Honey Style(Monday-1)【ツォンルー】

*Honey Style

月曜日:悪夢の始まり

 

悲劇が起こったのは、週末のこと。
それはご丁寧に神羅本社にまで連絡がやってきて、電話越しにツォンを蒼褪めさせた。

受話器の向こうから聞こえてきたのは、ツォンの住むマンションの管理人の声だった。

『もしもし!やっぱり駄目だ、ありゃ!暫くアンタ、住めねえよ』

「な…す、住めないだと!?」

それはどういう意味だ、と怒鳴りたかったが敢えて止めておいた。何故かといえば、そんな事はとっくに分かっていたからである。分かっているけれど怒鳴りたくなるのは、きっとそれだけツォンが焦っていたからだ。

「…で。それは、いつくらいに終わるものなんだ?」

『あ~ん?いつくらい、だって?そりゃもう一週間はかかるってな話よ!』

「何っ!一週間ッ!?」

ツォンは思わず受話器を落としそうになった。机の上にあったイリーナ特製ハーブティーは、ぶっちゃけて倒れた。おかげでタークス背広は濡れてしまったが、ああやってしまった、などと嘆きつつ服をパタパタやっている場合ではない。

一週間―――…それはもう、過酷な期間である。

その間に一体どれだけの仕事があると思っているんだ。
そもそもどこに住めば良いというんだ。

ツォンの怒りは尤もだった。

「…分かった。とにかく早くするように伝えてくれ」

それでも何とか怒りを静めつつ、ツォンはそれだけ言ったのだった。

 

 

 

事の始まりは先週。それはもう酷い有様だった。

ツォンの住むマンションは戦後すぐに建てられたもので、築10年ほどは経っている。神羅に入ってから転居を考えたツォンは神羅の息がかかった建物を敢えて選択肢に入れなかった。

というのも家とはプライベートの場であって、会社とは別に考えていたからである。そんなこんなで近場の不動産などで見つけた物件が今の住まいだった。

しかし最近になって恐るべき事実が発覚したのである。それが今回の事件…というか迷惑極まりない話だが、マンションの設備全般にガタがきたというのだ。というか今更…と突っ込みたいところだが、それは敢えてやめておく。

とにもかくにも、戦後の混乱の中でおじさんやお兄さんが一生懸命建てたマンションも、そろそろヤバイらしかったのだ。

別段ケチるつもりではなかったが、家賃の安さは破格だったのが心残りといえる。しかし今回の事でツォンはやはり考えなければならなかった。

リフォームとかそういう問題じゃない。
引越し!それしかないんじゃないか!?――――と。

取り敢えずは、一週間のあいだ寝泊りする場所が必要である。そのあいだ考えても遅くはないだろうという事で、まずはそこを押さえる為にツォンは昼の一時を費やした。

 

 

 

ツォンが交渉した相手はルードだった。ルードは真面目な男だったし、その他の連中を考えると彼しかいないという結論の元の行動である。

レノは意外と公私混同を避ける方だったので、そうそう親しいともいえないツォンの頼みなど聞いてくれそうもない。というかツォンの方が胃が痛くなりそうである。

イリーナなどは女性という時点で問題外だった。多分彼女の場合は、相談した時点で即OKしてくれただろうが、万が一…いや億が一にも間違いなんかが起こった日にはたまったもんじゃない。

そもそもイリーナはツォンに少しばかり気があり、それはツォンも薄々感づいていたことなので、余計に悪い。

という訳で、ルードである。

「そうか…そんな事があったのか」

自分の事のように溜息をついたルードは、そうだな…、と優しい言葉などをかけてくれる。ツォンは思わずホロリとなった。さすがはタークス、持つべきものはタークス!

