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愛鍵:ツォン×ルーファウス
「合鍵が欲しい!」
唐突そうせがんできたルーファウスに、ツォンはビックリしたものだ。
合鍵――――それは“いかにも”なアイテムである。
合鍵を持つというのはつまり、勝手に相手の家に上がりこむ権利があるということで、お互いそれを許可し合っているということである。
まあそういう意味では合鍵を作ってルーファウスに渡しても問題は無いかとは思ったが……しかし。
要は、必要性の問題である。
そう――――そもそもルーファウスはツォンの家になど来たことがない。
それにも関わらず合鍵が欲しいというのはどういうことなんだろうか?
「あの、お言葉ですが。ルーファウス様、私の自宅をご存知なんですか?」
「知らない」
「……」
全く訳が分からない。
自宅を知りもしないのに合鍵だなんて一体全体何の意味があるというのだろう。
しかもツォンが思うに、ルーファウスはツォンの自宅の場所を知ったところで、多分そこに足繁く通うなどということはまず無いのだ。
何故ならルーファウスの自宅はほかに類を見ないほど快適だったし、そもそも今までのデートらしき時間の中でツォン宅が使用されたことなど無い。
そう、今迄何度か自宅という場所で時間を過ごしたことがあったが、それは大体ルーファウスの自宅だった。といっても、始めから自宅で過ごそうと言ってそこに行くわけではなくて、要はもののついで、という具合。
大体外で用事を済ませた後、まだ帰りたくないとルーファウスが言うものだから、じゃあ少しだけ…などと言って、送ったついでにその自宅に上がる―――というのがパターンだった。
故に、ツォン宅など存在すらない。
「…あのですね、ルーファウス様。私の自宅の合鍵など、持っていても使うことなんて無いでしょう?それをわざわざ作るというのはあまりにも無駄で……」
「嫌だ!絶対欲しいんだ!作ってくれ!!」
ツォンの言葉を遮るべく、ルーファウスは叫びに近い声でそう言う。
普段そこまで必死に何かをすることもないルーファウスなので、ツォンはついつい圧倒されてしまったものである。
「な、何をそんなにムキになるんですか?」
「ムキになんてなってない。欲しいんだ、ただそれだけなんだ」
「いや、ですから。何でそこまで欲しいのかってことをですね…」
「もう!どうでも良いから作れ!!」
ツォンがなかなか肯定しないことに痺れを切らしたのだか、ルーファウスはとうとう命令の如くにそう言って、フイ、とそっぽを向いてしまった。これにはさすがのツォンも困惑してしまう。
とはいえ、ルーファウスの我侭は元々知っていたから今更反論する気にはなれない。だからその態度に対して怒ることはしないが、しかしそれにしても理由が気になる。
何でそこまでして合鍵などが欲しいのだろうか…――――分からない。
「全く…」
しかしそこで延々考えているわけにもいかず、結局ツォンは合鍵を作ることにした。ルーファウスの望み通りに。
その合鍵が完成したのは翌々日のことだった。
いや、正確にいえば注文したその翌日には出来上がっていたのだが、ルーファウスの手に渡ったのは翌々日のことだったのである。
合鍵を手にした時のルーファウスは、いつもからは想像できないくらいの喜びようだった。
何故そんなに喜ぶのか…というより先に、何故それほど合鍵が欲しいのかということが分からなかったツォンは、やはり首を傾げたものである。
「ありがとう」
素直にそう言われて、ツォンは何だかムズ痒い気がした。
確かに合鍵というアイテムは、そこそこの関係では手渡すことが不可能なアイテムである。何せすべての秘密が明かされるのだから、本来はもっと慎重に考えねばならないことなのだろう。
しかしツォンには、特に隠すような事実も無かったし、これといって自分の家にもこだわりが無かった。
だから、仮にルーファウス以外の人間がその合鍵を持っていていきなり家に侵入してこようと、盗難以外の目的ならこれといって焦ることもないわけである。
つまりツォンにとって、ツォン宅の合鍵というものは、それほどの価値が無かった。
