密かな願い(3)【ツォンルー】

ツォンルー

 

「ルーファウス様、そろそろ良いですよ」

何がどう良いのかはこの際置いておいて、ともかくツォンはそう言ってルーファウスの指を引き抜いた。

そうしてからその身体を抱き寄せると、優しい仮面を被って抱きすくめたりする。しかしそれも僅かな時間で、暫くしてゆっくりと体を引き剥がすと、満面の笑みで腰をグイと引き上げた。

抱きすくめたその距離のままで引き上げたものだから、そのときの二人はすっかり肌が重なり合った状態である。胸の辺りがスイ、と摩擦されていく。

「ツォン…?」

不安そうな顔つきになったルーファウスは、そう口にしながら眉を顰めた。しかしそうした表情も、あの行為の後だからか、すっかり気持ちよさに濡れた状態である。

実際どの程度ルーファウスが感じていたのかツォンには分からなかったが、その顔を見れば大体は察しがつく。

けれどここでツォンが察したことは、ルーファウスが危惧したような軽蔑心に似たようなものでは決してなかった。 

何しろツォンはただ、嬉しいだけだったから。

「ルーファウス様。この後どうするか…分かりますよね?」

またもや疑問系でかけられたその言葉に、ルーファウスは無言でツォンの顔を見遣った。

この後―――――。

これほどぴったりと肌が重なっていて、しかも上手い具合に腰まで引き上げられていて、更にいえばこんな空間なのだから、その答えなど分からないはずが無かった。

だってあまりにも簡単なのだ。

引き上げられた腰を、少しでも下降させたら…そう考えると。

「やれ、って…言うつもりだろ…」

不本意な面持ちでそう言うルーファウスに、ツォンは満足そうに頷く。勿論その通りだと言わんばかりに。

ツォンのものを口に含んでいた時分のルーファウスだったらば、多分こんなふうに自ら問うことはなかっただろう。それなのに自らツォンに問うたのは他でもなく、本音がツォンと同じところにあったからである。

まだ抜けぬあの違和感。

だけれど残る快楽のかけら。

それを思うと、意地悪なツォンのやり方を待つのでは遅すぎるのだ。

「……」

ルーファウスは、無言で手を伸ばした。

片方の手はツォンの肩を掴んでいる。もう一方の空いた手、これは先ほどまで自身に愛撫を加えていた手だが、それでもってツォンの勃起し切ったそれをスッと握りこんだ。そしてそれを軸に、自分の腰をゆっくりと落としていく。

さすがに指とは違って容易に受け入れてくれないらしいルーファウスのそこは、やはりツォンの手助けが必要だった。だから、ルーファウスはそれを目線だけで訴える。

しかしツォンは、その視線に気づいても尚、己の手を動かさなかった。

仕方無い、そう思ったのか、ツォンの肩から手を離したルーファウスは、その手で己のそこをこじ開けた。閉じようと反発する内肉を指で左右に押し広げると、そこにゆっくりとツォンの性器を誘導する。

ツォンは、そんな様子のルーファウスをじっと見詰めていた。

「入りましたか…?」

「う、ん…」

ルーファウスはそう答えたが、実際ソコはそれほど深くツォンを受け入れてはいなかった。先端だけがかろうじて許可された、くらいの話である。

ツォンはそれを見抜いているらしく、こんなことを言う。

「駄目でしょう、ルーファウス様。貴方が動かないと気持ちよくなんてなりませんよ?」

「や、だ…っ、そんなの」

「何故です?だって気持ちよくなりたいでしょう?私は動きませんよ」

何ということか、ツォンはそんなことを宣言した。

確かに今日の意地悪いツォンならそれは当然のことだろう。此処までルーファウスの手だけを煩わせてきたのだから、次のステップに行っても同じこと…つまりルーファウスだけが何かをするという「奉仕」の形を取るに決まっているのだ。

そういう意味では、ルーファウスが動かなければ快楽どころかコトは一歩も進みやしない。

ツォンが快楽を感じることも、ルーファウスが同じようにそれを感じることも、全てルーファウスの動き一つにかかっているという訳である。

変なものだが、それは妙なプレッシャーすら生んだ。

「も、う…っ!」

微かにジレンマを感じたルーファウスだったが、それでも最後にはそれを承諾した。つまり、自分が動くことを受け入れたのである。

尤も、先端だけしか埋められていないそこを完全に埋めるためにも、それは必要なことだったのだが。

ルーファウスは一旦腰を浮かせ、その後に少し沈んでみせた。

その動作を緩やかに数回繰り返すと、悔しいことにルーファウスの身体はツォンを徐々に受け入れ始める。しかももっと悔しかったのは、そういう動作と共に快感すら覚えたということだろう。

