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Father Christmas:ヴィンセント×クラウド
クリスマスという行事にはきっと飛びつくだろう。
そう思っていたクラウドは意外にも、ヴィンセントの問いに平然とこう言った。
「俺、用事あるんだ」
何だその用事というのは。
クリスマスはどうする、という問いに対してのその答えは、あんまりにも曖昧で、さすがのヴィンセントも少し焦ってしまう。
普通クリスマスといえば恋人と過ごしたりするものではないのだろうか。今までの行事を思い返すと、その度にクラウドは騒いでいたし、それを考えると絶対に今回も同じだと思ったのに。ある意味、 拍子抜けという感じである。
「用って、一体何だ?」
もしかして誰かと会うのだろうか。だとしたら、形無しといったところだ。実のところヴィンセントは、きっと一緒に過ごす事になるだろうから、とあらかじめその日は空けておいたのだ。それはクラウドには伝えていなかったが、こう言われてしまっては言い出すことすらできない。
クラウドはヴィンセントの言葉に、ええと、と言葉を濁すと意外な言葉を言った。
「…ちょっと、バイトしないかって誘われててさ」
「バイト?」
「そうなんだ。クリスマスだけでいいから、って言われてさ」
ヴィンセントは更に混乱していた。バイトの為に二人で会えないというのは、何だか変な感じである。普段のクラウドなら絶対にヴィンセントと会うことを優先させるはずなのに。
大体バイトという事自体良く分からなかった。何しろクラウドは普通に仕事もしている身だ。
「そういうわけだからさ、クリスマスは会えないんだ」
結局そんなふうな言葉で締めくくられ、ヴィンセントは何も反論せずに「そうか」と返す。駄々をこねるような言動はしたくなかったから、仕方無い。
けれど…やはり少し残念だった。
その当日になって、ヴィンセントは結局暇を持て余す事になってしまった。
あらかじめ空けておいたから予定は何も無いし、これといってしようという事も無い。休みは大体クラウドと過ごすことになっていたから、いざこうなると何をしていいか迷うところである。
仕方無い。出かけてみようか。
当ても無いけれど、とにかく一人で家にいるのもなんだと思い、ヴィンセントは出かけることにした。
街はほとんどクリスマスに染まっていて、ネオンがいつもに増して輝いている。運良く休みをとれた恋人達だとかが街を歩いていたり、それに接している店が雰囲気を出すために色々な方法で盛り上げたりと、とにかく賑やかだった。
そういえばクリスマスはプレゼントなんかを渡したりするものだったか、そんなことを思って、ヴィンセントはふと思いついた。そういえばたまにはプレゼントなんかを買ってみたらどうだろうか、と。そういうものは普通、誕生日などしか贈ったりしないものだし、年に二回くらいはそういう事があっても良いだろう。
じゃあクラウドにプレゼントでも。そう思うと目的ができて、ヴィンセントは少し歩くのに意味があるような気がした。
とはいえ、クラウドの欲しいものというのがまず良く分からなかった。いつものクラウドなどを思い返してみるが、特に物に執着しているという感じは無いし、これが欲しいなんていう言葉も言われた記憶が無い。
並ぶ店を覗いてみても、どれもクラウドには似合わないような気がした。
「参ったな…」
どうも思いつかない。
そんな時、ヴィンセントの眼にあるものが飛び込んだ。思わず立ち止まってしまう。
それは――――――。
“これにしよう?”
“ああ、これな。じゃ、こっちのケーキで”
“ありがとうございます。ではお会計は…”
それは、あるカップルがまん丸のホールケーキを買うところだった。そういえばクリスマスにはクリスマスケーキというものがある。どうもこのケーキというのは祝い事には必須なものらしい。
「ケーキか…」
何も思いつかないヴィンセントだったが、そういえばケーキなんかはどうだろうか、と思った。これはどちらかというとプレゼントではないだろうが、二人で楽しめるものでもあるし、クラウドは好き嫌いはさほど無かったような気がする。あるとしても、ケーキの場合ならチョコと生クリームのどちらがどうだとか、その程度のものだろう。
しかし今のところクラウドと会う日も決まっていないので、今買うのは少し躊躇われる気もする。
とにかく試しに見てみようと思い、そのカップルが去った後にヴィンセントはその店に近付いた。
そこはケーキ専門店らしいが、クリスマス当日のせいか店頭売りをしている。しかもその店員はサンタクロースの格好をしていて、何だかいかにもな感じだった。ヴィンセントが近付くと、サンタが「いらっしゃい」と声をかけてくる。
チラとそのサンタに目をやると、ヴィンセントは並んだケーキを覗き込む。ケーキは5種類ほどあって、普通の生クリームのデコレーション・チョコレート・チーズ・バタークリーム・ロール状のブッシュ・ド・ノエルなどというのがあった。最後のを抜かして、とにかくどれもホール状で大きい。こんなに食べきれるものだろうか、そう思いながらヴィンセントは首を傾げる。
「お客さん。デコレーションがおすすめですよ」
ふとサンタにそう言われ、そうか、などと返す。確かにこれなら一般的で、他のものよりは外れる可能性も薄いだろう。
「これはその、かなり甘いのか?」
そんなに甘いと困るなと思ってそう聞いてみる。と、サンタは、
「お客さんにも食べられる程度です」
何故かそんなふうに回答した。
「?」
何だか良く分からないが食べられる程度らしい。と言うことはさほど甘くないということだろうか。というかその前にヴィンセントの好みを分かっているとは思えないが、そういう人がきっと多いのだろう。
しかしまだ問題がある。
「これはどのくらいもつものなんだ?やはり明日はもう無理だろうか…」
今日は会えないから、せめて明日までもてば…。勿論明日会えるという保障は無いけれど。
普通なら生ものなのだから、それよりもまず2時間程度とかいう話になるはずだったが、何故かサンタは、悩むような顔をした。
「明日までもって欲しい…ですね」
「?…どういう意味だ?やはり、もたないということか」
「ええと、まあ…そうなんですけど。いや、食べられますけど」
何だかハッキリしないサンタである。
とにかくやはり今日は買わないのが得策だろうか、そう思ってヴィンセントは顔を上げ、そして「今日はやめておく」と告げた。やはりクラウドと連絡を取ってからのほうが確実だと思ったからだ。
「悪かったな」
「いえ。じゃあデコレーション1つ、取っておきますね」
「え?」
サンタは商売っ気が多いのか何なのか、そんなことを言い出した。予約したいとも言っていないのにである。何だか変だな、そう思っているとふと店内から男が出てきた。
そしてその男がサンタに向かってこう言う。
「おい、クラウド」
――――――クラウド?
驚いてサンタの顔を見たヴィンセントだが、どうやらサンタの方もヴィンセントを見ていた。しかしそれはすぐに男の声で逸らされて、二人は何やら話し始める。
まさか偶然だろう、そう思ったが、そういえばバイトといってもどんなバイトかは聞いていなかった。もしかしてこれがそのバイトだとしたら…あれは正にクラウドなのだろうか。
そんなことを考えつつ、つい話が終わるのを待ってしまう。
数分して話を終えた男が店内に帰っていくと、サンタはくるり、とヴィンセントに向きかえる。
そして、
「俺はデコレーションが良いな」
そう言ってサンタは笑ったのだった。