Honey Style(Saturday-2)【ツォンルー】

*Honey Style

土曜日:恋人達の土曜

 

マンションに着いて、二人は同じ部屋に足を踏み入れた。どちらの家かといえば、ルーファウス宅である。

自宅(仮)に帰ることなくそこに足を踏み入れたツォンは、何だか久々なその部屋を見回して、少し緊張をしていた。

上着などを脱ぎながら、そういえば、とルーファウスは声を出す。

「ツォン、家はどうなんだ?もう一週間、経つよな?」

そう言われてツォンはギク、とした。何せ真実を言えば、もうとっくに家は元通りなのだ。それを敢えて引き伸ばしているわけだが、それを言うのは何だか躊躇われる。

結局、もうそろそろだと思います、という無難な言葉を返すと、ルーファウスは、そうか、とそのまま納得した。

勿論ルーファウスとしてはそのまま直らない方にザブトン1枚状態だったが、そうも言ってはいられないのが現実である。

もしツォンがこのままそこに住んでくれるのなら、喜んでどうぞどうぞという感じだったが、ツォンが絶対そんな事を言わないことくらいルーファウスも承知している。

――――――といっても。
この人、強引にでも一週間は引き止めようと思っていた。

なにせこの一週間、何だか妙な誤解で結局は二人でいることが少なかった。これはもう後悔&溜息の嵐である。

「何だかなあ…こんな予定じゃなかったんだけどな」

ちぇ、と少し悔しそうにするルーファウスに、ツォンは心の中で突っ込んだ。
一体どういう予定だったんだ!?…と。

それを考えるとやはり疲れを感じざるを得ないツォンである。

「俺の完璧なプランだったのに。まず、アレだ。第1に食事、2にショッピング、3・4が無くて、5に…」

「5に?」

「ええと…5に、まあ…色々な」

「あ…。は、はい…色々」

何故か照れあう人々ありけり……。

コホン、とワザとらしい咳などを一つしたツォンは、その話題から離れるべくこんなことを言った。それは、此処に帰る途中にルーファウスが寄ろうといって寄った店で購入したある物体。

「ケーキ、食べましょう」

「ああ」

それはケーキだった。

ハッキリ言ってツォンはあまり甘党ではない。

ブラックコーヒー党なツォンとしては、自ら進んでこういう物体を胃に入れることはまず無かったが、コーヒーに砂糖2杯とミルク3杯入れるルーファウスにしてみれば、それは好物の部類であることは確かである。

とにもかくにもそれを丁寧に箱から取り出すと、ツォンは勝手にルーファウス宅の皿を取り出してちょこんと乗っけてみた。因みにフォークも勝手に取り出して、本来の家主に、「はい。どうぞ」と渡した。

そして、いざ感動の一口!

「うっ…!」

至福そうな顔をしているルーファウスの隣でツォンは唸る。何と言うことか、ツォンの元にやってきたその白い物体は、鬼のように甘かった。

そのまったりとしたクリーム、そしてタルト生地。何ということか全ての要素が甘いではないか!

「どうした?」

「い、いえ…」

ツォンとしては今日という日に、う、気持ち悪い、もう無理です、なんて言って寝込むわけにはいかなかった。

何せ今日は天下の土曜日。何はともあれ土曜日。何が何でも土曜日なのだ。

イコール明日は日曜。日曜はさすがの神羅もお休みである。

…となれば。

「大丈夫か、ツォン?」

「え、ええ。だ、大丈夫です…」

「…うまそうなのにな…それ…」

「そ、そうですか…?」

「すっごく美味そう。かなり美味そう」

「あー…」

ふと目をやった先のルーファウスの皿はもう既に無人だった。早っ!と思ったツォンだが、どうせ自分はこれ以上は食べられないしと思い、余りをルーファウスに譲ることにする。

