Honey Style(Wednesday-3)【ツォンルー】

*Honey Style

水曜日:ごめんの言葉

 

待ち合わせの店はしっかり伝わっており、予定の時刻にはちゃんと四人は揃っていた。

ツォンは今日、ほぼ外に出ていた。
そんなわけで電話連絡をしただけだったのだが、ツォンはしっかりとその場所にやってきた。いつもなら少し迷ったような返事をするのに、何故か今日は快諾したのだ。

その場所に揃ってからというもの、イリーナはウキウキしていた。何せ昨日のうちにレノに掛け合っておいたのだから、今日は絶対にツォンとツーショットタイムができるはずである。

しかしその隣でレノは、まだ何となく悩んでいた。

今日ツォンが快諾してくれたことは嬉しいけれど、何かが引っかかる。昨日はルーファウスとのことを口に出すと溜息なんかをつきつつも和やかな雰囲気だったのに、今日は全体的に雰囲気が固い。何か変だ、そう思う。

けれどそう思ったのはレノだけだった。
早速席について乾杯などをすると、イリーナはここぞとばかりにツォンの真横の席をゲットする。そして勿論、手酌である。これぞポイントアップの第一歩。

「主任、今日はとくと飲んで下さい」

「ああ…」

何となくいつもと雰囲気が違うツォンに気付くことも無く、イリーナはミッドガル産ビールとかいう妖しげな酒をツォンのグラスに注ぐ。レノとルードはそれぞれ“いつもの”を頼んだ。

「主任、ちょっと良いかな」

どうしても気になったレノは、ツォンの耳元に口を寄せて、取り敢えずこんなことを聞いてみる。

『ツォンさん。何かあったのかな、っと?』

『…“何か”って、何だ』

『いや、例えばその~、副社長と喧嘩したとか…さ』

『…問題は無い』

結局そこで会話は途切れてしまう。ツォンが強制的にそこで会話を切ったからである。

――――問題、めちゃくちゃあるんじゃないか…!?

レノはそう思ったが口には出さなかった。何せ今は四人が揃っているのだし、そんなことは口に出せない。それにツォンはきっと、しつこく聞いても、そういったことには答えなそうな気がする。

まあ、なるようになる、か。

そんな結論を出すと、レノはそれ以上は考えないようにした。折角の席なのに、酒が不味くなっては台無しである。もしイリーナが暴走して危険な状況になったとしても、きっとツォンのこと、そこら辺は理性ある行動をするに決まっている。

イリーナがツォンに腕を絡ませてニヤリと笑うのを見つつも、レノはそんな事を考えていた。

 

 

 

タークス諸君が酒などを飲んでいる頃、ルーファウスはブツブツと言いながら帰宅していた。帰宅途中に考えていたのは、勿論、今日のあのアドバイスのことである。

実際あの秘書の前ではうまくいったけれど、ツォンを前にしたらちゃんと言えるものかどうかが問題だった。

何せツォンは怒っているのだ。
しかも、捨て台詞と平手打ちまでお見舞いしてくれた。

「“自分で考えろ”、か…」

確かそう言われる直前に自分も何か言ったはずである。確か…そう、いつもツォンが疲れたような顔をしてるとか何とか、そんな事を言った気がする。
それに対してツォンはそういうふうに切り替えしたのだ。

「それを考えろって事か…?」

やはり自分のせいだという事なのだろうか。確かに今迄、色々モノは言ってきた気がする。そういうとき、ツォンが「は!?」と切り返すことも少なくなかった。

でも、そういったことをする裏には、ルーファウスにはルーファウスなりの理由というものがあったのだ。

どんなことをしても、ツォンはいつも許してくれたから。どんなことをしても結局はいつも見ていてくれたから。だから、少しばかり不安になると、そういう行動に繋がってしまっていたのである。

