「この前、うちに来たみたいだな。その、昼に。それで…あいつに会ったんだろう?」
「ああ、スティン…でしたか。ええ、会いました」
にっこりと笑ったツォンは、広げられた書類や図面などを片しながらも、
「とても優しそうな人ですね。ルーファウス様と同居されていると聞いてヤキモキしましたが、何だか安心しました」
そんなことを言う。
それを聞いてルーファウスは思わずホッとした。この前のツォンの言葉とスティンの言葉が、何だか気になって仕方なかったのである。
ツォンはスティンと同居していることに納得できない様子だったから、その思考のままスティンと会ったとなれば、スティンのあの感想も頷けるのではないか、と。
しかしそんな危惧を払拭するような言葉を受けたルーファウスは、安心し、ツォンへの愛情を再確認することとなった。
「そうか、良かった。スティンが変なことを言っていたから、少し気になって」
「変なこと?」
「ああ。お前の事が恐いんだそうだ。思わず笑ってしまったんだけどな」
まだお前の事を知らないからな、あいつは、そう続けて笑ったルーファウスに、ツォンも同じふうに笑う。ルーファウスの言葉に同意するかのように。
「そうですね、彼はまだ私を知らないから仕方ありません。しかし初めてですよ、そんなふうに言われたのは」
「ああ、お前の事を知っている人間だったら持たない感想だな」
再度小さく笑いあった二人は、そのまま今夜のことについて話し始めた。今夜仕事が終わってからどうするか、ということである。し
かしそれも大体同じコースを踏むと分かっていたので、相談することといえば時間くらいで、その程度のことは直ぐに決まってしまう。
「じゃあ、また今夜」
昼休みが残り僅か20分となったころ、やっと話を終えた二人は簡潔な別れの挨拶をすると、それぞれの時間へと戻っていく。ルーファウスは遅い昼食を摂りにその場を後にし、ツォンは依然タークス本部に留まる。
タークス本部に一人きりになったツォンは、先ほど決めた今夜の予定を思い返しながらそっと電話に手をかけた。
仕事が終わり、夜になる。
約束通りツォンと会っていたルーファウスは、いつも通りのコースのあと、ホテルの一室に身を置いていた。時刻はもう既に11時過ぎで、ふっと脳裏にスティンの顔が浮かぶ。
そういえばいつもこうしてツォンと会う時には連絡を入れていなかったなということを思い返し、たまには連絡を入れようかと思ったが、そうこう考えている内にツォンの手が己の身体を包み込んだものだからその思考もプツリと途切れてしまう。
いつかのように悶々とした気分でない限りはすぐさま抱き合う形になるホテルでの時間、それは今のルーファウスにとっては幸せなものだった。
ただ、今日は少しだけ引っかかりを覚えたこともあり、抱きしめられた瞬間にふと、あの日中のルードとツォンの姿が浮かんだ。しかしそれも囁かれる甘い言葉には負けてしまうらしく、あのとき感じた引っかかりなど間違いなのだろうと解決する。
かつてのように、自分は不必要なのではないか、などという恐ろしい危惧はもうどこにも無いのだ。何処にも無いはずなのである。
何しろツォンは、その言葉も、笑顔も、ベットでの行為も、あまりにも優しかったから。
「あっ、あ…」
お互い脱ぎ合って曝け出した肌を重ねると、ツォンの指先は着実にルーファウスの感じる所を愛撫した。首筋から伝う舌先が肩に落ち、胸に落ちる。
時折、重ねた指先にキスをしたり太股にキスをしたりしながらルーファウスの両ひざを擦るようにして下がっていくツォンの身体は、丁度性器の辺りですっとその動作を止めると股間に愛撫を加え始めた。
グイと広げられた両足の間に走る快感は、ルーファウスの呼吸を乱れさせる。
「ツォ…ン…んっ、ん…」
舌と指とで愛撫された性器は興奮のままに勃起し、本能のままに精液を吐き出そうとルーファウスを昇り詰めさせた。その上昇はこんなふうにホテルで甘く過ごす夜には著しく、本意とは裏腹に早々に頂点へとやってくる。
ツォンの口内にあったルーファウスの性器は、その中で十分に充血しきり、やがてはその湿った空間の中で射精するに至った。そうそう多いことではないが、今までにも何度かこんなふうに絶頂を迎えたことがあった為に違和感はない。
