自己満足:ヴィンセント×クラウド
寂しいから、切ないから、「抱いて」と言う。
そんな理由で抱いたって、どうせもっと悲しくなるだけだ。
どこまでも満たされない寂しさはいよいよその心を浸食し、どこまでも埋まらないこの心の距離について一層の切なさに涙することになるだろう。
意味がない、そう言ってもきかない。
もっと悲しくて切なくて苦しくなるんだぞと言ってみても、それでも良いから抱いて、と言う。
そんな空しいことはしたくない。
したくないが、この一瞬の悲しい顔も、やはり見たくないと思った。
これは私の――そう、自己満足。
抱いたって、抱かれたって、意味なんてどこにも無いのだ。
ただ一瞬の、この一瞬の、隙間を埋めるために、じんわりと身体に伝わる暖かさが欲しいだけ。
それを――責めることなんて。
多分、誰にもできない。
何故ならば、どんなに約束のある間柄であろうとも、人は、人を“所有などできない”のだから。人は、人を“本当に理解することなど絶対に不可能なのだ”から。
無論、“分かった振りをすることは可能”だけれど。
生きている限り――そう。
埋まらないものを、心に持ち続ける。
その事実を、幸せや多忙の中で無意識的に忘れられる人は、きっと幸運なのだろう。
「この旅が終わったら…ヴィンセントはどうする?」
「そうだな…少なくとも、派手な生活はしないつもりだが」
「…だよな。そんな気がするよ」
宿の一室で、意識的に同室になり、声を押し殺してのセックスをしたその後。
クラウドは満たされたというよりかは「とりあえず落ち着いた」といった様子で、窓の外の星空を眺めていた。
「そうだ。これ、シドのくすねてきたんだ。吸うか?」
「煙草か。…いや、遠慮する」
「そうか。じゃあ俺はのませてもらう」
クラウドは、いつの間にか奪っていたらしいシドの煙草を口にくわえ、これまたどこからか入手したらしいマッチをしゅっ、とすった。
途端、燃える匂いがつん、と鼻にやってくる。
憂い顔のクラウドに、煙草。
何だか似合わない。
シドの煙草はただでさえ派手なものだ。
「――俺。何でこんなに必死に生きてるんだろう。時々その意味が分からなくなる。本当はどうだっていいはずのことを、どうしてこんなふうに解決しようとしてるのか…。こんなこと考えるの、変だって思うだろ?」
「いや、別に」
ベッド脇に浅く腰かけて煙草をくゆらすクラウドは、何だか妙に小さく見えた。それだから、派手なシドの煙草が、あまりにも不釣り合いに感じる。
今は、打倒セフィロスを掲げた旅の道中。
仲間の思惑はそれぞれで、セフィロスを倒すことはそれぞれの目的の延長上にあることであったりするわけだが、ことクラウドに関してはそうそう曖昧なことはいっていられない。
己の過去と向き合い、己を取り戻す。
それは、彼がやらねばならぬことなのだろう。
しかし、確かにそれは、放り出してしまおうと思えばそれでも構わないものなのかもしれない。仮にその結果、セフィロスがこの星を滅ぼしたとしても、一体誰がクラウドを責められるだろうか。そんなことをできる輩はこの星には一人たりともいないのだ。
つまり、セフィロスを倒して自分を取り戻し、その結果星を救う事になる――という道筋は、クラウドが理性で行おうとしている未来なのである。
但しそれは、誰かが強制するものではない。
「…俺、セフィロスを倒したら、全てに納得できるのかな?俺は…少なくとも今の俺は、英雄になりたいわけじゃない。誰かを救うまねごとをしたいわけじゃない。俺は…ただ自分のために、そのためだけに行動してると思うんだ。身勝手だと思うかもしれないけど」
「そうか?私はそうは思わない。身勝手だというならば、我々全員、身勝手だろう。誰だって自分の為にこの旅に参加しているに過ぎない」
「ヴィンセントも?」
「…ああ、私もそうだ。いや、私はきっとその最たるものだろう。セフィロスを倒すこと自体は、私の願いというわけではない。ただ、それが間接的に何かに繋がっているというだけのことで。…確かにこれは、最終的に星を守ることになるという結果をぬかせば、ただの自己満足だな」
「…そう。自己満足だ。俺もそう思ってた。それに…」
これは“代償行為”なのではないか?
