Seventh bridge -すてられたものがたり-(3)【ルドレノ】

*Seventh bridge

Seventh bridge -すてられたものがたり-

第4エリアSランクプリズンは、あの頃と変わらず薄ら寒い空間だった。

二重に敷かれた錠前を門番らしき男が解いていく。

そこから先は呻き声やら啜り泣きやらが入り交じった不可思議な空間が続いてて、小一時間もありゃ狂うんじゃないかってほど異質だ。

カンカン、と足音が良く響く廊下を、俺と同僚が歩いていく。

俺たちの腰には一丁の銃があって、そいつはいつ発砲しても良いように弾丸がMAXに積まれてた。こういうのは武制隊にだけ許されてる。

「久々だと薄気味悪いなあ。とっとと終わらせて帰ろうぜ」

こんな日はかあっと熱くなるテキーラが最高だぜ、そんな事を言う同僚に、俺はそうかな、と返す。

「俺はバーボンが良いな。まあ今日は行かないけど」

「バーボン?はっ!中途半端すぎるぜ」

よく分からない切り返しをされたけど俺は別に気にしないで先を急ぐ。

廊下の両脇には幾つもの独房が並んでて、その中に閉じ込められた人間が奇妙なシルエットを作ってる。

俺達が歩いてるのを見て命乞いする奴もいれば噛み付いてくる奴もいる。

黙って終わりを待つ者もいるし寝てる奴もいる。

命の危機を感じてるのか気が狂っちまったのかマスをかいてひぃひぃ言ってる奴までいる。

「うへぇ!こんなとこで野郎のナニなんて見たくねえぜ」

同僚がそう毒づいた。

それを耳にしたマスかき男がへらへら笑ってナニを見せ付けてくる。

同僚は汚いもんを払うように男に唾を吐きかけた。

「……」

俺は左右に広がる世界を見ながら、考えてた。

これは、列をなす兵士の群れが隠しておきたい世界なんだ。

たまたま律を犯した者、はみ出し者、イカれた奴ら、社会が要らない奴ら。

こいつらはそういう世界を剥奪されて狭苦しい世界を与えられたんだ。勿論それは、社会の列を乱したからだ。窃盗、殺傷沙汰、組織テロ、やったことはそれぞれ違う。はみ出したレベルもそれぞれ違う。けど、何かをしたってことは確実だった。

「おい、ちょっと」

俺はある独房に白髪の男を見つけて声をかける。その男は壁に何かを話し掛けていて、一人で笑ってた。けど俺が話し掛けた瞬間にどこか迷惑そうな顔をしてこっちを向くと、次には俺の顔を見て哀れそうな顔をした。

「おやまあ…ザンバルさんとこのリシトじゃあないか。可哀想にまだそっちにいるのかい」

訳の分からないことを言う白髪に、隣の同僚が、

「何だこのオッサン。イカれてるぜ」

そう言った。

まあイカれてるなんてことは最初から分かってる。けど俺はリシトになりきって白髪に話し続けた。

「ああ、まあな。オッサンは何してんだ?」

「何って、見りゃ分かるだろう?天使様がおいでなすったからに、毎日拝んでる。そっちの世界にいた時はまるで信じられなんだが」

「へえ、天使」

「お前さんには分からんよ。そっちの世界には悪魔がおるからな、悪魔に取りつかれた人間共には見えん。わしも前には見えなかった。でも今は幸せじゃ」

白髪はそう言うなりまたブツブツと壁に向かって話し掛けると、穏やかな顔で笑った。

「完璧イっちまってるな」

同僚は俺の脇をつついてそう言うと、溜息混じりに哀れだなあ、なんて言った。だけど俺は、白髪が幸せそうな顔をしているのが嬉しい気がした。むしろ哀れなのは、やっぱり“こっち”なんじゃないかって。

勿論、俺には天使なんか見えやしない。だけど少なくとも今の俺より、白髪の気持ちの方が充実してるのは確かだった。

カツン、カツン。

俺は更に先に進む。

檻をガチャガチャと鳴らして威嚇してくる奴がいる。天才が紙一重のキチガイに変貌したような奴もいる。そんな奴らに目をやると、奴らはそれなりにこの檻の中の世界に慣れてしまったようだった。慣れざるを得ない現実があるのは分かってたけど、にしても思ったよりは大人しいというか馴染んでいるというか、とにかく背景の一部のようになっていたんだ。

