CRYSTAL LIFE(10)【ツォンルー】

*CRYSTAL LIFE

3rd [PASS]:02

 

その会話が終わって少しした後、突如として手を止めたツォンは、画面を見ながら目を見開いた。

「―――すみませんが」

窓際にいた男に声をかけて呼び寄せると、映し出された画面を提示しながら質問を繰り出す。

「この機械に…誰か、触りましたか」

機械搬入は昨日。昨日はシステムを理解している人間はいなかったはずだから、誰かが触ったはずはない。

男もそんなことは聞いていなくて、まさか、と口にした。

「何かオカシイのか?」

「ええ……肝心なところでロックがかかっていて、入れません」

「そんなはずない。だって今日からって事は皆が知ってる」

「しかし…」

何度やっても同じ結果が返る。
思い当たる言葉を入れてみてもエラーが出されるだけで意味がない。

 

ERROR
ERROR
ERROR

PASSWORD?

 

「――――――パスワード……」

 

 

 

『…キスも良いけど、仕事の話だ』

『怒っていると言ったくせに?』

『そう。だって、新しいパスワードを教えておかないとな』

 
――――――――パスワードは……

 
『…な?』

『そうですね。私もそう…思っています』

『…忘れるなよ』

『忘れたりしませんよ、絶対に』

 

 

 

パスワード…?

司令室で、広大な土地を背後にグラスを傾けながら、耳元で囁かれた暗号。

それは、結局使われることがないまま終わってしまった、神羅崩壊直前の短命の暗号だった。誰かが聞けば意味の分からない言葉だったけれど、ツォンには深く頷ける言葉。

「パスワード…」

隣でそう呟く男の声を聞きながら、ツォンはその暗号を頭に思い浮かべていた。

そういえばあの言葉は使われることがなくて、その後そんな話すら出ることはなかったけれど。

今の状況とは、何ら関係ないのは分かっている。

けれど、あの言葉を耳にして以降、一度として打ち込む機会がないのは残念だった。

だって、あの言葉を入力すると、全てがオープンするのだ。
それを思い浮かべると――――とても意味があるような気がしていて。

「……」

手が、無意識に動いた。

「分かったのか?」

隣から聞こえる言葉も耳に入らず、ただ頭にあった言葉を入力していく。

 

****  ***** ********

 

鈍い音の後――――――画面は、すっと変化した。

せわしく転換していく画面を瞳に映しながら、ツォンは呆然とした。

まさか…そんなはずはないのに、何故?
何故今、この機械は動き出したのだろうか?

誰も知りはしないはずのパスワードなのに、機械はそれを認証した。
今、そのパスワードから世界が広がっていったのである。

「どうして…!?」

信じられるはずがない。けれど実際に目前の機械は動き出している。

「何だ知ってたのか、ツォン」

安心したような声に、違う、と心の中で必死に反論しながらも、頭は確実に混乱していた。このありえない状況に。

5年前の、捨て去られた言葉――――それが今、動き出す。

暫く混乱していたツォンは、何とか冷静さを取り戻し、猛スピードで頭のなかを整理した。

基本的には…この状況はありえない。
システム構築したのは誰か別の人間で、その誰かがあの暗号を知るはずはない。

その暗号とは、5年前、神羅崩壊直前にルーファウスがツォンに教えたパスワードである。

けれどそのパスワードは実際には使用されなかった。何故ならその改定を済ませた直後に神羅はなくなったからである。

いや、その前にパスワードが敷かれていること自体オカシイのではないか?

それならそれで事前に知らせがあるはずだ。それが一切無かったということは、その部分を設定するのはツォンの役割だったからではないか?

となるとこれは、誰かが意図的に作ったパスワード…?
しかもそれは――――システム構築をした人間ではなくて。

では、一体誰が?

