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雪だるま的なお話。微・切なスウィートです♪
スノーマン:リーブ×ルーファウス
その日、気温は氷点下になり、空からは白い雪が舞い降りた。
一日中降り続いた雪が、少ない木々と乱立する建物の上に白い屋根を作り、辺りは嘘のように白くなっている。
鉛のような灰色の景色が、絵具の白をこぼしたみたいに、白く。
「積もりましたね」
「ああ。寒くてかなわない」
何気ないリーブの一言に、ルーファウスは同意した。
いつも外で仕事をしている兵士達と違って、ほぼ室内で仕事をしているルーファウスは、寒さに対してあまり耐性がないらしい。先ほどから寒いのは嫌なのだと文句を垂れている。
それでも仕事の都合上どうしても外に出なければならず、今日はこうしてリーブと共に雪景色の中、歩を進めていた。
「こう雪に積もられてしまっては、私の一大作品が台無しだ」
リーブがおどけてそう言うと、
「それは確かにな。でも、どうせ雪はすぐに溶ける」
だから心配しなくて良いと、ルーファウスも同じ調子で返す。
リーブの作品というのは、勿論このミッドガルのことだ。
立ち並ぶビルディング、機械で統制された機能性都市、それらすべてがリーブの大切な大切な作品。ミッドガルはこうして完成形となったが、次はミッドガルの姉妹都市のようなものを作り出そうという案があがっており、現在リーブはその構想をルーファウスと打ち合わせている状態だった。
都市開発という仕事は、案外好きな方だと思う。
適任かどうかは分からないが、まあ専門ではあるし、統括であるところからするに自由度もかなり高い状態だから、これといって不満な点はない。一応、手がけたミッドガルについてはかなり愛着を持っている方だとは思っている。
しかし、どうしてだろう。
もうひとつ、姉妹都市を、そう言われた時。
何となく心に後ろ暗いものが通り過ぎて、一瞬、ほんの一瞬、ふっと切なくなったのだ。
それが何なのかは分からない。
分からないが、久方ぶりに積もった雪を見ていると、その一瞬の“何か”が再来するかのようだった。
きっと―――、そう。
灰色のものばかり創っていると、たまに、白いものが眩しく見える。
それだけのことなのだろう。
それだけの。
「副社長、折角ですし仕事後に食事でも如何です」
「うん?ああ、そうだな。そうしようか」
「……時間は。どれだけ頂けます?」
「え?」
前方を歩いていたルーファウスが、そう言って背後を振り返る。
リーブはただ立ったまま、ルーファウスをじっと見やっていた。
しばしその場は時間が止まったようになっていたが、やがてルーファウスが試すような表情になって笑う。それはきっと、リーブがそんなふうに食事に誘った理由にもなった、いわば元凶ともいえる表情。
ルーファウスはそんな笑みを浮かべながらこう言う。
「見ろ、リーブ。――スノーマンだ」
「ああ…本当だ」
ルーファウスが指差した方向に眼をやると、そこには誰かが作った小さなスノーマンが立っていた。
雪でできた体は、上半身と下半身の二つの丸しかなくて、木の枝でもって二本の腕が作られている。このスノーマンは帽子をかぶっていない。さぞ寒かろうが、木の実だか石だかで出来た顔は、楽しげに笑っていた。
「スノーマンはすごいな。期間限定の命、しかも太陽が出れば溶けてくんだ」
スノーマンにとっては、曇り空に白い雪が舞うような空の方が幸せなのだろう。
だってそうすれば、命を延長することができる。仮初の命だとしても存在していられる。
彼は白い世界にしか住めない。
太陽の元、全てが明白に曝け出される世界では生きてはいけないのだ。
晴れたら、消えてしまう。
灰色の建物の中では、純白の命は生きられない。
「私達はきっと、スノーマンと一緒だな」
なあ、そうは思わないか、リーブ?
そう同意を求められて、リーブはすぐに頷くことができなかった。あまりに適した言葉であり、あまりに皮肉めいた言葉だったから。
「幸い今日はこんな天気だ。こうしてスノーマンも生きている。晴れるまで……きっと私達も生きていられる」
「副社長…それは…」
「どうした、そんな顔して?笑ってみたらどうだ?スノーマンだってこの通り、笑っているじゃないか」
「…そうですね」
リーブは眼を細めてルーファウスを見やると、なんとか笑ってそう答えた。
そう、全てはルーファウスの言う通り。
自分達は―――、
自分達の間に出来上がった“不義の関係”は、正に期間限定の命。
太陽が出れば終わってしまうのだろう。
だって太陽の下では、自分の作り出した灰色の都市があり、その都市を前にしては、自分は都市開発部門統括であり、ルーファウスに至っては副社長なのだ。
それらの肩書は、この不義の関係を許さない。
機能的な灰色の現実は、それに見合った正当なものを求めてくるから。
だから、そう。
どんなに本気で想っていても、そんな純白な気持ちは生きられない。
そういうものは、白い世界でこそ生きていられるのだ。
それはこんなふうに、期間限定で気まぐれな雪景色の中で。
「―――もっと積もれば良いのに」
そう思うだろう、リーブ?
「けれど、いつかは必ず溶けてしまう」
そうなのでしょう、副社長?
それどころか、灰色の現実をもっともっと増やせと、そう言うんでしょう?
「馬鹿だな。雪が降ったら誰かは必ずスノーマンを作るんだ。頼んだわけでもないのにな。笑ったスノーマンが出来上がるんだよ。雪が降るたび、そうやって新しいのを作るんだろう」
寂しいけど、溶けてしまうけど、でもまた新しいスノーマンがやってくる。
彼はきっと笑っているだろう。
「私達も、そういられますか?」
リーブは背後からルーファウスの手を取ると、冷たくなったその指先を温めるように触れながらそう呟く。
それへの返答は「多分」という曖昧なもので、それはリーブの表情を硬くさせたものだが、それでも最後にルーファウスが口にした一言には思わず笑みがこぼれてしまった。
「じゃあ、とりあえず今からスノーマンを作ろうか」
END