不安といっても、ツォンが誰かとどうしたとか、そういう嫉妬的な問題ではない。多分、それは寂しさからくる不安なのだ。

何かをして注意を向けておきたい。そうしていつも自分がいることを、忘れないでいて欲しい。そんなふうに思う。

だけどそれを口に出して言うなんて、絶対できなかった。何しろ単純に恥ずかしい…。多分実際にそうしてみても、ツォンは何も言わないだろうが、それはルーファウス自身が許せないことだった。

そんなふうに弱い部分を見せるのは、自分は弱いんだと公言しているみたいで嫌な気がする。それに自分自身の事をそんなふうに思いたくなかった。

でも―――――。

「“ごめん”…」

ぼそっ、と呟く。
それから例のアルバムを手にとると、その中の写真を眺める。

そこには今のようにスーツなど着ていなかった昔のツォンと、優しそうな女性の姿がある。おっとりしていて、とても綺麗な女性だった。

ルーファウスから見ても、ツォンと良く似合うような気がしてしまう。きっとこの人ならツォンを困らせるようなことは一切言ったりしないのだろう。

何でツォンは自分を見ていてくれるのだろうか?
ツォンは過去は引き摺らないと言ったけれど、やはりこの写真には意味があるのではないだろうか。

そんな事をぐるぐる考えたルーファウスだったが、何だかその内疲れてきてしまった。
大体そんなことは考えても答えなど出ないのだ。直接聞かなければ当然ながら分かるはずがない。

「そうだよな。まずは……謝らないと、駄目だ」

そう決心し、ルーファウスは軽い緊張をしながらも、アルバムと携帯電話を手に隣へと向かったのだった。

 

 

緊張感を緩める暇もないほどすぐに着いてしまうのは、唯一この環境の嫌な点かもしれない。とにかく数秒でついたドアの前に立って、ルーファウスは一回深呼吸してから、インターフォンを鳴らした。

こういう時はさすがにちゃんとしたほうが良いだろう。
しかし、どうやら返答は無い。

「まだ帰ってないのか?」

時間はもう午前12時をまわっているのに。
仕方なくルーファウスはドアノブに手をかける。そっと回してみるが、やはり鍵がかかっているようで開かない。

しかし、もしかしたら居留守状態だとも考えられる。ルーファウスには会いたくないというくらい怒っているならそれも考えられる。

もしそうなら、それはそれでショックだけれど、取り敢えずと思ってルーファウスはマスターキーを自宅の方から持ち出すと、それを鍵穴に入れてみる。
しかし、それも反応しなかった。

「…ツォン」

マスターキーであけられない理由は、ただ一つである。
パスコード――――――それが、かかっているのだ。

それをかけられてしまうと、いくらルーファウス所有のマンションとはいえ、入ることはできない。

何となく、緊張が高まった。

もしかしたら、ごめんと謝るくらいでは許してもらえないのだろうか。今までこうしてツォンが完全に自分を振り切った前例がないから、何だか混乱する。

とにかく謝らなくてはと思うのに、相手がいないのでは謝ることすらできない。
ルーファウスは携帯電話の中からツォンの番号を探すと、躊躇った後にそれを繋いだ。数回コール音が鳴った後、何か音がした。

「あっ!ツォ…」

―――――しかし。

その先から流れたのはツォンの声ではなく、ガイダンスだった。どうやら電波が届かない場所にツォンはいるらしく、留守番電話にさえ繋がらない。

「……」

ルーファウスは溜息をつくと、少しした後にそれを切った。きっと何度やっても同じ事だ。

ツォンには、繋がらない。

このままいてもツォンには会えそうも無いと思ったが、それでも自宅に戻る気にはなれなかった。今帰ってしまったら、折角ついた決心が鈍ってしまうような気がするから。

けれど、だからといってどうしたら良いかは分からない。電話でも繋がれば場所が確定できるし、そうすれば直ぐにその場に行くこともできるのに。

結局ルーファウスは、ドアに背をつけたまま座り込んだ。
手に、電話とアルバムを握ったまま。

アルバムは、きっちり返すために。
電話は、いつ連絡があってもいいようにと。

 

 

 