そう思ったが、あの言葉をパスワードとして読み込ませることができる人物など、一人しかしらない。

だって、その人は膨大な量の機械を纏め上げることすら容易だったのだから。

「でも何故?そんなはずは無いのに…」

―――――けれど、可能性は無いこともない。

昨日、この機械は此処に運ばれた。それまでに何人かの人間がこの機械に関わったことになる。

その中に……。

“貴方がそんな辛いことなどする必要はないのですよ”

―――――疲れ果てるまで、そんなことはしなくて良い。

「そんなこと…?」

 

 

 

町に新しいシステムが組み込まれるという話を聞いて、ルーファウスは今までの職場を離れた。何でもそのシステムの為に機械を導入して、さまざまな管理するというのだ。

その大元の管理は、例のビルに置かれた機械がするという話を耳にした。

今日は配置の関係でまたあのビルにいくことになっていたが、ルーファウスはそれをきっぱり断ると、そのまま仕事自体を辞めてしまった。

昨日、ちょっとした悪戯をしてしまったのが後ろめたいのもあったし、どちらかというとそのシステム自体のほうに興味が向いたからである。

どうせ不備の多いシステムなんだろうと思う。

けれどそのシステムでまたある種の支配が繰り広げられるのだと思うと、何だか見ていられなかった。

今更それに関わって何を企もうなどという気もないし、むしろその輪の中には入りたくないと思ったが、それでも興味はあった。

町での管理を誰が担当するかという話がでたとき、ルーファウスは職場の人間にその業務を薦められた。

お前、そういうの強いんだろう?

そう言われ、そんなことはないと返答したものの、確かにできないことはない。というより、今この町の中ではもっとも熟知しているかもしれないとも思う。何せ実際にそういうふうに動かしてきた過去があるのだから。

そんな薦めもあって、仕事を辞めること自体は簡単だった。お前ならもっと役に立つ場所があるだろうとまで言われたほどである。

今その業務に携わる人間が必要だという話が上っており、どうせなら話くらいは聞いてみようと思い、ルーファウスはその地まで足を運んでいた。

町長と名乗る人物はこの新しいシステムにかなり力を入れているらしく、話を聞きたいといったルーファウスに自慢げに説明をする。何でもこのシステムの原案者の一人なのだという。

「本来なら町役場の仕事なんだが、どうもこういうのが苦手だという奴が多くて困る」

「そうですか」

町長はそんな言葉を吐きつつも顔が笑っている。

「で、君は以前こういう仕事をしたことがあるのか?例えばそう…神羅カンパニーだとか、そういうところで働いていたとか」

「…いえ」

チラリと様子を窺いながらもそう切り返すと、町長はなるほど、などと呟く。何がなるほどなのか、さっぱり意味が分からない。

「じゃあ少し腕前を見せてもらおうかな」

そう言うので、ルーファウスは用意された機械で適当なことをしてみせた。

それは単なる文字の打ち込みだったり、単純なプログラミングだったりしたが、たったそれだけのことで町長はかなり感心している。

実際、昔はこの程度できても意味がなかった。

そういう立場にいたルーファウスからすれば、随分と程度が下がったものだと思わざるをえない。

かつて神羅で働いていた多くの人間は、この程度のことは絶対できるはずなのに…そう思ったが、彼らの殆どはあの時点でこの世を去っていたり、生き残ったとしても自らこんな状況の中に戻ったりはしないのだろう。