「俺の家は少し遠いが、それでも良いか?…ああ、あと良くレノが来るんだが」

「…酒好きめ」

良く分からないがレノとルードはやたらと仲が良い。どうも酒好き同盟を組んでいるらしい。

「それでも良いなら」

「ああ、大丈夫だ。悪いな」

そんな簡単なやりとりで今日からの「家」が決まった。と思ったが、それは間違いだった。というかツォンが一番恐れていた展開になってしまったのである。

何故ってルードの背後に、見えてはいけないものが見えてしまったからだ。

無論、背後霊ではない。
ある意味、それ以上に恐ろしいものだったのは言うまでもない。

「――――――るっ……!」

思わずツォンは言葉に詰まった。そして蒼褪めた。

ルードの背後でそれはニヤニヤと嫌な感じの笑いを浮かべているではないか。やばい、これは大変にやばい事だ、そうツォンが感じるもの仕方ない事であった。

不動産屋から話を聞いた直後から、これだけは避けたいと思っていた事が、とうとう起こってしまったのである。

「何だ?…あ、ルーファウス様」

ツォンの不穏な態度に背後を振り返ったルードは、その人物を確認してサラッとそう言ってのけた。ツォンと違って余裕である。

「ルード、話は聞いた。お前の家に泊める事になったのか?」

自信満々、余裕綽々なルーファウスは、そう言ってルードを見る。

「そういう事になりました…で、それが何か?」

意味が分からないように首を傾げながらそう言うルードに、ルーファウスはさも優しそうにこんな事を言った。

「そんな事をする必要は無いぞ、ルード。神羅はそんなときのためにも万全な管理体制をとってる。ツォンは神羅で面倒を見るから大丈夫だ」

何を言ってるんですか!、と本気で叫びたかったが、ルーファウスはそうさせないオーラを放っている。

しかもそれに追い討ちをかけるように、信じ込んだルードは「そうですか」などとツォンにとっては地獄のような言葉を口にした。それを聞いてルーファウスが不敵な笑みを見せたのは言うまでもない。

「…そうだな、ツォン?」

俄かに同意を求められて、考える余裕も無くツォンは「はい」と答えていた。答えてからハッとしたが、後の祭りだった。ルードは「じゃあそういう事で」などと言って何も無かったかのような顔で立ち去ろうとしている。

「ちょっと待て!ルード!」

そう叫んだが、その隣でルーファウスが釘を打つように笑った。

「心配するな、ルード」

板ばさみに合ったルードは、首を傾げつつもルーファウスの方に同意する。それはツォンにとって正に地獄だった。

取り残されたツォンは、がっくりと肩を落としながら溜息を吐く。

ルーファウスはあんな事を言ったが、それは全くの嘘なのである。それがツォンには分かっていたし、そう言ってのけたルーファウスが何を企んでいるのかは分かっていた。だから憂鬱なのだ。

そんなツォンに近付いたルーファウスは、今までとうってかわった表情で笑う。
それがまた罪作りなほど、無邪気だったりする。

「良かったな、ツォン」

「…何が良いんですか」

呆れてそう言うツォンに、ルーファウスは少し膨れた。

「何だ、ツォンは嬉しくないのか?ルードの家よりか快適だぞ」

ルードの家など行った事すらないくせにそんな事を言う。まあそれはともかくとして、その快適な場所というのが何処なのか、というところを突っ込みたかった。

しかし、突っ込む前から答えは一つと分かっている。だって、それこそがルーファウスの企みなのだから。

ふと顔を寄せられて、ツォンは反射的にそれを避ける。

「駄目ですっ!」

そう制止すると、ルーファウスはまた一段と不機嫌そうな顔をした。が、何を思ったかすぐに表情を明るくさせると、そうだな、と言って体勢を直す。

妙に物分りが良いのは、正に悪夢の前兆だった。

「――――そうだよな。帰ったら周りの目も気にしないで存分にできるしな」

「……」

ああ、やっぱり…!

ツォンは思わず倒れそうになってしまった。

 

 

 

ルーファウスの強引なやり口にツォンは見事はまっていた。
それは本当に見事なもので、ツォンが仕事を終える頃には既に、ツォン自宅の荷物はすっかり運び出されていたほどである。

勿論、運ばれた先はルーファウスの住む高級マンションだった。しかも、その荷物がダンボールに入ったままならまだしも、なぜかしっかりと配置までされている。

それらの手配をしてすっかりご満悦なルーファウスは、仕事中に何度もツォンの携帯電話に電話をかけてきた。…同じ社内で。

その内容といったら、もはや実況中継だった。やれ今はパソコンを運んだだの、ゴミ箱はどの辺が良いだの、全くもって意味が無い内容である。

そんなのは私がやります、と言ってみても、ルーファウスは断固拒否した。というか、ツォンの出る幕は無かった。

嗚呼……なんたることか。

ツォンが頭を抱えながら仕事をしたのは言うまでも無い。帰ってからが恐ろしい…。何と言っても常にルーファウスが側にいるのだ。これほど落ち着かないことも世の中無いだろう。

