ライブハウスというところに初めて行ったけど、そこはどうやら数あるライブハウスの中でも大きめのところらしかった。結構人がたくさんいるけど、やっぱり女の子が大半を占めてる。
可愛い人形みたいな服を着てる女の子。
胸の肌蹴た派手な服を着てる女の子。
いろんな子がいて、それぞれグループになってわいわいと楽しんでいる。
そんな中で俺は一人きり、普通のシャツにズボンなんていう味気ない格好をしていた。ファンの子達はあんなに可愛い子ばっかりなんだ。そう思うと、アカネの目に映るのはそんな可愛い女の子達なんだろうなって気がして、俺は何だか辛い気持ちになってくる。
ライブハウスはワンドリンク制っていうのになってて、必ずドリンクが1つつくようになっていた。500円。結構するもんなんだな、なんて思いながら俺はジンジャーエールを頼む。
確かアカネはしもてだって言ってたっけ。
そう思って左側の後ろの方に、俺は立っていた。やることがないからジンジャーエールをちょびちょび飲んで、周りをぼんやりと見てみる。会場は満員とまではいかなかったけど、8割がたは人が入っていた。
チケットには、DOOR¥3500と書かれている。
へえ…当日だったら3500円するんだな…。何だかこんなチケットを貰ってしまってよかったんだろうか、なんて気分になってきてしまった。というか、アカネのバンドのチケットはこれだけするんだ。やっぱり人気の証拠だろう。
会場内はガヤガヤと騒がしかったけど、暫くして、突然ふっと電気が消えた。その瞬間、わああああと声が一斉に響く。
悠長にジンジャーエールを飲んでいた俺は、突然後ろからタックルされて、危うくジンジャーエールをこぼしそうになった。危ない危ない。
ふう、なんて思いながら正面を見る。
と、ステージの上にアカネの姿があった。
「あ…!」
俺は思わず短い声を上げて、一歩進み出る。あれが、バンドでのアカネなんだ。アカネが持っているのはギターだった。そうか、アカネってギタリストなんだ。俺は今更そんなことを思う。
うわー…やっぱアカネ、カッコイイよ…。
光が当たってキラキラしてる金髪が、アカネが動くたびにふわっと揺れる。俺が惚れたあの日みたいに、アカネは黒いシャツに黒いズボンを履いてた。
「アカネええええーーーーー!!!!」
ふいに、隣の女の子が手を振り上げてそう叫んだ。俺はドキッとしてしまう。アカネのファンなのかな?いや、それしかないよな。
この会場の中に、アカネのこと好きな女の子ってどのくらいいるんだろう。きっとたくさんいるんだろうな…。やっぱり、俺なんか適わないよ。だってその子たちはアカネの姿を今までいっぱい見てきて、こんなふうにアカネに好きだって叫び続けてるんだ。俺にはそれすらできない。
周囲は曲に合わせて手を振り上げていて、みんなノリノリだった。
俺がどうして良いか分からなくて、ただただステージの上のアカネを見る。そして、なんとなく、胸の前で小さく手を振ってみた。どう考えても初心者的なことをしてる俺がちょっと空しい…。
…が。
「え…?」
そのとき、ステージ上のアカネが、ピックを指に挟んだまま挨拶するように右手をすっと上げた。
え?…ええっ!?
まさか…俺?
いやいや、そんなことないよな。だって見えるはずないし。
そもそも俺に対してじゃないよな。
そうだそうだ、自意識過剰だぞ、俺!期待しすぎだっつーの!
俺はそう思いながらも周りをキョロキョロと見回してみたけど、周りのみんなは誰も曲に夢中で、一心不乱に手を上げているだけだった。
お、おかしいな…。
そう思ってまたアカネの方を向くと、アカネがにっこりと笑った。
俺の大好きなあの笑顔で。
ライブの日、アカネは家に帰ってこなかった。
きっと飲んでいるんだろう。なんとなくそんな気がする。
俺がアカネに会ったのは、その次の日の夜のことだった。
「おっす。ライブ来てくれたんだな、ありがとな!そういやジュン、手振ってくれたよな」
「えっ!あれって見えてたの?」
「見えるよ。人が多いから見えないって思うだろ?でも案外と見えるんだよ、ステージの上って。で、あの辺りで飛びぬけて背の高いやつがいるなーって思って。ジュンだってすぐに気づいた」
「そ、そうなんだ…」
ひえー…そうなんだ、意外と見えるもんなんだ。
っていうことは…やっぱりあれは、俺に挨拶してくれたってことなのかな。俺はちょっとドキドキしてしまった。だってあれだけの人の中で、アカネのファンだってたくさんいるはずなのに、その中で俺に挨拶してくれるって…なんかすごく嬉しい気がする。
アカネはビールをプシュッとあけると、それをゴクゴクやりはじめた。
「で、俺ってどうだった?かっこよかっただろ?なーんちゃって」
「うん、かっこよかったよ」
「そうだよなー……って、え!?マジにそう思ってんの?」
驚いてビールを噴出しそうになってたアカネに向かって、俺はうんと頷いた。
だって…本当にかっこよかったし…。
素直な気持ちなんだけど…。
「うわー本当にそういわれるとは思ってもみなかった。でもなんか嬉しいな。ありがとな、ジュン」
「そんな。別に、本当にそう思っただけだし」
「あはは、そっかそっか。いやーなんか素でそう言われると照れるな」
アカネはきっと、男として俺がアカネをかっこいいって言ってると思ってるんだろう。確かにアカネは普通に見てもかっこいいって思う。だけど実際俺は女だし、アカネのこと好きだと思ってるんだ。
もしかしたら俺は、アカネのことが好きだからカッコイイって思うのかもしれない。
だけど、そんなこと言えないよ。
あの会場にいた女の子達みたいに、手を振り上げて、アカネ、って、そんなふうに叫べないよ。
「良かったらまた見に来いよ。チケットはやるからさ」
「あ、チケット!そうだ、あれ3500円もすんじゃん。俺、払うよ!」
「いらんいらん!俺が見に来て欲しいって思っただけだから、そんなの絶対受け取れないって」
「でも…」
「いいからいいから」
なあ、アカネ。
アカネがそう言ってくれるの嬉しいし、俺だってまたアカネのライブを見たいけど、あの空間で俺は、ただでさえ無い自信がどんどん無くなってく気がするよ。
チケットを買って、わくわくしながら当日を待って、やっと会えたんだって喜ぶ女の子達に比べて、俺には何もないんだ。
俺にあるのは、ただアカネが好きだってこと。
だけど俺は、あの3500円のチケットにその気持ちを全部つめ込められるのかな。あのファンの可愛い女の子達みたいに…。
アカネが、バンドのことについて何かを話している。
だけど俺の耳には、それが全く入っていなかった。