監禁時間30分といった状態で解放されたクラウドは、その時間からすればかなり気分が悪そうな顔をしていた。どうやらそれは、バレットが想像していたよりも遥かに厳しい状態だったらしい。
少し考えれば分かりそうなものを安直に思考していたバレットは、そんな様子のクラウドを見た瞬間にさすがに後悔しないわけにはいかなかった。
やりすぎたか、とそう思った。
けれど前提としてクラウドに怒りや苛立ちをもっていたバレットとしてはそこで素直に反省ということを表情に出すわけにもいかず、クラウドの手前
「これで少しは反省しただろ」
などと言う。
しかしそれも妙な言葉だった。だってクラウドには反省するべきものが何なのかなどさっぱり解らないのだ。
しかし気分の悪さが先行していたクラウドは、そんなバレットの言葉には返答しなかった。しないままにただ、バレットを睨みつける。
それを見たバレットはやはり苛立ちを覚えずにはいられなかったが、その状況ではそれを抑えるほか無かった。まずはクラウドを他の場所に移動させなければならないからである。本来ならソレは明朝までのあいだ身動きのできない別の場所が良かったのだが、それを探すにはさすがに今の状況は厳しすぎた。
結局バレットは、元のままクラウドを宿屋に連れ戻すことになる。
それは、バレットの企みが失敗したことを表していた。
あんまりにも塩梅が悪い。
そう思っていたバレットは、幾分か大きな溜息をついた。
クラウドの態度はといえばやはり生意気で、今でさえバレットに苛々感を募らせる。
しかし今さっきのクラウドの気分の悪そうな表情を思い出すと、それはやはり後悔せずにはいられない。
そういった板挟みに遭いながらもバレットは、戻ってきた宿屋の一室でベットに腰を下ろしていた。
「ったくよお…」
苛々する。自分が失敗したことにもその苛々は募っていく。
ベットに腰掛けたバレットの耳には先程からザアアという微かな音が響いていたが、それはクラウドが立てている音であった。というのも、気分が悪いクラウドを一人部屋に放って帰るのはやはりバツが悪く、仕方なく自分の取った部屋にクラウドを連れ込んだからである。
お互いの部屋に戻る方が勿論楽だったけれど、そのまま何も話さず明日のミッションを迎えるとなると何だかそれもどうかと思う。それだったらば、この際ぴしゃりと言ってやった方が何倍も良い。
そう思ってバレットは自分の取った部屋にクラウドを連れ込んだのだが、何分クラウドは気分が悪いのだから話をするにも問題がある。
そこでバレットは、まずはシャワーでも浴びたらどうかと勧めたのだ。
その勧めを受けたクラウドは、それをそのまま受け入れて部屋に備え付けられているシャワー室へと足を向けた―――…のだ、が。
「…長すぎねえか、アイツ」
どうやらそれは、長すぎる。
そうだ、もうかれこれ一時間は入っているはずだ。
まあ中には長風呂という人間もいるのだろうが、それにしても男でそれはなかなか無いだろう。それに、バレットもクラウドも風呂に浸かるという習慣は持ち合わせていない。勿論入ることはあるけれど、大概はシャワーを浴びるのが普通の感覚である。
「全くよう!」
クラウドが戻ってこないからには話すこともできやしない。
そう思って更に苛々を悪化させたバレットは、大きな体躯をズッ、と持ち上げ、ズンズンとクラウドがいるはずのシャワー室へと向かった。
部屋の隅に取り付けられているそのシャワー室は、そこだけ何故だか強靭なつくりになっている。部屋自体が木造なのに対し、そこだけ違う材質が使われているのだ。まあ大方これは、防音や防腐のための処置なのだろう。
それが証拠に、バレットがそのドアをバタンと派手に開けた瞬間、今迄静かに近かった音が轟音のように耳に入り込んだ。
ザアアアア…、そう音がする。
「おい!クラウド!お前やけに長いぞ!」
シャワー室の中にある小さなドアの向こうには、クラウドがいるはずである。
今バレットが立っているのは脱衣所と洗面台がある小さなスペースで、そこには確かにクラウドの衣類が放られていた。
「おい、聞いてるのかよ!お前逃げようったってそうはいかねえぞ!!」
一際大きく叫んだその声は、シャワー室の作りのせいか室外にはあまり響いていないらしい。しかし同じシャワー室内にいるはずのクラウドには届いているはずだった。
それだというのに中からの返答は無い。
「こんの…!」
無視しているんだ、そう思ったバレットは一気に頭に血が上った。
確かに先程の鉄筋密封は悪かったかもしれないが、それにしたって此処で逃げるとはどういうことか。そもそもそういう所が許せないのだ。最後には、自分は関係ない、とそういう態度を取るところが。
―――――――――もう許せねえ…!!