「脱走しそうな骨のある奴、いなそうだな」

俺がそう呟くと、同僚は珍しくマトモな事を意見してくる。

「郷に入りては、って奴だ。此処で暮らすのは辛いけど、大脱走するよかエネルギー要らないだろ。強制的省エネだよ」

「たまにはウマいこと言うな」

「まあな」

省エネモードの同僚は既に疲れてるみたいに無気力にそう言う。そして次には早く帰りたいと言う。その言葉を背に受けて、俺はどんどんと先に進んでいった。

別にサボってるわけじゃない、俺は俺なりに目的があるから道を急いでるだけだ。で、その目的地は随分と奥にあることを俺は知ってた。それは、かつての俺が封印したかつての記憶が眠る場所だったから。

ずっと、ずっと、ずっと、先。

カツンカツンと音が鳴る。

最奥まで行くと、そこにはまた二重になった扉があって、その扉の隣の監視員室で監視員が新聞を広げていた。見出しにはこうある。“平和世界の課題”。

監視員は暫く新聞に見入ってたけど、ある拍子に顔を上げ、俺たちの姿に驚いたように飛び上がった。

「これはこれは!本部の方ではないですか!お疲れさまです」

「ども」

俺は軽く会釈すると、早速というように扉を開けてくれと交渉する。が、それはさすがにサクッとはいかなかったらしい。監視員は俄か眉間に皺を寄せる。

「お言葉ですが、この先にいる囚人は他の者とは違います。通常点検でもこの先に出入りすることは限られています」

「あー」

俺は肯定とも否定とも取れない微妙な声を発すると、少し考えた後に胸ポケットからある物体を取り出した。そいつは黒光りする革製のケースに包まった純金のエンブレムで、誰かさんから見たら確実にヨダレもんの、だけど俺には単なる自己証明の、そういう物体だった。

そいつを見た瞬間にハッとした男は、さっきまでの態度を一変、俄かぺこぺこと頭を下げて束鍵を手にした。

革に包まれた純金には“プリズン管理局武力統制部隊本部 特別班”と書かれてる。

その上ご丁寧に栄誉勲章のマークまで刻まれてフルネームが続いてた。

こいつは世間で言うところの肩書きって奴らしい。

「失礼しましたっ。どうぞこちらへ」

男が開錠したのに俺はうん、と頷いて先を急ごうとする。でも、ふとあることを思い出して同僚を振り返った。そうだ、大切なことを忘れてた。

「この先危険だぜ。ヤバイ奴いるから。待ってた方が良いかも」

何だったら一杯引っ掛けに行ってても良いぜ、そう言った俺に同僚はぶんぶんと首を横に振る。でもそれは、どうも“一杯引っ掛けに”という方への反応だったらしくて、この先に行かない方が良いかもという事に関しては首を縦に振った。

「俺、待ってるから」

「あ、そう?」

ま、好都合だ。

出来ればこっからは一人で行きたかったから。

どうやら俺の願いは叶ったらしい。

暫しのパーティ解散、俺は一人で敵地に乗り込む主人公。

重々しいドアの向こうには暗い廊下が続いてた。一層寒くなってく。俺の足音も更に甲高くカツカツ響いて、それが洞窟の中みたいに何度も耳に入ってくる。

その廊下はちょっと特殊で、普通だったら牢が並んでるのにまるで何もない。

つまり、突き当たりにあるただ一つの牢の為だけにこの廊下は存在してるんだ。

まるでVIP扱いのその牢屋には、俺の古い知り合いがいる。別に友達ってわけじゃないけど、そう、知り合いだ。

カツンカツンと進んだその後、俺はようやく長い廊下の突き当りに到着した。

ウェイト30メートル、その間に10センチの等幅間隔で鉄格子がズラリと整列してやがる。

気持ち悪いほどの檻。

その中にドデカイ男が一人座ってる。モンスター並にデカい。

まあ対象物がこうデカいんじゃ檻だってデカくせざるを得ないってな話だ。

カツン。

――――最後の足音。

「よ」

俺は古い友人にそう声をかけると、アルカイックスマイルをかましてやった。俺の声に気付いたのか、デカい奴はずもっと体を動かして、体に埋もれたような顔を俺の方に向ける。木の実みたいなくりんとした目がゴツい顔の中にあるのはあんまりにもアンバランスな気がする。

