「――――それは……お前だ」
その瞬間、羽の生えたギルはボトリと地面に落ちた。羽有りギルの隣には銃弾がプシュ~と煙を吐いている。それはヴィンセントの銃弾だった。
「………は?」
クラウドはただ一言そう口にする。
今何と言いました?
何だか値段が聞こえなかった気が……??
そんなふうに思っていると、親切なヴィンセントはもう一度ゆっくり丁寧にこう繰り返してくれた。
「だから……私が欲しいのは、お前だ」
「――――!!!?」
鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をして固まったクラウドは、呆然とヴィンセントの方を見やった。
しかしここで忘れてはならないのは、クラウドが下着一枚という格好だということだ。…はっきり言って、かなり絵にならない。
「クラウド、どうだろうか。私達はまだ出会ってから間もないとはいえ、それほど知らない仲ではなくなった。―――――私は駄目だろうか」
「え。いや、別に、その、駄目とか思わないけど、でも、あの、その」
何だか良く分からない展開になり、クラウドはどうしたものか分からなくなってしまった。頭の中にあった計算機ももう既に「AC」ボタンが押され更には電源まで「OFF」されている。
あれ…おかしい。
何かが違うような???
でも確か、ヴィンセントの欲しいものは絶対にと思っていたワケで、つまりそれは、それということであって、そうなると………
そう―――つまり。
ヴィンセントの欲しいものは絶対に買ってあげると決意したわけだから、そこに品物を代入してみると、“クラウドをあげる(絶対に)”となるわけである。
「…分かったよ、ヴィンセント」
クラウドは無意識にそう答えていたが、それはヴィンセントにとっては立派な“答え”となっていた。
当のクラウドはそれに気付いていないという具合である。
「クラウド……本当に良いのか?」
そう聞かれると、クラウドもこう答えることになる。
「良いんだ。俺はヴィンセントにだけは、って思ってたんだから」
これはハッキリ言えばギルの話だったが、あまりにも大きな勘違いを呼ぶ言い回しであった。
ヴィンセントにしてみれば「まさか」という感じだったが、この局面でそう答えられて嬉しくない筈も無く。
「クラウド……私は嬉しいぞ」
「いや。どういたしまし……てッ!!??」
そう答えた瞬間、クラウドはヴィンセントの下敷きになっていた。
「え?え?え?ちょちょっと、ヴィンセント…っ!?」
何がどうなったのか理解しきれていないクラウドに、ヴィンセントは、
「大丈夫だ」
と、クラウドにしてみれば相当不安な言葉を口にする。
ギルのことで頭いっぱいだったクラウドは、ヴィンセントの言葉の意味も、自分の言った言葉の意味も理解しないまま、何だかそういう展開へと流されていった。
「ん~…」
ギルは確かに守ったし、出費は無かったけれど、果たしてこれはどうなのだろうか?
そう思ったものの、ギルの計算でお疲れだったクラウドの脳が、すでに事態の軌道修正を放棄していたのは言うまでもない。
そんなだから、クラウドはまたしても惨事に見舞われることになる。
「いてえええ―――っっ!!!!」
それは、甘い雰囲気のなかに落とされた殺人的な痛みであった…。
翌朝。
クラウドを待ち受けていたのは、腰痛だけではなかった。そう、大惨事が起きていたのである。
その朝、そんな大惨事が起きていたにも関わらず、クラウド以外の人間は結構幸せそうな顔をしていた。特にヴィンセントはいつもの彼にあるまじき微笑を絶やさなかったものである。
――――つまり、ムンクの叫びになったのはクラウドだけだった。
何がってそう、昨日の夜クラウドは“やってしまった”のだ。やってしまったといっても、いわゆる“ヤってしまった”ではない。
それが何かというと、カンカンに怒っている宿屋の主人がそれである。
「ちょっと困るんですよお客さん!床を壊されちゃコッチも商売できねえんですからァ!」
そう……昨夜クラウド、痛みで絶叫したと同時に暴れ、部屋の一部を破壊してしまったのだ。
その後、痛みが快感にかわって思わず陶酔してしまった自分が馬鹿だったと思わざるを得ない。
嗚呼――――この床をどうしてくれよう!?
しかしヴィンセントに文句を言うのは間違っているし、そもそも破壊してしまった部屋はクラウドの部屋だったので仲間の誰しもがクラウドを責める事になる。
で、最後の通達。
「ちゃあんと弁償して下さいよっ!!65000ギル!!!」
がび―――――ん!!!
65000ギル……!!
それは愛しのあの武器と同じ値段である。
結局ヴィンセントの欲しいものが無料(?)だったワケで、払おうと思えば払えるわけだが、これでとうとう本当にあの武器とはオサラバになってしまうと思うと涙がちょちょぎれる思いだ。
「クラウド、払えよなァ」
「ちゃんと払ってよ、もう!」
しかし仲間の視線と言葉は棘の如くで、クラウドは渋々修理代として、折角貯めた65000ギルを支払うことにしたのだった。
………と、言いたい所だったが。
「――――え!!?」
大切な財布を覗いたクラウドは、驚いて目を見開いた。あまりの驚きに目ん玉が飛び出るかと思ったほどだ。
だって財布の中には………
「えっ!?さ、3000ギル…!?」
そう、3000ギルしか無かったのだ――――!
何故に!?どうして!?
そう思ってクラウドが反射的に皆の方を見遣ると……皆は、ニッと笑っていた。
ユフィなんかはもう既にナハハ笑いである。
そして彼らの言い分はこうだった。
「指圧やんなきゃ戦えねえよ」
「キューティクルが完璧じゃないと戦った後の決めポーズがイマイチなんだもん」
「腹が減っては戦はできぬ、ってね!」
「わりィわりィ。使い込んじまったわ」
マトモなのはやっぱりケット・シーとヴィンセントだけだった。
ケット・シーなどは本当に済まなそうに、
「すんまへん~いらないって言ったんですけどね~オイル買いだめしろしろって皆さんが言いはるんで、お言葉に甘えて~」
と言った。…まだマトモだ。
ヴィンセントはその状態が理解できないようだった。
そんなわけで、残金3000ギル。
クラウドが50ギルで買った帳簿+ペンセットで初めて書かれた項目――――…
適用 | 支出 | |
バレット | 8500 | 指圧 ※有名な先生 |
ティファ | 19000 | ヘアトリートメント (縮毛矯正付)※有名なショップ |
ユフィ | 10000 | ゴハン(フルコース) ※有名シェフのデザートつき |
シド | 27000 | ギャンブルその他 |
ケット・シー | 500 | オイル (1カートンの特価品) |
ヴィンセント | 0 | |
みんな | 0 |
―――――以上、しめて62000ギル…。
しかし悲しいことにクラウドの欄に書かれる予定の“65000ギル(修理代)”が一番高かったことは言うまでもない。
という訳で、ー62000ギルになってしまったクラウドは、一週間アッシー+出稼ぎという悲しいフィナーレを迎えることになった。
それに優しい言葉をかけてくれたのはヴィンセントだけだった。
「私が手伝おう、クラウド。だから元気を出せ」
「ううっ…ありがと~ヴィンセントっ!!」
――――クラウドがヴィンセントを、篤く篤くあつ~く信頼するようになったのは言うまでもない。
嗚呼、65000ギルの憂鬱。
けれどそれは、誰かにとっては、ちょっぴり密の味の「憂鬱」であった。
END