クラウドはそう言った。
そうして、星空に眼を向けながら、遠い昔のことを語りだす。
過去――それはニブルヘイムの給水塔で。
「俺、昔ティファに誓ったんだ。ピンチになったら助けに行く、って。でもその時の俺が本当に伝えたかったことは、好きだってことと…俺を好きになってほしいって、そういうことだったんだ。俺はそれを直接言えなくて、だから代わりにそんなかっこいいこと言ったんだ。――今の俺は、その時と同じで、“代わりにセフィロスを倒そうとしてる”ような気がするんだ」
もちろん、星を救うのは大切なことだ。
でも、そうではなくて。
本当のクラウドが望んでいるのは、セフィロスを倒すことそのものじゃなくて、そうじゃなくて――。
「――俺。神羅に入っても結局何者にもなれなかった。そんな、何者でもない自分を、俺は認めたくないんだ。俺が何でもない、取り柄もなくて空っぽな人間だってことを、何とかして埋めたくて――だから俺、セフィロスを倒して自分を取り戻すなんて、そんな気持ちになったんだ」
本当は、違う。
クラウドはそう言った。
そして、そっと私を振り返って、寂しそうに笑ってこう続けた。
「俺、知ってるんだ。セフィロスを倒しても、俺は俺を取り戻すなんてことないんだ。だって俺は、元々何者でもなかったんだから」
馬鹿みたいだろう、ヴィンセント?
笑って良いよ?
そう言うクラウドを、私はじっと見つめていた。
私は――これはきっと意味がないことだと知りながら、クラウドの身体を抱きよせた。そうしてその体を抱きしめると、何も言わずそっと目を閉じる。
クラウドは、何も言わなかった。
ただあのシドの煙草の匂いだけを漂わせていた。
分かっているんだ、これが代償行為だということくらい。
クラウドが「抱いて」と言ってきたのと同じように、この抱擁にも意味などない。これはただ物理的に人間の肌と肌が重なってその体温を感じているというだけの行為に過ぎない。そんなそっけない行為に何かの意味を見出そうと言う事自体がそもそも間違っているのだ。
―――でも。
代償行為を、代償行為として認めたときだけは、意味があるのではないだろうか。
クラウド――、
お前は、どう思う?
「なあ。星が綺麗だ、ヴィンセント」
「…そうか」
「俺はあんなふうに光れない。寂しいよ」
「…そうだな」
「俺はいつまでも傍観者でしかない。切ないよ」
「…そうだな」
「俺は――」
クラウドはそこで一端言葉を切ると、暫く黙りこんだ。
そうして暫くした後に、ぽつりとこう言った。
「俺は――俺でしかない事が、悲しいよ」
シドの煙草の匂いが、消えた。
いつの間にか煙草を吸い終えたのだろう。
私はクラウドの身体を抱きしめたまま、そして目を閉じたそのままで、その悲しい言葉に返答した。
「だが私は、お前がお前でしかないからこそ、今こうして抱きしめている」
こんな理由で抱きしめたって、どうせもっと悲しくなるだけだ。
それは知っている。
そんな空しいことはしたくない。
したくないが、この一瞬の悲しい顔も、やはり見たくないのだ。
この我儘を、どうか許してほしい。
「お前が何者でもないからこそ、今、私はお前を抱きしめている。――これは、ただの私の自己満足だ」
空が更に暗くなり、星が更に綺麗に輝きを増したころ、クラウドの口から洩れた言葉を私は聞き逃すことはなかった。
ありがとう、――と。
END