デカイ奴は、

「お…」

と地響きみたいな声を響かせる。

これは単なる呟きだ、叫びじゃない。

けど、こいつの声はまるで電車の音みたいに酷いデシベルを連れてくる。

「久しぶりじゃん。元気してる?」

「お…お」

「ナニ?この数年で喋り方も忘れちまったか?…仕方ないか、ずっと一人きりだもんな」

木の実みたいな目が俺を見てる。俺はそれをじっと見返して、それから地べたにデン、と胡坐をかいた。武制部隊時代と違ってストライプシャツなんか着て洒落こんでる俺にはまるで不似合いなポーズだ。

ストライプシャツは汚れ一つ無い。歪みもしない。ずっとずっと昔に汚れたスーツを擦り減らしてた俺からすりゃ、何だこんな装飾品、って気分だ。

服ってのは自分の身を守る為にあるだろ、戦いから身を守る為にさ。

それから、汚れた世間の悪気から自分の信念守る為にさ。

それが何だこんなの。

馬鹿みたいに綺麗にしゃんと見せるだけの服じゃんかな。そんなのでどーたらこーたら評価が決まる世間なんて、それこそタカが知れてる。

だって見てみろ、でっかい奴はボロボロの布を巻いてるだけだ。

綺麗じゃないし汚れてるけど、あいつの中に信念が生きてることが俺には分かる。着飾らなきゃ自分を見せることもできない奴らとは違うんだ。

「レノ…」

「ご名答。嬉しいよ、覚えてくれてて」

「どこにいた…」

「どこに、って?そりゃもう、腐った清清しいデスクで枯れてたよ」

俺は手を上げてそう言うと、お前デカくなったな、と口にする。

「体が痛い…膨張の痛みだ」

「分かってる」

「俺は死ぬのか、レノ?こんなところで…お前達に復讐もできないままに」

さあな。そりゃお前次第だ。

死ぬのも生きるのも、お前次第。

「…生きたいだろ?」

俺の問いに、生きたい、という答えが返ってくる。そして、復讐したいとも。

――――復讐。

俺が初めてこのデカい奴に出会った時も、同じ事を言ってたな。

あるテロ組織のリーダーであるコイツは、同じ志を持つ同志を集めて、権力者に復讐しようと各地で大暴れしてたもんだ。その頃のコイツはちょっと大柄くらいの男でしかなくて、だけどやっぱり木の実みたいなくりんとした目が印象的だった。だけどコイツの目にあったのは可愛さなんてもんじゃない、怒りだった。どうしようもない抑え切れない怒りを点した目は、同じ気持ちを抱える人々の心には勇気の炎みたいだったんだろう。

それでもコイツの志は途切れた。

他でもない俺によって。

その頃の俺はタークスだった。こいつの志が復讐であるように、そのときの俺の志はタークスそのものだったんだ。だから俺はタークスとして胸を張ってこいつを倒した。そしてこいつは息を潜めざるを得なくなった。だけどこいつの息衝きは常にちゃんとあって、その息衝きは時を越えて大量の部下っていうオプションをくっ付けて、そんでもって俺の前に再び降り立った。

だけどその時の俺は既にタークスじゃなくて武制派のぺーぺーだったんだ。

俺は武制派としてこいつらを捕まえて牢に閉じ込めた。そんで、脱走しそうになったらそれを全力で止めた。その時のこいつにはちゃんと志があったけど、俺の方には残念ながら志が無かった。

ただの再会だったんだ。

再会で、かつて戦った相手だったからこそ俺は全力を出せたんだ。

俺はこのプリズン管理局っていう組織の為に戦ったわけじゃなかったけど、その事を誰も気付いちゃいない。

そう、誰も。

だって俺には分かるんだ、志を失った俺には、こいつの抱えてる志が分かるから。

「尻拭い、ってわけじゃないけど」

俺はデカイ奴にそう語り掛ける。

「俺も最後の志でここに来た。分かるか?」

「なんだ……」

「俺にはさ、残念ながらあんたの信念も分かるんだ。だからな、それを尊重しに来た。そいつが俺に出来る“信念ある行動”ってやつさ」

でっかいのは首を傾げた。俺の言ってる意味が分かってないみたいだ。

だから俺はポケットから小さくて長細い金属を取り出すと、にっと笑ってやる。

「俺は昔タークスだった。覚えてるか?」

お手のモンだよ、錠前外すのなんてさ。

俺がソコまで言ってやるとようやく事情が分かったらしく、おお、なんて声を出す。木の実みたいな目が俺を見た。

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