しかしそんなツォンの気苦労も空しく、とうとうその時間はやってきた。

 

 

 

わざと帰宅時間をずらしたツォンは、何度か来たことがあるルーファウス自宅マンション前でボーッとした。

このマンション、全てルーファウスの所有物である。それはともかく、マンションの一室しか使っていないくせに、残りの部屋を誰に貸すでもなく、誰を住まわせるでもないのが不思議だった。残る部屋はもう数十室にのぼるが、本当にもぬけの殻なのだ。

が、ツォンは実は知っていた。
ルーファウスは以前からしつこくツォンに自宅のことを聞いていて、その裏には、この空いた部屋にツォンを住ませようという野望を抱いていたことを。

しかもそれはルーファウスプランの中では、絶対にルーファウスの部屋の隣である。
それだけは勘弁して欲しいと思っていたのに、とうとうこんな悪夢が……そんな事がツォンの頭の中を巡っていた。

「ツォン、遅いぞ」

ドアを開けて叫んでくるルーファウスを、ツォンはボーッと眺める。

とうとう…こんな時が。
そんな事を思いつつも、諦めてルーファウスの元に向かう。

ルーファウスの部屋…というか居住部分は、マンションの上方にある。聞いた話によれば、やはりというか、ツォンの荷物が運び込まれたのはその隣らしい…。

「ツォン、今日から“お隣さん”だな」

嬉しそうにそう言うルーファウスに、ツォンは力なく笑った。

「そう…ですね、まあ」

そう同意しつつも、ただし一週間だけですよ、と釘をさす。しかしそんな言葉など本当にお構いなしといったようにルーファウスは笑った。

しかも、こんなことまで言う。

「ツォンさえ良ければいつまででも居て良いんだぞ」

「いや、遠慮します」

胃に穴が開きますので、と付け加えたかったがやめておいたのは言うまでもない。

ルーファウスはそのツォンの言葉にあまり嫌な顔はしなかった。いつもなら「つれない」とか「意地悪」だとか言うくせに、どうやら余程ツォンが隣にやってきたことが嬉しいらしい。

そこだけ見てれば可愛いものだが…そう思いつつもツォンは嘆息した。

勿論、ルーファウスが嫌いだとかそういう訳ではなかったし、それなりの関係まであるとなれば、今のツォンのように嫌がるのもおかしいかのようにも思える。

しかしルーファウスのその大胆っぷりといったら容赦無い。今まで何か忘れてたものを一気に取り返したかのように、やたらとくっ付いてくるのだ。

それはそれで可愛いと思うこともあるが…やりすぎだ。

というか、気が鎮まる時間が無いというのが正しい。それ故に、何となくツォンはルーファウスと二人きりだとか、密室だとか、いかにもルーファウスが喜びそうな場所は避けてきたのだった。

「で。私は…こっちで良いんですよね?」

ルーファウスが半身を覗かせている隣のドアを見遣ると、ツォンはそう確認した。ルーファウスは「ああ」と頷き、そのドアの鍵をツォンによこす。その鍵はいかにも巧妙な作りをしている。

「それ以外にもパスコードあるから。使ってくれ」

「分かりました」

そう言ってツォンはそれを握りこんでドアを開けようとした。
…が。

「ツォン」

そう言って、腕を掴まれる。

「何です?」

何だか妙に嫌な予感がする。その証拠にルーファウスは満面の笑みを浮かべている。これは絶対になにかを企んでいる顔だろう。そんなツォンの予感は見事的中した。

「まずは祝杯だろう?」

「…何のですか」

………来た!

そう心の中で思いつつも、ツォンはあくまで冷静に返答する。祝杯…確かにルーファウスにとっては祝杯かもしれないが、ツォンにとっては自宅が酷いことになっていてそれどころではない。

「良いだろ、来いよ」

そう言ってルーファウスは力を強める。

「…あの。…今夜だけですよ?」

ツォンはしばしの沈黙のあと、ルーファウスのその誘いを了承した。ただし、それはあくまで今日限定である。毎晩こんなふうにルーファウスに付き合っていたら翌朝が辛い。今日だって週初めの月曜で、本当だったらもうゆっくりしたかったのに。

しかしまあ、始めだけなら…いいか。

ツォンは目前で笑うルーファウスにつられ、ついそう思う。

それが運のツキとも知らずに―――――。

 

  

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