追憶葬(4)【ヴィンクラ】

*追憶葬

追憶葬<記憶の欠片:04>

 

旧ミッドガル地域との境界にある宿。二人はそこに腰を据えることにした。もうこの辺は客足も遠のいているのだと嘆く主人に、だったら、と長期の契約を取り付けたのだ。

もちろん本来はティファにもとに帰ったほうが良い。しかし事情が事情だ。このままクラウドの苦痛が続くならば、何かしらの策が必要だろう。

「大丈夫か?あの場から少し離れてしまったが…」

「大丈夫みたいだ」

クラウドの申告によれば、今のところは何の痛みも感じないという。ヴィンセントはその言葉に安堵し、久々の笑顔をクラウドに向けた。それを見て、クラウドも少し笑う。

「ヴィンセントって変わらないな。あれから三年経ったんだよな?俺は24で…ヴィンセントは…」

「まさか、私に向かってオヤジだとでも言うつもりか?」

「怒る?」

「いや、事実は事実だ。怒ることも無い」

やれやれ、などと言いながらヴィンセントは上着を放る。それはかつての赤いマントとは違う、黒いコートだった。ちょうど自分の隣に落ちた黒いコートを拾い上げたクラウドは、それを見つめながら呟く。

「―――ヴィンセント、好きだよ」

「…何を言ってる」

ヴィンセントは否定するように言葉を投げつけた。今ここでそんなふうに言われることは問題があるように思えたからだ。

三年前のあの日―――クラウドと関係を持ってしまったこと。

それはヴィンセントにとって、ルクレッツィアに続く“束縛”だった。

あの日、体を重ねながらクラウドは色んな事実を口にした。それは「聞いて欲しい」と言っていたことに関連する事実で、それを聞いたヴィンセントはクラウドという人間のほとんどを理解してしまったものである。

それを知ってしまった以上、お互いの存在が大きくなるのは自然なことだろう。だがそれは、平和を崩すことにもつながってしまう。

だから…そう思ったからこそ、ヴィンセントはクラウドやティファから遠く離れることにしたのだ。

一番の問題はティファだった。クラウドとの幸せを求めている彼女にとって、クラウドとヴィンセントが共有する“秘密”は裏切りに他ならない。だから、クラウドが一番に望んだ約束以外は、すべて心の内に留めようと思い続けていたのだ。

それなのに―――クラウドの言葉は、その封印を解こうとしている。

「嫌か?それともやっぱり馬鹿らしい?」

「どちらでも無い。とにかくそれは…困る」

その場の雰囲気を崩そうと冷たい態度を続けるヴィンセントに、クラウドはすこしムッとした顔をする。

「困るとかそういう問題じゃ無くて、教えてくれよ。ヴィンセントの本心が知りたい。何であの時、俺の誘いにのったんだよ?」

その問いに、ヴィンセントは答えない。

「事実を聞く為か?それとも俺を哀れだと思ったから?…どっちにしろ同情ってわけか」

そこまで扇動してもヴィンセントは押し黙ったままだった。

「俺がヴィンセントを選んだ理由、全然伝わってないんだな。あの時ヴィンセントは怒ったかんじだった。嫌だったなら、いっそ俺にトドメでもさせば……」

「クラウド」

クラウドの言葉を遮るように、ヴィンセントの声が響く。先ほどまで俯きがちだった顔は、今やしっかりとクラウドを見据えている。

「あの状況で…仲間として共に戦ってきたお前に、突如として愛情を持てというのか?お前の心中など私には分かるはずも無い。ナンセンスだとしてもあの行為を受け入れたのは、お前が望んだからだ」

「…そういうのを同情って言うんだろう?」

クラウドは悲しそうにそういうと、弱々しい声で続けた。

「俺は―――強くなんて無い。戦いが始まる前も、終わった後も」

「誰しも同じだ。お前の場合は少し過去に翻弄されただけで…」

「少しじゃない!」

叫びに近い声を発した後、クラウドはガクリと肩を落とす。

自分は強くなんてない―――ずっと、弱いままだった。それがクラウドの本心である。

自分を見失わない強さを持てたのは、ひとえにザックスの記憶があったから。もしあの時、途切れ途切れの本来の記憶しか持ち合わせていなかったら、自分は確実に壊れていただろう。それどころか、死んでいたかもしれない。

しかし幸か不幸か、自分はセフィロスコピーとして本来の目的を果たすべく彼に辿り着いた。思えばそれは、正に皮肉な話だったろう。

今の自分が在ることでさえ、ザックスの記憶があるおかげなのだ。

「俺はもう、好きな人を失いたくないんだ――」

クラウドはポツリとそんなことを言う。

「もう、裏切られたくないんだ」

また、言葉が続く。

それはクラウドにとって無意識の発言だった。しかし、ヴィンセントはもちろんそれを意識的な言葉ととらえている。失うことや裏切られること…それはきっと、家族と故郷を失い、憧れの存在と対峙する事になったことを示しているのだろう、と。

「もう良い。少し休め」

ヴィンセントはそう声をかけると、その話題に終止符を打った。そして部屋を去ろうとするが、それはすぐにクラウドに阻止される。いつのまにか掴まれていた腕を見遣ると、そこにはふるふると震えるクラウドの手があった。

「…間違いだったら良いのか?単に体の関係だけの…間違いだとしたら。それはそれで受け入れられるって事か?」

「また奇怪なことを…」

「答えてくれよ」

クラウドの目が、ヴィンセントをとらえる。その視線は先ほどの話題に答えを求めているかのようで、ヴィンセントの心をかき乱す。

正直、ヴィンセントにはわからなかった。そこまでそれにこだわって、一体何が得られるというのだろうか。ヴィンセントはすでにハッキリと答えを出している。それは、クラウドの心には応えないというものだった。

「…体の関係だけでもいい、という事か?」

そう問うが、答えは無い。無言の肯定が、さらなる決断を迫る。

体だけ―――そう言うクラウドは、ちゃんと割り切れた上でそう言うのだろうか?

もしそうだとして、今夜限りで終われるなら、その方が良いに決まっている。いつか体の異常が収まった日には、クラウドはティファの元に戻るのだから。

しかし、もしも割り切れていなかったら?

割り切れないままにそう言うなら、ヴィンセントは今ここで断固拒否しなくてはならない。心を期待されたまま触れ合ったら、きっとその時自分は解放してしまうだろう。

どう答えるべきか?―――そう悩んだものの、結果的に口をついた言葉は自分でも呆れるようなものだった。

「―――お前がそう望むなら」

ヴィンセントはただ一言、そう言った。

 

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