そんなふうにルーファウスが果てた後、ツォンは口内に白濁した刺激液を残したままに性器の下方へと顔を遣った。ただでさえ大きく広げた足を更に広げるようにすると、今度は上に持ち上げる。そうして露になった秘部に舌先を絡ませると、口内にあった液体を其処に落とした。
だらり、と垂れていく精液。
それを指先で掬うようにして秘部に押し入れると、体内でそのぬめりを得た指先がどろどろになって愛撫を潤滑にさせた。
幾度と無く繰り返してきたセックスで慣れたのか、ツォンの指を咥え込むそこはそれほどの苦痛をルーファウスに与えることはない。一本の指に軽々としゃぶりつくルーファウスの体内は、これから得るだろう大きな快楽の為にそれ以上のものを要求した。
「ルーファウス様…痛いですか?」
「大丈夫…」
乾いたもう一本の指を同時に差し込んだツォンに、ルーファウスは気丈にそう答える。しかし顔は僅かきつそうに歪んでいた。
それを見てツォンは笑って息をつくと、その二本の指で激しく其処を愛撫する。そうするうちに乾いた指もやがて体液と精液とで潤滑を得たのだか、動きはスムーズになっていった。
「もう…大丈夫そうですね」
「う…ん」
指を抜き去ったツォンは、自らの腰を上げると、何時の間にか勃起していた自分の性器をぬめった其処に押し当てる。拒否するように窄んだそこを指で拡張すると、その間に膨張した性器を押し込め、最後には身体ごと力を前進させた。
「あっ、ああ…!」
痛みに顔を歪ませたルーファウスは、きつくシーツを掴みながらも顔を背ける。ピンと張り詰めたような首筋は白さを浮き彫りにしながらツォンの目に入り込み、やがてズズ、と体内に侵食したツォンの性器を興奮させた。
何度か律動を加えて根元まで入り込んだそれは、ルーファウスの奥にあるものを刺激し始める。何度も何度も突かれる感覚、それがルーファウスを再度陶酔させた。
「ツォ…ン…!」
「…ルーファウス様…」
何時の間にか半開きになったツォンの瞼の中には、悶え喘ぐルーファウスの姿が映っている。それはこのホテルでしか見られない最高の興奮の瞬間だった。
しかし。
「あっ、あ…はあ…ツォン…こ、この前…」
「どうしました…?」
さすがに呼吸も荒くなる中、ツォンはルーファウスの言葉に耳を傾ける。
するとルーファウスは、「この前」という言葉について、こんなことを言い始めた。
「この、前…っ…へ、部屋でした時…すごい、興奮…した…んだ」
「…え?」
俄か現実に戻ったかのようにそう聞き返したツォンに、ルーファウスは溺れきった眼で愛していると訴える。それだからツォンも同じようにその気持ちを言葉にして返したが、その表情は何故か妙に切なげだった。
しかしその表情について考える余裕など今のルーファウスにはあるはずもなく、ツォンもそれの理由を口にすることはない。だからその身体の繋がりの中で、ツォンはただその人に快楽を与えることだけに専念した。
奥深くまで突き、奥深くまで愛して。
「―――私は貴方を本当に愛している。…だからどうか」
「あ、あ…っ!…はっ…うっ」
愛しい人を見詰めながらツォンが告げる言葉。
「どうか…今の私を信じて下さい」
「ツォ…ン…っ!」
その動きと愛情とを比例させるかのような激しい律動の中で、響く言葉。
「“私だけ”を信じて下さい…―――」
仮面を見破ることは、困難なことである。
しかし、仮面の下の素顔を受け入れるのは、更に困難なことである。
願わくば、その仮面が真実でありますように。
そう思う、誰しもにある弱い心。
それを守護法という。
某日、午前11:00。
あまりに満たされている日々、その中でルーファウスはDICTの事を考えた。
そういえばあれ以来DICTには顔を出していないが、あのクラブでは未だに色々な取引や契約が行われているのだろう。しかしそれも今となっては、何故知ってしまったのかというくらい陳腐なもののようにルーファウスには感じられた。
こんなにもツォンを愛していて、信じている。
その現状の中では、DICTへの出会いなど意味のないものとしか言いようがない。要するに、DICTに行く必要性すらなかったということである。
