なんで親は、俺を男に生んでくれなかったんだろう。俺はいつもそう思ってた。特別男になりたいとか思ってるわけでもないんだけど、男っぽく見られるし、女っぽいことが苦手だったり興味がなかったりするから、結果的に「男だったら楽だったのに」という思考にたどり着くわけだ。
だけど、俺はやっぱり性別上女でしかない。外見とのギャップがありすぎるのが一番の問題なんだろうけど。
だけど、その外見を気にしない人間も中には存在してるんだ。
「折り入って話しって、そんないきなり改まってなんですか?もしかしてクビとか言いませんよね?」
「まさか!そんな話じゃないって」
俺は、目の前で女の子らしい可愛い服を見事に着こなしているユリちゃんを見ながら、明らかに怪しい動作を繰り返していた。
職場近くのコーヒーショップは、実のところちょっとした溜まり場になってる。俺はあんまり使わないけど、お茶をして帰ったりとか、ミーティングに使ったりとか、用途はいろいろらしい。
休みの日、俺はユリちゃんにお願いがあると言って時間を作ってもらった。ユリちゃんは丁度退勤したところで、すっかりくつろいでいる。
ユリちゃんを呼び出したのは、相談をしたかったからだ。
勿論仕事の話じゃない。俺の…つまり、恋愛ごとの相談だ。
此処最近、もう自分だけではいっぱいいっぱいになってしまってどうしようもなくなっていた俺は、とにかく誰かに助けてもらいたかった。というより、話を聞いて欲しかったのかもしれない。だけど、話を聞いてもらうには、それなりの勇気が要るんだ。
俺みたいなやつに好きな男がいるとか、そんなの世間から見たらネタくらいにしかならないだろう。だけどネタだけで終わってしまっては相談できない。だから、俺はユリちゃんを選んだんだ。
ユリちゃんは、職場の中でも口が堅いことで有名だし、優しいということでも有名だったりする。
だから俺は、勇気を振り絞って相談することにしたんだ。
「あのさ、笑わないで聞いて欲しいんだ。もう本当にどうしたら良いか分からなくて…」
「恋の相談ですか?」
「えっ!?」
何で分かったんだ!?
驚く俺の前でユリちゃんが小さく笑ってる。
「勘ですけど、園部さん、好きな人いるんだろうなって思ってたんです。何となく雰囲気でそう思ったんですよね」
「そ、そうなんだ…すごいな、その勘…」
それが女の勘とかいうやつなら、俺には絶対無い気がする。さすがはユリちゃんだ。
俺はユリちゃんに感心しながら、俺の抱えている大問題についてを切り出した。
恋の相談なんて、俺の人生の中で初めてのことだ。
いくら相手がユリちゃんとはいっても、さすがに勇気が要った。
だけど…。
「園部さん、その人のことかなり好きなんですね」
「なっ!そ、そんなことないって!」
「そんな隠さなくっても良いのに。見てれば分かりますよー、好きなんだなあってことくらい」
「そっ…」
そんなものなのか!?
俺はものすごい勇気を使いながらアカネのことを話したんだけど、ユリちゃんはその間どういう気持ちで聞いていたんだろう。園部さんったら、なーんて思いながら聞かれてたらものすごく恥ずかしいんですけど…。
だけど、ユリちゃんはやっぱりユリちゃんだった。俺が信頼してるユリちゃんそのものだった。
「園部さん、私、隠さずに言った方がいいと思います。気持ちを伝えるのは難しいと思いますけど、とにかく女性だってことだけは言った方が良いですよ。多分、園部さんの悩みって全部そこにかかってると思うから」
「で、でも…」
そんなことを言ったら…アカネは傍にいてくれないと思う。出て行くんだと思う。そう思ったら、怖くて出来ないんだ。きっとこれってすごくズルイ考えなんだろうけど。
ユリちゃんは、俺のそんなズルイ考えすら見抜いていた。
すごい。すごすぎる。
「もし女性だと知って離れていったら、節度のある人って証拠ですよ。離れたら寂しいのは分かります。でも、そこから始めないと園部さんの気持ちを形にはできないんじゃないかなあ」
「形って?」
「付き合うってことですよ」
「つ、付き合う!?」
「そうです。だって園部さん、その人と付き合いたいって思ってますよね?もし傍にいるだけで良いっていうなら、このまま女性だってことを知られないままでも良いってことになるじゃないですか。園部さんは、次のステップに行きたいって思ってるんですよ。その人との関係」