元神羅といえば、それだけで風当たりがきつくなる。
旧ミッドガル外に故郷を持つものならば、その地で働いているかもしれない。

皮肉にも、このシステムが働きだす地は、かつての繁栄地と同じである。しかしこの土地も神羅崩壊以後は廃退していたため、誰も見向きはしなかった。

かつてミッドガルに人が集まったのは、そこが繁栄した土地だからであって、それ以外に理由など無い。

だから、今この土地にはかつての能力を有した人間など残っていなかった。

「この管理を頼むとなると、君は町役場の人間ということになるが…どうだね」

ル-ファウスの背後でそんなことを言い出した町長は、早くも書類を用意しはじめている。もう既にルーファウスを管理の一人に入れようとしているらしい。

本当はこんなふうに関わるのは嫌だった。何しろそれは、ルーファウスにしてみれば神羅を引き摺るのと同じだったから。

しかし、このシステムの管理に携わったところで、かつてのような場所を望もうとは思っていない。ただの仕事だ、そう思えば気分も軽いだろう。

それに一番気になっていたことは、この機械の大元であるビル内の一台のホストコンピュータに、ちょっとした細工をしてしまったことである。

無意識にしてしまったから、悪気はなかった。

けれど今頃、あのビルの中では混乱が起きていることだろう。

だから、それを取り除くくらいはしなくては、と思う。
そこからは辞めるもよし、適当に続けるもよし、といったところである。

「受けます」

一言承諾の言葉をつげると、ルーファウスはすっと立ち上がった。

嬉しそうに顔をほころばした町長は、書類一式をルーファウスに渡し、そこにサインするよう指示した。

本当の名前は書けず、適当な名前を書き込む。

今はかつてのように完璧な戸籍管理もされていないから、こういう点ではとても便利だった。とはいえ、今後システムによってそれが実現されるかもしれないと思うと複雑な気分になる。

「一応仕組みを簡単に説明しておこうか。まず…まだ準備段階だが、一つの企業が出来た。それがシステムの大元だと思ってもらおう。これは町の管理をするために作られたものだが、外見上は企業ということにしてある。まあ…理由はわかるだろう?何せ誰か一人が言っても、喧嘩ってのは耐えないもんだ」

「喧嘩?」

そう、町の喧嘩だ、と言いながら町長は近くにあった椅子に座る。そこで葉巻などを取り出して火をつけると、ふー、と一つ煙を吐いて言葉を続けた。

「要は立場として“上”というのが必要なんだ。同じ立場の人間が何を言ってもききやしない。困ったもんだ。だからこうして企業として立ち上げて、そこで重厚なシステムを作る。まずはそれぞれの町で管理してもらい、それを今度はそのビル内で管理する」

「ビル内では何の管理を?」

詳細を聞くルーファウスに、町長は一瞬黙り込んだが、少しして、

「だから町の管理だ」

と口にした。

町の管理は、町にある一台の機械がやるのではなかったか。

町の管理をそれぞれの町の機械で行うのは分かるが、そのデータを纏め上げるのに、あのビルの中にあった機械があれほど必要だとは思えない。神羅のころはそれなりに機械を駆使していたが、管理する規模が違う。

それに企業を名乗る必要性がいまいち薄い。だったら共同で組織を作るだけでも良い。
何となく不審だった。

「とにかく、まず分かってほしいのは、あのビルから提示されるものは絶対だと思って欲しい。それからこれは重要なことだが、あの神羅カンパニーと同じようには考えないように頼む」

「同じように考えないようにというのは?」

「つまりアレだ。あの会社は今でも悪名高い。何せ一旦は世界を潰したようなもんだ。もしそれと同じように見られたら、誰も従いはしないだろう。それでは折角のシステムも意味がない。そうだろう?」

同意を求められて適当に頷いたものの、ルーファウスの心中は穏やかではなかった。自分でも反省はあるのに、そう言葉にされると辛辣である。

「それで実際に何を管理するかという話だが…これは町の治安だ。治安維持には法律が必要だ。法律と制裁を一貫せんことには始まらん。そして市民の把握。これによって責任ができる。この町に住み、この町の法律に則って生きている、というな」

結局は支配じゃないか、そうルーファウスは心の中で毒づいた。

全面的に把握されれば、それはある種の拘束。権利も得るが義務も請け負うことになる。何だかんだいって模倣じゃないかとさえ思う。

「まあそんな具合だ。君にやってもらいたいことは、データの管理が一番だ。たったそれだけのことだ」

だからそのデータとは結局どのデータなんだ、と思いつつ、ルーファウスは黙っていた。どうせ携われば自ずと見えてくるものだ。

結局最後まで了承すると、ルーファウスは完全に町役場の管理下におかれることとなった。

これでまた新しい状況になった。新しい日々が始まる。

けれど今度は、少し奇妙な生活になりそうだった。

 

 

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