Father Christmas(2)【ヴィンクラ】

ヴィンクラ

ケーキを売るサンタは、夜の9時になると魔法が切れてしまうらしい。

その時間になったら、会おうか。そういう約束を店頭でして、ヴィンセントは結局そのケーキを買ったのだった。しかしそのサンタは、ケーキはその時に持っていくからどこかで待っていて欲しいなどという。それだから、結局支払いだけを済ませてヴィンセントはその場を去ったのだった。

それから9時までの間は何をしようかと思ったが、やはりこれといったものがなくて、街をぶらつく。どの店も夜になってもっと盛大になる。

その店の中の一つに、いわゆる雑貨屋があり、そこでも店頭販売をしていた。今度は何だと思って目をやると、どうやらこれもクリスマスに良くみられるものだった。

いわゆるクリスマスカードというやつである。

普通ならそれに文字を書き込んで渡したり送ったりするものだが、どうやらそれを店でやってくれるというものらしい。最近ではそんなことまでしてくれるのか、そう思って感心していると、やはり店員が話しかけてきた。

「どうですか、クリスマスに恋人やご家族へのカードなど送ってみませんか?」

にっこり笑う店員に、いや、などとヴィンセントは断ったが、しかし店員は意外と強情だった。

「このカードはちょっと普通とは違うんですよ。ほら、見てください」

そう言ってサンプルらしきものを見せられる。

それはカードというよりかは小さなノートのようになっていた。たださすがクリスマス用の特殊な装飾が施されている。紐でくくられたカードを開けると、まず最初に音楽が鳴った。分からないでもない構造である。

しかしその先がノート状のページのようになっており、それを捲ると、そこに一言づつ何かが書いてあった。

「何だ、これは?」

意味が分からずにそう聞くと、待ってましたとばかりに店員は身をのりだして説明を始めた。

「そうなんです、これはクリスマス用なのに色んなメッセージが書けるんですよ。まず項目がページ毎にありますよね。これに対して一言づつ答えを書いていくんです。で、最後のこのページ。ここに写真なんかを貼れるんです。どうです、凄いでしょう?」

「……?」

そうだろうかと思ったが、さすがにそれは口に出さずに、いや遠慮しておく、と言葉を返す。さすがにそれは回りくどいだろうし少し恥ずかしい。しかし店員はあくまでも強情だったのである。

「これを渡されたら一生の思い出になりますよ。告白なんかにも使われているんですよ」

「そうか。でも私は…」

「いやいや、これがないと駄目ですよ」

何だかそろそろ脅迫めいてきた店員の言葉に、ヴィンセントは押され押され、結局数分後にはそれを書く羽目になっていた。

カードの項目はいくつかあって、それに対して答えを書き、その後にそのページ毎にコーティングされて、最後にはつるつるとしたカードが出来上がる。なるほど、手作りといえば手作りかもしれない。しかし書かれる文字が店員に見られるのも何だか嫌なものだな、と思ったがどうやらそういう訳ではないらしい。いわゆる自動、という訳だ。

何だかその項目を目の前にしても良い言葉が思いつかずに、ヴィンセントは頭を悩ませた。しかもその項目ときたら、やたらとそれらしいものばかりなのだ。

“君の事”

「君の事…?」

“秘密だった事”

「ひ…秘密??」

“思い出の日”

「お……思い出の日、か…」

とにかく悩む項目ばかりがあり、その1項目につきヴィンセントは30分くらい悩んだりした。何と書けばよいのやら、である。しかしよくよく考えれば、何も必ず渡さなければならないという事も無いのだし、そんなに深く考えなくても良いのかもしれない。

しかしそう思っても、やはりそれは難航していた。

結局、全てが終わって、その世界にたった一つのカードが出来上がったのは何時間も後の話だった。

 

 

 

クラウドと約束したのは、何故かある店の中だった。一緒に帰ろうということになったからである。例のカードなどに付き合っていたら、何だかんだとその約束の9時も近付いてきて、結果ヴィンセントはクリスマスカードを片手に約束の店に直行した。

普通にホットコーヒーなどを頼んで待つ。

そうしてクラウドが来たのは、もう30分経った頃の話だったろうか。とにかくその時のクラウドはすっかりサンタではなくなっていた。

カラン…

そう音を立てて入ってきたクラウドは、ヴィンセントの姿を素早く見つけると、笑顔で歩いてきた。そして向かいの席に座ると、同じようにホットコーヒーを頼んだりする。

手には勿論、さきほど買ったケーキがぶら下がっていた。

「おまたせ。ケーキ持ってきたからな」

「ああ」

少しして店員が持ってきたコーヒーを一口飲むと、クラウドはヴィンセントに笑いかける。

「まさかヴィンセントが来るとは思ってもみなかったな。仕事だと思ってたし」

そういえばクラウドには、話していないのだった。今日という日を空けておいたことを。と言うことはそれもあの瞬間に知られてしまったということである。

ヴィンセントは「いや、それは」などと言い訳のような言葉を言おうとしたが、先にクラウドに越されてしまい口を噤んだ。

「休んでくれたんだろ?ありがとう」

何だかサラッと言われて拍子抜けしてしまう。けれど、そういうすっきりしたところも、良いと思う。

「最初さ、ヴィンセント見たとき、もしかして誰かと過ごす気じゃないだろうなって思ったりしたけど…」

「まさか」

というか、それをいうならヴィンセントも同じことだった。用事があるから、と言われれば気にもかかるというものである。

クラウドは笑うと、でもそれはケーキのことを聞かれたときに解決したんだ、と言った。明日までもつかという質問をするならそれは、今日は食べないからということでもある。今日は元々会う予定ではなかったから、結局それは相手がクラウドであることを示していたのだ。

