから、扱えることは扱えるが、問題はこれがこの先どのように使用されていくのかという部分である。

もし神羅と同じように全てを管理していくとしたら、このたった一台の機械が脅威となるかもしれないのだ。

そう考えると、動かしていた手がすっと止まる。

そんなことは―――あってはならない。

ルーファウスはこの企業がどのようなヴィジョンを持っているか知らなかった。噂くらいは耳にしたが、それはあくまで噂であって真実味には欠けるものである。神羅とは違うと謳うこの企業が、絶対に支配をしないとも限らない。

もし今………この機械を壊したら?

何となくそんなことを考えて、ルーファウスははっと我に返る。思わず首を横に振ると、手をすっと離した。

まさか、そんな馬鹿げたことをしても意味なんかないだろう。

今はもう、関係ないのだ。

この世界がどうなろうと、それを守る義務もなければ、それを壊す権利もない。
自分はただ、この世界に生きる一人の人間に過ぎないのだ。

隣に誰もいない、ただの一人の人間―――。

「馬鹿だな…」

そう思ったが、画面の切り替わったコンピュータにふと目をやったルーファウスは、無意識にキーボードに手を伸ばしていた。

 

 

 

ここ2年ほど行きつけになった店に顔を出したツォンは、いつもの席に腰を落ち着かせ、いつものように溜息をつき、いつもと同じものを頼んだ。

店の中は狭くて少し、暗い。

それが妙にツォンの心を落ち着かせる。
だからなのか、つい本心が表面に出てしまう。

そんな調子だったので、この店の主人はツォンの本来の姿をよく理解していた。

「また仕事か?それとも恋人かな?」

「まさか恋人なんて…。仕事だろうな」

「仕事か。まあそんなに悩みなさんな。時間が解決してくれることもある」

「そうだな…」

けれど、時間が経ったあとの景色が必ずしも良いものとは限らない。だから悩む。今が正にその状態なのだ。

店に来る前までツォンは、例の家を見にいっていた。そこはとても広く綺麗で、今までこんな技術をどこに隠しておいたのだろうかというくらいの作りである。

5階建てのマンションで、ツォンに用意されたのは丁度角部屋だった。そのせいか、ほかの部屋よりさらに広い。

驚いたのは、もう既に大型家具が取り揃えてあったことだろうか。あまりにも用意周到だと思う。会社の方は準備が滞っているといっても過言ではないのに。

そういう面を考えると、この状況はあまりにも汚いと思わざるをえなかった。

結局あの取締役の男や各町の権威たちは、町をよくすることよりも、自分たちがさらに高い地位を持ったことが嬉しいのだろう。立場が上がれば上がるほど、居心地は良くなる。それが目的だったとしても、不思議じゃない。

そのことを思い出し、ツォンは酷く嫌な気分になった。

思わず酒をぐいと飲み、溜息をつく。

それから少しして主人を見ると、ぽつりとこうこぼす。

「引越すことになった。しばらく来れないかもしれない」

「そうか、寂しくなるな」

「願ってもみない場所に住むことになった。とはいっても、私はこの土地の方が安心できる。本当なら行きたくないところだ」

「へえ、そりゃ…。でもあれだ。そんな良いトコに住むなら、そろそろアンタも身を固めたらどうだい?一人ってのは、やっぱり寂しいもんだ」

キュキュッとグラスを磨きながらそんなことを言う主人に、ツォンは思わず笑ってしまった。またその話か、などと返しながら。

何かといえばすぐそういう話をするのは、きっとルーファウスとのことを知っているからだろう。ツォンは過去に一度、その話をしたことがあるのだ。

想っている人と、別れてきたこと。
そして、今でも想っていること。

もちろんその人の詳細や過去については話していない。しかしだからこそ、この主人は気軽にその話題を振ってくるのだ。

もしツォンの相手がルーファウスだと知る人間がいれば、そしてあの暮らしを知っている人間がいたら、おそらくそう簡単にその話題に触れることはできなかったろう。

「まだあの別嬪さんが好きなのかい?」

何故だかこの主人は、ルーファウスのことを別嬪さんと称する。多分ツォンが、綺麗な人だと言ったせいだろうが。

「忘れられるはずが無い人なんだ…仕方無い。他の誰かを見るなんて、許されない」

「そうか…でもなあ、もしかしたら別嬪さんはもうどっかの誰かに連れていかれてるかもしれんよ。もっと自分に優しくしてくれるような奴がさーっと現れてな」

意地悪く笑う主人を軽く睨みながらも、ツォンは笑う。

もしかしたら、そうかもしれない。
誰かもっといい人をみつけて、ルーファウスはもう歩き出しているのかもしれない。

何といってもルーファウスはツォンに腹を立てていたはずなのだ。それは例のあの日、叫ばれた言葉でもうわかっている。

主人が言ったように…もっと優しく、もっとルーファウスを理解してくれる誰かが、いてもおかしくない。だとしたら本当はこの想いも無駄でしかないのだろう。

 

――――大切だと?笑わせるな、そんな言葉は聞きたくない。

――――今…この状況で!どうやってそれを信じろというんだ!?

――――ツォンの考えなんて知るもんか、知りたくもない。

 

『どうせツォンが大切に思ってるものなんて俺じゃないに決まってるだろうがっ!!』

 

「……一つ、聞いて良いか」

何となくかつてルーファウスに言われた言葉を思い返したツォンは、ふっと顔を上げて主人を見遣ると、そんなふうに口にする。

「大切だと思っていることを証明するには…何をする?」

「は?」

「もし…好きだということを伝えなければならないとしたら、何をしたら良いんだろうか。言葉で示す以外に、何か方法は?」

「言葉以外か…そりゃ行動だろうなあ」

「行動といっても…例えば、どんな」

そうだなあ、そう言いながら主人は首を捻った。

と、その時、主人の後ろで何かがうごめく。その後、耳をつんざくような叫び声が上がった。

「ちょっと、アンタ!!約束は守りなさいな!!!」

「うわっ!」

驚いて叫んだ主人は、思わずグラスを落として割ったほどである。ツォンはといえば、それを見ながら何秒か遅れて笑いをかみ殺す。

そこから現れたのは、この店の主人の妻だった。

彼女は綺麗な顔をした華奢な女性だが、その外見とは違ってかなり男勝りな性格である。最初は何故この二人が?と感じたものだが、それを知ってからは何となくお似合いだなと思うようになった。

ちょっとのんびりした主人に、はっきりした妻。お互いを上手く埋め合わせているのだろう。

彼女は、ツォンという客がいるにもかかわらず弾丸のようにしゃべりだした。

「今日の買出し当番はアンタなの!店に立つのは私なの!って何度言ったら分かるんだ、全く。ああ、それからアンタが昨日見たそうにしてた奴、置いといたから見ときなさいな」

「お前なあ、お客さんの前なんだから…」

「うるさい!とっととお行き!!」

完全に押され気味の主人は、渋々了解をすると、ツォンに向かって軽く手をあげて中へと入っていった。どうやら今日は、彼女の方が店に立つ番だったらしい。

 

 

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