もう既に十二時を回っていたが、タークス四人の宴会は続いていた。レノとルードとツォンは普段と変わりなく飲み続けていたが、イリーナだけは泥酔だった。とにかくツォンにべったりくっ付いている。

しかし何故かツォンはそれについて何も注意はしなかった。左手を絡めとられつつ、右手で酒を飲み続けている。

レノの感じていたツォンの固い雰囲気は未だに解けてはいない。話していても、いつものように柔らかくは笑ってくれない。それでもやはり、そのことについては口にはしなかったレノである。

時計をチラリと見遣ったツォンは、十二時を回っていることに気付き、

「そろそろ帰った方が良い」

と、イリーナに向けて言った。

どうせレノとルードは飲み慣れていて午前様など慣れたものなのだ。それに比べるとイリーナはあまり酒に強くないようだし、もう既に泥酔状態である。一人女性の身だから、体力的にも問題がある。

そう親切心で言ったツォンだったが、それに対してイリーナは、

「嫌です~!主任といます~!」

と駄々をこねた。

あくまで主任かい!、とレノとルードは突っ込みたかった…。

「仕方無い。レノ、ルード、このままイリーナを送って私も帰る」

そう言ってツォンは飲みかけのグラスをそのままに立ち上がる。おおよその金を渡すと、ひっついたまま離れないイリーナを引きずって立ち上がらせた。

「主任~!ウチまで来てくれるんですかあ~?」

「ああ、分かった分かった。送ってくから」

「じゃあ主任~!ちょっとウチに上がって行って下さいよ~!」

そんなイリーナの問題発言を耳にして、レノは思わず飲んでいた酒を吹き出した。

「イ、イリーナ…お前な!」

おいおい、それはヤバイだろ、そう思って口に出して言うと、イリーナは酔った顔のままレノにウインクした。声にならない言葉が、レノに送られる。

“セ・ン・パ・イ・ア・リ・ガ・ト・ウ”

口の動きでそれを察知したレノは、心の中で舌打ちする。…さすが女は怖い。

でもまさかツォンがそんな罠にはまるはずはないだろう、そう思っていたレノだったが、ツォンの口からは信じられない言葉が放たれた。

「……ああ、そうだな」

一瞬、耳を疑う。

――――――分かって言ってるのか…!?

「…ツォンさん、…っ!」

「レノ、ルード。また、明日」

「ちょ…!」

レノの言葉も空しく、二人はそのまま店を後にする。取り残されたレノとルードは、そのツォンの姿に呆気にとられていた。

まさかそんなふうに切り返すとは思ってもみなかった。けれどルードにとってそれは、なるほど、と思うだけで、特に問題はない展開である。その後二人がどうなろうが、それは当人の問題であり、やはり目出度いというだけの話だから。

しかしレノにとってそれは、とても苛立つ言葉だった。

「…ったく!人が折角心配してやってるのに…!」

「…どういう意味だ?」

ルードにはさっぱり意味が分からなかった。が、レノはそれに対して答えることもなく、ただこう決意する。

「よし、今日は飲む!とことん飲むぞ、ルード!」

「…そ、そうか…まあ構わないが…」

「マスタ~!ウイスキーダブルストレート、10杯くらい持ってきてくれ~!」

「…おい、レノ。それはさすがにマズいんじゃないか」

「いや、飲む!ルードも飲むんだぞ、っと!」

「……」

その日、誰もがヤケ気味だったのはいうまでもなかった。

 

 

 

ある二つの影が、寄り添っていた。
夢だったその人の胸にもたれながら、イリーナはかなり浮かれていた。酔いで頭はグルグルしているけれど、確かにその人の胸の感触がする。

「主任…」

もわん、とする視界が煩いので、目を閉じる。しかし、目を閉じた瞬間に酔いが更にまわる気がした。

「……」

ツォンの視界に映るのは、その金の髪だけ。
それを、無意識に手で梳いたりする。

そして――――――。
悲劇が、起こる。

 

 

 

その夜、ツォンは自宅に戻ることはなかった。
勿論、ルーファウスの携帯電話に連絡がくることも、無かった。

 

  

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