ユリちゃんの電話番号を聞いて置いてよかった。
俺は迷った挙句にユリちゃんに電話して、その晩は泊めてもらうことにした。俺があんまりしょんぼりしてたからだろう、ユリちゃんは心配してくれたけど、全部を話したら、大丈夫ですよ、といって笑ってくれた。
ユリちゃんのいれてくれたあったかい紅茶で、少しだけ気が休まった。それに、ユリちゃんといろんな話をしていたら、随分と肩の力が抜けた。感謝してもし尽くせない。
「じゃあ園部さん、私とデートしましょうよ。美味しいものいっぱい食べて、買い物もいっぱいするの。私、園部さんの服選んであげる!きっと似合うの見つけますから」
「うん、ユリちゃんとだったらいつでもOKだよ」
「本当に?やったー、園部さんとデートだー」
無邪気にはしゃぐユリちゃんに、俺もつられて笑顔になる。そうだな、こういう時はそんなふうに遊ぶのが一番かもしれない。
きっと疲れてたんだ。あんまりずっとアカネのことを見てたから。でも、きっとこれで楽になれる。楽になれるんだ。
異変が起こったのは、それから2日過ぎたあとのことだった。俺は未だにユリちゃんの家に厄介になってて、そろそろ家に帰らなきゃな、なんてことを思ってた。アカネは荷物を纏めたかな。できればすっかりきれいになってれば良いのに。そんなことを思って仕事をしてるときだった。アイちゃんが俺の方に駆け寄ってくる。
「園ちゃんー、超ヤバイ!今さ、Gloomy Rainのギター来てるー!本物来てるー!」
「グル…?」
俺は少し考えて、それからハッとした。
そうだ、Gloomy Rainって、アカネのバンドじゃんか!
ってことはつまり、アカネがここに来てるってことか?
「超イケメンなんだけどー。園ちゃんも見てみてよー。アカネ、携番教えてくんないかなー?」
俺はドキッとした。
誰かの口からアカネって言葉を聞くなんて思わなかった。けど、思えばそうだ。アイちゃんなんかにとっては、アカネは有名な存在だったんだ。
「あ、こっち来た!やば、マジカッコいー」
「え…」
アイちゃんの言葉に、俺はつい顔をそっちに向けてしまった。アカネは、縁なし眼鏡をかけて、あの長い金髪を揺らしている。手に何かを持って、辺りをキョロキョロしてたアカネは、化粧品コーナーのユリちゃんに声をかけた。
うわ…なんか不思議な感じだ…。だって、アカネとユリちゃんが話してるなんて…。
ユリちゃんはキョロキョロ売り場を見回すと、最後に俺の方を指差した。それと同時に、アカネが俺の方を向く。目が、合った。それから…。
アカネが、俺の方に歩いてきた。
「園ちゃん、こっち来るよー」
「あ、ああ、うん…」
自分の担当売り場そっちのけでレジにいるアイちゃんと一緒に、俺はアカネがやってくるのを見てた。もうこの際アイちゃんにレジを任せてどっかに行きたいと思ったけど、何だかそれはできなかった。目も、離せない。
やがて、近くにやってきたアカネが、俺に向かって何かを差し出した。
「すみません。コレ、下さい」
「あ…は、はい」
俺は慌てて、商品をスキャンしようとする。が、アカネが突然「あ」と言い出して、俺はその手を止めた。
「すみません、もう一個欲しいものがあるんで…ちょっと良いですか?」
「え!?あ、はい…」
「でもどの辺に売ってるのかな。ちょっと分からないんで、どの辺にあるか案内して貰っても良いですか?」
「あ、はあ…」
俺はアイちゃんにレジをお願いして、レジの中から出る。何だかすごく他人行儀な気がして嫌だったけど、あんな出来事の後だったし、今は仕事中だし、どんなものをお探しですか、と俺は目を逸らしながら聞いた。するとアカネは、携帯ストラップなんですけど、なんて言った。
携帯ストラップ?…まあ売ってるには売ってるけど、何でそんなもの買うんだろう。俺はそんな疑問を持ちつつもアカネを案内する。携帯ストラップの売り場は一番端っこだ。
「あの、こちらになります」
「どうも。じゃあ…どれにしようかな?店員さんはどれが良いとおもいます?」
「え?」
「携帯ストラップ、どれが好きですか?」
「え…えっと…」
サクッとレジに帰ろうと思ってたのにそうすることもできなくなってしまった。何だよ一体。そんなこと俺に聞かなくたって…。
俺は取敢えず、一番無難そうな合皮のストラップを勧めた。アカネだったらこれが一番似合いそうだなって思ったからだ。でも、例えばアカネがこれを付けたからといって、俺がそれを見ることはないんだろうな。…なんて、考える。
「そうか、じゃあこれにしよっと。じゃあ、このストラップ2つ下さい」
「は?」
「あれ、何かおかしなこと言いました?2つ、お願いします」
「あ…は、はいっ」
俺はそのストラップを2つ手に掴んだ。そうしてレジに向かおうとする。
が、そのとき。
「……なあ、店員さん。傍にいたいなんて言ったくせに、自分からどっか行っちまうヤツの心理ってどんなもん?」
背後から、そんな言葉が聞こえて、俺は思わず立ち止まった。
「本気で傍にいたいって思ってくれてんなら、俺の前から消えたりすんなよ。電話しても出ないし、待ってても帰ってこないし、俺どうしたら良いんだよ。どうしたらお前は帰って来てくれるわけ?」
「…お客様、お会計――」
「俺はお前の傍にいたいんですけど」
少し怒ったような声音で、そんな言葉が響いた。俺の心臓はドキンと鳴って、もう少しで心停止でもしそうなカンジだった。
傍にいたいって…アカネが?俺の傍にいたい、って?
まさか、そんな…!
それは俺にとって信じられないような言葉で、だけどめちゃくちゃ嬉しい言葉だった。何だか告白されたみたいで、無意識に顔まで赤くなってくる。ヤバイ。ヤバイよ。今仕事中だし、そうだ、こんな話してる場合じゃ…!
「あ、あの、もうお会計で宜しいですよねっ」
「こっち向けよ、ジュン」
「お客様、あちら――」
「こっち向け」
グイッ、と腕を掴まれて、俺は強制的にアカネと顔を合わせるハメになった。絶対赤くなってる顔をアカネに見られるのが嫌で、俺はすぐさま顔を背ける。俺のバカ!やっぱり逃げてる!アカネはちゃんと俺を向いて話してくれてるのに。
「あ、あの一番下のやつ、ちょっと取って」
「は…?」
「あれあれ、一番下の段にかかってるやつ。あれも買う」
「え?あ、あれ…?」
いきなりそんなことを言われて、俺は言われるままにしゃがみこんだ。アカネと顔を合わせないで済むから丁度良いやなんて思った俺は最悪だったろう。
俺がしゃがみ込んだ瞬間、隣のアカネが一緒にしゃがみこむ。そして、唐突に後頭部をわしづかみにされた。え?って思って思わずアカネの方を向いた瞬間、突然アカネの顔がドアップになって俺の目に映し出された。と、同時に、唇に生あったかい感触があった。
え…う、うそ!?
そんな、そんな―――――え、ええええ!?
驚いて目を見開いた俺の前で、アカネが笑った。
「大好き」