怒り沸騰したバレットは、シャワー中だろうと何だろうともう構わないといった調子で小さなドアをガンと開け放った。さすがに人のシャワー中にそれをするのは失礼かと遠慮していたけれど、それさえももう鬱陶しくなってしまったから。
「無視してんじゃねえぞ、クラウド!!」
開け放たれたドアの向こうから、もくもくと排出される湯気。
むわっとした湿気と高温が一気にバレットの体に張り付く。
鬱陶しい、そう思ったがそんな感覚よりもバレットを支配したのは視界に入るクラウドの姿だった。
「なっ…」
思わず、ゴクリ、と唾を飲み込んだ。
それが妙にリアルに脳内に響き、唾を飲み込んだ自分自身にドキリとする。
クラウドは――――――シャワーが降り注ぐ中、倒れていた。
ドアの方に足を向けて横に倒れていたクラウドは勿論のこと裸体である。筋肉のせいか完全痩身という訳ではなかったが普段からどちらかといえば細身のように見えたクラウドは、今、服がない分普段より更にほっそりとして見えた。
ザアアと降り注ぐシャワー。それは容赦なくその体を濡らしている。
「…ちょ…っと待てよ。どういうこった…おい!」
直感的にヤバイ、と思ったのは当然クラウドが倒れているという事実にだった。
しかしその反面、どこか違う意味でも何かの焦りを感じる。
珍しく心音がドクドクと早まっているのは果たしてそのどちらが理由なのか、バレットには良く分からない。
しかしともかく早くクラウドを起さなければと思ったバレットは、シャワーを止めることも忘れてクラウドに駆け寄る。そのおかげでバレットの体も服ごと濡れてしまったが、それは今はどうでも良かった。
「おい!クラウド!クラウド!」
肌に直接触れることが何だか躊躇われたバレットは、ともかくクラウドの頬をパシンパシン、と叩いた。その度にクラウドの表情が僅かに歪み、そして呻き声のようなものが漏れる。
それをして少しすると、どうやらクラウドは完全に目を覚ましたようだった。
それが証拠に、やっとはっきりとした言葉を口にする。
「…バレット」
「おう、俺だ。おいお前、しっかりしろよ」
むくり、そうクラウドが起き上がったことで慌ててその側を離れたバレットは、起き上がったものの本当にしっかりした意識があるのかどうかということを考えてクラウドを見遣っていた。この時は、今までの怒りなどどこかに消え去ったように何だか心配な気持ちが蔓延していたから。
しかしそんなバレットに対してクラウドが示した態度といえば、酷く素っ気無いものだった。しかもそれは、あまりにいつも通りで、挑発的、生意気な態度だったのである。
「…俺に構うな。早く出てけよ」
「―――――なに…?」
ピキン、と何かが切れるような感覚。
それがバレットを襲う。
「聞こえなかったのか?俺に構うなって言ってるんだ。バレットと話すことなんて何もない。言い訳も聞きたくない。…シャワー中なんだ、早く此処を出てってくれ」
「…お…めえ!」
プツリ、と今度は完全に切れた気がした。
先程まで一瞬でも心配だなんて思った自分が余程馬鹿馬鹿しい。やはりクラウドはこんな生意気な態度の人間でしかないのだ、そう思った瞬間に今まで蓄積されてきた怒りや苛々が一気に爆発する。
だから、それは一瞬にしてバレットの脳裏を支配した。
「ふざけんな、おまえよう!!」
勢いに任せてガッとクラウドの腕を掴んだバレットは、「何するんだ」などと言って眉を顰めたクラウドを完全に無視する形で、その体を再度床に引きずり込む。
その動作に驚いたのか、クラウドは眼を見開きながらもバレットを睨んでいた。
しかし、そんなふうに睨まれた所で状況はバレットの優勢である。そもそも此処はバレットの取った部屋だったし、今のクラウドは先程の丸腰よりも更に防御の術がないのだ。体調がどんなものなのかバレットには良く解らない状態だったが、もうそんな事を気にしている余裕など無くなってしまった。
それよりも、この場での圧倒的優勢があまりにも大きい。
それは、バレットの思考を俄か歪める。
「へん!今のお前じゃ何も防ぐことなんかできやしねえよなぁあ?」
「何だと…」
「そんな宙ぶらりんじゃあ、なあ?」
「…!」
グイ、と顎で示されたのが何なのか、それを悟ったクラウドは咄嗟にバレットから身を隠そうとした。が、身を包むものすらない此処でそんなことは当然不可能なことである。
結果的に体を捩って開けっぴろげの体を隠そうとしたクラウドだが、それはすぐさまバレットの腕に止められてしまった。正に一瞬のことである。
「おいおい、そりゃ今更遅いぜ?」
「やめろ!手を離せ…!」
未だ必死に自分から離れようと苦心するクラウドに、バレットは満足げな笑いを漏らす。
体格の差からしても絶対に有利なバレットは、丸め込むことなどいとも容易いだろうその体を見ながら今度はハッ、と飛ばすように笑った。
「お前には散々苛々させられたんだ。クソ生意気で妙にクールぶりやがってよお!その化けの皮、今日こそ引っぺがしてやるぜ。屈辱ってヤツを思い知らせてやる!」
その言葉が響いた、次の瞬間。
クラウドの上半身はバスタブの上に仰向けに押し付けられ、バレットの強い力によってガッチリと固められた。咄嗟に顔を避けたせいで、クラウドの顔は右の方を向いたままで固定される形になっている。
その顔は、バレットの行動を目で追っていた。
一体何をされるのか―――――それがクラウドの心身を渦巻く。