だから――――もしルーファウスがその合鍵に一種特殊な意味を込めて喜ぶというなら、それは何だか申し訳ない気がしたのだ。
何しろ合鍵に対しての重要度は、ツォンとルーファウスでは天地の差だったのだから。
ルーファウスはその合鍵を握り締めて、にっこりと笑う。
ツォンは、何も言えないままそんなルーファウスをみつめていた。
その合鍵は、ツォンの想像した通り、やはり使われることがなかった。
相変わらずデートをする時には外で用事を済ませたし、ルーファウスがまだ帰りたくないと言えば、ツォンの方がルーファウスの自宅へと上がっている。
そんなことの繰り返しだったので、ツォンは心中、やはり合鍵は必要性が無いのでは…と思っていた。勿論、口には出さない。何しろそれを口に出したら、あの時あれほど喜んだルーファウスを否定することになってしまうから。
とはいえ、疑問は疑問。気になるものである。
だからなのか……ある日の午後、ツォンはそれをポロリと口にしてしまった。
それは、いざこれから食事を、という状況での出来事だった。
「合鍵、使う機会が無いですよね」
高級料亭といっても過言ではないそこで、豪華な食事を目の前にし、ツォンはついつい世間話の延長でそんなことを言う。というのも、今迄していたのが自宅の話題だったからである。
神羅には社宅があるが、そこは近々増築されるという。ルーファウスは勿論、ツォンもその社宅には住んでいなかったが、一般社員でそこに住んでいるものは多い。
そしてその社宅の話をしていた際、ルーファウスがたまたま施錠のネタを振ったのだ。施錠をしっかりしないものだから盗難事件も多くて、と。
「使う機会が無いっていうか、使う必要なんか無いだろう」
「―――――はい?」
ツォンの眼が点になったのは言うまでもない。
だってそれは常々ツォンが疑問に思っていたことであり、更にはルーファウスが「作って欲しい」と言った時でさえ疑問だったことである。
ツォンは以前その必要性の無さを口にしたことがあり、ルーファウスはその時にはそれを無視したのだ。
それを今になって「無いだろう」なんて、それこそ無いだろう。
「…ルーファウス様。失礼ながら、合鍵がどういう理由で存在しているかご存知ですよね?」
「バカにしてるのか?知ってるに決まってるだろ、そんなの」
「いや、しかし。だったら何故そんなふうに言うんですか。使う必要が無いなら作る必要だって無いじゃないですか」
「それは違う。作る必要性はある」
ツォンはまたもや目が点になった。
一体何を言っているのだろうか、ルーファウスは。
そもそも合鍵なんていうものは使う為に存在しているのに、使わないくせに作るだなんて意味不明である。
しかし少ししてツォンは、こんな事を思った。
ルーファウスは合鍵を使おうだなんて思っていないわけで、つまりそれは使う為に合鍵が欲しかったのではなくて、単に合鍵というアイテムが欲しかっただけなのではないか、と。
それはつまるところ、こういう事である。
“自分はその人の家に勝手に上がりこむ権利がある”。
この場合、例え使わないとしてもそれを持っていること自体がステータスなわけである。
「なるほど…」
そう考えて、それなら妥当だなどとツォンは唸った。
しかし、そんな権利を今更誇示する必要などどこにも無い。
何せツォンはルーファウスに対して何かを隠しているわけではないし、何かを頼まれた場合にこれといって断ることもない。浮気らしきものをしているわけでもない。
ルーファウスが今更そんなふうに所有権らしきものに拘っているとしたら、それこそ要らぬ心配というものである。
とはいえ、そういうふうに思っていることを今まで口で告げたことはない。だから、実際にその気持ちをルーファウスが理解しているかどうかは良く分からない。
「まあ…何でも良いんですけどね」
ツォンはそんなことを言いつつ、眼前の料理に手を伸ばした。
ルーファウスはツォンより先にそれに手をつけていたが、「そうそう」などと言って、もうすっかりその会話とは思考が離れているようだった。
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