といっても勿論、あの時はそれなりに心が病んでいたから仕方なかっただろうが、それでも今となっては笑い話みたいに思えるのだ。
DICTに行かなければ、スティンと契約することはなかったはずである。
そうすればスティンと出会うこともなかったろうが―――…。
「この先…どうすべきか」
チラ、とスティンの事を思い浮かべ、ルーファウスは手にしていたペンを置いた。
デスクでの考え事とくれば仕事のようだが、その実、心の中にあるのは全く別物である。
スティンはとても良い人間で、今ではまるで友人のような存在になってしまった。勿論スティンの中でのルーファウスはご主人様であるが、それでもルーファウスにとっては色んなことを話す相手、ひいてはいつも帰るとそこにいる人間になってしまっているのである。
それは悪いことではないが、果たしてこの先ずっとそれが出来るだろうか―――それを考えると答えは藪の中だった。勿論そうできないことはないだろうし、まさか契約を破棄するなどという酷いこともやりたくはない。
しかしあの契約は一生のものである。
一時的な感情の発露で契約したものの、この先ずっと死ぬまで彼を傍におくことを考えると何かしらを変えていかねばならない。
例えば彼は勉強熱心だから秘書に近い仕事をさせるとか、そうでなくてもどこかに働きにいかせるとか…それはルーファウスにとっての利点というよりもむしろ、スティンにとっての利点を考えた上でのことである。
DICTの契約があるからといって、誰が監視しているわけでもない。
強いていえば監視役はルーファウスみたいなものである。
だとしたらルーファウスは彼を監視しようとは望んでいないのだから、彼がやりたいことをそのままやらせれば良いことになる。しかし契約上、彼にはご主人様に逆らえないという条件があるから、どういう事をさせるにしろルーファウスの口からそれが発せられる必要があった。
だから、考えてみる。
彼とて一人の成年男子なのだから、人相応に働き、友人を作り、大切なものを作ってくれたならば、それほど喜ばしいことはない。つまり奴隷としてではなく、一人の人間としての生き方である。
そうする為に、彼に言うべきこと。それは一体何なのか、そしてまず彼にできる事は何なのか。
「まずは私の近くが良いな。神羅での経験があれば、後はどこでも大丈夫だろうし…」
非常に社会的な側面からそんな事を考えていたルーファウスは、あれこれと考える中で無意識に笑みを漏らしていた。
まるでどこかの親みたいだ。
同日、午後17:00。
ルーファウス宅では、スティンが読書に耽っていた。
それは先日ルーファウスがプレゼントしてくれた本で、内容こそ難しいものの理解しやすい方法で記されている。主にイラスト図解などで説明されている入門書といっても良いだろう。それを読み進めていたスティンは、時折書棚にある難解な本をチラと見遣っては、またすぐに入門書に目を落とした。
そうして数時間の読書に励んでいた彼の集中力を途切れさせたのは、一つのインターフォンである。
ピンポーン、そう音が鳴って、反射的に本を置く。
しかしこうした来訪には先日のような嫌な思い出があるから、何だか気が重かった。
恐らくこれを無視してもルーファウスは怒らないだろうが、先日の来訪で学んだことからすれば、それに出てもルーファウスはやはり怒らない。となれば、やはり此処は出ておいた方が良いだろうと思う。
スティンは玄関まで進み出ると、静かにドアを開けた。
「はい……―――っ!!」
開けて、目を上げた瞬間、スティンは思わず息を飲み込む。何故ならそこにいた人物が、あまりにも恐かったから。
それは―――ツォンだった。
ツォンは、あの日と同じようにぴったりとスーツを着込んでいるが、あの時のように封筒などは持っていない。一体何の用かと思うほど手軽な様子で、それは自然とスティンを萎縮させた。
「あ…こ、こんにちは」
「どうも」
極短い挨拶を交わすと、スティンは恐れの感情とともに一体どういう用件かと口にする。
するとツォンは、口元だけで笑んでこんな事を言った。
「今日は君に用事がある」
「えっ!お、俺に…!?」
「勝手だが、上がらせてもらう」
「あ!ちょっと待ってください!」