追憶葬<記憶の欠片:01>
戦いが幕を閉じてから三年の月日が流れた。
散り散りになった仲間たちはお互い新しい生活を始め、時々、場所を新たにして再開したティファの店に顔を出す者もあれば、全く連絡が途切れてしまった者もいる。
戦いの中心だったクラウドは、今後をどうするかという選択に、結局はティファの元に戻る事を決意した。
それは別段、将来を見越す意味合いではなかった。
ティファはそれについて期待している部分はあったが、それでも戦いの傷を癒すため、重い負担になるようなものをクラウドに向ける事はなかった。
時々顔を出す連中は、段々と回復していくクラウドに、「そろそろどうなのよ」などとチャチャを入れたりして、クラウドを苦笑させる。
だが、クラウドは明確な答えを出す事は無く、ただ口癖のようにこう言っていた。
「何もかも、元通りになった。いや、それ以上の世界だ」
笑顔が見られるようになった事が、ティファや仲間たちを安心させた。
そんな安息の日々が、三年。
それは、戦いばかりの辛い日々から比べれば短い気がしたが、実際には長い月日だった。
今やバラバラになったミッドガルは、復興した後にきっちりとした区分けがされ、神羅の支配以前のように名前がつけられていた。
その土地からは随分と離れた場所でひっそりと暮らすようになったヴィンセントは、シドからの連絡を受けて再びその地へ足を運ぶ事になった。
内容は単純だった。
『いなくなっちまったんだってよ、あいつ』
一言だったが、十分すぎる内容。ヴィンセントはその知らせを受けて、ティファの店に初めて顔を出したが、彼女の落胆ぶりは相当なものだった。
当然か、と思う。
これからは幸せに暮らそうと思っていたティファにとっては、そのクラウドの行動は裏切りに他ならない。
しかし、ヴィンセントはどこかでそうなるのではないかという予測をしていた。
勿論、口に出すことは無かったが。
カウンターの席でうなだれているティファは、久しぶりに見るヴィンセントの顔に力無い笑顔を向けた。
「聞いた?」
「ああ」
どこに行ったんだろうね、そう呟くティファは、どことなく疲れているように見えた。
店は一週間程前から“休業中”の札がかけられている。それは、丁度クラウドが行方を晦ませた期日だった。
「心当たりとか、無い?」
「いや…。だが、取り敢えずは探してみることにしよう」
「うん。ありがとう」
今のティファは、話す事にすら苦痛を感じているかのように見える。だからヴィンセントは敢えて何も言わなかった。いや、言う事は最初から無理だったかもしれない。
それは、こうなるかもしれないと予測していた理由そのものだった。
大空洞を後にする間、深刻な顔つきを崩せないままにクラウドは俯いていた。周囲の仲間たちは、ようやく終焉を迎えた戦いにホッとするような顔つきをしている。
わざわざティファに断りをいれてヴィンセントの隣にやってきたクラウドは、ヴィンセントの改造された手を見ながら呟いた。
「神羅は終わってない」
ああ、そうかもしれんな、そう返すヴィンセントにクラウドはただ頷いた。
「どんなに過去になったとしても、記憶が無くならない限りは生き続ける」
「それが誕生してしまった全てのものの罪だな」
自分の存在もまた同じかもしれない、とクラウドは静かに言う。
この戦いの中でクラウドにとって重要なのは“己の過去”だった。それに伴い大きな存在だった“セフィロス”。
それが結果的に星全体の問題に繋がった訳だが、実際のところ前者の方が大きいというのが本音だった。
結果的に全てを知ってしまったクラウドは、その記憶の中にある醜い全ての真実に、これからも耐え続けなくてはならない。自分の歩んできた人生が、巡り巡って今の自分、そしてこれからの自分を苦しめていく事になるだろう。
終わったんだから、と誰しもがクラウドに声をかける。だが、それは違うとクラウドは常に感じていた。できればそうしたかったが、不可能なことだった。
起きてしまった事実と、知ってしまった真実。
それを「無」に返す事など、不可能だったのだ。
「ヴィンセント。お願いがあるんだ」
「何だ?」
「どこか適当な所に着いたら…一旦、ティファ達とは離れる。その時、付いてきてくれないか?」
「何をするつもりだ?」
クラウドの言葉に、ヴィンセントは眉根を寄せた。一向に答えを返さないところを見ると、どうもそれは口に出して言えない事柄らしい。
今さっき戦いが終わったばかりだというのに、今度は一体何を考えているのだろうか。
ヴィンセントには、分からなかった。
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