さっきとはまるで違う。

当然なのだろうが、それが妙に新鮮さを感じさせた。

さっきまでは僅かな摩擦だけでツォンという人を感じていたのに、今は違う。身体の一部が溶け合うみたいに、一つになる。

それは自然とルーファウスを喘がせた。

「う、んんっ…」

無意識に閉じた目。

瞼の裏に、さきほどツォンの言葉によって思い浮かべたあの光景が、また蘇る。それはいつだかのセックスで、自分が経験したことだった。

思い浮かべた光景のなかには、勿論ルーファウスが奉仕するようなシーンは一つもない。いつだってツォンが快楽の為に身体を酷使した。

それを思いながらルーファウスは、ツォンに何かを言われずとも自らの意志で律動し始める。用済みの両手の平でツォンの肩と腕を押さえながら、足の筋肉を使う。

ずぷりと入りこむ感覚と、抜け出る感覚。それが交互にやってきて、その往復が何とも言い難い快感を呼び起こした。

欲しいだなんて絶対に口にしたくないし態度にも示したくないのに、その何とも言い難い感覚はルーファウスに先を急がせる。それは、言葉を発さずとも「欲しい」と告げていることに違いない。

「あ、あっ、は…っ!」

快楽に支配される脳の片隅で、ルーファウスはこんなことを考えていた。

ツォンは、どう思っているんだろう?――――と。

こんなふうに自ら腰を振り、どうにもならないほどに感じている自分を見て、ツォンは一体どんなことを思うんだろうか。

いつもされるばかりだったからそれが当然で何も考えたりしなかったが、受身であった自分がこうして能動的にツォンを求めてしまうのは何だか悪いことのような気がした。

先ほどチラリと思ったことだが、もし軽蔑なんかされていたらたまったものではない。

いくらツォンの誘導のもとの行為とはいえ、結局自分で選んでこうしてしまったことには変わりない。だから、そう思われても仕方がないのだ。

そう思うと、自分が異常に淫らなことをしているようにさえ思えてくる。いつも当然のことのようにしてきたセックスが、何だか自分を貶めているかのようで。

「ルーファウス様…」

はあはあと喘ぐ中、すっと薄く目を開けると―――――その先には、ツォンが見えた。

ツォンは、やはり半開きの眼をしてルーファウスを捉えている。

いつもの半分の視線なのに、それでもそこから発せられる何かは、いつもの倍ほどの感覚をルーファウスにもたらした。

何だか、ドキリ、とする。

しかしいくらドキリとしていたって、それよりも先に下半身からの快楽がきてしまうから、それはすぐさま掻き消されてしまう。

けれど、妙だった。かき消されたはずのそれは、下半身からくる快楽とは全く別のものなのに、それでも興奮を呼び起こすのである。

そんなことをうっすらと開いた目の中で考えていたルーファウスは、ああ、これはつまり快楽の種が違うのだ、ということを考え始めた。

今、律動からくる快楽は、体が感じる快感。

そして、ツォンの視線からくる興奮は、脳が感じる快感。

「何を考えてますか?」

「ん、んん…?」

ふとそんなふうに言われて、ルーファウスは喘ぎ声でもってそれに答える。するとツォンは、ルーファウスの首をグイと引き寄せて唐突な口付けをお見舞いした。

そして、

「余所見は、駄目です」

そんなことを言う。

しかしルーファウスの考え事は大体ツォンに関することだったのだから、そんなふうに言われる筋合いは基本的には無い。

が、ツォンは何を思ったのか、またもや突然ルーファウスの身体をグイと持ち上げると、それをそのまま後ろに押し倒した。

「あ、っ…ツォ、ン…っ」

何だ一体?、そう思う暇もなく、”いつもの体勢”になる。

”いつもの体勢”になると、そこには見慣れたツォンの姿があった。

「…私の負けです」

ツォンはそんなふうに言って少し笑うと、そのままルーファウスの肌に舌を這わせる。そこからは”いつも通り”の順序で行為が続き、今さっきまでルーファウスの中にあった何かはすっと消えていった。

負け。

折角のレアな奉仕だったのに。

でも、仕方がない。

だってこんなに興奮してしまっては、これ以上は抑えられない―――――これがツォンの最終的な結論だった。尤も、その興奮の元はといえば、先ほどまでの奉仕であることは確かだったが。

そんなふうにいつも通りに戻っていくセックスの中、ルーファウスはこんなことを口にした。

「…余所見はしてないぞ、言っとくけど」

ポツリと。

 

 

 

翌日。

いつも通りの日常に返ったツォンは、昨日の奉仕を思い返しながら、仕事の手がスッパリと止まっている状態であった。

「…悪くなかったな」

もう二度とあんな事はないだろうな、などと思いながらも頬を赤くさせたりするツォンの脇には、茶を手にしたルードの姿がある。

ルードは訝しげにツォンを見やりながらも、茶をすっと差し出した。

「…主任…茶…」

「ああ、悪いな」

手にした茶をズズ、と啜るツォンの頭は、未だに夢の中である。

そんな明らかにおかしい態度のツォンを横目にルードは無言で去っていったものだが、心の中では何かあったな、などと思っていた。が、ルードがそれを知る由などない。

恋人からの奉仕―――――それは些細で密かなツォンの夢。

たった一度だけでも良いと願い、そして叶った夢だったが、人間一度その蜜を舐めるとどうやら病みつきになるらしい。

というわけだからツォンは、どうにかもう一度くらい献身的なルーファウスの姿を目にできないものかと考えていた。勿論それは、その奉仕を受けた後の自分の興奮度への期待も含め、という事である。

しかし、どうやらそれはそんなに甘くないらしい。

『ツォン、仕事は何時間かかっても良いからじっくりやれ』

…ルーファウスはあの日以降、仕事を急かすことをしなくなったのだった。

 

END

 

 

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