気を取り直してコーヒーを飲んだツォンは、隣で幸せそうな顔をしてケーキを頬張っているルーファウスをチラ、と見ながら少し笑った。

が。

「そういえば、ツォン。敬語禁止だったんだけど、その辺、覚えてるだろうな?」

「ぶっ!!」

コーヒーを思わず吹き出したツォンは、

「それは時効でしょう!?」

と抗議した。

しかしルーファウスは強かった。

「いや、無理。決めたもんは決めたんだから、所定の金額は払ってもらうぞ」

っていうか今、幸せそうに食べてるケーキは誰の金で買ったと思ってるんだ!と突っ込みたかったが、そんな事で怒るのも難なのでやめておく。

「ええと、そうだな。まあかれこれ…」

ルーファウスは近くから紙とペンを持ち出すと、その紙半分に「罰金」と大きな文字で書き、その下に「正」の字を書き始めた。

「正」はマッハの勢いで増殖し、やがてピラミッドを作り出した。

それをさも満足げに見つめると、ルーファウスは金額に換算する。

「込み込みで10000ギルでいいか」

“でいいか”とは何だ、“でいいか”とは。というか、“込み込み”って他に何を込んでるんだ!――――とは口が裂けても言えなかった。

「ルーファウス様っ、それはいかにも…」

「増額。10100ギル…と」

「ああ~!!!」

「あー、これ大変だな。休む暇も無いってこういう事言うんだなあ…」

「それはこっちの台詞ですっ!」

「ん?“です”?…増額、っと」

「しまったあああ!!!」

ツォンの目前では小悪魔がムフフ、と嫌~な笑いを浮かべている。

「言葉には気をつけないとな、ツォン?」

「うっ……」

病院の診察券がチラつくのは気のせいだろうか……。(内科)

しかし一体何でそんな事にこだわるのか、ツォンには意味不明だった。徴収が目的ではないのは分かりきっている。何せルーファウスは仮にも副社長なのである。仮にも、そう、仮にもである。…イコール、金銭的には超が付くほど裕福なのだ。

それだから、それは除外として、残るは…。

「あの…やはり敬語というのは、その…私達の関係としては良くないものでしょうか…じゃなくて!よ、良くないもの…か、か…???」

あまりに慣れない言葉遣いなどしたものだから、思わず語尾に疑問符が増殖。

―――――冷や汗も増殖中…。

その隣でルーファウスはニヤリ、と笑う。

「本当はどっちだって良いんだけどな、俺は」

「ええっ!?…だったら。やめましょうよ…じゃないっ!や、やめ…ようっ!」

「えー…やだ」

「何故っ!?」

「いや、だって。楽しいから」

「たっ…!…あのですね!…って、違ーうっ!あ、あのな…っ」

この困難な会話は相当続いた。しかもいつもの二倍の時間がかかったことは言うまでも無い。

ルーファウスとしてはしどろもどろ口調のツォンを見ているのが楽しくて、ついついその話題を長引かせてしまったのだが、実際にはそんなことよりやらねばならない事があった。それは勿論、あの物体の返却である。

そんな訳で程よいところで会話を打ち切ると、仕舞っておいたツォンのアルバムを手にし、ツォンに向き直った。

何となく、場の空気が変わる。

「――――――これ」

そう一言告げて、ルーファウスはアルバムをツォンに渡す。中の写真はあのときのままで、その中では変わりなく昔のツォンと見知らぬ女性が笑っている。

ツォンはそれを無言で受け取ると、その後そっとルーファウスを見遣った。

そもそもの原因……その、アルバム。

「ツォン」

そう名を呼んだルーファウスは、一呼吸置いた後に、例の言葉を告げた。これはルーファウスの秘書のアドバイスでもあり、ずっと言いたかった言葉でもある。

単純且つ端的な言葉なのに、あまりにも重要な言葉。

「ごめん」

「――――」

ツォンは無言のままアルバムをそっと開けた。

中にはたった二枚だけの写真。

それを丁寧に取り出すと、ツォンは―――…。

「え…?……ツォン、何してるんだ!」

ルーファウスは驚いて目を見開いた。

何故ってツォンは、目前でその写真を破った挙句に、それを無造作に床に落としているのだ。断片化された写真は、かつてのツォンとその女性とを切り裂くようにも思える。

そうするツォンの顔は無表情だったが、やがて全てが粉々になると、その顔はすっと優しい笑みを見せた。

「これで不安は無いですよね?」

「ツォン…」

「これが貴方を不安にさせたんでしょう?たった二枚の写真ですが……それでも、これが気になったのでしょう?」

「そ…うだけど、でも。そんな、破らなくても…俺は」

いいえ、そんなふうに言ってツォンは笑う。そこにはとても、切り裂かれた写真に対して何か心残りがあるようには見えなかった。

「あの時、貴方は言いましたね。私が過去の恋愛を引き摺るような人間かどうか、と。確かに…過去の恋愛の話なんて、したことがなかった。けれど、この写真を見るまで、そういった不安を感じた事など無かったでしょう?」

「…うん」

確かにそれは初めて思ったことだった。普通こういう関係であれば、少しくらい過去というものが気になるものだが、ルーファウスはそんな事を気にしたことは無かったのである。

ところがアルバムという、ある意味「証拠」を見てしまったとなれば話は別だった。

「だったら。この写真を見てそんな不安になる方が、間違いですよ」

「?」

ルーファウスは意味が分からず首を傾げる。だって、証拠となる物体を見たほうが普通はモヤモヤするものではないだろうか?