想像するだけでも恐ろしい…。
アカネと俺が…どうにかなるとかそういう…あ~駄目だ!恥ずかしくて死にそうになる。想像ですらヤバイ。
でも…確かにユリちゃんの指摘通りなんだと思う。
傍にいることが第一優先だったら、このままいればそれで良いんだと思う。だけど、好きでどうしようもなくて、どうにもできなくて…それってつまり、どうにかしたいってことなんだ。
その「どうにか」っていうのはつまり…そ、そういうことなのか…。
「でも、きっとその人、園部さんのこと好きだと思うなあ」
「な、何を根拠に!?」
「だってー、その人は園部さんのこと男だと勘違いしてるわけでしょう?それなのに園部さんに思わせぶりなこと言うなんて、性別がどうのって以前に園部さんのこと好きなんですよ。そうじゃなきゃゲイかな?」
なーんてね、とユリちゃんは笑う。
なーんてね、という言い方がアカネを思い出させて、俺はちょっとドキッとしてしまった。
結論として、ユリちゃんは、女であることを白状しろと言う。確かにそれは言った方がいいのかもしれない。だんだんそんな気分になってきた。もしそれでアカネが俺を拒否したら…悲しいけど、つまり俺は次のステップに行く資格なんて無かったってことになるんだから。そうなったらそうなったで仕方ないのかもしれない。それを怖がってこのまま避けていたら、結局悶々とするしかないんだ。
でも、俺にはやっぱり勇気が必要だった。
白状するにも、白状するシチュエーションというのが必要だ。
どのタイミングで?
そもそもどこで?
それを考えただけで俺は頭が沸騰しそうになってしまう。
「せっかくだし、デートすれば良いじゃないですか!そしたらいっぱいその人といられますよー。外出に誘うくらい問題ないですよね?」
「デ、デート…!!!」
「映画とかドライブとか…ベタだけど遊園地かなあ」
「ゆ…」
ユリちゃん…それってバリバリのデートスポットばっかりなんですけど…。そんなあからさまにデートっぽい場所にアカネと二人きりでなんて想像できない…。
アカネは多分車を持ってないから、ドライブっていうのはないだろう。そういえば免許を持ってるのかどうかも知らない。
残るは…映画か遊園地?
…駄目だ、恐ろしすぎる。
俺があんまりに弱音を吐くもんだから、ユリちゃんは仕方なさそうに笑って、じゃあ食事にしたらどうですか、と割と何とかできそうなプランを立ててくれた。
ユリちゃんのプランはこうだ。
俺がアカネを誘う。そして二人でショッピングモールへ。その辺の店をプラプラ見ながら最後に食事。…で、最後に白状するってわけだ。
まあ簡単といえば簡単だろう。…多分。
「じゃ、頑張ってくださいね!」
ユリちゃんはにっこりと笑って俺にエールを送ってくれる。
この笑顔にごめんなさいなんて謝ることがないように俺は頑張らなくちゃいけないわけだけど、やっぱり想像するだけで緊張してしまう情けない俺がいたのだった。
アカネを誘うとき、俺はあからさまに態度がおかしかった。
でもアカネは、何でもないように普通にOKをしてくれた。
「そういえば一緒に出かけたことって無かったよな。じゃあ初体験だな。あーそうだ。俺らっていつも家で一緒にメシ食うとかないじゃん。ジュンってどんなメシ食ってんの?」
「えっと…コンビニ弁当とかかな。外で食べてくるときはいろいろ食べるけど。ファミレスとかファーストフードだし」
「ふーん。じゃあファミレスでいっか?」
ファミレス!!!
…いや、いいんだけど。
むしろそのほうが緊張しなくてすむんだけどさ。
でもユリちゃんと話してたとき想像したのが妙に敷居高そうなとこだったから、何だかちょっと拍子抜けしたっていうか…でもまあ、そうだよな。それが丁度良いかも。
アカネの仕事の都合で、裏別称デートは一週間後になった。
一週間…。
俺はその間に、覚悟を決めなきゃいけないわけだ。
アカネに本当のことを言って…。
…。
…。
あれ?
良く考えたら、アカネに白状するのが目的であって、好きですって告白するのが目的なわけじゃないんだよな。そう考えたらちょっとだけホッとした。
ここでホッとできる分、俺はちょっと成長した気がする。きっとユリちゃんに告白したからだろう。さすがはユリちゃんだ。
とにかく一週間、それが俺の腹を決める期間だった。