「だからサンタは自分好みのケーキを勧めたのか」

「そうそう。良いサンタだったろ?」

「我侭サンタの間違いだろう?」

ひどいな、そんなふうに言ってクラウドは膨れた。それを見てヴィンセントは笑うと、時計を見て、

「どうする、帰るか?」

そんなことを聞く。折角会えても時間は限りがある。今日は空けたけれど、明日はまた別の話だから、タイムリミットはちゃんとあるのだ。

先ほど約束をしたときには、待ち合わせてからどちらかの家に行こうという事になっていた。この場所からだとヴィンセントの家の方が近いということもあって、多分そちらになるだろうというのは暗黙の了解である。

しかし時間も無いというのに、クラウドは「ちょっと待って」などと言って、突然ケーキの箱を開けだした。飲食店内であるから、それはあまり芳しくない行為なのは承知で、である。

ごそごそと箱を開けるクラウドは、何だか妙に楽しそうだった。何がそんなに嬉しいのだろうかと思ったが、それは箱を開けてケーキが出現したときにハッキリした。

なるほど、これを見せたかったのか。そう思ってヴィンセントは思わず笑った。

「凄いだろー!俺の気持ち!」

そう言ってクラウドは得意げな顔をしている。

ケーキの上にはチョコレートの線で文字が書かれていた。それは一言で、しかもその文字の形といったら、ひょろひょろだったが、それだからこそ作り物じゃないという気がする。

“ずーっと一緒にいよう!!”

たったそれだけの文字だったけれど。

「此処の部分、ヤケに長いな」

ヴィンセントが「ず」と「っ」の間にある「-」を指差してそう指摘すると、クラウドは「当然だろ」とさも当たり前のように言った。

「この長さこそ俺の気持ちだっての!」

なるほどな、そう言ってヴィンセントは頷く。もうずっとそんな言葉は聞いてきたけれど、改めて聞くとやはり嬉しい気がする。特に今日は…やはり特別なのだろうか。

「じゃあ帰ってから、お前の気持ちを食べるとするか」

「食べちゃうのか…」

何だか勿体無いな、などといってクラウドが寂しげな顔をする。ただ最後にチョコで書いただけの文字でも、それだけでこのケーキはこの世に一つのケーキになったわけで、その出来が良かろうが悪かろうが、確かにクラウドにとっては気持ちのある力作ということなのだろう。

立ち上がったヴィンセントは、

「気持ちは消化しないとな。そうしたらまた新しいものを作れるだろう?」

そんな言葉を口にして笑うと、まだ座っているクラウドをそのままにレジへと向かった。

クラウドはそれを聞いて「なるほど」などと妙に納得すると、じゃあ次は何にしようかなどと早速次の計画を練り始めていた。

そうしながらもケーキを箱にしまいこみ、立ち上がる。

と、ふと何かが落ちていることに気付いてクラウドは目を凝らした。

「ん?」

どうやらヴィンセントが座っていた付近の床に、何か四角いものが落ちているのだ。何だろうと思ってヴィンセントの方をチラと見遣る。しかしどうやら会計の最中らしく、呼びかけるわけにもいかなそうだった。

とにかくそれを拾ってみたクラウドは、何だかクリスマス模様の入ったそれを見て首を傾げる。それはどうやらクリスマスカードのようだが、普通と違って何だか厚みがあり、紐でくくられていた。

もう一度チラ、とヴィンセントを見遣ると、まだ会計の最中である。

「…ちょっとだけ」

そう呟いてそっとそれを解いてみると、そこには何だか几帳面な字で、いくつかの言葉が並んでいた。

それを見てクラウドはつい顔が緩んでしまったが、ふっとヴィンセントに呼ばれて急いでそれをポケットにしまいこむ。そしてケーキを持つと、小走りでヴィンセントの元まで向かった。

「何してたんだ?」

「別にー?」

にやにやしているクラウドを見て、ヴィンセントは首を傾げる。一体何があったのか、落としたことに気付いていないヴィンセントには分からなかった。

けれどクラウドがあまりにも嬉しそうなので、それならそれでいいか、と笑顔になる。

そうして二人は、暗黙の了解通り、ヴィンセントの家に向かった。

結局クラウドはそのままそれを持っていたが、ヴィンセントにそのことを話さないままだった。ヴィンセントの方は少しして存在がないことに気付いたが、渡そうかどうかも迷っていた程度のものだったので、そのまま諦めることにした。

一日限りのサンタは、その日、笑顔を絶やすことがなかった。

END

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