「彼女でも何でもないですよ、この人」

「―――――は?」

「ですから、この女性は私とは関係ない人です」

「な…何だって!??」

ルーファウスの頭の中では天変地異が起こった。
嵐が起こった。波浪注意報が起こった。
クリティカルヒットだった。正に痛恨の一撃!

思わずヨロリとしたルーファウスは、顔を引きつらせながら、じゃあ、と呟く。

「お、俺は勝手に勘違いしたってだけなのか…っ?」

「まあ、そういう事です」

サックリそう言ってのけたツォンに、ルーファウスはやや逆切れ状態で叫ぶ。

「だったらあの時点でそう言ってくれれば良いだろう!?」

「いや、だから申し上げたじゃないですか。悲しい、って」

「それとこれとは別じゃないか!」

「いいえ、一緒です。私は貴方がそんなふうに秘密裏に私の過去を探ろうとしたこと自体が何だか悲しかったんです。だから言ったじゃないですか、貴方に何かを隠そうとなんて思ってない、と。最初から聞いて下されば良かったんです」

「そ、そんな…ッ…」

それでは何だか今までのイザコザが馬鹿みたいな気がしてしまう。とはいえ元々はルーファウスに非があるのだから何とも言えないが、それにしても此処までこじれずには済んだのではないかと思ってしまう。

―――――いや、実際はその他の誤解がかなり絡んではいたが…。

すっかり奈落の果てまで落ち込んだルーファウスを見ながら、ツォンは静かにこう言う。

「…貴方をツラくさせるなら、この写真は必要などありません。大切なのはこの写真じゃなく……貴方ですから」

ドキッとするような言葉が耳に入り、思わずルーファウスは顔を伏せた。

それから、少しだけ気にかかっている事を、照れ隠しっぽく言ってみる。

「―――じゃあ。聞くけど……誰なんだ、アレ」

聞けば教えてくれるんだろ、と付け加えたルーファウスに、ツォンはあっさりとこう答えた。

「友人の、奥さんです」

――――――は?

…思わずルーファウスが固まったのは言うまでも無く。

「関係無いなら何でずっと持ってなんか…!」

「いや、これには深い事情が。実はその友人は悪友でもありまして。だからこう、思い出深い訳なんです。しかし悪友ですから、いつかこれをネタに脅迫でも…と」

「はああ!!?」

「いやいや。単なる話のネタに、です。それだけですよ」

事実を聞いてルーファウスはゲッソリした。今までのあれは一体…!?

そう思ったが、あまりにも拍子抜けしてもう怒る気力も無い。というかまず、ルーファウスが怒ること自体お門違いだったのは言うまでも無いが。

「…アホっ」

結局そんな一言を投げたルーファウスは、そのままツォンの肩に顔を埋めた。

「…はい」

暖かさを伴った重みを受け止めながら、ツォンは少し笑んでそう返す。

「…なあ、ツォン」

「はい?」

「…お前はどうすれば、いつも幸せな気分でいられるんだ?」

「え?」

そういえば昨日そんなような話をした。それを思い返しながらツォンは、ええと、などと言葉を濁す。

その答えは昨日の時点で何となく出ていたツォンだったが、それをそのものズバリ口にするのは、やはり少しばかり気恥ずかしかった。

何か良い言葉は無いかと探すが、どれもこれも何だか照れそうな言葉である。というかもう既にそういう言葉を散々吐いたような気もするが…。

と、ツォンがそんなふうに返答に詰まっていたとき。

「あ」

突然、ルーファウスが声を上げた。

そして。

「かなり増額だな」

「……はっ!!」

―――――「正」の字ピラミッドは、更に標高を伸ばしたという…。

 

 

 

何だかんだと皿を片付けた後、ルーファウスのたっての望みだったハート柄ペアパジャマが久々に登場した。

ニコニコしたルーファウスは、ニョッとハート柄をツォンに差し出すと、その背をバスルームまで押しやる。そして強引にそのドアをバタン、と閉めた。

「ちゃんと着るんだぞ」

「うっ…とうとう…」

手にしたハート柄を見つつ、ツォンはとうとう覚悟を決めたものである。

しかしそんなツォンも、ルーファウスのハート柄パジャマ姿を見た時は、ちょっとばかり顔が緩んでしまったのだった。

嗚呼…悲しいかな惚れた弱み!

こうして神聖なる土曜の夜は、幸せムード満点で更けていくのだった。

 

  

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